だなぶろ ROプレイヤー鋼錬を往く


だなぶろ ROプレイヤー鋼錬を往く

1 2 3 4 5 6 7 7.5 8 9 10 10.5 11 12 13 13.5 14 15 15.5 16 16話没 17 番外

ROプレイヤー鋼錬を往く その1

 目が覚めたらジャン・ハボックになっていました。

 
 冗談とかじゃなくて、マジで。
 だって机の上とか見てたらノートに名前が書いてあるんだもん、「じゃん・はぼっく」って。
 ちなみになんか英語っぽいです。
 いやーハガレンの公用語って英語なんだーふぅーん。

 …………これだけじゃ俺がただのおバカみたいだ。

 どうもまだ混乱してるみたいなんで、ちょっと心を落ち着かせるために本日の行動をおさらいしたいと思います。
 そうすればこの異常な事態に陥った原因がどこにあるかはっきりするだろうし。

 しないかもしれないけど。

 

 そうだな、まずは土曜日、俺が朝起きたところから思い出してみようか―――――




 ◇◇◇


 
 完全週休二日制かつフレックスというのは、オタクに引き篭もれといわんばかりの制度だと思う。
 オタクかつプチヒッキーの俺が認めるのだから間違いない。
 
 土曜日の昼1時、俺は布団の中でもぞもぞとうごめきつつ、そんなことを考えていた。
 
 就寝は午前10時、現時点での睡眠時間は3時間。
 いまだ体は眠りを求めているのだが、外を通った竿竹屋の声で変に目が冴えてしまった。
 今更二度寝もできかねるが、かといって布団から出る気にもなれない。
 おっさんの声での目覚めなんて最悪だ。せめて可愛い女性の声で起こされたなら俺だって少しはあきらめがついたのに。

 まあ所詮竿竹屋の売り声だけどな。


 ………ちなみに、朝の10時まで一晩中起きていたのはなぜかというと。

 昨夜9時から延々とネトゲ―――いわゆるネットゲームをプレイしていたからなのです。

 凄い勢いでダメ人間です。
 自分でもちょっとどうかと思うよこの生活は。
 コレを知ったら多分実家の母親が死ぬほど怒るだろうが……ゲームの合間に風呂やトイレや夜食を挟みはしたものの、それ以外ずっとパソコンの前に座り続けていました。
 13時間、ぶっ通しで。

 目は痛いし寝不足だし密かに痔が心配だ。

 「ふふふふふふふ……」
 
 色々肉体的な不調はあるものの、ゲームのことを思い出すとちょっと笑いがこみ上げてきた。
 不気味なことをしている自覚はあるが、喜びは抑えきれない。

 ゲーム中で使用している自分のキャラクターのレベルが、ようやく80を超えたのだ。
 キャラが『ウィザード』というレベルの上げやすい職業だったせいもあるだろうが、深夜と早朝の人が少ない時間に必死こいて経験値を稼いだ苦労はちゃんとした結果となって現れた。
 ゲームを始めて10日ばかりでここまで成長させられたのは努力の賜物。まさに感無量!

 「ふっ。俺が本気になればざっとこんなもんだぜ」

 ………こんなことに本気を出してどうする、俺。

 布団の中で格好つけた後で我に帰ってちょっと切なくなったが、都合の悪いことには気づかなかった振りをする。
 現実から目を逸らすのは得意だから。
 
 「そういや腹減ったなぁ」

 自分のイタさに目を瞑りつつ布団から這い出て、わざとらしく呟きながら台所へ向かう。
 実際、腹は減っていた。
 真夜中に夜食を食ってから半日以上たっているから胃の中は空っぽだ。

 それにしても、一人暮らしをしていると独り言が増えるのはなぜだろうか。
 テレビに突っ込みを入れるのが既に癖になっているのだが、そろそろ冷蔵庫に語りかけそうな自分が怖い。
 ちょっと想像してみてくれ。

 夜の9時、真っ暗な自宅に戻ってきた独身男性が、電気のスイッチを入れた後冷蔵庫の前で優しく微笑む。

 『ただいま……俺の冷蔵庫』


 なんて悲しい姿だ。


 孤独というのは恐ろしいな。
 だが、冷蔵庫は洗濯機よりはマシな気がする。
 背面近くを触ると暖かいし、夜の闇の中で冷蔵庫がヴ―――ンと低く唸っているのは結構安心するものだ。
 
 …………さて、その未来の話し相手候補の冷蔵庫だが。

 ろくな食い物が入っていなかった。


 ビールが3缶、烏龍茶のペットボトル1本、わさび、からし、マヨネーズ、ケチャップ、賞味期限を1ヶ月過ぎたチーズ、半分に切ってラップに包んであるタマネギ半分。
 冷凍庫には食いかけのアイスクリームと、氷。


 コレで中身は全部だ。
 タマネギ、チーズ、マヨネーズ辺りで何か作れそうな気もするが、 どう考えても成人男子のすきっ腹を満たすことはできない量である。

 「しゃーねぇ、コンビニ行くか」

 気合を入れて立ち上がる。
 家から最寄のコンビニまで徒歩5分。散歩するにはいい距離だ。

 だが、思えばこの時にもう一眠りするなりファミレスに行くなりすればよかったのだ。
 そうすれば、次の悲劇は避けられたのに………今更言っても詮無いことではあるが。





 コンビニに行くとなんとなく雑誌コーナーに行きたくならないか?
 活字中毒の気がある俺としては、毎度毎度立ち読みで長居をしてしまう。
 この日も、弁当のコーナーに行く前にそちらへ足が向いた。まだ読んでいない漫画を求めて視線が売り場をさまよう。

 「………あ、ハガレンが巻頭カラーになってる」

 ふと、見覚えのある絵柄が目に留まった。なんとなく手が伸びる。
 パラパラとページを捲ってみれば、知らない登場人物が増えていた。
 暫く読んでいないうちにだいぶ話が進んだようだ。
 今どうなってるだろう。
 更に読み勧めると、扉にセフィロトの木を思わせる図形が書いてあるシーンが出ている。
 

 鋼の錬金術師か……。


 ネットゲーム内での『アルケミスト』が使用する錬金術はもっぱら薬剤調合が主なのだが、ハガレンこと鋼の錬金術師という漫画のそれはどうにも魔法に見えてならない。練成陣が魔方陣くさいからだろうか。
 いいよな、こういう能力。便利だし。
 もしも俺にハガレンで使用されるがごとき錬金術が使えたなら、まず最初に実家に帰って傾いた犬小屋を直すんだが………


 そこまで考えたところで、俺の背後で悲鳴があがった。
 何の気なしに顔を上げた瞬間、目の前には――――――
 
 
 え

  何。
   ワ、ゴン車、
 
    が




 ◇◇◇


 回想、終了。
 終盤のみわりとシリアス調な雰囲気でお送りしてみたんだがどうだろうか。
 最後の方嫌なことを思い出してしまったが、概ねこんな感じで意識を失い、気がついたらこの部屋に寝ていた。


 やっぱりこの状況の原因が分からん。
 なんで車が突っ込んできて次に目を開けたらハボックなんだ。


 ………エドやアルじゃなかっただけマシだと考えるべきか?



ROプレイヤー鋼錬を往く その2

 神様。


 生まれてこのかた26年、俺はひたすらに小市民生活を邁進してきました。

 警察のお世話になるような悪事も働かず、かといって新聞に載るような良いこともせず、表彰暦といえば3歳の時の歯の健康優良児と小学校の作文コンクール金賞のみというつつましさ。
 働くのは嫌いだが職業・無職にならない程度には社会に適応して、薄給ながらも週休二日の事務員生活を営み、人と諍いをおこしたり誰かを深く傷つけたりすることもなく、そりゃもう平穏な人生を歩んできました。
 なのに。

 彼女いない暦=年齢で趣味といえばゲームと読書という、オタクだが非常に人畜無害なこの俺が、なんでこんな仕打ちを受けねばならんのだ。
 いったい俺が何をしたというのか。

 神様、教えてください。
 


 ◇◇◇

 

 …………神様は何も教えてくれなかったので、しぶしぶ現実に戻ってきました。ジャンの中身です。

 いつまでも呆然としててもしょうがないし、とりあえず引き続き状況の把握を進めてみよう。


 
 えーと、まず意識が戻ってからのことだ。

 別に俺は目が覚めて最初から自分がハボックになっているのに気づいたわけじゃない。
 車が突っ込んできて、一瞬の空白の後で目をあけたら知らない天井があった。よって自然な流れとして、自分は病院にいると思ったのだ。なぜだかベットで寝てたしね。
 そうじゃないと分かったのは、部屋の内装を見てから。
 だってここ見るからに民家の一室なんだもん。一瞬『悲劇!事故に遭った会社員を連れ去り拉致監禁!!』とかいう新聞の見出しが脳裏をよぎりましたよ。
 ドアは鍵がかかっていなかったし窓も開いたんでその辺の心配は消えたわけだが。
 
 しかし、窓の外にどう考えても日本ではないような田園風景が広がっていてまたビックリ。

 地形に見覚えはないし今いる場所がどこかも分からない。
 仕方がないので小鳥のような胸を痛めつつ手がかりを得るために家捜ししていたら、鏡の前を通り過ぎた時に、ふと、
 

 あれ。俺、髪染めたっけ。


 と、何気なく考えて、ようやく自分の異変に気づいた。
 鏡に映った自分の髪がパツキンだっただけでも驚くが、改めてちゃんと顔を映してまたビックリ。
 あんまり驚いたせいでで魂が抜けそうになったよ。

 何の冗談だ、起きたら顔が別人て。

 鏡じゃなくて写真かと思ったんだが、自分と同じように動くしさぁ。
 なに?何で俺外人!?とかパニクったんだけど、一人で騒いでるのもちょっとアレなんで冷静に観察してみた。

 金髪碧眼、たれ目、結構いい男。
 推定年齢10代後半から20代前半。筋肉質。
 比較対照がないんでよくわからないが、多分それなりに長身。

 顔に見覚えはまったくない。


 この時点で希望から確信へと変わった。完全に夢だと思いましたね。ええ夢ですとも!
 こんなプリキュア並みにぶっちゃけありえない状況が現実であってたまるか。
 夢だ夢、ドリーム!そして夢ならば楽しむのがオタクの道だ!!
 

 ………そして開き直りました。


 まあまだ多少動揺が残っているものの、現状ではせいぜい運命の女神に悪態をつくぐらいしかできることはない。
 よって、この夢をエンジョイするべく家捜しを再開し、机の上のノートの名前を確認し、今に至るわけだ。



 名前だけじゃなくて、他の英文も普通に読めるし、夢のご都合主義って素晴らしい。
 あ、そういえば、読めるってことは書けるのかな。



 ……書けた、普通に。

 ふむ、どうやら日本語を書こうと意識すると日本語も書けるようだ。労せずしてバイリンガル。目が覚めてもこれが続いててくれると嬉しいんだが……まあ、どうせ夢だし。

 さてさて、せっかく読み書きが出来るんだからもう少し探索するか。
 探索といえば、見た目がハボック君になっているということは、ここはハボック君の自宅か?
 少なくとも我が愛しの故郷サイタマじゃないのは確かですな。地平線見えてるし。
 部屋を漁ったらちょっと外に出てみたほうがいいかもしれん。

 ハボック君の関係者に会う可能性もあるが、ここはやはり…………


 
 「ジャーン!朝御飯よ、起きなさい」
 


 ………マジで?

 避ける間もなく関係者からお声がかかっちまったようです。
 


ROプレイヤー鋼錬を往く その3

 こんにちは、ジャン・ハボックです。
 てゆーか、ジャン・ハボックの中の人です。

 さっきハボック母に呼ばれてメシを食ってきたんですが、当たり障りのない食事中の会話とその後の家宅捜査で新たな事実が判明しました。

 
 現在ジャン・ハボック君の年齢は18歳、再来週には軍に入隊予定だそうです。

 
 ぐはっ!
 
 原作始まる何年前だよ!
 タダでさえうろ覚えの内容が更にあやふやになるぞこれじゃ。後で日本語でメモっとかんと。
 

 ………ていうか、まず軍に入りたくないんだよね。

 入ったら焔とか鋼とかマッチョとかに関わって容赦なく巻き込まれそうだし。傷の男とかホムンクルスとか絶対会いたくない。
 第一、軍隊って物騒じゃないか。
 俺的に、たとえ夢でも人殺しとかあんましたくない。自分の命のほうが大事だからやんなきゃならいなら容赦なく殺るけども。
 ジャン・ハボックはイシュバール戦に出てないとか聞いたことあるけど、別の事件で銃撃戦に参加することになったら真っ先に死にそうだしね。
 ゲーセンでの射撃ゲームの経験は役に立たんだろうしなぁ。

 
 

 それでも入隊は拒否れそうにないのが、また辛い。

 どうもですね、ハボック君ちの事情が大変なカンジなんですよ。

 俺のいた部屋は自宅の二階で、一階が住居兼店舗の雑貨屋なんだが、この雑貨屋になんだかトラブルがあったらしいのだ。
 机の引き出しにあった書類やメモから察するに、多分、火災だと思う。
 商品その他が焼けちゃってその補填に追われてるようだ。
 メモの中に修繕の明細とかがあったから、不幸中の幸いとして店自体は焼け残ったみたいだが、損失はかなりのもの。

 つまり、ハボック君は口減らし兼出稼ぎ要員なんですな。



 泣かせる。

 これで脱走とかしたら俺は鬼だ。

 もうこうなったら必死こいて軍で出世するしかない。
 そんで出来る限り東方司令部に配属されないように頑張ろう!
 俺が錬金術師だったらもう少し楽だったんだけどなぁ。
 都合よく国家錬金術師の資格とって〜そのまま少佐待遇になって〜ある程度金が溜まったら事件が起こる前に退役して〜


 ん?

 都合よく?

 あ、そうだ、これ夢じゃん!
 ならご都合主義で国家錬金術師並みの力があったりとかしてもいいはずだ!!
 よっしゃ、ちょっと練習してみよ。

 えーと一番簡単な錬金術は……



 ◇◇◇


 
 結論から言いましょう。



 できませんでした。



 拍手して手を床についてみたりとか、何故か一階の雑貨屋で売ってた『貴方もできる初級錬金術 第1巻』を丸写しにして練成陣を描いたりとかしてみたけど、全く何もおきませんでした。

 そもそもこの錬金術って難しすぎる。
 練成式とかはまあ、化学の範疇なんで分らないことは無いけど、理論を練成陣に置き換えて発動とかマジ無理。
 もっとこう、フィーリングで使えるようにしてください。『ささやき えいしょう いのり ねんじろ』で念じたら出るのがベストです。
 つーか、なにこの世知辛い現実。じゃない、夢か。
 俺の夢の癖に俺の思い通りにならないとかどうよ。
 しかしできないもんはできないし、一から覚えるには俺の根性がなさ過ぎるからなぁ。

 まあとりあえず、身体でも鍛えにいくか。
 兵隊さんとしてお金を稼ぐには体力必須だし。
 明日の為にその1ってやつだな。死なないために頑張ろう。
 錬金術と筋トレとどっちが辛いかって言ったら筋トレだけど、錬金術は入隊までに覚えるの無理そうだしね。

 窓から見えた森までランニングしてこよ。
 あれだけでかい目標ならば迷うこともない。
 自慢じゃないが未だ一歩も外にでていないせいで地形がまったく分らないぜ!


 …………後でこの辺の地図も探そうっと。



 ◇◇◇
 


 深い深い緑。
 全てを拒絶するような、或いは何もかもを受け入れるような。
 どこかで見た覚えがある風景。

 どこだろう。
 
 ああこれは…………

 ろーどおぶざりんぐ、だ。



 はい、現場のハボックです。現在森の前におります。

 あまりに森が深そうだったのでちょっと入ってすぐ出てきました。気軽に踏み込んだら二度と戻れない気がしたので。
 印象としては、外国の……某指輪映画とか、某魔法学校映画に出てくる森林に似ているか。
 なんにせよ不用意に入り込みたくない雰囲気があります。


 そんな森の前で。
 俺は地道に腕立て伏せの真っ最中です。



 「134……135……136……」

 我ながら凄い。腕立て100回以上とか信じられない。
 この身体は以前の俺と違ってたいそう運動神経がいいようだ。
 かつて現実ではヒッキー予備軍にして万年運動不足だった俺が、自宅から森まで数キロを平気で走ってこれたことからも、この身体のスペックの高さが分る。

 一生懸命鍛えたんだなぁハボックよ……ホロリ。
 お前さんがどうなったか知らんが、一生懸命働いてお前の家族を楽にしてやるからな。
 そうだ、退役したら雑貨屋をつぐのもいいなぁ。こんだけ平穏な村ならホムンクルスがどうとかいう事件も関係あるまい。

 素晴らしきかな農村生活、だ。

 「……148……149……150!」

 ん。キリもいいし、この辺で中断するか。
 これで柔軟、腹筋、腕立てが終ったから次は……休憩代わりにストレッチか。そこまでやったら帰って歴史の本と新聞でも読もう。
 ………現在どういう情勢か分らんし。

 あーくそ、なんで特殊能力がないんだ。
 たしかにハボックは鍛えてるが、普通の人間が万国ビックリ人間ショーな方に襲われでもしたら生き残れるとは思えん。
 できるかぎり避けるつもりではいるんだが、万が一ってこともありうる。
 現在の時間軸によっては最悪イシュバールに絡む可能性も否定できない。
 原作どおりにいきゃ避けられるだろうが……うう……

 「これがハガレンでなきゃなぁ」

 もっとこう、努力でどうにかなるような能力が主流の世界だったらよかったんだが。
 じゃなきゃ、ネットゲームみたいにレベルアップしただけで魔法が使えたりとか。
 どうせならネットゲームの夢がよかったぜ。
 それなら俺はレベル80のウィザードだ。
 
 こう、片手を上げて

 「アイスウォール!なーんちゃっ………」



 カキーン!



 ……………え、うそ。マジ?

 目の前には巨大な氷の壁がそびえ立っている。
 近くにあった石をぶつけてみると、ちょっと削れはしたものの、壁は石を跳ね返した。
 そして俺の額に当たった。

 痛い。ということは幻ではない。

 暫くその場で呆然と見ていると、氷の壁は薄くなって消えた。
 削れて飛び散った氷の破片は消えずに残っているが、溶けるのは時間の問題だろう。


 夢万歳。
 どうやらゲームの魔法が使えるようです!

 ふはははははは!!

 これで俺は勝ったも同然、イシュバール傷の男ホムンクルスお父様ドンと来いだ。
 大魔法で遠くから返り討ちにしてくれるわ。

 あくまでも遠くからな。


ROプレイヤー鋼錬を往く その4

 ハボック(仮)です……あれから一週間、誰も中身が変わったのに気付きません……
 ハボック(仮)です……昨日、存在すら知らなかった彼女に突然別れ話を切り出されました……
 ハボック(仮)です……一般常識が抜けてる理由を入隊前の恐怖からと誤解されてます……

 ハボック(仮)です……いまだに夢から覚める気配がありません…………


 ハボック(仮)です……
 ハボック(仮)です…………
 ハボック(仮)です………………


 はぁ。


 ◇◇◇


 長い夢が始まって本日でちょうど一週間です。
 どういうわけだか夢の中でも眠くなるので素直に寝ております。
 昨日も早寝したので睡眠時間はばっちりです。

 夜9時半就寝、朝7時半起床の10時間睡眠。


 寝すぎだ。


 何故こんなに延々と寝ているかって?それはやることがないからさ!
 ネットもゲームもマンガもねぇ。
 かろうじて小説ぐらいはあったのだが、こんな田舎じゃ量も内容もタカが知れている。
 農村生活万歳とか言ってたが、活字中毒者の俺にはあまりにもキツイ環境だ。

 森が綺麗とか空気が美味いとかよりまず文字なんだよ!字が足りないんだよ!!

 新聞も雑誌も読み飽きたっつーの。
 思わず近くの学校にお邪魔して手当たり次第に過去の新聞とか漁っちゃったよ。
 まあおかげで色々なことが分ったわけですが。

 東部全域に広がったイシュバールの戦火は現在でも消えてないとか。
 そろそろ国家錬金術師が投入されるだろうというもっぱらの噂だとか。
 あと、ハボック母の得意料理がかぼちゃのポタージュだとか。

 色々ね。
 
 ようするに今軍に入ったら最悪新兵でも前線に放り込まれる可能性があるってこった。
 やだなー軍隊生活。生き残れるかどうかはなはだ不安だ。


 あ、そうそう。
 
生き残るといえば、森で見つけた俺の特殊技能。
 実はあれから様々な角度から検討してみたんだが………


 ゲーム中に自キャラが使えた魔法はおおよそ使えたんだけども、よく考えたらいちいち詠唱して魔法使うよりも銃をぶっぱなしたほうが早いです。


 元々俺はキャラクターのステータスのうち、INTとAGIを集中的に伸ばしてきた。
 INTはIntelligentlyの略で、AGIはAgilityの略。つまり、知力必須のWizardの中でも速度に特化したWiz……通称AgiWizと呼ばれる、『攻撃を避ける』ことで生き延びるウィザード。それが、かつての俺が操ってきたキャラだ。
 詠唱速度を短縮できるDexterityことDEXについては、それなりに割り振ってはいるが、決して高くない。というか低い。
 よって、俺は詠唱が遅い。

 弾丸一発の速度にはとても勝てないよママン。

 そして頼みの範囲魔法に関しては、隕石落としたりとか雷落としたりとか敵味方の区別ができなくて危ない。
 いや、本当に区別できないのかどうかわからんが、試せる場所もないし、試す気にもなれん。
 どうも意識して魔法のレベルが落とせるらしいので、氷系最強範囲魔法のストームガストをレベル1で撃ってみたら、森が氷漬けになったからな……。
 あまりのことにビビッたので、それ以上に威力がありそうな魔法は範囲だけ確認して発動しなかった。自然破壊、いくない!

 ちゅーわけで、使いどころがない。

 標的だって、ゲーム中ではモンスターが相手だったけども、こっちじゃ人間相手だしねぇ。
 俺やだよ、氷系呪文で人間の氷漬け作るの。
 
 第一、絶対人に見られたらまずい。うっかり目撃されたら錬金術師の実験台にされそう。
 某お父様とか絶対興味もつに違いない。要注意能力ですな。
 ドンと来いとか言っちゃったのは嘘です。冗談です。
 慎ましくひっそりと生きていきたいと思います。

 あ、ちなみにゲーム内のキャラは「聖職者以外でも回復魔法ヒールが1レベルでのみ使える」というアイテムを装備していたので試してみたところ、ちゃんとヒールが使えました。ひゃっほう。
 これで生存率は飛躍的に上がったぜ!
 まず怪我をしたくないというのが根本にあるが。



 ◇◇◇



 魔法は非効率的で通常兵器に劣る。
 ヒールとか超便利だけど、警戒必須。

 ………なんかテンション下がるな。

 初日には「俺は人生に勝った!!」と思ったもんだが、どうにもこうにも……。
 まあこれでいいのかなぁ。目立ちたくないし。
 あんまり活躍してホムンクルスな大総統のお目々に止まったら大変だ。


 人柱にされるのは嫌です。


 でも通常戦闘で死ぬのも嫌なのでその辺は臨機応変にいきたいと思います。
 警戒するあまりに死んだりしたら元も子もないし。
 ほどほどにね、ほどほどに。
 
 さあて今日も地道なトレーニングに行くか。
 嫌々ながらな!!



ROプレイヤー鋼錬を往く その5

 こんにちは、ぼくハボックの中の人。いま、あなたのうしろにいるの。



 ………なんて、ちょっとホラーチックにキメてみたりしたが、皆様いかがお過ごしだろうか。

 ちなみに元ネタは、わたしリカちゃん〜のフレーズで始まる有名な怪談だ。
 この話、新兵訓練終了前夜に同期の奴らとの雑談中披露したんだが、予想外の大不評だったんだよな。
 俺の語りが真に迫っていたのか、あるいは話の内容自体が連中のツボをついたのかは分からないが、どうも怖すぎたらしい。
 が、むさいマッチョの集団が「怖くてトイレにいけない」と叫ぶ姿はむしろ見ているほうに恐怖を与えると思うのは俺だけか?

 こっちの世界の連中はちょっとビビりすぎだ。
 俺としては、背後に教官が立っていた事のほうがよほど怖かったぞ。

 
 

 そういえば、配属されてから今日でちょうど三ヶ月。新兵訓練と同じ期間が過ぎたことになる。
 鬼教官に殴られ蹴られ罵られ、苦楽を共にしたあいつらは元気でやっているだろうか。
 

 「おーいハボック!ハボック二等兵はいるか!!」

 「はい!!」

 「分隊長が探してたぞ、顔出しに行って来い!」

 「Sir,Yes Sir!」

 
 俺の方はすっかり軍隊生活に溶け込んでいるわけだが。
 



 ◇◇◇




 『東部方面軍兵站輸送部第一師団隷下第一兵站司令部第〇八兵站地区第一八輸送護衛班』

 
 一息で言えたらちょっと凄い。
 
 この妙にだらだらと長いのが、俺の正式な所属名なんだが、正直自分でも時々忘れそうになったりうっかりどこか抜かしたりしてしまう。
 別にそれでもいいんだ。最後だけ見れば誰でも仕事の内容が分かるから。

 言っとくけど負け惜しみじゃないぞ。
 


 輸送護衛班。
 ようするに、輸送班の護衛をする班だ。

 ………そのままじゃねーかという突っ込みはやめてくれ。自分でもそう思った。

 そうだな、もう少し詳しく説明すると、兵站輸送部ってのは大雑把に言えば軍の裏方さんだ。

 作戦に必要な兵器、弾薬、食糧、燃料等の物資の補給や輸送はもちろん、車両整備に兵員輸送、果ては兵の訓練まで、衛生・通信を除いた後方支援に関する全てのことを兵站という。
 補給は、その兵站の中に含まれるカテゴリの一つと考えれば分かりやすいだろう。

 まあ、兵站について語るには俺はあまりにも未熟なので多くは言わないが、戦争だろうが内戦だろうが、長期化すれば敵の補給路を狙うのは基本だ。
 主要な補給路を断ってしまえば、前線には飯どころかちり紙すら届かなくなるんだから、当然だな。
 そういう事情があるからして、戦うのが仕事ではない輸送部隊は、実はかなり直接戦闘の可能性が高い。
 だから、彼らを守るための兵も必要になる。
 それが俺達、輸送護衛班なわけだ。
 内乱が酷くなったらさぞかし危ない部署になるだろう。

 が、現在はさほど危険を感じない。

 今いるのが後方も後方、殆ど中央と言って良いような地区だから、あんまり緊迫感がないんだよな。

 内乱は東部全域へ広がりつつあるが、今のところかろうじて一部地方の域に収まっているし、以前読み漁った新聞に国家錬金術師投入の話題がチラリと出てはいたけど、それっきりその話は影も形も出ない。
 どうも聞くところによるとクレタやアエルゴとの小競り合いの時も毎回言われていたらしいね。
 ようするにお約束ってやつだ。
 

 そんなわけで、俺のいる第〇八兵站地区はいたって平和な日々を送っている。
 東から流れてくる噂では随分死んでるらしいんだが、実感はまるで沸かない。
 
  
 できれば俺が退役するまで、このまま穏やかな毎日が過ぎて欲しいものなんだが………。
 
 
 無理だろうなぁ。



 ◇◇◇



 「ハボック二等兵、出頭いたしましたっ!」

 
 端っこの欠けた机に向かっていた、禿頭の厳ついおっさんに軽く敬礼する。
 剃っているわけではなく、絶対に天然だろうと思しき頭をキラめかせ、おっさんはゆっくりとこちらを向いて答礼した。
 窓から入った日光が反射してちょっと眩しいが、肩章は確認できる。
  階級は軍曹、うちの分隊長だ。

 「おうハボック、おめでとう!」


 おめでとう?
 
 なんだろう。
 なぜ突然おっさんに祝福されなければならないんだろう。
 意味がまったく分からないが、そこはかとなく嫌な予感がする……。

 直立不動の姿勢のまま首だけ傾げていると、分隊長にしては珍しく、拳骨なしに答えを教えてくれた。


 「お前、この間試験受けただろ。おめでとさん、ハボック一等兵」

 「は?一等兵、ですか」


 なんじゃそら。

 俺、昇進するようなことしたか?
 ていうか普通二等兵から一等兵に上がるには最低一年経たないとダメなんじゃなかったっけ。
 そんで、よっぽど悪いことしてなけりゃ、一年経ったら自動昇進だったはず。
 
 上昇志向が足りないせいでうろ覚えだけど。

 「今年から二等兵の最低軍務期間が半年になったの覚えてるか」

 すみません、忘れてました。

 「試験に合格すれば任期短縮できるんだよ。ほら、先週第二会議室でやったテスト。第一分隊の奴もいたろ」

 「……あぁ!」

 そういやそんなこともありましたっけ。

 いきなり仕事中に呼び出されて、問題解けって言われてビックリしたんだ。
 内容は確か算数と理科と作文だったか?
 1時間もかからず全部回答できるくらいの難易度で、印象にも残らなかったから忘れてたわ。
 なにせ数学じゃなくて算数のレベルだもんな。

 あれが試験ってどんだけ頭悪いと思われてるんだ二等兵。

 「一応来月頭付けで小隊長が辞令交付するから」

 「了解しました」

 まあ昇進はありがたいやね。
 二等兵と一等兵じゃ大した差はないが、そろそろ新兵が配属されるころだから、運がよければ一番下を抜けられるかもしれないし。
 たとえ有無を言わさず知らないうちに試験を受けさせられていたとしてもな。
 一等兵っていったって先任がたくさんいるし、どっちにしても下っ端に変わりはないけど。

 「よし、じゃあ行っていいぞ」

 む。用件はこれで終わりか。
 珍しく予感が外れたな。

 嫌な予感が外れるというのはとてもとても嬉しい。

 「はっ!失礼いたしま……」

 「あ、そうだ」


 ん?


 「今朝小隊長から連絡があってな。うちの小隊今度転属するから。東に。」



 ……………こういうオチだと思ったよ!!


ROプレイヤー鋼錬を往く その6

 ハボックのハは〜!

 はっきり言ってもうダメポのハー!!

 ハボックのボは〜!

 僕をお家に帰してくださいのボー!!
 
 ああ嫌だなぁ。

 何が嫌だって、移動手段が列車なのが嫌だ。
 兵員輸送中だから窓の目隠しもはずせないし、車内は暗くてムサくてたまらない。
 この車両には補給物資も一緒に積まれてるから、人数のわりに狭いのもつらい。

 まあ一番嫌なのは行き先なんだけど、それは言ってもしょうがないことだしね。

 かれこれ3時間ばかり列車に揺られているが、鎧戸の隙間から見える外の砂地面積が乗り込んだ時の倍くらいになった気がする。
 ここから更に1時間半ほど先に、俺達の任地があるわけだ。
 なんでもそこの兵站司令部がイシュバール人の自爆テロのせいで甚大な被害を受けたんで、その補充要員ってことだそうだが、いい迷惑だ。


 目に見えて砂漠方面に近づいています。
 できたら途中下車させていただきたいんですが、どうでしょう。

 あ、やっぱりだめですか…………そうですか…………。

 
 とほほ…………。



 ◇◇◇



 鉄道は戦争において非常に重要な役割を担っている。

 兵員輸送列車や補給列車、弾薬輸送列車に列車砲、etc,etc……使い道は多岐に渡る。
 後方においても戦地においても、必要不可欠な存在。
 それが鉄道だ。
 
 だが、有用で重要であるがゆえに狙われやすい。
 哨戒用軌道車や定期的な巡回、点検等の警戒は行われているものの、線路に対する工作ってのは防ぎにくいし、待ち伏せなんてされようものならかなり不利な状況から戦闘がスタートすることになる。

 想像ができないか? 

 なら思い出してくれ。
 俺と同世代の人なら見たことがあるかもしれないあの名作。
 映画『アラビアのロレンス』の鉄道襲撃シーンを。

 それは、丁度こんな感じじゃなかったか?



 

 「て、敵襲だぁ―――――っ!!」

 
 どっかの誰かが絶叫した直後、爆発音と衝撃が同時に襲い掛かってきた。

 激しく揺れる車両に、床から体が放り出されてごろごろと転がる。
 一体何がどうしてどうなったんだかここにいるとさっぱり分からんが、敵が襲ってきたことだけは理解した。
 ありがとう叫んでくれたどこかの誰かさん。君の生存を祈るぞ。

 車内は騒然としている。
 状況報告を求める上官の声、軍曹が全員に冷静さを促そうとする声、混乱した新兵が上げる意味のない叫び。
 武器を探す言葉が飛び交う中、俺はさっきからずっと転がっていた。

 前転前転また前転。
 なぜ俺はよりにもよって縦方向に転がってしまったのか。
 上下がぐるぐる入れ替わって目が回りそうだ。体のあちこちが床や壁や箱や人にぶつかってとても痛い。よく皆この揺れの中で動き回れるものだ。コケたのは俺だけじゃないけど。
 動き回る人たちの邪魔になりつつ転げていたら、知らないうちに移動していたらしく、扉の取っ手にしこたま頭を打ちつけてようやく回転が止まった。
 
 後頭部の痛みに悶絶する。


 「いってぇぇえええ!!」

 
 ああもうだから嫌だったんだよ列車に乗るの!
 
 半べそかきつつ床に伏せて痛みをこらえていたら、いきなりバンバンバンバンと派手な音がして、壁にいくつもの穴が開いた。
 近くにいた奴が絶叫しているが、俺はむしろ絶句した。
 なんだこの事態は。
 暗い車内に光が差し込んで少し明るくなったが、全然嬉しくない。

 更に連続した銃声。
 どう考えてもこの車両が的になってる。

 
 あわわわわわわわ勘弁してくれぇ!!

 怖い怖い、マジ怖い!


 ええとどうするんだっけこういう時は。
 机の下に潜ろうにも机がないし、防災頭巾なんて持ってないし。
 あ、ヘルメット被って匍匐前進。違う、前進してどうする。

 「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」

 混乱しつつも、とにかく頭を抱えて床に伏せる。新兵時代に叩き込まれた動きが反射的に出たようだ。

 ありがとう教官!

 訓練の大切さを実感しつつ、かつて殺意を覚えた相手に感謝していると、ドサリという音がすぐ横で聞こえた。
 同時に、隣で響いていた叫び声がふつりと途絶える。
 そこここで上がっていた悲鳴や怒号が段々減っていく。

 ………うう、死んでんのかな。

 当たり前だ、これだけの惨状で死者がいないほうがおかしい。
 ああ、戦場の命って軽いなあ。こんなにあっさり人が死んでいくなんて。
 しかし俺の命は俺にとってちっとも軽くないぞ。世界と同じ重さだ。

 というわけで命を守るべく、伏せたままじりじりと鉄製の扉の傍に寄り、少しでも弾丸があたらない様に身体を壁に密着させる。
 遮蔽物がないので、ついでに手近にあった箱もいくつか引き寄せてみた。気休めだがやらないよりはいいだろう。
 なんか今ちょっとダンボールに隠れて移動する某メタルギアなゲームが浮かんだが、俺はとても真面目だ。

 亀のように小さくなって、ひたすら気配を殺す。
 俺は石だ。石なんだ。

 ………石になってるだけじゃ助からない気もするな。
 とはいっても他に何をしていいかも分からなかったので、とりあえず神に祈りを捧げてみる。


 (神様仏様ご先祖様イエス様マリア様アッラー様アフラマズダ様誰でもいいから助けてください!)

 
 は、だめだ。
 ここは鋼錬の世界だ。多分どの神様もいない。

 この世界の神様状況はどうなってるんだ、イシュバラしか思い浮かばないぞ。あれ、イシュバルだっけ?
 どっちにしてもイシュバールの敵軍に属する俺のことは多分助けてくれないだろう。なんて使えない神だ。


 ちくしょう。


 ………気がついたら、周りがやけに静かだった。 

 銃声が途絶えたわけじゃない。ただ、音が小さくなった。
 遠くのほうでなんだか爆発音がするし、戦闘は継続してるんだと思う。
 
 でも、人の声がしない。

 戦場が移動したんだろうか。
 だったら、起きても大丈夫かもしれない。
 情勢は分からないが、きっと今が逃げ時だ。
 このまま中に残っていたい気もするが、もしも外から爆破されたら一巻の終わりになっちまう。
 とにかく迅速かつ慎重に外に出て自らの安全を確保するんだ。


 頑張れ俺!!


 息を吸ってー息を吐いてー息を吸ってー息を吐いてー
 大げさなくらいに深呼吸を繰り返す。
 
 うむ、落ち着いている。

 1.2.3………と10まで数を数え、思い切って目を開けた。

 
 「うっ」


 うわぁ、スプラッタだ……。

 予想以上に恐ろしい光景が目の前に広がっていた。
 気の弱い人ならぶっ倒れてしまいそうだ。
 俺もいっそこのまま失神してしまいたい。
 いや、しないけどね。

 血の海の中に人の破片が散らばっている様なんて、早々見られるものでもないが、見たいものでもない。
 一番近くにいた奴は、もう明らかに手遅れだ。頭がふっ飛んでる。
 斜め向かいで折り重なっている三人は、首が半分まで千切れて変な方向に折れていた。
 壁に寄りかかって座っているように見える人は、胸が血で真っ赤に染まっている。

 これ以上リポートしたくないので端折るが、とりあえず身体を起こしているのは俺だけ。 

 「せ、生存者の確認を……」

 やりたくないが、もしかしたら生きてる人がいるかもしれないし。
 それに、外に出るには奥の扉まで行かないといけない。
 俺の横にある扉は完全にひしゃげてしまっているから。
 
 まだ生暖かい『かつて人間であったモノ』にびくびくしながら近づき、半泣きで脈をとりつつ、出口へと向かう。
 
 途中、邪魔な箱を除けようとして死体の上に落としたりもしちまったが、その辺は勘弁してください。
 手が震えちゃってうまくどかせないんだもん。



 ◇◇◇



 一個中隊プラス補給物資を輸送しているこの輸送列車。
 俺が乗っている車両には、俺の所属分隊と、もう一個分隊が同乗していた。
 荷物の隙間を埋めるようにしてバラけて座っていたのは、二個分隊総勢18名。直前に補充もあったから欠員はいないはずだ。

 にもかかわらず、ここで動いているのは俺だけ。
 
 
 「ううっ、帰りたいよう」


 べそをかきつつ15本目の手首を恐る恐る掴み、親指で血管を探る。

 脈は、ない。

 正直な話、もう冷たくなりかけてたから触っただけで死んでるのは分かった。
 残りの二人分についてはあんまり口にしたくないような有様で、脈どころか手首もなかった。もちろん死亡は確実だ。
 
 「全滅かよ……」

 時間を計ったわけじゃないが、襲撃が始まってからまだ精々5,6分程度しか経っていないはずだ。
 6分で18人っていうと、6かける60秒の360秒を18で割って…………ええと、20秒に1人の割合で死んだのか………いや、俺が抜けるからもう少しずれるか。
 
 なんてこったい。

 こんな状況でよく生き残れたもんだ。
 ただ単に転がったり怯えたりしていただけなのに、まるで弾が避けていったようにピンピンしている俺。
 傷といったら最初にコケた時の擦り傷と、頭をぶつけたときのコブくらい。
 強運なのか、それとも何か理由があるのか。
 何でもいいからここでエンドマークつけて夢から覚めてしまいたい。


 ところがどっこい、思い通りにならないのが人生なんだよな、これが……。




ROプレイヤー鋼錬を往く その7

 皆様ごきげんよう。

 ワタクシは偽ハボック。
 ジャン・ハボックに身をやつす一般庶民でございます。
 倒れるときは前のめりを合言葉に、今日も今日とて世知辛い人生に立ち向かって戦場を颯爽と駆け抜けんとしております。

 
 ―――――ごめん、ウソ。

 駆け抜けるような根性ない。
 自分の影にもビビりながら右往左往させていただきます。むしろ這って移動する勢い。
 だからあんまりいじめないでください。



 ◇◇◇



 もう死体は結構です。お腹一杯。
 俺は血も死体もあんまり得意じゃないんだよ。得意な奴のほうが珍しいが。

 亡骸を数えているうちに血で真っ赤になった手を、お亡くなりになられた兵曹の上着の裾でこっそり拭かせてもらう。
 ちょっと振り払ったくらいでは落ちないのだ、血液は。
 
 「なんだかなぁ」
 
 顔見知りの伍長も先週一杯奢ってくれた兵長も陽気な上等兵も皆ホトケさんになってしまった。
 この先一体どうなるんだろう。
 戦後半世紀をとうに過ぎ、世界的にも平和ボケで有名な日本人が生きていくには、戦場は中々ハードな環境だ。
 ましてや俺は外見こそジャン・ハボックだが、中身は温厚で小心者なごくごく普通の青年なのに。
 
 「これはモノ。これはモノ。元は人間でも今は物。」

 呪文のように唱えて自己暗示をかける。
 そうでもしないとこんな惨状で正気を保っていられない。

 ごめんなさい吐きそうです。

 「助けてドラえも〜ん……」

 最後の死者をカウントした後で、いもしないネコ型ロボットに助けを求めつつ外への扉の前に立つ。

 ああ気持ち悪い。
 何か違うことでも考えて意識を死体から逸らさないと。
 そう、たとえばここから出た後のこととか……。

 ………まて俺。
 出た後よりも出る時のことを考えろ。

 開けたとたんに銃口がお出迎えってのは絶対に避けたい。
 隙間から見た限りじゃ近くに敵はいないようだが、油断は禁物だ。
 銃声は相変わらず遠いし、爆発音も聞こえなくなってきたが、流れ弾は怖い。すごく怖い。
 
 うーん。
 
 突っ込む訓練はカリキュラムにあった気もするが、外に飛び出す訓練は全然記憶にない。
 特殊部隊でもないから室内突入だって一回か二回軽く流したきりだ。

 ………そういえば学生時代にやったな……サバイバルゲームで。

 「ルームエントリーの注意点は、たしか……」
 
 ええと、身体は壁につけて遮蔽物から出ないようにして、と。

 ポジションは俺一人だから関係なし。  
 同じ理由でフォーメーションもない。ハンドシグナルもいらない。
 スタンスはすぐに体勢を変えられるように、極力膝を突かないニーリング。

 おお、意外と覚えてるな。
 そして銃を持つときは肘が遮蔽物から出ないように…………


 「武器持ってねぇっつうの」


 アホか俺は。

 手ぶらで飛び出すなんてどんなカミカゼアタッカーだ。
 というか武器がなければ神風ですらない。単なる自殺志願者だ。
 幸い車内には結構な量の武器が転がっているし、ここで調達していくのが正解だろう。
 
 うまい具合にすぐ近くにライフルが落ちている。

 ライフルといっても素人さんの思い描く狙撃用のスナイパーライフルとは別物のそれ。
 歩兵にとって最も大切な武器、小銃だ。
 これが現実ならアサルトライフルだろうに、ここじゃボルトアクションなんだよな。
 自動小銃と違って手動で装填排出しなきゃなんないから手間がかかってしょうがない。
 ま、これしかないならこれが最良だ。  

 「スンマセン、いただいてきます」
 
 軽く手を合わせてライフルを拾おうと屈みこんだ、まさにその時。


 
 わしっ!!と俺の足首が何かに………『誰か』に、掴まれた。
 


 ◇◇◇



 「あqwせdfrtgyふじこlp;!!?」

 
 ――――心臓が止まるかと思った。


 口元を手で覆ったまま、へなへなとその場にへたりこむ。
 腰が抜けたよ畜生。

 誰だこんなことしたの。
 まさか死体が動いたわけではあるまい。
 それではスプラッタから一転してホラーだ。俺はどちらも嫌いだが。

 ていうか生きてる人がいたのか。そうか。
 でもカウント漏れの仕返しにしてはちょっとあんまりなんじゃありません?

 アル中のようにガクガクブルブルと震えつつ、左足を掴んだ手に目をやる。

 デカい手。
 太い手首。
 変な方向に曲がった肘。
 ぐっしょりと血に濡れた肩。

 そこから先は死体の皆さんに埋もれている。

 「うわー」

 触りたくねぇー。
 
 しかし触らないわけにはいかんだろう。見捨てたら後味が悪い。
 腕を引っ張って引きずり出したいが、それで体のどこかの部品が外れたりしたら大変だし。
 仕方がないので、死後硬直の始まったご遺体をソイツの上からどかしはじめる。
 俺も死体の扱いに躊躇がなくなってきたな………。

 腕片方。
 足二本。
 胴体ひとつと半分。

 上半身が真っ赤に染まっているが、これはコイツの血なのか上の人の血なのか。
 どっちにしてもせっかく拭いた手がまた血塗れになってちょっと切ない。
 更に三つほど誰かの足や胴体を横にどけたところで、やっと全身が現れた。
 よっこいしょ、と掛け声とともに仰向けに寝かせて顔を確認する。
 
 年齢は推定20代前半。
 多分元は焦げ茶か茶色の髪なんだと思うが、血で黒っぽく染まっている。
 階級は二等兵だがかなり鍛えてるようだし、軍服の着こなしが新兵の雰囲気ではない。

 「見ねぇ顔だな」

 うちの隊じゃない、同乗してた小隊の知り合いでもない。
 てことは増員された奴か。運が悪いなーこいつ。
 しかし顔のいい奴はすべからく俺の潜在的な敵なのでこいつにも同情はしない。 
 
 ま、同情はしないが手当てはしますよ。

 ざっと見たところ目立つ傷は、額の擦過傷、肘の骨折、肩、右脇腹、大腿部の銃創。
 そのうち一番ヤバげなのが太股だな。
 太い血管でも損傷したのか、血が止まっていない。

 ベルトで止血してみたが、このままだと死にそうだ。
 
 どうしよう。
 コイツ死んだら寝覚め悪い。
 かと言って衛生兵ではないから治療用の装備は持っていない。
 もちろん専門知識もないし、せいぜい応急手当ぐらいしか……


 「あっ!!」

 
 こういう時こそ特殊技能を使わないと。
 『応急手当』のスキルは自分専用だが『ヒールレベル1』があるじゃないか!

 ふっふっふ。

 俺はゲーム中でWizardであったため、本来ならば回復魔法はつかえない。
 しかし。しかしだ。
 アコライト・プリースト以外でもヒールレベル1が使える、ヒールクリップというアイテムを常時装備していたためか、試してみたらこちらでもヒールが使用できたのです!
 ちょっと説明的になったが、ありがとう夢のご都合主義!
 レベル1限定だけどね。


 「ヒール!」

 
 効いてる!効いてますよお母さん!!

 でもしょぼい効果です。レベル1すごいしょぼいです。
 額の擦り傷しか治ってません。
 これはあれか、連打するしかないのか。
 
 「ヒール!ヒール!ヒール!ヒール!ヒール!ヒール!ヒール!」

 ゼーハーゼーハー

 「ヒール!ヒール!ヒール!ヒール!ヒール!」

 ゼーハーゼーハーゼーハー

 辛い。
 これ辛い。
 しかし頑張った甲斐あってかほぼ完治した模様。
 わはははは褒め称えるがいい。
 
 このヒールが治るまでに流れてしまった血液の補充までフォローしてくるかどうかはわからないが、悪くてもしばらく貧血になるくらいですむだろう。
 あとはコイツが意識を回復したら一緒にここから出て安全な場所……へ………。

 がっくりと両手を床についてうなだれる。
 自分のうっかり加減があまりにショックだ。このまま崩れ落ちてしまいたい。
 

 「ああああああああああ」


 馬鹿か俺は。
 完治させちゃだめだろう。

 服に穴が開いてんのに下の肌が傷一つなかったら不自然だろうが。
 ちょっと袖が切れている程度なら、運よく布一枚で済んだという言い訳も成り立つが、丸い弾痕はどう言いつくろってもおかしい。
 しかも反対側にはさらに大きな穴が開いているのだ。
 どう見ても貫通してます。本当にありがとうございました。説明のしようがありません。



 ………逃げよう。


 そうだ、そうしよう。

 怪我が治ったからにはコイツはまず死なないだろう。放って置いても大丈夫だ。
 体がだるいとかショック症状がどうとか色々不調が出るかもしれんが、そこはもう大目に見てくれ。
 そうと決まれば即脱出、ぐずぐずしていると目を覚まされてしまう。

 ライフルを抱え、弾丸の装填を確認し、一つ深呼吸をして最後に怪我人の方を見たら目が合った。

 目が合った。

 目が合った。

 目が合ったということは起きているということですね。


 「おはようございます」

 
 動揺のあまり真面目に挨拶をしてしまった俺っていったい。 

 

 「……え……あ、おはよう、ございます……」
 
 お前も挨拶を返すなよ。
 いや、意識が混濁してるのか?

 頭を抑えつつぼんやりとあたりを見回す男。
 横で見ていると、目の焦点が次第にはっきりしていくのがよくわかる。

 のろのろと体を起こした元怪我人が不思議そうな顔で自分の体を見ています。
 足を見て、肩を見て、脇腹を見て、俺の方に顔を向けました。
 
 撃たれた記憶は残ってるんだろうか。
 視線が確認した場所はどこも銃創があった場所だ。
 それにしてもさっきまで半死人みたいな有様だったくせに、異様に冷静な奴だな……。
 
 「……すみません」

 はい、なんでしょう。
 
 「色々と、お伺いしたいことがあるのですが」

 黙秘権ってこっちの世界にはないかなぁ。
 あってもこの場合は適用されないのかもしれないけどさ。

 ちょっと魂が抜けかけている間に、いつの間にやら銃声が途絶えている。
 勝ったにせよ負けたにせよ、戦闘は終わったようだ。
 いや、遠くで聞こえる点呼からして、こっちが勝ったのかな?
 これで当面の命の危険は回避されたみたいだが、こっちの危険もなんとかしてもらいたい。
 
 軽く現実逃避をしながらその場に座り込む。
 床には血が飛び散っていたが、もうそれもどうでもよくなってきた。

 いかにも切れ者といった雰囲気を持つ目の前の男の追及を、俺は乗り切ることができるのか。


 多分無理だろうけど希望だけは捨てないで頑張ろうと思う、ハボック(仮)なのでしたー。




ROプレイヤー鋼錬を往く その7.5

 私はしがない雑貨屋の女将。
 小さな村で小さな店を開いている。
 
 客は全員顔馴染みで、名前どころか家庭環境に親類縁者のことまですっかり承知している間柄。
 息子が軍隊へ行ってしまった私のことを心配してか、最近入れ替わり立ち代りに顔を出してくれる。
 まるで大きな家族のような村人達。
 

 彼らは親しみを込めて私をこう呼ぶ。

 
 『ハボックさんちの奥さん』と。
  


 ◇◇◇



 田舎の農村。

 この村を説明するにはこの一言で充分。
 二言で説明するならば、「絵に描いたような」と付け足しましょうか。
 ちょっと思い浮かべてみて?そんなに難しい想像じゃないから。

 人口の約9割が農業や畜産業に従事していて、人よりも牛や馬や羊の数のほうが多く。
 一番近くの町までは馬車で2時間列車で1時間、しかも列車は一日2往復のみ。
 隣村は視界に納めることができないほど遠く、地平線から登る太陽が見える。
 どこまでも続く麦畑と、放牧されている牛や馬。
 敷地だけは広い民家が点々と散らばり、道端では気のいい農夫が鍬を片手に立ち話をしている。

 私の住んでいる村はそんなところ。

 ご想像のとおり刺激のしの字も見当たらないような生活で、セントラルの流行が一年は遅れて届くなんて言われてる。
 平穏で、何もなくて、時間さえも流れるのが遅くなるような土地。
 新しいものを求める若い子達には少し物足りないかも知れないけれど、私はこの村を心から愛しているの。
 ここで生まれて、両親に愛されて成長して、愛し合った人と結婚して、可愛らしい子供を生んで、一人前になるまで育てあげることができてとても幸せ。
 
 でも、我が子が巣立って村を出て行くとなると……せめてここがもう少し都会だったらあの子も戸惑わずにすむのに、と。
 そう思わずにはいられないわ。

 こことは違う時間の流れに、あの子は着いていけるかしら。
 せわしい町の人達は、田舎者のあの子に優しくしてくれるかしら。
 都会では新鮮な食材なんて手に入りにくいでしょうけれど、ちゃんと食べているかしら。

 見送りのために同行した小さな町でさえ私にとっては大都会だったから、もしもあの子の配属先がセントラルだったらと考えると、心底不安になってしまう。
 
 
 取り越し苦労に思えるでしょう?
 でもね、こののどかな風景を見ていてごらんなさい。3日で私の言うことに納得するから。



 …………あら?郵便が来たわ。 

 今年から仕事についた郵便屋さんは息子の友達。
 この村と隣村と、たしかその向こうの村までが彼の配達区域だったはずよ。人口が少ないわりに広いから大変だけれど、毎日頑張ってくれているわ。
 元気で明るい若者だけど、よく寝坊するのが玉に瑕。でも今日はちゃんと起きられたみたいね。

 
 「おはようございます奥さん!」


 帽子を取って大きな声で挨拶してくれる郵便屋さんの姿に、私も自然と笑顔になる。


 「おはようございます。今日もいい天気ね」

 「そうっすね!あ、今朝はいいお知らせっすよ」

 「え?何かしら」

 「ジャンから手紙です!」


 「まあっ!!」


 とっさにそれ以外の言葉がでなかった。
 それくらい驚いたし、嬉しかったから。


 あの子からの初めての手紙だ。


 差し出された手紙は3通。随分ぼろぼろになっていて、ところどころインクが滲んでいる。
 よほど長い旅をしてきたと見えて、角のところがすっかりよれてしまって、黒くなっている。
 汚れた薄っぺらな封書。 

 でも、今の私にしてみればこれ以上に価値のあるものはそうはない。

 郵便屋さんからそっと受け取ると、まるで子供が宝物を貰ったかのように、胸に抱きしめる。

 
 嬉しい!


 言葉の出ない私の様子に郵便屋さんは再度帽子を取ってにっこり笑い、よかったですね、と言ってくれる。


 ありがとう、今の貴方の後ろに太陽が見えるわ!


 「じゃ、俺はこれで行きますんで。今度アイツの様子聞かせてくださいね!」
 
 「ええ、もちろん!本当にありがとう!」


 ああ、ペーパーナイフはどこにいったかしら。いっそ手で開けてしまいたいわ!
 消印の日付が随分バラバラだけれど、いったいどこから出したの?
 なんだか随分たくさんのスタンプが押されているのね。それに、どうしてこんなに汚れているんでしょう。
 そうそう、返事はどこ宛に出すのかしら………



 ◇◇◇


 私はこの時、何も知らなかった。


 ジャンがどんなところにいるのか。
 どんなめにあっているのか。 


 手紙に書いてあったのは、軍で仲良くなった友人のこと。食事のこと。階級が上がって部下ができたこと。
 『靴紐が上手く結べない』とか『かぼちゃのポタージュが飲みたい』とか、本当に他愛のないこと。
 あまりにもこちらと変わらない平和そうな話題ばかりだったから、私は完全に騙された。


 あの子が戦場にいるなんて、少しも気づかなかった。


ROプレイヤー鋼錬を往く その8

 やぁ、よい子のみんな!
 僕のことを覚えているかな?普通の事務屋inハボックだ!
 今日は僕の身の回りの楽しい戦場ライフについてご紹介するよ!!

 ………………………ううむ。このキャラは失敗かもしれんな。


 ここは前線に一番近い第三野戦倉庫。俺の現在の勤務先である。

 野戦倉庫は兵站末地であり、補給物資のあれこれを前線に分配する大事な場所だ。
 危険な場所だから荒んだ空気がまったくないってわけじゃないが、物品が豊富なだけにそれなりに賑やかで活気がある。
 ヤケクソなんじゃねーのかという談もあるが、辛気臭いのが嫌いな俺にしてみればジメジメと湿っぽいのよりはるかにマシだ。
 物が集まるところには人が集まる。情報もまたしかり。
 あっちこっちの隊の噂話だの、本当か嘘か分からない上司のヅラ疑惑だの、セントラルの最新ニュースから最近はやりの笑い話まで、話題にことかかないというのも嬉しい。

 「お〜い、なんか面白い話知らないか?」

 「ハボック兵長!とっておきのがありますよ」

 ちょうど近くを通りすがった、俺と同い年くらいの二等兵を捕まえてみた。
 確か最近こっちにきたばっかりの奴だ。

 「へぇ、どんなネタだ」

 「身の毛もよだつほど恐ろしい怪談でしてね。オレも鳥肌が立ちました」

 「そりゃ期待できそうだ」

 戦場で怪談というのもオツなもんです。
 聞いたことがない話だといいんだけど。

 「期待してください!その名も『リカちゃんからの電話』という………」

 「………話の出処は」

 「セントラルです。なんでも新兵訓練所から広まった話だそうで」

 あ、やっぱり……。
 題名に物凄く聞き覚えがあると思ったんだ。


 「そのネタの大元は俺だ…………」
 
 「え…………」


 まぁ、まれにこんなこともあるが。
 概ね楽しくやっております。戦場にしては。



 ◇◇◇


 
 戦争というのは恐ろしいものだなぁと、ここに来て常々思っている。
 まあ今回の戦いは内乱っつーか内戦だから普通の戦争とはちょっと違うんだろうが、一介の兵士からしてみれば大差はない。

 だって、なんだかよく分からないうちに周りの人間がバタバタと死んで、気がつけばすでに兵長なんだぜ……。
 悪い夢というか悪い冗談というか、どちらにしても「悪い」をつけたくなるあたりで俺の気持ちを察してくれたまえ。
 軍の階級というのは一番下から二等兵、一等兵、上等兵ときて兵長になるんだが、普通ならば二等兵から上等兵になるのに二年はかかる。ところが俺はその半分、従軍からたった一年で兵長になってしまったのだから、兵の消耗の早さが分かっていただけるだろう。

 兵長。
 しかも人手不足のせいで兵長のくせに分隊長だ。
 軍曹どころか伍長でもないのに。

 なんでこんな事態になったのか皆目見当もつかない。
 もっと先任がたくさんいたはずなのに、気がつけば何故か俺の下に部下がいるし。自分だけでいっぱいいっぱいなのに人の命まで責任持てるかっての。
 地位も名誉もいらないから、俺はもう少し心の平安がほしいよぅ………。

 そもそもどこで道を間違ったんだろう。
 流されるままに軍に入った時か、東部に転属が決まった時か。
 それとも、あの襲撃がターニングポイントだったのか。

 少なくとも俺は一人の男の運命を変えた自覚があるが。

 
 「セントリー上等兵。頼むから音もなく俺の背後に立つのはやめてくれ」

 「おや、よくお気づきになりましたね」


 てめぇの影が俺の足元に映ったんだよ。

 めいっぱい不機嫌にジロリと見上げるとにっこり笑われた。
 コイツはこっちに赴任する際の襲撃の時に、俺がうっかり助けてしまった例の死にぞこないなんだが、なんの因果か今は俺の分隊に所属している。
 というか、どんな手を使ったのか襲撃後の隊再編の時からずっとくっついて回られているのだ。
 最近気がついたんだが、もしかして誰かの嫌がらせなのか。
 そりゃ確かに俺の魔法のことも知っているし使える奴ではあるんだが、いかんせん腹黒すぎる。
 
 「何の用だよ。まだ休憩中だろ」
 
 「ブラックウィドウ一等兵が面白い情報を拾ってきたもので、お耳に入れておこうかと」

 アイツか。
 自称チンピラなくせに妙に情報通な男だな。

 「面白いってまさか怪談じゃねぇだろうな」

 「怪談?いえ違いますよ」

 怪訝そうな顔で否定されて、こっそりと胸を撫でおろす。
 よかった。他人の口から二度も『リカちゃん』の名前を聞きたくはない。

 「私が聞いたのは、中央の話です。何でも来月あたりにかなり大規模な作戦が予定されているとか」

 へーそうなんだ。
 そしてそれはどこからどのように入手したネタだね。
 危ない橋を渡るのは個人の自由だが、頼むから俺を巻き込んでくれるなよ。


 しかし、雲行きが怪しくなってきたなぁ。
 
 その何とかいう作戦の影響がどれだけこの野戦倉庫に波及するだろう。
 前線でバタバタすると補給も忙しくなる。
 兵員が増えたら食う飯も増えるし、当然輸送量も増えるから俺の仕事も増える、と。
 東部は広いし、できるだけ遠くでやって欲しいもんです。

 「で、その作戦とやらの詳細は分かってんのか」

 できればもう少し詳しいことが知りたい。
 心構えとかいろいろあるしね。
 場所とか分かればそこだけ避けて移動するし。

 俺の仕事は東部に来ても基本的に変わってないんだけど、危険度だけは飛躍的に上がってる。
 こんなところでも、毎日とはいかないが二、三日に一度は死者の報告があるくらいだ。
 今のところ魔法のことは分隊の部下3人と、列車襲撃でも生き残った我が小隊長殿……いや、今は中隊長か。その4人しか知らないが、命の危険がちらりとでも出たなら俺は容赦なく魔法を使うぞ。
 まず生き残るのが最優先。命と厄介ごとを天秤にかけたら命に傾く。
 
 チキンとか言うなよ!マジ怖いんだって、銃弾は!
 ピュンとかいって飛んできて真横の砂に黒い穴が開いてたりするんですよ!
 しかも運が悪いと石に当たって跳弾して顔の横をチュンとかいって通り過ぎたりするんですよ!!
 
 元がAgiWizだからか妙に攻撃の当たらない俺でも、ヒヤリとしたことは一度や二度じゃない。
 こんなことならVITを伸ばしておくんだった。そうすりゃ防御力とか、最大HPに影響して少しは生存確率も上がったのに。
 

 ………そうなんだよ。
 なんでかゲーム中のステータスがこっちに反映されてるんだよね……。

 どれだけ鍛えても入隊前と体力変わらないとかマジ切ない。気がつけば俺が一番体力ないもん。
 いや、現実世界より遥かにいいですよ?でも、かなり鍛えた高校生レベルとプロの軍人を一緒にしてはいけない。
 ヒールという反則ぎみなドーピングがなければ俺はとっくにへばっている。

 「場所はどの辺かとか、どこの隊が関わるのか、とかさ」

 「……対象は東部全域。それ以外は作戦名を入手するのが精一杯だそうで」

 あらま。

 「ちなみに、その作戦名は?」


 「『イシュバール殲滅作戦』」


 あちゃー。

 何で俺、命に別状がない程度に弾に当たっとかなかったんだろう。
 負傷兵としてひっこんどきゃ良かった。
 今からじゃ間に合わないだろうなぁ。中隊長に怒られるし。

 はぁ……やだなぁ…。



ROプレイヤー鋼錬を往く その9

 文化的生活が恋しいハボックっぽい人です。

 あまりにも活字から遠ざかって久しいので、禁断症状が出ています。ああ文字が恋しい。
 せめてもの慰めに、今日は懐かしい現実の文学作品を引用して、今の心境を語ろうと思います。

 
 日差しにも負けず 砂嵐にも負けず
 激しい寒暖の差にも 地獄の熱波にも負けぬ 丈夫な身体を持ち
 慾は人並み なるべく怒らず いつも暢気に笑っている

 一日にライ麦パン3個と 不味い癖にカロリーだけは高いレーションを食べ
 あらゆることに自分を控えめに勘定に入れ よく見聞きし分かり嫌なことだけ忘れ
 
 東部の砂漠の前線の近くの 小さな野戦倉庫の分隊にいて

 東に病気の兵士があれば 行って後方へ輸送してやり
 西に危難の輜重兵あれば 行ってその護衛の任を負い
 南に死にそうな兵あれば 行ってこっそり物陰からヒールをしてやり
 北に戦闘やテロがあれば あぶないからよけて通ろうといい

 酷暑の昼はアイスウォール 寒さの夜はファイヤーウォール
 みんなにのほほんたいちょーと呼ばれ
 ちょっと褒められ あまり苦にされず

 そういうものに

 わたしはなりたい


 無理だと思うけどさ。
 ケッ。
 


 ◇◇◇


 
 兵士が足りないせいで、ちょっと時間が空くとすぐ雑務を押し付けられる。
 今日は炎天下で荷物のカウントをさせられた。
 命じた小隊長に軽く殺意が浮かびます。
 
 「あっちー……」

 口の中で氷を転がしつつ、座り込んでため息をつく。ふはぁ。
 人気のないテントの日陰は、地面が少し冷たくて気持いい。
 パトラッシュ、ぼくなんだか眠くなってきたよ……。
 ま、こんなトコで寝てたら誰も起こしてくれないだろうから、ホントに寝たりはしないけどさ。

 頭から被った日除けのフードを少し持ち上げ、空を見上げる。
 腹が立つほどいい天気だな、オイ。
 砂漠なんだから雨や曇りより晴れの日が多いのは当然だが、せめてもうちょっと太陽には遠慮してもらいたいもんだ。砂の照り返しで目が痛くなるから。
 ポケーッと阿呆のように上を向いたままガリガリと音を立てて氷を噛むと、ちょっと顎がガクガクした。
 いっとくけどシャレじゃないぞ。


 ………砂漠で氷、というこの状況。

 普通ならばどこから持ってきたのかと首をかしげるに違いない。
 それは当然の疑問だ。オートメイルだなんだと妙に進んだ技術もあるが、この鋼の錬金術師もどきな世界の科学力は、概ね俺の現実世界よりも低いと言っていい。
 ラジオはあるがテレビは今のところ見たことがないし、エアコンにもお目にかかっていない。ハボック宅には電子レンジもなかった。
 そんな少々古めかしいこの世界で、だ。
 錬金術師でもない俺が、なぜ砂漠で氷なんて手に入れられたのか。
 俺が普通でないことを知っている、聡明な皆様はもうお分かりですね?

 正直に白状します。氷の出処はアイスウォールです。
 
 アイスウォール。名前そのままに氷の壁。
 ゲーム中じゃあ魔法のレベルに応じた強度を保持し、一定時間ないし一定以上のダメージを受けると消えてしまう氷系の防御壁だ。
 しかしこっちでは本体こそ消えてしまうものの、消える前に割った破片はなぜかそのまま残っている。これを利用しない手はないだろうってことで、建物の影でアイスウォールを作ってはナイフでちまちま削り取っては口に放り込んでいるのだよ。

 ………いや、自分で最初に言ったことを忘れたわけじゃないんですよ?
 魔法は隠さなくちゃいけないなーとちゃんと思ってます。
 平穏無事に退役するために厄介事を回避するという方針は今までどおりです。
 じゃあなんでこんな他愛もないことに魔法をつかっちゃったかというとー。


 凄く凄く凄く凄く凄く凄く凄く凄く暑かったからだよ!!悪いか――――ッ!!


 
 ◇◇◇



 「月の〜砂漠をぉ〜は〜ぁるぅ〜ばーるとぉ〜」

 ぼんやりしてると懐かしい歌が浮かんでくるなぁ。
 今は昼間なんだが、こうも周り中砂漠だとついつい口ずさみたくなる歌だ。
 ちなみに昨日は一日シルクロードのテーマが頭から離れなかった。我ながら発想が安易というかイメージが貧困というか………。
 コンドルが飛んでゆくでもいいんだけど、あれは砂漠の曲じゃなかったよね。

 「旅のぉ〜駱駝が〜ゆぅきー…」
 

 「ご機嫌だな、ハボック」

 
 うっ!聞かれた!
 ていうかそんな処に人がいるとは予想だにしなかった! 

 「い、いらしたんですか、中隊長」

 物陰からひょいと出てきたのは、こちらに来る前に俺が所属していた小隊の前隊長だ。
 俺と同じように列車襲撃直後からポンポンと野戦任官……あれ、戦時昇進だったか?まあとにかく出世していったタナボタ仲間で、今では一個中隊を抱えた中隊長だ。
 責任ある立場をものともせず、時間を作ってはこうして下っ端に声をかけてくれる気さくな人だが、まだ士官学校を出たばかりだったのに半年もたたずに東部に飛ばされたあたり、並外れた運の悪さを感じさせる。

 「うん。ちょっと厄介な任務を頼みにきたんだ」

 ええー……。

 聞きたくないけど気にはなるなぁ。どんな仕事なんだろう。
 最近輸送の護衛というよりも輸送しかしていない気がするんですが、どうなんですかそのへん。
 人が足りないせいだろうが、毎度毎度なぜうちにばかり特殊な仕事が入るのか。

 「………なぜ、小隊長を通さず直々に?」

 「ハボックとは仲がいいから。小隊長に伝える前にリークしてやろうかと」

 にこにこと笑顔でおっしゃいますが、それってマズイんじゃないですか。
 ほら、なんか機密とかイロイロあると思うんですけど。

 「すごい嫌な感じなんですが、もしかして小隊規模で動かないんですか」

 「お、いい勘だね。この仕事はハボック分隊に一任するんだ」

 ギャース。
 こんな勘が当たってもうれしくねぇー。

 「どなたのご命令なんでしょう……」

 「命令なんてそんな、お願いだよ」
 
 うわーお願いときたよ、白々しい!
 普段はいい人なのになんでこうなんだろう。
 笑顔でおっとりと無理難題を押し付けるのやめてくれませんか!
 
 「まさか、また国家錬金術師の輸送とかおっしゃらないでしょうね」

 この間はキューピー頭のマッチョメンを運ばされたっけ。

 アームストロング少佐は暑苦しいことを除けば人間としてまともだったが、国家錬金術師の中にはアッチの世界へ羽ばたいている人が結構いるらしいから、できる限りお近づきになりたくない。
 特に漫画で悪名高かったキンブリーだかキンバリーだか言う奴とは極力出会わないようにしたいんだが……。

 「その『まさか』なんだ、これが」

 「勘弁してください」

 絶対ヤダ。

 ……って言いたいのは山々なんだけど、仕事だからなー。
 どんなに嫌な任務でも逆らうわけにはいかないのが軍隊だし。
 この懐かしい胃の痛み、久々に事務屋だったころのストレスを思い出したぜ……。
 できればずっと忘れて痛かった痛みだ。

 「駄々こねてもしょうがない。それで、どなたを運搬すればよろしいのでしょうか、中隊長殿?」
 
 「そう拗ねるな。心配しなくとも危険な人間ではないよ。私の士官学校時代の後輩だ」

 ん。士官学校?

 ちょっと待て、錬金術師でそれは……。
 いや、そんな、でも。
 だっていくらなんでも。

 「君も知っているかもしれないな。焔の錬金術師こと、ロイ・マスタング。聞いたことはないかい」

 「すごく聞いたことあります」

 あはははははははははー。

 やっぱりこんなことだと思ったぜチクショウ!!

 こんなところでお約束の美学なんざ追求してくれなくてもいいんだっつーの。
 俺の見ている夢ならば俺の希望を叶えてくれよ。
 ……夢だよな?嫌になるほどリアルだけど。怪我したら痛いけど。
 もうやだこの運命。 

 「それで、いつなんですか」

 「うん。明日」

 『うん』じゃねぇよ、このニコニコ悪魔め。
 藁はあるけど五寸釘ってどうやって手に入れたらいいのかなぁ。
 うふふふふふふ。
 


ROプレイヤー鋼錬を往く その10

 俺はジャン・ハボックではない。
 が、俺はハボックの母にはできる限り親孝行しようと決めている。
 短い期間とはいえ一つ屋根の下で母と呼んできたわけだし、なによりも自分が本当は『ジャン』ではないという後ろめたさがあるのだ。

 ………今朝、ハボックママから届いた手紙を読んで、改めて自分がすごく悪いことしているような気持ちになりました。
 ホント、何でこんないい人の息子がいきなり俺になっちゃったんだろう。
 
 ――――愛するジャンへ

 今朝、貴方からの手紙が3通も届きました。
 新しい物でも2週間も前の日付だったので驚きましたが、貴方が元気でやっていることが分かって皆とても喜んでいます。
 風邪はひいていませんか。野菜はちゃんと採っていますか。
 慣れない仕事は大変でしょうが、体にだけは気をつけてください。
 それにしても随分字が上手くなりましたね。まるで別人のようで、少し驚きました―――――



 ごめん母さん。
 
 実は、別人なんだ。



 ◇◇◇

 

 「いーかお前ら、お客様はエライ人だ!」

 相手は腐っても少佐。
 国家錬金術師で少佐というのはある意味インチキ階級なのだが、それがなかったとしても士官学校を出ていたなら少尉か、上手くすれば中尉程度にはなっていたはずだ。
 つまりどっちにしても士官なわけで、俺ら下士官以下の人間にしてみれば充分偉い人なのである。
 粗相がないよう、お行儀に対する注意にも熱が入ろうってもんさ。

 「いつもみたいな馬鹿話は今回厳禁です。あと、話す時はちゃんと丁寧に話すこと。そして任務は帰って報告するまでが任務です。わかったか?」

 目の前の三人の部下に言い聞かせてみるが、イマイチちゃんと聞いているのか怪しい。
 分かってんのか、オイ。
 
 「クーガーは物を壊さない、ブラックウィドウは下ネタ禁止、あとセントリーは黒い笑顔をしまっておきなさい」

 「気をつけます!」
 「ウィーッス」
 「一応、覚えておきます」

 微妙な返事だ。

 クーガーはその素直さで言われたとおりに気をつけると思うし、セントリーは狡猾だからボロは出さないに違いない。
 一番心配なのはブラックウィドウかなー……ガラ悪いんだもん。さすが自称チンピラ。
 相手が原作どおりのロイ・マスタングなら、めったな事じゃ処分されないとは思うんだけど、大人しくしておくに越したことはない。
 とにかく中隊長を相手にしている時以上に静かにさせておかなくちゃ。

 「じゃ、俺は中隊長のところへ行くから、お前らは予定通り車用意しておいてくれ」
  
 「「「Yes,Sir!」」」




 大丈夫かなー……。

 中隊長のテントに向かいつつもついつい振り返ってしまう。

 基本的にやるべきことはやる連中だと思うんだが、クーガー二等兵は力の加減ができてないし、ブラックウィドウは人生裏街道だし、セントリーはなんかアレだし。
 あのメンツを率いて無事に原作メインキャラを守りきれるのか?
 いや、多分ロイ・マスタングが死ぬことはないと思うんだが、他がな。なにせ任務の度に必ずなにかのアクシデントが起きる隊だ。
 キューピーマッチョのアームストロング少佐の時は、なんとクーガーが車を壊して砂漠で立ち往生ですよ。
 アームスロング少佐が直してくれなかったら多分大惨事だったね、あれは。

 それだけ迷惑をかけたのに、キューピーさんはとてもフレンドリーだった。
 何がよかったのか分からんが、かなり気に入ってくれていたように思える。もしかしたらクーガーとブラックウィドウの漫才的やり取りに心を打たれたのかもしれない。
 しかしながら、同じ国家錬金術師でもアームストロング少佐とマスタング少佐じゃまるでタイプが違う。
 ソリが合わないくらいならともかく、何か恨まれるようなことがないといいけど。

 あの人、きっと根に持つタイプだ。


 「ジャン・ハボック伍ちょ……じゃなかった、軍曹、参りました」

 テントの前で、今朝方変わったばかりの階級と姓名を述べる。
 またしても昇進、いよいよ深みに嵌ってきました。トホホ……。

 「来たね。入ってくれ」

 「失礼します!」

 中隊長に促されて中に入ると……いたよいたよ、例の人が!

 この国じゃ珍しい黒髪黒目で少々やつれ気味。
 アジアンテイストというか、微妙にモンゴリアンの気配を感じる顔立ちで、俺としてはそれだけで親しみが持てる。
 つーか、漫画で見た時は身長が小さいイメージがあったのに、ぜんぜんそんなことないじゃん。俺とそう変わんないよ。ま、今もって俺の身長は伸び続けてるんだけどさ。
  
 ちなみに初対面の印象としては、陰気な二枚目。

 まぁ、無理ないよな。
 確かこの人って国民を守るって理想に燃えて軍にはいったわけだろ?なのにフタを開けてみりゃ倒すべき相手はなんと同じ国民であるはずのイシュバール人。そりゃ罪悪感で暗くもなろうってもんだ。
 ましてや敵味方にこれだけ人死にが出たらねぇ………。
 おまけによりにもよって『焔の錬金術師』。いかにも大量殺戮兵器向きだから、きっとそっち方面での精神的ダメージも上乗せされてるんだろう。
 顔色の悪さからして、あんまり眠れてないか、飯が食えてないか。もしかしたら両方かな。きっと胃にもキてるに違いない。
 それでも生意気そうな雰囲気が「らしい」けれども。

 「マスタング少佐、彼が今回の護衛を任せた分隊の隊長だ」

 中隊長が手短に俺のことを紹介してくれた。
 はーい分隊長でーす。上がりたてのテンプラ軍曹でーす。
 
 「ハボック、こちらがロイ・マスタング少佐。今回お前が護衛する相手だ」

 「ジャン・ハボック軍曹です。よろしくお願いします」

 こっそり観察しながら敬礼すると、同じ種類の視線を返された。
 値踏みされてるな、間違いなく。
 精神的にキツかろうに、それでも冷静というか思考することを止めないとは難儀なお方だこと。

 「ロイ・マスタング少佐だ。世話になる」

 おお、礼儀正しい。好感度プラス10点って感じ?
  
 「精一杯努めさせていただきます」
 
 言いながら反射的に頭を下げそうになって、慌てて敬礼する。
 ううむ、三つ子の魂百まで……身についた習慣って、恐ろしい。

 「ハボックの逃げ足は右に出るものがないほどに優秀だ。安心して護衛されるといい」

 物凄く率直な意見をありがとうございます、中隊長殿。
 しかしこの言葉、普通なら嫌味だと思うんだろうけど、俺にとっては褒め言葉だ。
 何せ俺は逃走にだけは自信があるからな。むしろ逃走にしか自信がないといってもいいくらい。
 時には退却も是とする中隊長の下につけたのは強運のなせるわざってやつだろうが、スキルについては俺が選んだ選択だ。
 この身は避けることに特化した存在。
 当たればダメージはでかいが、そもそも当たらなければ攻撃に意味などない!

 「くれぐれもよろしく頼むよ。彼は将来有望な後輩なんだ」

 中隊長がにこにこしながら釘を刺す。
 はいはい分かってますとも。心配しなくたって大事にエスコートしますよ。

 「大丈夫です。とりあえず危なくなったら急いで逃げますから」

 「その時はちゃんと少佐も連れて行くようにね」
 
 「了解です。退却には自信ありますので、ご安心を」

 ふっ、AGIWizの敏捷性を舐めるなよ。
 もちろん指揮する分隊だって移動速度には定評がある。

 ……すみません、正直に言います。実は、俺以外の全員がスピード狂という恐ろしい事実があればこそなんです……。

 「頼もしい限りだな………」

 俺と中隊長のやり取りに、ロイ・マスタングがポツリと呟いた。

 言ってることと表情があってませんぜ、マスタングの旦那。
 呆れた顔で言うのやめてくださいよ。 



 ◇◇◇


 
 ロイ・マスタング氏は思ったよりずっと大人しい。
 もっと自己主張するかと思ったんだが、そりゃもう静かで拍子抜けした。
 後部座席の真ん中でブラックウィドウとクーガーに挟まれて座っているんだが、まるで借りてきた猫のごとしだ。 
 もしかしたら両側が煩いだけかもしれないが。

 「………というわけで、俺はヤツから財布ごと巻き上げたのさ!」 

 「うわぁ、すごいですね、ブラックウィドウ先輩!」

 チンピラがベラベラと吹聴する自慢話に、バカが心底関心したように相槌をうっている。
 ふと気づいたんだが、ウチの分隊って結構キャラクターがバラエティに富んでるよな。
 チンピラ・バカ・陰険に小心者の俺。そしてそこにインテリ女たらしのマスタング少佐が加わるわけか。
 ドリフでコントができそうな素敵なラインナップだ。

 「はっはっは!そうだ、こんな話を知ってるかクーガー?」

 「どんな話ですか!」

 「人差し指と親指でL字を作った時、人差し指の先から親指の先までの長さっつーのが……」

 なんつー話をし始めるんだオタンチンめ。
 下ネタは止めとけって事前に言ったじゃねーか、このスカポンタンどもが。
 
 ………上官の前だけど、振り向いて殴ってもいいですか。
 特にチンピラの方を……。
 え、鉄拳制裁って今時流行らない?
 そいつは言わないお約束ですよ、おとっつぁん。



ROプレイヤー鋼錬を往く その10.5

 第三野戦倉庫の近くには『小人さん』が出るらしい。


 そんな噂を耳にしたのは、戦場へ出てすぐのことだった。
 兵士たちが言うには、『小人さん』は綺麗な金色の髪をしていて、怪我をしているとこっそり治してくれたり、追いかけてくる僧兵の足を泥に沈めてくれたりするそうだ。
 もちろんいつでもというわけではないそうだが、パニックを起こして追い詰められた二等兵や、怪我のせいで逃げ遅れた負傷兵が、時折そうして助けられているという。



 ふと、そんな都市伝説ならぬ戦場伝説を思い出したのは、私の次の行き先が第三野戦倉庫だったからだ。

 今回の作戦での攻撃地点への護衛は、第三野戦倉庫に所属する兵が受け持つことになっていた。 
 通常であれば小隊から中隊規模の兵が先行し、特定の場所までイシュバール人を追い込んでから纏めて焼き払う。
 珍しくそれをせず、後方から少数の兵と共に作戦に当たるのは、既に彼らが一箇所に固まっているためだ。

 東へ向かう途中。
 放棄された町の先にある、砂漠の中の小さな岩山。
 そこに空いたいくつもの洞窟の中に、イシュバール人達が隠れ住んでいる。
 なるほど、弾丸や大砲から逃れるには悪くない場所だ。

 ―――――だからこそ、国家錬金術師が向かう。
 

 不運だな。
 そうポツリと呟いた言葉は、誰に向けたものか。自分でもはっきりと答えることができない。
 殺されるイシュバール人へか。それとも付き合わされる兵士達へか。
 少なくとも、自分に対してということはない。そんな権利はないと重々承知している。
 それだけのことをしているのだから。


 ………私の名はロイ・マスタング。

 焔の錬金術師と呼ばれる、一人の殺戮者だ。



 ◇◇◇
 

 
 私の護衛は一個分隊だそうだ。

 一個分隊、4人。
 作戦の特殊性もあるだろうが、これだけ行動を共にする人数が少ないのは初めてだった。
 戦地に来てまだそれほど間がないが、今までの経験から言って、大抵の指揮官は私の周囲に最低でも10人を超える人数を配置する。
 大火力を持つ私を守ることが、戦場で成果を挙げ、生き残ることに繋がるからだ。
 それが突然片手に納まる人数に減って、なおかつその兵士達の本来の任務は輸送の護衛だという。 

 もっとも、ただそれだけならこうも気を引かれることはなかったろう。
 しかし手配をしたのがアードヴァーグ大尉だと聞けば話は別だ。

 アードヴァーグ大尉は士官学校での一学年の先輩だ。
 特に親しく付き合ったわけではないが、その温和な性格と聡明さから、多くの後輩に慕われていた。
 穏やかではあるが決して柔弱ではない。いつぞやヒューズがそう評価したのを覚えている。
 もちろん、卒業以来一度としてあってはいない先輩が、この内乱で変わらずにいるという保証はない。
 だが、少なくとも彼は生き残っている。
 生き残り、同期の者に先駆けて大尉となり、その階級のままで中隊を任されている。
 それはつまり無能ではないということだ。
 
 ならばきっと、何か意味があるに違いない。
 そう思って第三野戦倉庫に赴いたのだが…………。


 随分と若いな。


 まず最初に抱いた感想がそれだった。
 月並みかもしれないが、ここにいたのが私でなくとも、やはり同じことを思うに違いない。
 なにせテントの中に入ってきたのは、見たところせいぜい二十歳そこそこといった年頃の、まだ年若い青年だったのだ。

 「マスタング少佐、彼が今回の護衛を任せた分隊の隊長だ」  

 アードヴァーグ大尉の紹介を受けて、青年がさっと敬礼をする。

 ……分隊長ということは、彼がテントの前で名乗った階級は、やはり聞き間違いではないのだろう。
 軍曹で分隊長。なるほど、言葉だけ聞けば何もおかしいことはない。
 彼がせめて、あと二、三歳ほど年を重ねていれば。

 「ハボック、こちらがロイ・マスタング少佐。今回お前が護衛する相手だ」

 「ジャン・ハボック軍曹です。よろしくお願いします」

 私の戸惑いをよそに大尉が軍曹に私を紹介し、それを受けて軍曹が改めてこちらに礼をとった。
 ふむ、確かにこの慣れた仕草は数ヶ月やそこらで身につくものではない。
 見た目は新兵といわれても通用するほどだが、やはりそれなりの実績があるのだ。
 
 「ロイ・マスタング少佐だ。世話になる」

 答礼を返しつつ考える。

 二十歳前後の、下士官の青年。
 彼が外見のとおりの年齢であるなら、十中八九この内乱中に戦時昇進したのだろう。
 それでも、従軍してからその軍歴のほとんどを東部の戦場で過ごしてきたのでなければ、昇進速度が計算にあわない。
 
 (一個分隊の護衛というのはつまり、少数精鋭なわけか)

 それだけの技量をもっていなければ今まで生き延びられはすまい。

 「精一杯努めさせていただきます」 

 無難な返事に軽く頷く。
 こちらを眺める視線には、ごく僅かながら対象物を観察するような冷たさがあった。
 それに気付いたのは、私も彼という人間を測っていたからなのだが、そうでなければきっと見落としていただろう。
 とぼけた表情とたれ目が相まって妙に眠そうに見えるが、一筋縄ではいきそうにない。
 
 『中々の曲者』という評価を下しかけたその時、大尉が微笑みながら言った。
 
 「ハボックの逃げ足は右に出るものがないほどに優秀だ。安心して護衛されるといい」

 ……………それは、褒め言葉なのか……?

 要するに機動力があるということを言いたいのだろうか。
 私としては無闇に突っ込まれるよりよほどありがたい同行者だが、軍曹にしてみればいきなり皮肉を言われたようなものだ。

 「くれぐれもよろしく頼むよ。彼は将来有望な後輩なんだ」
 
 大尉はさらに追い討ちをかけるようなことを言う。
 反応を気にしてこっそりと軍曹のほうを見てみれば、なんと彼はちょっと胸を張っていた。
 予想外のリアクションだ。

 「大丈夫です。とりあえず危なくなったら急いで逃げますから」

 「その時はちゃんと少佐も連れて行くようにね」
 
 「了解です。退却には自信ありますので、ご安心を」

 二人の意図が読めない………。

 嫌味の応酬なのか?
 それとも本気なのか?
 二人のことをそれほどよく知らない私ではどうにも判断がつきかねる。
 だが、これが嫌味でなくて本気での会話だとすれば、そちらのほうが恐ろしいような気がする。
 これでいいのか、第三野戦倉庫。本当に少数精鋭なのか。

 「頼もしい限りだな………」

 それ以外に何を言えというのか。もはやため息をつくしかない。
 
 結局私の中でのハボック軍曹の人物評価は保留になってしまった。
 さて、彼の部下はいったいどんな性格なのか……。
 できれば、もう少しわかりやすいといいのだが。  



 ◇◇◇



 ビクビクされることも擦り寄られることも、無視されることも小声で噂されることもない。
 まあ、その程度ならば予想していた。
 分隊長の軍曹からしてまったく『国家錬金術師』に対してこだわりがないようだったから、部下もそうかもしれないとは。

 だが、まさか隣で猥談を始められるとは……。

 「………私のことがまるで気にならないようだな」

 思わず口に出すと、ハボック軍曹が慌てて振り返り、心底申し訳なさそうに謝った。

 「すみません、少佐の目の前で!今すぐ黙らせますので」

 「いや、そういう意味ではないからその拳はしまっておきたまえ」

 軽く嗜めて親指を握りこんだ拳を下げさせる。

 「は。ではどういう意味ですか?」

 「つまり……私が不快ではないのか」
 
 横を通り過ぎる瞬間まるで見世物を見るような目で見られることもあったし、化け物だ、人間のできることじゃないと言われてきた。
 もちろんそうでないこともあったのだが、悪いことのほうがより印象深いものだ。
 よって、このハボック分隊の面々のこだわりのなさは、私にとって随分と不可解なものだった。

 「え、何がフカイなんですか」

 一番若い二等兵が不思議そうに言う。たしかクーガーという名だったはずだ。
 若いと言っても軍曹とそう変わらない年のようだが、やけに幼く感じるのは軍曹があまりにも老成しているからだろう。
 それにしても、本当に分かっていないのだろうか。
 他の顔を見てみれば、ハボック軍曹をはじめ、他の二人の兵士も『一体何を聞かれたのか』という顔をしている。

 「私と共に行くことが嫌ではないのか、と聞いたんだ」

 「え。だって、少佐は別に俺ら、じゃなかった、小官らには何も酷いことをしてません。嫌がったりする理由がないです」

 ……どうやら本気でそう思っているようだ。
 先ほどまで話し込んでいた年嵩の上等兵も同じ意見のようで、無言で頷いて分隊長へ目を向けた。何か言ってくれ、と促している。
 視線を受けたハボック軍曹は二人を見て少し笑ってから、ゆっくりと口を開いた。
 私よりも年下であるのに、五つ六つ年上のような物腰だ。

 「味方まで巻き込んで攻撃するような国家錬金術師もおられるそうですが、その点に関して、少佐はまったく問題がないように思われます」

 小さな子供に言って聞かせるような語調が、やけにこの男の雰囲気にあっている。

 「加えて言うなら、無理難題を押し付けたり兵を消耗品扱いしたりもなさらない。失礼ながら、上官としてはそう悪くないと思いますね」

 「そう悪くない、かね」

 上官に対してその口のきき方は不遜だと怒る者もいるだろうが、私は怒る気になれなかった。
 『悪くない』という微妙な言葉で、しかも借り物の護衛ではあるが、部下に認められたのだ。

 それで私が殺した人間が生き返るわけでもないし、人を殺すために錬金術を使った事実が変わるわけでもない。
 血に塗れた手は永遠に元には戻らず、身に負う怨嗟が消えることもない。
 私は未だ悩み続けている。己に問い続けている。
 何故。何故。何故。
 答えの出ない疑問ばかりが蓄積し、脆弱な心を追い詰める。

 だが、ほんの少し。
 ほんの少しだけ、呼吸が楽になったような気がした。

 そしてふと気付く。
 思えば、戦場に出て初めてかもしれない。
 これほど長く一般の兵士と話したのは。

 (もっと、部下と話をしてみようか………)

 ガラにもない反省をしてみる。
 恥ずかしい話だが、おそらく私はハボック軍曹の言葉に感動してしまっていたのだ。
 
 彼らの次のやり取りを聞くまでは。


 「そもそも分隊長の魔法のほうがデタラメじゃ……「こぉのバカチンがあぁぁぁっ!」あわわわわ!」


 魔法……?何のことだ。

 というかハボック軍曹、バカチンはないだろう。
 そして私を挟んで二等兵の鼻の穴に指を突っ込むのはやめたまえ。
 あまつさえその指をクーガー二等兵の軍服で拭くというのはちょっとやりすぎではないか。

 「少佐、お気になさりませんよう」

 私が呆然としているのに気づいたか、先ほどまで無言だった運転手があっさりと言い放った。
 セントリーといったか、座っていても長身と分かる兵長だ。
 この騒ぎの中でまったく動じた様子がないのだから、只者ではない。

 「これが我が隊の常態です。ハボック分隊の今週のモットーは『お気楽極楽』ですので」

 なんだそれは。

 急激に感動が薄れていく。

 なんだこの分隊は。
 良いことを言うかと思えばいきなりおかしな挙動をとる、何を考えているのか分からない軍曹。
 下品かつガラの悪い上等兵に、ちょっと頭が足りなそうな二等兵。
 そしてこの運転手もさりげなく慇懃無礼だ。
 何やらハボック軍曹には秘密があるようだが、それに対する追求さえどうでもよくなってくる。
 これで本当に軍人なのか?
 実はどこかの高校生が潜り込んだのだと言われても納得してしまいそうだ。

 脱力していく私は、それでもポツリと口を開いた。

 「………先週のモットーは何だったんだね」

 「『命を大事に』です」

 先々週は『ガンガン逝こうぜ』でした、と言いながら、運転手は一瞬振り返って満面の笑みを見せた。
 その爽やかな微笑みにどこか胡散臭いものを感じたのは、私の気のせいではないだろう。


 アードヴァーグ先輩、あなたは彼らと私を会わせてどうしたかったのですか。


 青空に大尉の幻影を見たが、彼はにこやかに笑うばかりで何も答えてはくれなかった。



ROプレイヤー鋼錬を往く その11

 こんにちは、ハボックのような何かです。

 最近人間に対して攻撃魔法を繰り出すことに躊躇がなくなってきました。

 一番最初に自分が撃った人間の死亡を確認した時は、戦闘後に散々ゲロッた上に3日くらい眠れなくて、さらに10日は悪夢を見続けたものですが、今ではそんなショックを受けることはありません。

 ガンガン引鉄を引くことができますし、人間の氷漬けを前に立ち話もできるようになりました。
 理由は大雑把に言って二つ。
 慣れた、というのが一つ。
 もう一つは、開き直ったから。

 だって絶体絶命の大ピンチで思わずソウルストライク……俺が一番使い慣れた念属性の魔法をぶっ放したら、レベルアップしちゃったんだもん。
 殺伐とした戦場でいきなり頭の上に羽が広がって、間抜けで明るいレベルアップの効果音が流れたら、そりゃバカバカしくもなりますよ。 
 間違いなく敵を――――人間を一人、殺してしまったという衝撃の事実の結果がですよ?

 よりによって頭上に羽。しかも祝福ムード。

 これで一気に意識が切り替わったね!
 兵隊はお仕事です。人を殺すのもお仕事です。
 文句がある奴ぁ同じ立場に立ってみろってんだ!!
 
 俺は殺るときは殺る男だぜ!


 …………夢が覚めたら殺人鬼とかになってたらどうしよう。



 ◇◇◇



 「とりあえず、一旦停めますよ」


 ドリフトで停めてから言うことかよ……。
 今の俺はきっと病人のような顔色をしているだろうが、後部座席のマスタング少佐も一目でヤバイと分かるほど青い顔をしている。

 わかる。わかりますよその気持ち。
 普通は砂地を走るならもっとこう、慎重に走るもんですよね。
 パリダカじゃあるまいし、ちょっと坂を越えただけで数メートルも車が滞空するようなスピードは必要ない。
 俺の常識は間違ってないですよね!

 「――――間に合わないかと思ったが、意外と早く着いたな」

 そりゃあんだけスピード出しゃあな。
 中隊長はうちの分隊の移動速度を知ってて攻撃の時間を設定したわけだが、それでもまだ結構余裕があるんだから、セントリーの運転がいかにスバラシイかわかっていただけるだろう。
 言っとくが褒め言葉ではないぞ。

 てゆーか少佐、声が震えてますけど大丈夫ですか?

 「あっちの丘のすぐ向こうに第五大隊が控えてるんですよね」

 「多分な」
 
 異様に元気なクーガーの問いに、元気のない俺が適当に答える。
 
 セントリーが車を停めたのは、攻撃目標の小さな……いや、ここから見ると中々大きいんだが……岩山を9時方向に見るちょっと小高い岩の上だ。
 位置関係を分かりやすく説明すると、俺らのいる場所から右斜め前に放棄された町。左斜め前に岩山。正面数キロ先に第五大隊が潜んでいる丘、ということになる。
 今いる地点とさっき挙げた3箇所を線で繋げば、ほぼ正四角形が形成されるだろう。

 遥か先の第五大隊は、本来別の大きな街区を制圧するためにあの辺りにいる部隊で、さっきから遠くで鳴っている砲声は彼らが放っているものだ。
 こちらに手を貸してくれるのはいわば片手間ってわけだな。
 なんだか中隊長が裏から手を回してこっちに人数を裂いてもらったらしいけど、あんまり詳しい話は聞かなかった。
 聞かないほうが俺の精神衛生上よろしい気がしたもので。

 「少佐の攻撃で一気にドカン。運良く生き延びてアッチへ逃げた奴らも、丘を越えたら隠れてた兵隊が狙い打ちか。ヘヘッ、えらくボロイ商売じゃねぇか」

 商売とか言うなブラックウィドウ。
 お前が言うと女衒かいけないお薬の売人になったような気がするんだ。

 「ここからは歩いてくんですか?遠いなぁ。俺、隠れるの苦手なんですよ」
 
 困ったような声を出しているクーガーは、分隊中ダントツで背が高い。
 さて、こいつがちゃんと身を隠せるような遮蔽物がどれだけあるかな……。
 最悪塹壕掘りながら移動か?と思いつつ、車を置いた大きな岩影から、ひょこひょこと顔を覗かせる。


 ……とりあえず、景色はすごくいい。

 こんな時でなきゃきっとしばらくポカンと見ほれていたかもしれないくらい、印象的だ。
 砂地がどこまでも続く中に、まばらに点在する変な形の岩。
 風に削られたのかどれも角が丸くなっていて、真ん中が空洞になっていたり端がうねうねと曲線を描いていたりと実に表情豊かで見ごたえがある。

 ああ、あれだ。
 何か見覚えがあると思ったら、NHKのドキュメンタリーか旅番組あたりで以前見た、アメリカだかオーストラリアだかの奇岩地帯。
 あれにすごく良く似ている。

 「あ、でも隠れるとこはいっぱいありますね」

 こら、クーガー。観光に来てるわけじゃないんだからうきうきするんじゃない。
 もう少し緊張感を持って行動しなさい。

 「で、隊長。場所はどちらに?」

 双眼鏡を覗いたままセントリーが尋ねてきた。
 さすがに同じ周囲を見回すのでもこっちは警戒心が違う。
 後ろのブラックウィドウも同様で、無駄口は叩くものの、いつになく真剣な面持ちで銃を構えている。
 こういうところに経験の差が出るなぁ。

 「うーん……実はあんまり細かく指定されなかったんだよ」

 されなかったと言うよりは、してもらえなかったって言ったほうがより正確だ。
 第三野戦倉庫に降りてきた情報ってあんまり詳しいものがなかったし。
 一応中隊長が色々探ってはくれたんだけど、ここなら安全って断言するところまでいかなかったみたいなんだよね。
 
 「とりあえず町の中に入るのは避けろとは言われたけどさ」

 「頼まれたって行きたかぁねぇですがね」

 ブラックウィドウが軽く肩をすくめてみせた。

 ああ、うん、俺も行きたくないわ。
 住人が潜伏してたらやだし、なんだか不気味だし、戦いにくそうだし。
 ゴーストタウンとかちょっと見てみたいけど、それよりまず命が大事だ。

 「だから少佐の都合次第なんだけど……」

 いかがです?と振り返ると、マスタング氏はあっさりと答えた。

 「ここでいい。距離的には問題ない」

 マジで?一応視界には入ってるものの結構な距離がありますが。
 いや、もちろんここまで近づくのだって恐る恐る近づいたんだけど、本当に必要なら頑張ってもっと近づきますよ。
 徒歩になるだろうけど。

 「視認もできるし、位置も規模も聞いていたものとほぼ変わらない。精密なコントロールの必要がないならこれで充分だ」
 
 自信満々の焔の錬金術師がきっぱりと言った。
 確かに大したコントロールはいらないわな。突っ込んでる味方もいなけりゃ、距離だってあるし。

 それにしても、錬金術の射程ってそんな広いの?全然知らなかった。
 いや、射程っておかしいか、撃つわけじゃないんだから。
 有効範囲……間合い……ううーん……………。

 …………ま、いっか。

 「それでよろしいなら、ここにしましょう」

 本人が大丈夫だって言うんだからいいんだろ。

 「セントリーは車で待機な。いつでも出せるようにしといてくれ。ブラックウィドウとクーガーは俺と一緒に少佐の護衛」

 クーガーの元気な応えととブラックウィドウのいい加減な返事を聞きつつ、銃を抱えなおす。

 あー重たい。重たいけど軽いと死にそうな気がする。
 そういえば連中の武器って何だったかな……。
 中隊長曰く、上からの情報どおりならこの辺は射程外だけど、最近なんだか新しい銃が出回ってるらしいし。
 以前輸送の御伴でちょっと前線近くに行ったときもそんな噂が耳に入ったから、用心するにこしたことはないよな。

 「ここだと左のほうの岩が邪魔じゃねぇですかね」

 ブラックウィドウに言われて、ちょっと考え込む。
 確かにちょっと目標が見えにくいかな。

 「少佐、あちらの岩の下あたりでいかがでしょう」

 今隠れてる岩から少し離れたところに、ここより横に長い形の岩がある。
 横は二倍、高さはほぼ同じだが、あちらのほうが6,7mくらい岩山に近くて、前方に大きな岩が見えない分こっちよりも見通しがいい。

 「かまわないが」

 おっし。

 「では、まず俺が先に行きます」

 一言断ってから、岩の端まで行って辺りを警戒。
 まあこの辺に敵さんがいるとは思えないけど、一応な。万が一ってことがないとも限らないし。
 敵がいないのを確認したら、体をできる限り小さくして、すばやく向こうの岩までダッシュする。
 多分皆同じだろうが、この瞬間が一番おっかない。
 
 …………ふー……。
 
 滑り込むように岩陰に入り、キョロキョロと周りを見渡して一息。
 銃撃はなし。見つかってないか、もしくは近くに敵がいないか………それとも、様子見か。
 とりあえず移動は大丈夫かな。
   
 軽く手をあげ、ハンドサインで待機している三人にこっちへくるように伝える。
 気をつけろよー。

 軽く頷いたクーガー、続いて少佐が飛び出し、俺の横に転がり込んでくる。
 少佐は多少もたついたが、こういう経験ってあんまりしてないんだろうか。
 ………本当は俺らだってこんな前線の兵士みたいなスキルは身に着けたくなかったんだけどさ……。
 過去、中隊長に押し付けられた様々な難題を思い出して鬱々としてたら、残っていたブラックウィドウが飛び込んできた。
 
 やっぱり攻撃はない。

 「時間はよろしいでしょうか」

 一応攻撃は9時って話だったよね。

 「あと10分くらいだな」

 ああ、さっきあっちでぐずぐずしてたから。

 でもどうせならもう少しギリギリまで話してればよかったかも。こういう時の10分って物凄く長く感じるんだよ。
 手持ち無沙汰っていうか、間が持たないっていうか。
 作戦直前に雑談したら怒られるかもしれないし、そもそも俺達と少佐じゃ共通の話題もない。
 どうしたもんだろう。
 
 「………軍曹は……」

 「はい?」

 おお、少佐自ら話題を振ってくれるとはありがたい。
 何か面白いお話でもあるんですか。ないなら俺が話してもいいですよ。
 ちなみに最近のマイブームは怪談です。

 ……クーガーとブラックウィドウが、俺から不穏な空気を感じたのか、ちょっと離れた。

 失礼な奴らだな!お前らグリム童話でさえ怖がったじゃねぇか!!

 「……軍曹は、何のために戦っているんだ?」

 ま、真面目な話か……。

 「いや、実家が火事になって負債を抱えてまして……それで軍で稼ごうと入隊したんですが」

 「そんな事情があったのか」

 「はい。だからまぁ、とりあえず借金返済のために戦ってるというか」

 自分で言っていて悲しくなってくる。
 もっとこう、誰かを守りたいから!とか、時代を変えたくて!!とか言えばよかった。
 よく考えたら家族のためですとか言っても間違いじゃなかったんじゃね?
 なんで後から気付くかなぁ。

 「イシュバールの人間も、私達軍人が守るべき国民だ。悩んだことはないか」

 「あーそりゃ……もちろん抵抗はありますがね。でもそれで躊躇ったら部下が死ぬでしょう」

 ていうか俺が死ぬでしょう。
 
 「俺は死にたくない。部下も死なせたくない。中隊長や他の部隊の知り合い連中にも死んでほしくないとなれば、後は敵を殺すしかないわけで。もちろんそれ以外の道があったらもろ手を挙げてそっちを選択しますが、あいにくとこの場所じゃこれしかない」

 「戦友のために罪のない相手を殺す、か……」

 そんな悲壮感に溢れた格好いいもんじゃないんだけど。


 一言で言うと、殺られる前に殺れ。


 ………なんでだろう、なんか今凄く悪人になった気がした。一言で言わないほうがよかったかもしれない。

 と、とにかく!
 知らない奴の命よりも知ってる奴のほうが大事だという、エゴイズムと言えば聞こえはいいが、よーするに自分本位な考えが根底にあるわけです。でも皆似たような気持ちなんじゃないかな。
 守るべき国民とか言われても、そもそも立派な志があって軍に入ったわけじゃないからそういう意識も薄いし。

 ふと気付けば物凄くここに適応してるな、俺。
 平和な日本の小市民が戦場に順応するってのは、やっぱこう、現実感が薄いせいかね。
 
 「ま、悩むだけ悩んでくださいよ。思考を止めると成長しないって言いますし、少佐が偉くなって沢山考えてくれればこの先この状況も変わるでしょう」

 「そう……そうだな。もう少し、考えてみる。ありがとう軍曹」

 そんな素直に言われるとなんだか罪悪感が沸いてくるな……。
 ところで少佐、悩むのは勝手ですけど、仕事はちゃんとしてくださいね。

 「お時間は?」

 「………頃合だ」

 さっきまで気弱げな様子だった少佐が、狙いを定めるようにキッと岩山を見据えた。
 おお、シリアスな雰囲気。子供っぽい顔がなんだか凛々しく見えますよ少佐!

 「私がなぜ焔の二つ名を与えられたか、見ているといい」

 童顔にニヒルな笑いを浮かべて、格好のいいことをおっしゃる。

 もしかして決め台詞か?

 こっそり阿呆なことを考えつつも横で見ていると、少佐がおもむろに片手を挙げた。
 あ、あれが噂の発火布ってやつかな。皮みたいな質感でわりと柔らかそうだけど。
 なるほど確かに甲の辺りに変な模様が入ってるわー。


 バチッ
 


 ドン!!




 …………………こっ…


 コエエエエェェェエエエエ!!!!

 
 何だ今の!?
 隣でパチンと指を弾いたかと思ったら遠くで火柱が上がったよ!!
 
 お兄さんちょっと度肝を抜かれました!
 え、これ射線とか初速とかどうなってんの?なんかもうこの時代の大砲超えてますって!
 見た目の派手さだってファイアーウォールと比べたら当社比7.5倍くらいはあったっつの。マジ凄い火力だ。
 ご感想を述べると少佐が気の毒だから言わないけど、確かに人間重火器と陰口叩かれるだけのことはあるわ。
 味方にすると頼もしいけど敵にしたら恐ろしい!!

 錬金術こわいよ錬金術。

 ポーカーフェイスを装いつつ内心ガクガクブルブルと震えている間に、横では少佐が指パッチンを連発している。
 パチンとやるたびに上がる焔が岩山を取り巻き、仕掛け花火のナイアガラの滝状態。
 そんな恐ろしい光景を前にした俺の頭の中には、『ポ〜ケットを叩くとビスケットがひっとっつ♪』の曲調で、『ゆ〜びを鳴らすと火柱がひっとっつ♪もひとつ鳴らすとひ〜ばしらがふったっつ♪』という阿呆な替え歌が浮かんでいた。

 「おいクーガー。どんな様子だ?」

 とりあえず抑えきれない動揺を誤魔化すために、俺より目がいい奴に話を振ってみる。

 そしてびっくり。
 なんでお前そんなに落ち着いてんの。
 ブラックウィドウもなに当たり前のような顔してるのさ。

 もしかしてビビッてんの俺だけ………?

 「うーんと………ほとんどの敵は倒したんじゃないかな、と思います」
 
 「もしかして全滅か?」

 「いえ、丘のほうへ5,6人走ってって………あ、第5大隊に撃たれちゃった」

 相変わらずアボリジニーかマサイ族並みの視力だな。
 しかしそれくらいしか逃げた人間はいないのか。まああの火じゃあなぁ。

 …………あれ、じゃあ少佐の仕事これで終わり?

 後ろを振り返ったら、岩陰の車の中で双眼鏡を持ってたセントリーがこくんと頷いたのが見えた。
 あらまあ。

 「少佐、どうやらこれで終了みたいですが」

 「………なら、アードヴァーグ大尉に報告だな」

 どうやら本気で撤収らしい。
 楽な仕事っつーか……本当に護衛のためだけに来たんだな、俺達。
 そのほうがありがたいんだけど、拍子抜けだ。

 「じゃあとりあえず車に戻るか」

 そう言って指示を出そうと振り向いたら。


 顔の真横を抜けていった何かが、ボッ!とくぐもった音と小さな砂塵を立てて、後ろのほうへ着弾しました。

 
 何か、イコール弾丸。

 
 「少佐、頭引っ込めて!!」


 言ってるそばから弾がどんどん飛んでくる。
 ちっくしょ、どっから撃ってきてんだよ!

 拍子抜けとか思ったのがまずかったのか?
 ごめん、謝る!今のなし!!


 
 ◇◇◇
 
 
 
 「町とここの真ん中あたりだと思います」

 クーガーが言うには、ぱっと数えても十箇所以上の場所から攻撃されているらしい。
 一箇所に一人潜んでいるとして、十数人。
 もし二人以上だとしたら、少なく見積もっても20人を軽く超えると思うとめまいがする。

 「……位置からすると、第五の連中を警戒して出張ってたやつらが、こっちに向かってるってことか」

 「はい。多分なんですけど」

 つまり怒り狂って復讐にいらっしゃるわけですか。
 こなくていいのに。
 
 「それであの、隊長、あいつらの持ってる武器って……」

 射程で気付いたか。

 町に向かって左側の岩の後ろには、俺、少佐、ブラックウィドウ、クーガー。
 町に向かって右側の岩の後ろには、車に乗ったセントリー。
 そしてその間の6,7mほどのスペースを、間違いなく銃弾が通り抜けている。

 届いているのだ。あれだけ遠くから撃ってくる弾が。

 「多分どっかが供給してるんだろ。地理的にはアエルゴか」
 
 内戦に介入して代理戦争やらせるとは、どっかの某大国みたいなことしやがって。

 しかし、そうすると武装はかなり俺達に近いだろう。
 アエルゴが自分達のお古をくれてやったにしても、射程はほぼ同じ。
 ランチェスターの法則を持ち出すまでもなく見ただけでこっちが負けそうだ。
 とりあえずは少佐の規格外な錬金術を頼りに、足止めして車で逃走ってのが妥当だろうが………。

 「まずいことになったな」

 そらまずいですよ少佐!
 まだ肉体年齢19の身空で、こんなとこで死にたくない。もうすぐ20歳だけど!!


 ……………精神年齢はそろそろ29になろうという年ですが。
 でも、日本の普通の28歳は、こんな目に遭わないと思うんです。




ROプレイヤー鋼錬を往く その12

 ごきげんよう、ハボック?です。

 戦闘が激化していく中、なぜか小隊どころか分隊単位という少人数で動かされて、毎度危険に晒されているとある分隊の分隊長をしています。
 上司は理不尽だし部下は煩いし環境は劣悪だし仕事は過酷だし、はやく転職したいです。

 ………え、悩み?

 そりゃありますよ。もしかして聞いてくれるんですか?
 じゃあ思い切って言っちゃおうかなぁ。
 部下に言うのもどうかと思うし上司にも相談しずらいことなんですけどね。


 実は、魔法の詠唱についてなんです。


 あ、ちょ、待って!引かないで!!
 まあまあ、ちょっと座ってくださいよ。聞くだけならタダでしょ?ね、ね?

 ……ふぅ、ありがとうございます。
 
 さて、改めて、詠唱の話なんですがね。
 俺の使える魔法の中には詠唱時間が10秒を超えるような大魔法があるんですが、それはあくまでもシステム上のものであって、実際に唱えなきゃならない呪文があるわけじゃないんです。
 詠唱を開始すると巨大な魔方陣が敵の足元に現れ、詠唱時間が終了するとその場所で魔法が発動される。そんな仕組みなんです。
 要するに魔法を実行して一定時間その場で固まってりゃ、システムが勝手に詠唱してると判断してくれるわけですよ。

 で。

 先日ちょっと前線からの帰りに敵さんと遭遇して、しかたなくストームガストという氷系の呪文を使ったとき、部下に指摘されました。


 「あの、隊長。なんだかその、間がもたなくないですか?」


 言われなくても分かっとるっちゅーねん。

 でも詠唱の時間はどうあっても短縮できないんです。
 誰かと話して時間を潰そうにも、そんな強力な魔法を使わなければならない状況では当然部下も戦闘中で、うかつに話しかけるわけにもいきません。
 いっそ寿限夢でも唱えていればいいのでしょうか。
 それとも格好つけてそれらしい呪文を考えてみるべきでしょうか。
 このさいどっか別のところから詠唱を借りてこようかとさえ思ってしまいます。
 

 どうしたもんでしょうねぇ。

 え?
 ええ、はい。
 そりゃ確かに人前で魔法を使わなけりゃいいわけなんですが………。


 どうしてでしょう。とっても悪い予感がするんですよ。

 

 ◇◇◇
 

 
 
 どっから撃ってるのか分からないがこっちに飛んでくる弾丸がだんだん増えてきた。
 最悪。最悪です。多勢に無勢にも程があるだろ。
 こっちは5人しかいないんだから相手が20人だと一人頭4人じゃねーか。
 25人だと5人で、30人だと6人で、40人だと…………ギャ―――――ッ!!


 こ っ ち 来 ん な !! 


 し、死ぬ!死んでしまう!
 なななななんとかしなくては!!

 「少佐!どーにかなりませんか!」

 「こうも散らばってこられるとな。一人ずつ潰していこうにも焔をコントロールするには距離が開きすぎている」

 うわ、使えねぇ。はい次!

 「ブラックウィドウ、何人いける!?」
 
 「せいぜい3,4人っすかねぇ!野郎共バラけやがって、殺りにくいったらねぇですよ!!」

 つーことはセントリーが全弾当てて再装填しても全滅には足りないか。
 クーガーはともかくセントリーとブラックウィドウはかなり射撃が上手いんだが、狙って撃つと時間がかかるのは当然なわけで、そうこうしてるうちにイシュバール人がどんどんこっちへ近づいてくる。

 「くっそ足はえぇなぁ!!」

 せめて速度を鈍らせようと、俺も銃を構えて一番左にいるやつを狙い、撃った。

 撃ったけど全然当たらない。

 …………しょうがないだろ、ウィザードなんだから!! 
 杖と短剣しか装備できない職なのに銃が撃てるだけすごいと思え!

 「隊長、どうせ当たらねぇんですからこれ撃ち終わったらそっち貸りますぜ!」

 あ、はい。分かりました。大人しく装填してます。

 「私はあまり鉱物等の練成は得意じゃないんだが……」

 ん?なにやってんだこの兄ちゃん。
 少佐がブツブツ言いながら、懐から煙草の箱なんぞ取り出してる。
 こんなときに一服ですかてめぇ。

 いや、違った。

 取り出したのはチョークだ。ってことは練成か!
 
 「幸いこの岩は平らで錬成陣が書きやすい」

 言いながらカツカツと音を立てて壁に何かを書き綴っていくのを、弾を込めつつ横目で盗み見る。
 へぇ、玄人さんの書いた錬成陣ってさすがに綺麗だな。
 何かの法則に基づいたものなんだろうが、俺から見たら手の込んだ落書きとしか思えん。 
 にしても、よくまぁフリーハンドでここまで丸い円が描けるもんだ。 

 「車まで壁を作る。走れ!」

 言った直後に光が走って、セントリーのところまで石の壁ができる。
 うわ、こういうこともできるわけか。知識としては知っていても実際に見ると驚くな!
 ご丁寧に今射撃をしていた場所だけ窓になっているのを見て、こんな状況ながら笑いがこぼれる。

 「あははははは………アンタが先に逃げるんですよ少佐!」

 笑いながらマスタング少佐の腕を引っつかんで車へ走る。
 この人の護衛が俺達の任務なんだから、まずは最優先で安全を確保しなくちゃ。

 怪我でもさせたら中隊長が怖い。

 「セントリー!」

 「全員乗ったら出します」

 腹が立つほど落ち着いた声が、こういうときばかりは頼もしい。

 「とっとと乗ってください少佐ッ」 

 放り込むようにして少佐を車に乗せ、そのまま俺も乗り込む。
 こいつを車に残しておいてよかった。
 俺らの中じゃセントリーが一番運転が上手いからな。異常な速度については今の状況じゃむしろプラス要因だ。

 「ブラックウィドウ!クーガー!」

 残って銃撃を続けていた二人を呼べば、まずクーガー、次いでブラックウィドウがこちらへと走ってくる。
 上体を低くしてはいるが、最初と違って這うような動きではない。少佐の作った壁があるからだ。
 あれ、なんでブラックウィドウがクーガーを抜かして………ごめんクーガー、俺自分の銃置いてきてたっけ。なんで二挺も持ってんのかと思ったわ。

 「隊長、上!」

 先に車にたどり着いて車体に片足を引っ掛けたブラックウィドウが、いきなり叫んだ。

 は、上?

 よく分からないまま視線の先を追う。
 空が青いなぁ……じゃなくって。

 町とは反対側。
 今までまったく攻撃が来ていなかった炎上中の岩山方向。
 距離にして15,6メートル、その上空およそ8メートル。 

 ひゅるるるるる………と妙に間の抜けた音を立てながら飛んでくる、ひーふーみー……5つぐらいの黒い何か。 
 放物線を描く物体は、未だその弧の頂点まで達していない。
 ってことは、計算しなくても落下地点はこの車のちょっと先。

 その物体の正体は、

 「手榴弾だ―――!!」

 叫んだのはクーガーかブラックウィドウか。いや、そんなもんはどっちでもいい。

 『俺』よりも目のいい『ハボック』は、言われなくともそれが手榴弾であることはちゃんと分かっていた。
 手榴弾。ハンドグレネード。ぶつかっても痛いし、爆発したらもっと痛いよ。


 …………って、ええ―――――――!!

 ちょっとどっから投げてんの!?なんか物凄い遠くから飛んでくるんですけど!
 類稀なる投擲技術とか、大した腕力だなぁ遠投何メートルだろうとかそういう次元じゃないよ!!
 カタパルトでも使ったのか?今時珍しいな!


 全員が一瞬固まり、現状を認めたと同時に全速力で行動を開始した。
 ブラックウィドウが車に飛び込みクーガーを引っ張り上げて後部座席に蹴っ飛ばしセントリーがF1顔負けの勢いで車を発進させて少佐が片手を上げて指を擦ろうと…………

 擦ろうとしたところで、俺はその少佐の頭を平手でひっぱたいた。
 うっかり上官に手をあげてしまったが、まぁいいや非常時だ。どうせロイ・マスタングなら気にするまい。

 つーかアホですかアンタは。この距離で爆発したら被害が出るでしょうが。
 あれがアエルゴの連中の装備なら、俺らが使ってるのと違って衝撃作動式信管。つまり地面に落ちたら爆発するんですよ?
 全部一瞬で始末する自信がないなら手を出しなさんな。

 言いたいことは色々あるがとりあえず全部後回しだ。一瞬で覚悟を決めて一言呟く。

 
 「アイスウォール」

 
 その言葉が終ると同時に、車の真後ろに巨大な白い壁がそびえ立った。
 砂漠ではあまりに異質なそれは、見ただけで冷気を感じるような、氷の壁。
 高さもあるが厚さも相当なものだ。初めて見れば圧倒されるだろう。


 隣で息を呑む音がするが、そんなのキニシナイ。
 今後の少佐の反応がちょっと怖いけど、それよりも命のほうが大事!
 後悔しない、後悔しないぞ!!………たぶん。


 壁ができた直後、多分2、3秒くらいしかなかったと思う。
 車が加速し、遠ざかる壁の向こうで、ドンという腹に響く音がして、最初の手榴弾が爆発したのが分かった。

 うっわ、本当に間一髪だったんだ。
 
 俺のアイスウォールはレベル5。
 レベルが上がるごとに耐久度と持続時間の上がるスキルなので、レベル5なら耐久度もそれなりにある。
 国軍で使ってる、爆圧で敵を殺傷するタイプの手榴弾を何発も食らえばちと心配だが、今飛んできたヤツは爆発して撒き散らされる破片が攻撃のメインであって、爆発自体にはそれほどの威力はない。
 よって強度については問題ないはずだ。

 正直、希望的観測ではあったのだが、レベル5アイスウォールは俺の予想以上に頑張ってくれた。
 連続で聞こえた爆発音が鳴り終わっても、いまや数十メートルは後方になった氷の壁は、ちゃんとその場に立っていたんだから。



 ◇◇◇



 なんで皆何も言わないんだ。
 
 「あ、あー……いやぁそれにしても危なかったですね」

 声が上ずってるのは自覚しているが、それでも何か言わずにはいられない。

 「まさか別方向に伏兵がいるとは予想外でした。こっちが車に乗ったのを見て慌てて攻撃してきたんでしょうが、防ぎきれてよかった。少佐がご無事で何よりです!」


 沈黙。
 
 
 ……なんだよ、俺が悪いのかよ! 
 考えなしな行動だったかもしれないけど、あの場合しょうがないじゃん。
 ギリギリの状況で頭が働いてなかったんだよ。
 既に車はエンジンかかってたわけだし、5,6メートルも離れて伏せていれば破片なんぞどうってことなかったとか、今更気がついても手遅れだっての。
 だから、……ま、魔法を使ったことを後悔したりなんて、しないんだからね!!
 

 ああ、視線が痛い。


 いや、部下の心配そうな視線はいいんですよ。
 クーガーはいい子だねぇ、おにーちゃんは大丈夫ですよ。
 そうそう、面白そうな顔してるブラックウィドウは後で殴るから。

 ………問題は隣の偉い人だ。

 凄いガン見。
 穴が開きそうなほど見つめるっていうのはこういうことか。
 どうせなら美女に見つめられたいです。
 こっちに来てからいかにも外国人な女性ばっかりでちょっと気後れするけれど、見ている分にはまさに目の保養。
 いい年した兄ちゃんにメンチ切られるより百倍はいい。

 だからこっち見んな。
 いいからこっち見んな。

 「軍曹、さっきの現象だが。あれは君がやったものだろう」

 質問じゃなくて確認ですか。あってるけど。

 しかし何て誤魔化そう。
 錬金術って言えばいいのかな。
 ほら、錬金術師は自分の研究を明かさないらしいし、それなら多少の無茶はできるはず。
 国家錬金術師はなんだか申請制みたいだから、一兵士でいるのは錬金術で人を殺したくなかったから、とか青臭いことを言っておけばきっと納得してくれるに違いない。 

 よし、俺は在野の一錬金術師として地味に生きよう!

 「あれは錬金術ではないな?練成の時に避け得ない反応が一切見られなかった。等価交換の原則から逸脱していたし、そもそも錬成陣がない。君は一体何者なんだ」

 俺の決意、早くも挫かれる。

 あーもーなんだよう。
 別にいいじゃん助かれば。これだから学者って嫌なんだよ、好奇心旺盛だし無駄に観察力があるし始末に終えない。
 ちくしょ、なんかいい考えないかなぁ。

 救いを求めて部下を見れば、ブラックウィドウは相変わらず面白いものを見る目で見ているし、セントリーは我関せずとばかりに無言で運転中。
 クーガーは役に立ちそうにない。

 この状況で俺に言えることといえば。

 「ちゅーたいちょーにきいてください」

 分かってる。分かってるよ、問題を先延ばしにしただけだっていうのは。

 でもほら、逆に考えるんだ!
 時間稼ぎのためにその場を凌いだんだと考えるんだ!!

  
 さあて、中隊長のところに戻る前にそれらしい設定を固めておかないと。
 これはハボック君の体だから、別の世界からどうこうっていうのはまずいだろうなぁ。


 魔法の国からやってきたマジカルプリンスとかじゃダメだろうか。 



ROプレイヤー鋼錬を往く その13

 ワタクシこと仮称ジャン・ハボックは、この長い夢を見はじめる前、まだ二十代半ばの若さでした。
 ……26は充分に二十代半ばです。決して後半ではありませんよ。

 さて、大学を出て数年。
 年齢相応にいくらか社会の荒波に揉まれ、多少なりとも世間ずれはいたしましたが、未だに感受性が枯れるほどに老いてはおりません。
 現代社会の青少年らしくいささかドライではあるものの、心に何か大きな衝撃を受ければ、それが今後の人生に大いに影響する程度にはワカゾーなのです。
 そのワタクシはですね、生まれて初めて『戦争』を目の当たりにして、思ったわけです。


 ああ、ここで人間性が分かる。と。


 半死半生になりながら戦友を気遣う二等兵もいれば、ちょっと腕を弾が掠めてっただけでパニックに陥る新米少尉もいました。
 日ごろえらっそうにモラルを説いてる奴が誰かを盾にすることもあれば、ぶっきらぼうで愛想のないやつが死に掛けた戦友を担いで下がろうとしていることもありました。
 追い詰められた時ほどその人間の本性が分かるっていうのは真実だと、知りました。

 そういうのを見てるとね、なるべく人として恥ずかしくない行動をとりたいな、と考えるようになるんです。

 我が身が大事なのは当然。
 誰だって辛いめにあいたくはない。
 でも…………。

 
 俺はもしかしたら、最後の一線を踏み出すきっかけを待っていたのかもしれません。
 今は、そう思います。  



 ◇◇◇



 自分達の宿舎となっているテントと比べると、ここはかなり快適な居住空間だ。
 士官の、それも中隊長のものだけあって簡素な調度なんかも置かれているし、当然一人部屋。
 本来ならちょっと気を抜いてのんびりしたいなぁ、なんて思ったりもするだろう。
 いいところに御住まいですねぇ、と軽口さえ叩いたかもしれない。


 目の前に、獲物を狙う獣のような目をした上官がいなければ。


 「あの、少佐。知識欲で目をギラギラさせるのはどうかと……」
 
 「好奇心と知識欲は錬金術師と不可分だ」

 左様でございますか。でもちょー怖いです。
 
 「中隊長……」

 救いを求めて横を見れば、質問の場という名目の取調室を提供してくれたこのテントの主は、いつものようににっこり笑った。

 「頑張れ、ハボック」

 ダメだこの人。
 助けてくれる気がさらさらない。
 あわよくば中隊長に全部丸投げしちまおうと思ってたのに、少佐が俺を引きずってきたのが運のつきだったか。 
 
 「……いいですよ。話せばいいんでしょ、話せば」
 
 しぶしぶ言えば、少佐は目を輝かせ、中隊長は授業参観にきた父兄のような目で俺を見る。 
 
 うん。ぼく、がんばる。  


 「俺はですね」


 ………中隊長に報告するまで2時間はあったのに結局何も思いつかなかったのは、俺の頭が悪いからじゃないと一応弁明しておく。

 帰る道すがら色々考えはしたんだ。
 自宅の近くの森でおばあさんを助けたら魔法を教えてくれたとか、ある日突然魔法の力を授かったとか、これはあくまでも錬金術の一種なのだとか。
 でもどれも突っ込みどころが満載で。

 別の世界から来ましたという話をすると『ジャン・ハボック』が頭の可哀想な人だと思われるだろう。他の話だってまあ変な目では見られるかもしれないが。
 かといって、言えません機密なんですとか適当に思わせぶりなことを言って誤魔化したところで、どうせ頭のできが違う少佐には通じないだろうから、この案も却下。
 第一それで痛くもない腹を探られるのもごめんだ。
 
 俺は悩んだ。
 これ以上ないというほどに頭を使った。
 こんなに考えたのは、現実で事故に遭う前月、職場の監査直前に用途不明の支出金が発覚した時以来だ。
 
 そして2時間脳みそをフル回転させた挙句。


 (あーもーめんどくせぇ――――ー!!)


 なんかもう面倒になったので結局包み隠さず本当のことを話すことにしました。


 「実は魔法使いなんですよ」

 「寝言は寝ながら言いたまえ」


 …………本当のことを言ったのにのっけから信じてもらえなかったらどうしたらいいんでしょう。


 今にも噛み付きそうな顔でこちらを睨む少佐に、ちょっと腰が引ける。
 なんか喉がぐるるるとか鳴ってるような。いやいや少佐も人間だし。人間だよね?
 なんだよう、俺は本当のこと言ってるんだぜーとか言ったら怒られるだろうか。
 でも実際俺があの時使ったのは間違いなく魔法であって、しかしなぜ魔法が使えるのかといわれたら俺にだってわからないのだ。

 別の世界で事故に遭遇して、目が覚めたらこの体で。
 しかもゲーム上での魔法が使えるようになっていたなんて、誰が信用するのさ?

 俺ならまず間違いなく病院を紹介する。
 それも精神とか神経とかソッチ系の病院を。


 いや、待てよ……一人いたな、信じた人が。


 「まあまあマスタング少佐、ちょっと落ち着きなさい」
 
 少佐のあまりの剣幕と怯む俺を見るに見かねたのか、同席していた中隊長が間に入ってくれた。

 そう、この人だ。
 魔法使いなんですと白状した俺に根掘り葉掘り話を聞いて、いつの間にやら事情を全部把握していたのは。

 中隊長は俺の話を信じてくれたんですよね。その節はありがとうございました。
 見事な誘導に引っかかって丸ごと話した俺もアホですけど、よくあんな胡散臭い話信用しましたね……。

 「ハボックもちゃんと順序だてて話さないとだめだよ」

 すみません、動揺してたもんで。

 ええと、何から話したらいいんだろう。やっぱりはじめっからか?
 俺の現実の話と、こっちに来た時の話と……軍に入ってからの話もしたほうがいいかもしれない。
 じゃあまず俺が『ジャン・ハボック』じゃないってとこから言わないと混乱するよな。
 
 「えっと、俺は本当はジャン・ハボックじゃないんです」

 「公文書偽造か!?いくらイシュバールの為に軍が混乱していてもそれはまずいぞ」

 いやいやそういう意味じゃなくて。

 ああもう、この人頭の回転が速すぎて人の話の先を読むんだよな。
 そういうの直したほうがいいですよ!

 思えば中隊長の時は聞かれたことに答えているうちに勝手に話を纏めてくれたっけ。
 その前に気付いた分隊の連中は『便利でいいですね』で終ってたからまともな説明したことって一度もないかも。
 クーガーみたいに、魔法が使えるって言ったとたん『うわあすごいですね』と目を輝かされても反応に困るけれども、こんな風に頑迷に理論的な説明を求められても凄く困るよ。
 
 よくわかんないけど使えるなら使おうぜ!……ってところで終らないのは、やっぱりまだ少佐が無意識のうちに軍人より研究者としての面を残してるせいかな。
 それともまさか俺らの方がおかしいのか?

 「ハボック、ハボック。そうじゃないだろう」

 はぁ、確かに俺の説明も酷いかもしれませんけど、なんて言ったらいいのか……。

 「魔法使いじゃなくてウィザードって言ってたじゃないか」

 そっちかい!!

 「お言葉ですが大尉、魔法なんて………」

 「融通が利かないなぁマスタング少佐。ヒューズくらいに柔軟でないとこの先辛いよ」
 
 「しかし」

 今なんか原作で聞きなれた名前が出たぞ。
 そうか、この人が少佐の先輩ってことは、マース・ヒューズの先輩でもあるわけだよな。
 まあそれはひとまず置いといて。

 人をほったらかしにして口論を始めないでください。

 「中隊長」

 「なんだい」

 「ご歓談中のところ大変申し訳ございませんが、私の脳では分かりやすく説明する自信がありません。お手数をおかけいたしまして恐縮ですが、少佐にご説明願えますでしょうか」

 あらためて再度丸投げ。

 元々中隊長に聞けって言って急場を凌いだわけだしな。
 にこにこと温厚の皮を被った笑顔魔人な中隊長はこういう時に凄く頼りになる。
 それに、自分に起きたわけのわからない現象を客観的に伝えるっていうのは、けっこう大変なんだ。
 
 別にこのまま話を遮られ続けると少佐を殴りそうとか、めんどくさいから押し付けちゃえとか、そういうことを考えているわけではない。嘘じゃないぞ。


 「…………しょうがないか」


 本当はちゃんとハボックの口から言うべきなんだよ、と前置きをしてから、中隊長は理路整然と俺に起きた珍事を説明しはじめた。
 
 時折こっちに事実の確認をしてきたりもするけど、ほとんど補足することなんかない。
 人がぽつぽつと雑談交じりに言ったことをよく覚えてるな、と変なところで関心する。
 今度俺が話さなきゃならないときはコレをそっくり真似しよう。メモとか取りたいんだけど今やったらマズいよね。
 
 起きた事象を時系列順にを並べ立てて、証人の名前を挙げつつ魔法の存在を少佐に認めさせる手際はまさに神業。
 少佐だって確かな事実を否定することはしないし、あったことをなかったなんて決め付けるほど頭が固いわけじゃない。
 不承不承と言った様子ではあるが、俺が使っている技術を『仮に』魔法と呼ぶこと、そしてジャン・ハボックの意識が………少なくとも俺の主観では………こことは別の場所から来た誰かのものだと認識している、ということを認めてため息をついた。
 渋い顔をしているが、心なしかここに来たときよりも表情が柔らかくなっている。


 並べられた証人の名前の多さに、俺の顔は青くなっていると思うが。


 「えーと、俺の魔法ってそんなにいろんな人に知られてたんですか………?」

 誰もなにも言わなかったから、分隊と中隊長にしか知られていないと思ってたのに。

 「うん」

 あっさり肯定された!

 「私はむしろハボックが気付いてなかったことに驚いた。さすがに君の名前や魔法がどうこうってことまでは流れてないけど、第三野戦倉庫に国家錬金術師並みの異能の持ち主がいるっていうのは有名な話だから」

 「ブラックウィドウからは何も聞いておりませんが」

 そういう噂が流れてるならあいつが知らないはずはない。

 「それは多分セントリー兵長あたりに黙ってろって言われたんじゃないかな。彼が偽装工作してるらしいし」

 それも初耳です。

 大体偽装工作とか何よ。俺に黙って何してんの?
 いくら俺の為でも一言知らせてくれてしかるべきじゃないですか。
 そして一体どんな偽装なのかなセントリー君。
 皆に知られてちゃ意味ないじゃん。

 内心ぐちぐち言ってたら、少佐がふと何か思い出したように口を開いた。

 「……それはもしかして、『第三野戦倉庫の小人』のことでしょうか」

 小人ときましたか。
 戦場でメルヘンとかちょっと嫌だ。
 血塗れのお姫様とか、微妙にゴシックホラーな感じがするし。

 「あ、それそれ。セントリーがハボックに助けられた兵士を片っ端から捕獲して、口止めと共に流した噂」

 何ぃ!?
 
 「本当に知らなかったのか軍曹。私でさえイシュバールに来た直後に聞いたんだから、相当流布しているぞ」

 「ぜんぜんしりませんでした」

 誰も教えてくれなかったもん。

 「セントリーの奴、嬉々として捏造してたよ。なんか昔話口調で始まるんだよね」

 「筋肉自慢の大男の口からは聞きたくありませんが、こう、母親が子供に語るような雰囲気で」

 「うん。えーと、『新兵さんが戦場で倒れた時、綺麗な金の髪の小人さんが……』っていうんだったかな」

 それを戦場でこ汚くなったむっさい軍人が話すと思うととてつもなく気持ち悪いな!!

 多分そこで想像される小人はゴブリン系だ。決して靴屋の手伝いをしたりはしない。
 緑の肌に黄色い目、血のような口が耳元まで裂けたビジュアルが浮かぶよ。
 
 小人じゃなくて小鬼の間違いだろ。
 
 それにしてもさすがセントリー、実に嫌な偽装を考える。
 ていうか、それ偽装じゃないよ、嫌がらせだよ。
 妙に入り混じったメルヘンからして計画立案は奴でも単独犯じゃないだろう。
 『小人さん』の発想はクーガーか。そして噂を流した実行犯はブラックウィドウだな。
 そうか。俺以外の分隊員全員グルか。

 ふふふふふふふふふふふふ。

 
 後で、シメる。


 
 「あ、そうだ」

 静かに復讐の決意を固めていると、いきなり中隊長が声を上げた。
 芝居じみた仕草でポンと手を叩く様子が、なんだか不穏。

 「いい機会だからちょっとお願いなんだけど」

 は。

 なんだろう。急におなかが痛くなりました。
 すいません、おなかが痛いので帰らせてください。

 「もう第三野戦倉庫のメンツには魔法のこと公表してもいいよね?ていうか公表する」

 うわぁぁぁぁぁあああん!!
 お願いじゃないでしょ、決定じゃないですか!
 
 この人の『お願い』はいつもこうだ。
 そういえば少佐の護衛の時も『お願い』だった。
 中隊長………もしかして俺のこと嫌いなんですか………?

 「大尉、さすがに軍曹がかわいそうな気が……」

 思わず盛大に頭を抱えた俺を見て、少佐が同情したように中隊長をたしなめてくれる。

 ありがとう少佐。
 もしも怪我しても俺が治してあげますからね。

 「でもそろそろ隠しておけない時期になってきてるから」

 「というと」

 「錬金術師達が参戦しはじめているだろう?」

 「そうですねぇ。この分じゃあと半年もしないうちに戦況が一変するでしょうよ。そうなりゃ俺達も大忙しで………」

 ああ、そういうことか。 

 「ハボックの気持ちは分かるし、国家錬金術師みたいにわざわざ資格取ってお金貰ったり階級上がったりしてるわけじゃないんだから、一下士官以上のことをやらせるのは私の趣味に合わないんだけどね」

 でも、趣味云々とほざいてられない状況になる、と言いたいわけですね。

 さて、どうしたもんかな。
 この愉快な地獄に放り込まれて一年ちょい。自分の命が大事なのも、痛い思いをしたくないのも、危険なことに巻き込まれたくないのも変わっていないが、優先順位はちょっと変動してる。
 少佐みたいに真面目な熱血漢じゃないから、わざわざ知りもしない誰かのために立ち上がろうとは思わないけど…………。
 

 …………ま、しょうがないでしょ。


 もちろん本当は、原作のメインキャラと係わり合いになんてなりたくないさ。
 でも、ずっと戦場にいると味方の兵士に情が沸いてくるんだよなぁ。
 なにせ野戦倉庫は人の行き来が物凄く多い。だからそこに所属している俺は必然的に顔が広くなる。
 顔や名前を知ってる奴が死ぬのは、結構、しんどい。
 たとえコレが現実ではなくて夢であっても、知り合いが死ぬのは嫌だ。

 『知り合い』限定なところが俺らしいけど。

 国家錬金術師達が戦場へ来はじめたとたん死者が急増して、騒がしいウチの連中もちょっとピリピリしてる。
 ここは戦地だから、死者が出るのは言いたくないがしかたないことだ。
 それは充分理解して割り切ってはいるが、古株がどんどん減っていくとちょっと気持ちが暗くなるし、ここに赴任した時から知っている顔が10人を切ったときは、さすがの俺も少なからずヘコんだ。
 これが今より更に悪化するとなると、俺も特殊技能を隠しておきたいとか贅沢は言ってられないわな。
 命と引き換えとまでは言えないけど、多少の怪我や危険や不自由なら我慢してもいいと思うくらいには、ここに適応してるんだよね。
 
 「了解しました。ホントは知られたくないんですが、そうも言ってられないですし」

 「悪いね。でも、第三野戦倉庫の人間ならもう皆薄々知ってるから」

 え。

 「だってハボック、夜中に医療用テントとかで怪我を治して回ってるじゃないか。目を開けないけど中の連中は誰かが来てるのに気付いてるし、寝たふりしてればその誰かさんが治してくれるっていうのは常識だよ」

 えええ。

 「だから軍医も、怪我人には翌朝まで持たせる為の手当てと消毒と痛み止めの処方ぐらいしかしてないよ。もちろんハボックがいる時限定で」 

 ちなみに病人は別だから、と言う中隊長に俺は何を言えばいいのか。
 あははー、病人を治すのはヒールじゃちょっと無理なんですよー、体力回復くらいはできますが。
 プリーストだったら治せたかも知れませんねー………。

 ………俺の苦労って……あんなに気をつけてたつもりなのに……。
 いや、だって、助けられるのに死なせたら寝覚めわるいからさ……それに、人がいたほうが生き延びる確率も上がるし………罪悪感だって減るじゃん………。
 そうか……じゃあ重傷者が担ぎこまれた直後やけに俺が手伝わされると思ったのも偶然じゃなかったのか……しかも毎度毎度俺と怪我人二人きりになる時間があったのも故意だったのか……。

 ていうか俺鈍いな!
 よく考えたらなんでここまで不自然な状況で気がつかなかったんだ! 

 がっくりと肩を落とす俺に中隊長が追い討ちをかける。

 「今後は怪我人が出たらなるべくウチに搬送してもらうよ。昼間でも深夜でも容赦なく呼ぶから」

 「あーそーですか……」

 「……一応ハボックの名前は隠せるだけ隠すし、治療のために来た兵士にもそれとなく口止めはしておくよ。それくらいしかできないからね」

 すみませんね、俺の我侭なのに。

 俺が肩を落としつつもペコリと頭を下げたときに、今まで黙ってやり取りを聞いていた少佐が、感情を無理矢理押さえつけているような、こわばった表情を俺に向けた。
 この人にもできるだけ口外しないようにお願いしておかなきゃいけないかな。
 マース・ヒューズ氏に話が行くのは仕方ないだろうが、なるべく他に漏らさないでもらおう。 
 
「なあ軍曹。錬金術ではないが、その仮に『魔法』と呼ぶ特殊能力は貴重なものだろう」

 その『仮に』の辺りに無駄な抵抗が見えますが、あきらめて認めてください。あれは魔法です。

 ………まぁ希少性から見れば充分国家錬金術師を超えるでしょうよ。
 
 能力という面では……うーんどうだろう。
 汎用性に欠けるというか応用が効かない魔法ばっかだけど、ヒールだけは平時でもかなり役立つスキルではあるかな。
 錬金術に医療用ってのがあるかどうかは分からないが、はっきり言ってこの世界の法則とか決まりごととか、枠からはみだしてる力だ。
 
 うん、貴重と言ってもいいかな。

 「なら、なんでそこまで隠そうとするんだ。その力で人を殺したくないとしても、今の話からして君は医療関係の力もあるんだろう。それも、死にそうな人間を一晩で治すほどの力が」

 ヒールの連打が必要ですがね。

 「別に最近は、戦場で魔法を使うのを嫌がったりしてないですよ。どうせ銃使ったってやること一緒だし」

 俺の場合銃使ったって敵は倒せませんが。

 もうすっかり近接戦闘ウィザードです。
 殴りWizになる気はなかったのに、短剣系とか棒状の武器しか上達しないから!
 せめて剣ぐらい使えるようになりたかったのに銃剣すらも微妙な感じだったので、もう近くにこられたら銃で殴りつけるか短剣に持ち替えますよ。訓練もそればっかやってます。
 ヒューズ氏のようにダガーを投擲したかったけど、あれは投擲武器の部類に入れられるのか、的に当たらなかったから却下な。

 「だったら、なおさらだ。その力を利用すれば沢山の兵士を助けられただろうに。なぜやらなかった!!」

 うわ、怒ってる。

 無理もないことだけど。
 前線でバタバタ倒れてく兵士を見ていれば、頭にもくるだろう。
 しかしエゴと分かっていても隠したい理由があったのですよ、少佐。

 保身のためだって胸を張って言ったらもっと怒られそう。

 「えっと、お」

 「軍が信用できないからだよ」

 中隊長! 
 人が穏便に誤魔化そうとしているのに何故事を荒立てようとするんですか!!

 「先輩ッ!誰が聞いているか分かりませんよ!?」

 そりゃ少佐だって呼称を間違えるくらい慌てるわ。
 こんなことを聞かれでもしたら左遷じゃすまない。
 これが見通しのいい野外で周りがよく見えるってんならまだましだが、なにせテントの中だ。
 盗み聞きしようと思えばいくらでも手はある。

 「ハボック分隊が周りを張ってるから平気だよ」

 「……しかしですね、信用できないというのは……」

 言い募る少佐に、中隊長はいつもの笑顔を意味深なものに変えた。


 あれ、なんだろう。ちょっと寒気がする。


 「『なぜイシュバールにここまでするのか』。ちょっと頭が回れば誰だって考えるだろう?」


 こえぇ――――――ッ!!

 知識欲に燃えた獣のような少佐よりも、今目の前でにっこりと笑ってる中隊長のがよっぽど怖い。
 顔は笑ってるのに目だけ笑っていない。
 穏やかなのに背筋が凍るような声。
 そして妙な威圧感と圧迫感。

 ココニイタクナイ。

 なんで一介の下士官がこんな危ないお話に同席させられているのでしょうか。
 あまりの緊張感にちょっと魂が抜けかけているかもしれん。

 「『何のために?』、『誰のために?』」

 歌うように節をつけて言う中隊長は、ほんッッとうに怖い。
 今ようやく気付いたんだけど、この人もセントリーと一緒で性根が暗黒だ。根性が螺旋階段だよ。
 なんだか軍の裏側の何かに気付いてそうな態度も恐ろしい……。

 ちろり、と少佐の顔を伺ったら、俯いて何かを考えているような表情をしていた。
 よく怖がらずに考え事なんかできるな……中隊長の顔を見てないからだろうけど。
 
 「ハボックが怯えてるからこの話題はここまでにしておくけれど……今イシュバール人に対して行われていることが、ハボックの身に起きないとは言い切れない」

 あいまいな言葉の意味を察したのか、少佐が弾かれたように顔を上げた。
 おーおー顔が引きつってるぜ。俺の顔も負けないくらい歪んでるでしょうがね。

 「私は臆病で、ハボックは聡い。軍の深淵に近づくような不用意な行動はしたくないのさ」

 ご冗談。聡いのは中隊長で臆病なのは俺ですよ。

 『怪物と戦う者は、自らも怪物と成らぬように心せよ。 汝が久しく深淵を覗くとき、深淵もまた汝を覗くのである』なんてな。
 つまりその意は、軍の深淵を覗く気はさらさらないのでこっちを覗かないでもらえると嬉しいです。

 え、解釈がおかしいって?
 いいんだよ俺的には。

 「ですが、軍曹はその異能を使うことになります」

 そだね。

 「『虎穴に入らずんば虎児を得ず』という格言が、シンにあるらしいですよ」

 危険を冒せば得るものもある。
 というか、得るもんがあるとでも思わないとやってらんねぇ。
 どうも中隊長に乗せられたような気もするし。

 「しゃーないですよ。やんないでする後悔よりやってする後悔のほうがマシだってよく言いますよね。我ながらそろそろ潮時だなーとは思ってたんで、渡りに船っていうか」

 できればヒールのみで内乱終結までこぎつけたいとこだけど、必要とあらば他の魔法も使うつもりだ。
 イシュバールの皆さんの命と分隊の馬鹿共の命を天秤にかけたら、悪いが馬鹿共を乗せた皿が傾く。
 進んで人を殺したいなんて1ピコほども考えちゃいないが、それで何もしなかったら部下も死ぬし、何より自分が危ない。 

 できる限りのことをして、内乱が終ったら中央で本屋のバイトなんかしつつ小説家でも目指しますよ。

 ………とは言わなかった。死亡フラグ立ちそうだったから。

 「そんなわけだから、軍曹の名前はあんまり吹聴しないでくれるかい」

 普段の笑顔に戻った中隊長が、軽い口調で言う。

 さてどーなるかな、と二人の士官の顔を見比べていたらら、おもむろに少佐がため息をついた。
 よかった、もう怒ってはいないようだ。

 「軍曹。もしも軍が信頼できていれば、戦いの始めからその力を使っていたか」

 「いまさらですよ。でも、そうだな……怯えつつも治療のために前線まで行ったかもしれません」

 『鋼の錬金術師』を知っているという時点でその仮定はありえないが、この世界について完全に無知だったら使っただろう。
 まして戦場に出ればなおさらだ。人生観変わるもん。
 
 でも、実際は行かなかった。
 軍が信用できないから。
 自分が人体実験に使われたら嫌だから。
 原作に関わって命を縮めるのが怖いから。
 夢だ夢だと言いながら、前線の味方の兵士の命と自分の命を比べて、自分をとった。

 結局こんなふうに魔法を使うことになるなら、最初っから腹を決めてりゃよかったなぁ。

 「………では、私も軍曹が目をつけられないよう、祈っていよう」

 あ、笑った。
 この人も、もう少しお気楽になれれば生きやすいだろうに、そうできないところが性分なんだろう。
 その性分でいつかトップにたって色々考えてくれるとありがたい。

 評価は修正しときます。
 『陰気な二枚目』から『見所のある二枚目』にランクアップだ。

 

 ◇◇◇

 

 辺りはすっかり暗くなり、そろそろ就寝というこの時間。
 俺達が雑魚寝してるテントの明かりを不意に消して、カンテラを片手に分隊員の前に現れる。
 もちろんカンテラの位置は顔の真下だ。

 「さぁぁて、みなさぁぁん………」

 ヒッ、と小さく悲鳴を上げたクーガーくん、何がそんなに恐ろしいのかね。ん?
 君の作り出した小人さんと同じくらい奇怪なお話をたっぷり聞かせてあげるだけじゃないか。
 おやおやブラックウィドウ、ふてぶてしい顔が真っ青になっているよ。いけないなぁ。
 二人して小刻みに震えながら毛布抱えちゃって、よっぽど寒いんだね。
 よーく眠れるように今日から毎日寝物語を聞かせてあげよう。
 
 ………セントリーは後で別口で仕返しするわ。お前怖がんないからつまんないし。
 そうだな、今周りでガタガタ震えてる関係ない人達には全部セントリーが悪いって言っておくね。うふふふふ。

 「よっくもまぁ、愉快なお話を広めてくれましたねぇ……今晩からたっぷりとそのお礼をしてあげましょうねぇ……」

 ヒッヒッヒ……さぁてどんなお話がいいかな。
  
 本当は怖いグリム童話ネタと、番町皿屋敷西洋アレンジと、俺の母校の七不思議高校バージョンと……もちろん朝にはヒールで体力を回復してやるから頑張って仕事に励めよ。
 小人さんの噂が消えるまでは毎晩聞かせてあげるから。
 ああ、砂漠を吹き渡る風の音がまるで女の悲鳴のよう。最高のBGMですね!
 
 さぁ、楽しいお話のお時間です。


 
 「生暖かい風が頬を撫でる、真夏の晩のことでした………」

 

 翌日から分隊員以外の連中はみんな耳栓をするようになった。
 ……まあいいけどさ。どうせ外に歩哨がいるし。
 


ROプレイヤー鋼錬を往く その13.5

 最初に私を見たときの、小隊長付軍曹の反応。
 今でも、よく覚えてる。

 
 『なんで士官学校生がこんなところに……ッ!』


 大の男の泣きそうな顔、呻くような声。 
 自分でも酷く場違いな気がして、いたたまれなかった。

 
 俗世間から隔離されたような前線でも、他部隊との接触があれば噂くらいは舞い込んでくる。
 中央の様子、各地の戦況、上官の噂………友人の消息。
 いい話もあれば悪い話もあるけれど、今日の私の耳に届いたのは、悪い話の方だった。

 また一人、士官学校生が命を落としたと。

 聞いた名前はよく知ったものだった。
 同期の中でも親しい部類に入る、友人といってもいい相手。
 年のわりに素直なところのある大人しい青年で、いつもにこにこと笑みを浮かべていた。
 後方の比較的安全な場所にいるとばかり思っていたのに、まさか前線に来ていたなんて。

 …………もう、何人目になるのかしら。

 死者を数える指はちょうど三度目の折り返しだった。
 私の耳に時折聞こえてくる同期の噂は訃報ばかり。
 便りがないのは無事な証拠。なら、その『便り』があった時は………。
 運がよければ怪我による後方への移送。それ以外は、推して知るべしというもの。

 私もいつか死ぬかもしれない。
 きっと、罰があたったんだ。
 何の罪もない、普通に暮らしていただけの人達を、殺して、殺して、殺して、殺して……


 「ホークアイ准尉、中尉がお呼びです」

 「………すぐにいきます」


 銃を抱えて立ち上がると盛大に砂埃が舞った。
 風が強いせいか、じっとしているとすぐにコートに砂が積もってしまう。
 膝から、肩から、頭から、零れ落ちる砂塵。
 パタパタと布を叩いてから、短く切った髪を撫でると。
 

 ――――乾いた手から、血の匂いがした。



 ◇◇◇



 士官学校最終学年では、学生全員に対して一定期間以上の実地訓練が義務付けられている。
 兵を指揮する士官たるもの一度は戦場を経験してこい、ということね。
 とは言っても、士官の育成にはそれなりのお金と時間がかかっているから、最初から危険な場所に送られることはまずないわ。
 人員不足でイシュバールに配置されたとはいえ、基本的には後方支援か、前線でも戦況があまり厳しくないところで経験を積むことになる。
 
 はず、だった。
 殲滅作戦が始まるまでは。

 最初は確かに後方にいたはずなのに。 
 それが、あれよあれよという間に気がついたら最前線。
 狙撃の腕を買われて引っ張られた、と聞いても嬉しいとはとても思えない。


 ………学校にいたころから、射撃は得意だった。

 私は決して大柄なほうではないし、ずば抜けた筋力があるわけでもない。
 女である分男性と比べれば身体能力で劣っているのは仕方がないとはいえ、近接戦闘になればその体力差が時に勝敗を左右する。
 だからこそ、足りない能力を補う手段として遠距離攻撃のできる銃を選んだ。
 拳銃もライフルもできる限り傍に置いて、暇さえあれば分解組み立てを繰り返し。
 弱音を吐かず、怠けず、諦めず、誰よりも熱心に訓練に取り組んで、いつしか身体の一部として扱えるようになった。
 何度も肉刺を潰し、肩にできた痣はいつまでも消えず、身体には硝煙の匂いが染み付いて。
 それでも銃を握り続けた。

 そこまでして戦う術を身につけた理由は、ただ一つ、守るため。
 国民の幸福を、命を、この国の未来を。

 そう。
 私の銃は、守るためのものだったのに。
  

 なんでわたしはそのじゅうでまもりたかったひとたちをころしているの。


 ………ああ、私も少し疲れているみたい。
 こんなこと、考えたって意味がないのに。



 
 「……ホークアイ准尉、ま」
 「お、来たか。とりあえず入ってくれ」
 
 テントの入り口で敬礼をしたら、官姓名を名乗る終わる前にいきなり手招きされた。

 「失礼します」

 一応声をかけてから中に入れば、今やたった一人の上官となった中尉の隣に、見慣れない若い士官が立っている。
 落ち着いた雰囲気の、穏やかそうな人。
 多分、この人が第二中隊の中隊長なんでしょう。

 二時間ばかり前に合流した第二中隊は、殆ど兵の消耗がなかった。
 ここから大隊本部を挟んでちょうど反対側、7区内の最北端にある集落を落とした直後なのに、これだけ戦力が残っているということが信じられない。
 大隊からの補充はなかったはずだから、よほどイシュバール人たちの抵抗が弱かったのか、あるいはこの人が有能だったのか。

 どちらにしても、我が第一中隊とは大違い。

 「彼女と俺。この中隊で動ける士官はこれだけだな。少尉が一人生きてはいるが、足を撃たれてる」

 銜え煙草の中尉がおざなりに答礼し、第二中隊長と思しき士官とため息混じりに話し始める。 

 「彼女は?」

 「士官学校生だ。便宜上准尉の階級が与えられちゃいるが、小隊を指揮したことはない」
 
 知らなかった。
 とうとう最後の小隊長も倒れてしまったなんて……。
 今朝までは確かに全員揃っていたのに、たった半日で丸々一個小隊分の死者が出た。
 怪我人を併せれば、この第一中隊の半数以上が死傷していることになる。

 どれもこれも、机上の空論ばかりを捲くし立てて兵を消耗品のように扱った愚かな中隊長のせい……!

 「ウチの阿呆な中隊長が戦力の逐次投入なんぞさせるからこんなことになる」

 「その中隊長は亡くなったんだろう?死因までは聞いていないんだが、何があったんだい」

 「物陰に潜んでいたイシュバール人の青年に殺されたんだよ」

 軽く肩を竦めて答えた中尉に、第二中隊長はなるほど、と呟いた。

 実行者は確かにそうね。
 中隊長以外、その場に居合わせた全員が青年に気付いていて止めなかったとしても、言っていることは間違っていないもの。
 ………きっと、私がそこに居たとしても止めなかった。

 「で、今度は第二中隊があの町を落しにかかるわけだな。俺達はこのまま下がって大隊本部まで戻るのか?」

 まあ、中隊の半分が動けなければそれも当然でしょう。
 第二中隊は殆ど反撃を受けていないようだから、そのまま任務に当たれそうだし。

 「ああ、そういえば大隊本部に寄った時に君宛の辞令を預かったんだ」
 
 「内容は」

 「大尉に昇進の上で東部方面軍第二師団隷下第一連隊第三大隊第一中隊長に任ずる。第一、第二中隊で7区最後の町を落せ、と」

 第二中隊長の言葉を聞いた中尉……いえ、大尉が、思い切り顔を顰めた。
 苛立たしげに煙草を足元に落として踏み消す。

 「おいおい勘弁しろよ。死傷者が多すぎて中隊の半分が行動不能なんだぞ」

 「それを見越して私達が送られたんだよ」

 人数が減ったからこその増援だと?救援の間違いでしょう。
 第一中隊で戦闘に加われる兵士なんて本当に半数以下だというのに。
 負傷者を後方に移送するには医官だけではとても手が回らないし、戦って傷を負った兵をここで放り出すわけにもいかない。

 一体どうするつもり。

 疑問を抱いた私とは逆に、ふと何かに思い当たったように第二中隊長が顔を上げた。

 「………もしかしてハボックを連れて来てるのか」 
 
 ハボック?誰のこと?

 「ご名答。いつものごとく兵士には口外を禁じてくれよ」

 「そういうことは早く言えよ!口止めぐらいいくらでもしてやるさ。それで、奴はどこ行ったんだ」
 
 「とっくに治療に行ってるよ。第一中隊の衛生兵とは顔馴染みらしいね」

 治療に行くということは、ハボックという人は医者なのかもしれない。
 基本的に軍医は大隊本部にいるものだから、衛生兵という可能性のほうが高いけれど、その程度で大尉がここまで喜ぶとも思えない。

 「うちの衛生兵は第三野戦倉庫にいたことがあったのか。まあともかく、ハボックがいるならちょうどいいから一番面倒なところを押し付けよう」
 
 「彼が戦っているのを見たことがあるのかい?」

 「3ヶ月くらい前だったか。移動中にイシュバール人の一団に襲われて、輸送の帰りに通りがかった奴らが足止めしてくれたんだ」

 「どの件のことだかちょっと分からないな。そういうの日常茶飯事だから」
 
 「アイツ本当に銃が使えないんだな。ライフル撃ってるところを見たが一発も当たってなかったぞ」
 
 「銃剣も手投弾も大砲も駄目なんだよ。まぁハボックの真価はそこじゃないからいいけどね」

 それは兵士としては使えないというか、はっきりいって無能の部類に入るのではないの?
 前線に配置されているのに、そこまで銃器の扱いができないというのは致命的だといえる。
 
 にもかかわらず、どうして二人はその人をここまで気にかけているのか。

 「結構時間が経っているし、治療も終っているんじゃないかな」
 
 「そうだな……っと、待たせて悪かった、ホークアイ准尉」

 完全に話についていけないので、ただ黙って二人のやり取りを見ているしかない。
 そもそも私はなんで呼ばれたのか、そのハボックという人は何者なのかと考えていると、大尉がようやくこちらを向いた。
 
 「もう一人第二中隊の奴を同席させるから少し待っていてくれ」

 「外にいる兵士に呼びに行かせようか。衛生兵のところにいるはずだし」

 つまり、ハボックさんが同席するのね。

 
 「………あの、私が行ってもよろしいですか」

 
 なんでそんなことを言ってしまったのか自分でも分からない。
 でも、大尉は少し面白そうな顔で。第二中隊長はにっこりと微笑んで、二人同時に頷いた。


 
 ◇◇◇


 
 自分で言い出したくせに、本当はあまり行きたくない。
 今から行く場所は、兵士にとってはあまり気持ちがよいとは言えない場所だから。

 大小の傷を負った負傷兵達がまるで死体のようにごろごろと寝かされて、血の匂いが充満しているあの場所。
 荒い呼気に混じって聞こえてくる泣き声や呻き声。痛みによる絶叫やうわ言、罵声。
 それは私達前線で戦う人間にとって、あまりにも身近な地獄で。
 傷を負った彼らの苦痛や嘆きは今はまだ人事ではあるものの、明日は我が身と思えば心穏やかではいられない。

 ほら、このテントの向こうには、あの悲しい惨状が広がって―――――ー

 いなかった。


 「………どういう、こと」


 つい数時間前までは、確かにここは野戦病院の如き様相を呈していたはず。
 なのに、その痕跡がほとんど見当たらない。

 脇腹に銃弾を浴びた軍曹も、頭を包帯で巻かれていた伍長も、絶えず母の名を呼び続けていた二等兵もいない。
 数十人に及ぶ負傷兵がずらりと並べて寝かされていたはずなのに、ここにはせいぜい5,6人程度が寝ているだけ。
 それも、傷の痛みやショックで意識を失っているのではなく、ただ眠っているように見える。

 もしかしたら他の負傷者達はどこかに移動したのかもしれない。
 だとすれば、どこへ。 

 横たわる数人の負傷者の傍には、立っている人間が三人。
 そのうち一人は第一中隊の衛生兵で、もう一人も腕章からして衛生兵。
 最後の一人は見覚えのない兵士。目的の人物かどうかは、まだ分からない。

 少なくとも第一中隊の者でないのはたしか。
 とにかく聞いてみましょう。

 近寄りながら観察するうちに、その兵士が随分と若いことに気付く。  
 私と同じ年頃、いえ、もしかしたら少し下かしら。
 砂埃で色がくすんだ金髪に、ひょろりとした長身痩躯の青年が、衛生兵と何か話している。

 「………あーつかれたー……コイツで最後だよな。意識はないのか?」
 
 「運び込まれてすぐ止血したんですが、血が流れすぎたようで……ハボック准尉、どうにかなりませんか」

 大当たり、みたいね。

 会話の途中で聞こえた名前は、ハボック准尉。
 准尉というからには衛生兵ではないはず。
 どう見ても軍医には見えない風体で、なにより、医療品の一つさえ持っていない。
 なのにどうして治せる治せないという会話が出てくるのか。

 「実績からするとある程度はフォローが効くようだけど、そこまで失血したとなるとどうかねぇ」

 火の着いていない煙草を銜えたハボック准尉が、困ったように腕を組んで首をかしげる。

 「うーん……准尉でも貧血は治せませんか」

 「延々と治療を続けてりゃ治せるかもしれんが、そこまですることもないだろ。傷口だけ塞いどくぞ」

 ……まるで軍医と衛生兵の会話。

 話を聞きながらも数メートルの処まで近づいた時、ハボック准尉が不意に怪我人の前にしゃがみこんだ。
 そのまま迷いのない手つきで、傷ついた身体から血が滲んだ包帯を外していく。
 
 意図を図りかねて立ち止まった私に気付かず、ハボック准尉はそのまま包帯を解きながら顔を顰めて呟いた。

 「ひっでぇなこりゃ」

 「何でも手投弾を投げ返されたそうですな」

 頭と、腕と、足と。
 衛生兵二人と共に三人がかりで止血帯以外の包帯を巻き取っていくと、見るも無残な傷口が顔を出した。
 おそらく爆発の際に飛び散った破片が刺さったのだろう。
 幸い命を取り留めたとはいえ、傷跡はきっと残る。最悪の場合は歩行に支障が出るかもしれない。
 未だ血の止まらぬ深い傷に、思わず目を背けたくなる。

 「はぁ。じゃ、治しましょうかね」
 
 全ての傷口を露出させた後、彼は消毒や縫合をするでもなく、すっと立ち上がった。
 その場から一歩後ろに下がると、手振りで両脇の衛生兵も下がらせる。 

 そして僅かな間が生じ、ようやく話しかけられると思ったその時、それは起こった。


 「ヒール!」


 時間にして1,2秒のこと。
 
 負傷兵の身体全体が光を放つ円につつまれ、円の中からいくつもの白い光の粒が、ふわりと浮かび上がった。

 こんな場所で見るには酷く不似合いな、幻想的な光景。
 どこか優しい清らかな光に、思わず息を呑む。

 
 「ヒール!、ヒール!、ヒール!」


 ハボック准尉が何かを言うつどに、兵士の身体が瞬くように白く光る。
 身体が光るたびに、兵士の苦悶の表情が柔らかく安らかになっていく。

 これは錬金術じゃない。
 少なくとも、私の知っている錬金術じゃない。

 私は錬金術師ではないが、その娘として、錬金術を使うところは何度も見たことがある。
 彼が行っていることは、父が言っていた錬金術の法則である『等価交換』を無視しているようだし、以前見た練成の時の反応とこの光はまったく違う。
 稲妻めいたあの光とはまるで別のもの。
 不規則に明滅するどこか暖かい光と、その前に立つ金髪の青年を、私はただ呆然と眺めていた。
 
 これが彼の『治療』。
 


 まるで魔法のような、錬金術ではない何か。 



 「……もう大丈夫でしょう。後は起きたら飯を食わせれば勝手に元気になりますよ」

 衛生兵の声で、ようやく我に返った。
 大した時間ではなかったはずなのに、なんだか随分長い間見とれていたような気がする。 

 「あ、傷が……」
 
 夢から覚めたような不思議な心地のまま、ふと兵士の身体に目をやれば、あれほど酷かった傷が跡形もなくなっていた。

 なるほど。
 これだけのことができるのであれば、大尉や第二中隊長が彼を重用するのもわかる。
 射撃をはじめとする戦闘技能の欠如を補って余りある能力。
 壊すのではなく、誰かを助けることができる力。
 この人がいたなら、第二中隊の消耗が少なかったのも納得ね。
 
 ようやく現実的な思考を取り戻したところで、ハボック准尉がひょいとこちらへ顔を向けた。
 金髪に碧眼、少したれ目。口元にはよれた煙草が張り付いている。
 のほほんとした顔つきの、どこにでもいるような青年だ。
 今の衝撃的な出来事と目の前にいるのんきそうな表情の若者との間にギャップがありすぎて、とっさに言葉がでなかった。
 
 「さて、お嬢さんは誰に用事だい」

 「………すいません。第一中隊長と第二中隊長がハボック准尉をお呼びなんですが」

 「ち、中隊長が俺を?うわー…きっとろくな用件じゃねぇな……。ああ、ありがとうお嬢さん」

 「いえ」

 話してみてもやっぱり普通。
 若さに似合わず妙に落ち着いた雰囲気があるものの、それ以外にはこれと言って特筆すべきところはないように思える。
 強いてあげるなら、こんな最前線に来ていながら言動が兵士になりきっていないあたりが凄いかもしれない。 

 …………皮肉や嫌味でなくお嬢さんなんて呼ばれたの、何ヶ月ぶりかしら。


 
 ◇◇◇


 
 「おお、来たなハボック」

 「やあハボック、待ってたんだよ」

 大尉と第二中隊長ににこやかに出迎えられて、彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
 驚いたことに彼はここまで来ても煙草を銜えたままで、上官二人もそれを咎めようともしない。 

 「早速だけど、あの町落としてくれないかい」

 「は?正気ですか!?」

 上官に対してとんでもない口のききかただけど、私も同じことを言いたい。
 何を考えてらっしゃるのかしら、二人とも。

 「何、指揮は私が執るよ。君はただ突っ込んでできるだけ多くの敵を行動不能にしてくれればいい」

 なんて酷いことを!
 そんなことをしたら彼は一瞬で死んでしまう。
 第二中隊長は有能な指揮官だと思っていたのに。

 助けを求めるように大尉のほうを見れば、予想に反して怒るどころかニヤニヤと笑みを浮かべている。

 「中隊内には俺が緘口令を強いてやるからな!思う存分暴れてこい」

 止めないどころかけしかけるようなことを言うなんて。
 これじゃ前の中隊長と同じじゃない。

 見損ないました、大尉………。

 「………もっとスマートな作戦とかないんですか……」

 私が唇を噛んで下を向くと、疲れたような声でハボック准尉が言った。
 その声音が予想とかけ離れたもので、思わず顔を覗き見る。

 嫌そうではあるけれど、ショックを受けているという感じはしない。

 「シンプルイズベストって言うだろうが」

 「帰ったら煙草でも酒でも好きなものを奢るよ」
 
 ………なんだか状況が違うみたい。

 二人とも薄情なのではなくて、ハボック准尉が無事であることを確信している。

 もしかして、ハボック准尉にはあの治療の能力以外にもまだ何かあるの?

 「………じゃー煙草にしてください」

 思考を続ける私の前で、ハボック准尉がガックリと肩を落とした。
 心なしか煙草の先も下がっているように見える。
 つまり二人の言い出したことは、彼にとってこの程度のことなのだ。

 大尉達に対する怒りが収まっていくと同時に、ようやく冷静さを取り戻した頭が動きだした。

 そうだ。
 最初に聞いた大尉達の会話の中で、ハボック准尉の戦いがどうこうという話題があった。
 銃の類は全て使えないと二人して話していたのに、面倒なところはハボック准尉に押し付けるとも言っていた。
 なら彼は、銃や銃剣や大砲以外に戦う技術を持っているに違いない。
 
 確信に近い推測。

 それはあの不思議な能力と同種のものじゃないかしら。
 
 「そうなんだ……」

 誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。

 そう。
 綺麗な光が兵士を救い、多分、同じ力が敵を殺す。
 誰かを助ける力が、誰かを傷つける力になる。

 ―――――なら、その逆もあるのではないの? 
 
 「准尉!」

 「あ、はい!!」

 突然の呼びかけに、ワンテンポ遅れて返事をする。
 声を発すると同時に、直前に考えたことが霧のむこうへ消えてしまう。
 今、何か大事なことを思い出しかけたのに。
  
 でも、一度掴みかけたなら、次はもっと簡単に思い出せるはず。


 ………そういえば、前線で戦い始めてから初めて、ちゃんとものを見て、感じて、思考した気がする。


 「ハボック准尉の要求にできうる限り答え、協力するように。また、彼が何をしようとも口外を禁ずる」

 先ほどとは一転した大尉の厳しい声に、私は士官学校で習ったとおりに応えた。
 教科書に載っていた通りの完璧な敬礼。

 「はっ!ハボック准尉の指示に従い、准尉の行動の一切について黙秘します!」

 自画自賛と言われてもいい。
 イシュバールに送られてからこの方、数え切れないほどに繰り返した敬礼の中で。
 この敬礼こそが、一番綺麗だったと思う。



ROプレイヤー鋼錬を往く その14

 ワタクシことハボック君(外側)の戦場生活もとうとう2年目に突入です。
 さすがにこれだけ長くなるといつまでも野戦倉庫に居座っているわけにもいかず、先々月ついに歩兵中隊と合流しました。

 アードヴァーグ大尉率いる第二中隊に所属して東奔西走右往左往。
 現在我が中隊は、大隊本部があるイシュバールの北方7区でちまちまと小集落を制圧しております。

 
 
 俺はといえば、昇進して異動してった少尉の後釜として一個小隊率いて使いっぱしり。
 やれ敵が近くにいるか探ってみろーとか車が通れないから岩壊せーとかナイフで手を切ったから治してくれーとか野営中に水が足りなくなったから氷だせーとか。
 
 俺はレーダー兼自走砲兼救急箱兼水筒かこの野郎。
 くどすぎて言いにくいっつーの。

 あまりにこき使われるので、最近すっかりやさぐれて煙草なんか吸いはじめました。
 中々手に入らないので物凄く大事に吸ってます。
 正直死ぬほど不味いんだけど、この際贅沢はいえないんで我慢我慢。 

 そうそう、煙草と言えば。
 ジャン・ハボック(外側)は、先月20歳になりました。
 ここでの成人が何歳かは知らないけど、現実では一応20歳から大人として認められます。
 酒も飲めるし煙草も吸えるよ。

 おめでとう!ありがとう!
 でも中身は28歳だよ!!

 ………最近ちょこちょこ前線に混じり始めた士官学校生が、俺のことを『そこの若いの』って言うんですよね。
 自分より年下の奴に坊や扱いされるこの悲しさ。
 ハボック君の中の人はね、本当は君達よりお兄ちゃんなんだよ………。

 顔で笑って心で泣いて、影でこっそり嫌がらせ。
 あのガキが寝てる時、顔の横に馬糞を置いてやろうと思います。



 ◇◇◇

 
 
 第一中隊とイシュバール人達の戦闘は、国軍側が大きな犠牲を出した戦闘の後、膠着状態を迎えていた。
 百数十メートル先の小さな町はまるで死んだように静まりかえっているが、ちらほらと見える人影から、こちらに対する警戒が緩んではいないことが分かる。

 ………俺が出てったらまず間違いなく撃たれるよなぁ。

 しかもそれをきっかけに戦闘が再開されるよ。
 前からも後ろからも鉛弾が飛んでくるって最悪じゃん。

 「気が重い……」

 土嚢の後ろにしゃがみ込んで、長々と息を吐く。
 は?ため息をつくと幸せが逃げるって?
 ケッ、逃げられるくらいの幸せがあるもんか。

 わざとらしく地面に『の』の字を書いてから、土嚢の上に顔を出して町を見る。

 もともとは砂避けだったんだろうか。
 町を囲う外壁は見るからに丈夫そうなうえ、出入り口にはガッチリとバリケードが組まれている。
 あれを壊すのは相当大変だろう。
 短時間で攻略しようと思ったら大砲ぐらいは必要だろうが、第一中隊も第二中隊も砲は持ってきていない。

 その代わりに俺が出るわけだ。


 「ハボック准尉……本当にお一人で行かれるのですか」

 しょんぼりと膝を抱えた俺に、テントの中でサポートを命じられた准尉さんが話しかけてきた。
 あ、かがまなくていいよ、俺が立つ。
 今のところ撃ってくる気配もないしさ。

 「まーね。そうそう、敬語はいらないから。俺と階級一緒だろ」

 それに、聞いた話じゃお嬢さんは士官学校生だっていうじゃないか。
 生きて戻れたなら絶対俺より出世するんだから、そんな畏まらなくったっていいって。
 
 「いえ、ハボック准尉のほうが先任でいらっしゃいますから」

 「………別にいいんだけどなぁ」

 生真面目そうな女の子は、俺のいい加減な返答にちょっと困った顔をしてから話を戻した。

 「お一人で行かれるなら、何か攻撃に対する対策がおありなのでしょう」

 た、対策ですか?

 「あの………もし差し支えなかったら、ですが……私にも教えていただけませんか」

 おずおずと言われて、内容とは全然別のところで驚く。

 スゴイ。
 こんな遠慮がちで控えめかつ優しいセリフ、久しぶりに聞いた。

 俺の部下ってどうも癖が強いのが多いから………陰険だったりチンピラだったり天然だったりさ。
 最近増えた連中も全員オッサンか兄貴で、素直さや可愛さとは無縁だし。
 セントリーの奴なんかも口調だけは丁寧だけど、アイツは話の中身があまりに配慮に欠けるというか、慇懃無礼だからなぁ。

 うん、やっぱ女の子はいいね。
 どんなに埃まみれでも華があるっていうか、いるだけで空気が変わるよ。
 何よりも、言葉の端々に優しさを感じるしな!

 よーしお兄さんちょっとネタをばらしゃうぞー。

 「対策って言うほどのことじゃないよ。ただね、俺って弾丸とかほとんど当たらないの」

 「は?」

 「鉄砲の弾に限らず、砲弾とか素手での殴打とかも含めて攻撃全般ね。弾が掠ってったせいで火傷したことはあるけど」

 「……それは、単に運が良かっただけなのでは」
 
 フツーはそう思うわな。

 実際、いくらステータスが反映されてるから避けられるって言っても、絶対当たらないって保障はない。
 ゲーム中の最大回避率は95%だから、当たるときゃ物凄く遅い攻撃にだって当たるし、とある理由で当たったら多分十中八九大怪我になる。
 今まで一発も当たってないってのは実は奇跡なんじゃなかろーか。あまり深く考えてなかったが。

 ……しまった、こんなことを言ったら彼女はきっと心配してくれるに違いない。

 心配されると余計に怖くなるので、説明はしません。
 適当に誤魔化したいと思います。

 「とにかくそういうもんだと思ってくれ。意識さえありゃヒールも使えるし、大丈夫大丈夫」

 にこやかに断言して会話をぶった切る。

 一度でも痛い目見てればこんなこと言えないかもしれないけど、何せまだ被弾したことがないからなぁ。
 死ぬかもしれんというのは口先だけで、本当は実感沸いてないっていうか。

 「そういうものですか……」

 強引に終わらせてみたものの、いまいち納得していないようだ。
 俺だって納得してないけど、今そんなこと気にしてたってしょうがないじゃん。
 95%大丈夫とか言っても不安になるだけでしょ。
 

 「隊長」

 
 二人して困っているところに、天の助けがやってきた。
 つかつかと歩いてきたセントリーが、俺に向かって敬礼する。
 ここにはお前より階級が高い人間は二人居るんだぞ。

 「どうしたセントリー。報告か」 

 発言を促すと、慇懃無礼な天の助けは厳かに告げた。

 「中隊長より、『総員配置についたから派手にいってみよう』とのご連絡です」

 派手に、ねぇ。
 補給の関係もあるからさっさとケリをつけたいんだろうな。

 「出し惜しみはなさらないでくださいね」

 「りょーかい」

 さて、どうしようか。
 魔法を撃つにしても敵が密集してるところを目標にしないと。
 町への出入り口は封鎖されてるし、防衛のために戦力は外壁沿いに集まってるんだろうが……。

 ちょうどいい、前からここに居る人間に聞くか。

 「准尉、連中が一番集まってるのってどの辺り?」

 セントリーの無礼を咎めなかったお嬢さんに話を振る。

 「門のバリケード周辺ですね。前中隊長が一番固執していましたから」

 ふーん。
 多方向から壁に穴空けて突入とかすりゃよかったのにね。
 ま、俺にとってはやりやすいかな。

 「セントリー」

 「は」
 
 「この間と同じやり方でいくわ。動きを止めて、バリケードごと破壊する」

 これだけしか言わなかったが、セントリーにはそれで充分だ。
 以前も似たようなケースがあったから、要領は分かってるだろう。

 「小隊長の最初の攻撃が始まってから出ます。着くのは二度目の詠唱に入った時点になりますが」

 詠唱を開始すれば、魔法発動の基点を中心にして魔法陣が出るから直ぐ分かる。
 コイツも無駄に魔法に詳しくなりつつあるな。

 「町の中への突入は二回目のエフェクト終わってからな。うっかり触って巻き添え食ったお馬鹿は速やかに下がらせること」

 範囲魔法は危険だ。敵味方の識別が未だにできないから。

 まだ野戦倉庫にいたころ、頑丈なクーガーに威力の弱い魔法を最低レベルで撃ってみたら後頭部に見事なコブができた。
 つまり国軍兵士だから、あるいは同じ隊だからという理由では味方だと認識されないのだ。
 もしかするとパーティーを組めればなんとかなるかもしれないが、どうやって組んだらいいか分からないのでお話にならない。

 「虱潰しにするには人手が足りませんが」

 じゃあ他から借りよう。

 「准尉」

 「はい」

 「手を借りたいんだけど、どれくらい動かせるかな?」

 「第二小隊のみですね。第三小隊はほぼ全滅、第一小隊は中隊長の指揮下にありますから」

 ここの防衛もしなきゃなんないしな。

 それにしても、この人数で一個小隊なのか。
 俺、アードヴァーグ大尉の部下で良かった……。

 「准尉が小隊長?」

 「いえ、私は中隊本部所属の狙撃兵です。第二小隊長はあちらに」

 准尉が目をやった先には知らない顔の下士官がいた。
 セントリーと同年代の軍曹だが、多分繰上げで小隊長の任をこなしているんだろう。
 不謹慎かもしれんが、相手が下士官のほうがやりやすくていい。

 新米小隊長は何のことを話しているのが分かったのか、こちらに注目している。

 「さて、小隊長。聞いてたとは思うが、協力を要請したい。もちろん第一中隊長には許可を貰ってるぞ」

 はい、と落ち着いた返事が返ってきた。
 ちゃんと話は行ってるみたいだ。

 「こっちのノッポはセントリー、うちの小隊の本部班長兼第一分隊長だ。小隊が分隊に従うってのもおかしな話なんだが、とりあえず一緒に動いてくれ。オーケー?」

 「はっ!」

 「第一分隊は第一中隊の皆さんと一緒に右から。第二、第三分隊には左から回り込むよう伝えろ」

 「了解しました」

 アバウトな指示に気合の入った返事をする第一中隊の下士官とは対照的に、セントリーはいたって平静だ。

 なんで俺より落ちついてるんだろう、コイツ。 
 
 「じゃあ、他の連中に説明に行ってくれ。あ、怪我人は無理しないで戻るよう伝えろよ」
 
 「通達しておきます」

 「うん。お前が戻ってきたら出るから」

 「Yes,Sir」 

 綺麗な敬礼を残して遠ざかる後姿を見送る。
 アイツに任しときゃなんとかなるだろ。

 「さて准尉、ここに残る連中よろしくな。何かあったら伝令を行かせるから、その時は中隊長に指示を仰いで」

 「はい、了解しました」

 「本当なら俺と中隊長は逆の役どころになるべきなんだろうけど、錬金術みたいに自由自在とはいかないからなぁ」

 ゲーム中の魔法だから当たり前だけどな。
 いくつかのレベル調整可能な魔法なら威力ぐらいは変えられるけど、範囲なんかは完全に固定だ。
 銃みたいに射線が通ってないと当たらないから、障害物の陰に隠れた敵を倒すには、範囲魔法を使うか、まず障害物を壊すところから始めないといけない。
 ……これでゲームと同じように家や物には魔法が効かなかったりしたら多分暴れましたよ俺は。

 「やっぱり、錬金術じゃないんですね」

 うん、違うものだよ。
 理論とかそういうの一切関係ないもん。
 錬金術は俺には無理だ。頭悪いから。
 フィーリングで行こうぜフィーリングで。

 「ハボック准尉のあの力は一体なんなんですか?」

 「あれは、ま「戻りました」……早っ!」

 セントリーがにこやかに割ってはいる。

 随分お早いご帰還だな!
 お前が行ってから1,2分ぐらいしか経ってないよ? 
 
 「分隊長は全員近くに待機していましたからね。いつでも出られます」

 あーそうかい。
 連中が言われたとおり動けるなら俺は文句言いませんよ。
 用意できてるなら嫌なことは早く終わりにしよう。

 「悪いね准尉、話は帰ってきてからでいいか」

 「はい、それはもちろん」

 ありがとう。
 帰ってきてから実は魔法使いで云々という説明をしてもひかないでくれよ。
 とは言ってもさすがに本当のことを言う気にはなれない。
 俺がウィザードだということ以外は、対外部用にセントリーと中隊長が考えた作り話をすることになるだろうが、あれはあれで筋が通っていないこともないような気がするし、大丈夫……だよな?
 大丈夫じゃないといわれてもどうにもできないけどさ。

 とりあえずこのお嬢さんとお話するためにも無事に帰ってこよう。
 さあ行こう……っと、その前に。

 「…………エナジーコート!」

 数秒の詠唱時間を無言で待ち、魔法を一つ唱える。

 エナジーコートは魔力を身に纏うことで防御力を上げる魔法だ。
 ダメージを受けるごとに、SPを消費してダメージを軽減する。
 持続時間は5分間だったかな。

 Wizの魔法や他職の特殊技能は総じてスキルと呼ばれるが、この魔法はちょっとばかり特殊だ。
 普通のスキルのようにジョブレベルを上げてスキルポイントを獲得し、それを消費して習得するのではなく、特定のクエストをこなすことによって習得するスキルなので、クエストスキルと呼ばれている。

 が、今はそんなことどうでもいい。
 声を大にして言いたいことは唯一つ。

 取っといてよかった、このスキル………!!

 エナジーコート使用中の俺の身体は全身半透明の青い膜で覆われているように見える。
 これが服の色まで変わっているからいいようなものの、変色が皮膚だけだったらまるで宇宙戦艦ヤマトのデスラー総統だ。
 しかし、そんな不気味なカラーになろうとも、俺はこの魔法の使用を躊躇わない。

 だって、そうでもしないと人並みの耐久力に届かないんだもん。 

 現在使用中のハボック君の肉体は、俺のゲーム中のキャラの特性を色濃く受け継いでいるのだが、ステータスを忠実に反映した結果、高い回避率を得ると同時に紙のような装甲をも再現してしまった。
 いや、もちろん運動神経や体力はハボック君が鍛えたままに使えるぞ。
 しかしなんというか……脆くなってしまって……。


 避け切れれば別に問題ないが、当たると人の3割増しくらい痛いのだ。

 
 まぁそのことが分かったのはとある物凄く不幸な事故がきっかけなんだが、それはあんまり思い出したくない。
 ちなみにどれくらいヤワいのかと言うと、普通なら捻挫ですむところをぽっきり骨折したり、ちょっとぶつけて暫く赤くなる程度の打ち身が見事な青痣の打撲傷になるほどだ。
 もちろんライフル弾の初速が避けられるんだから、早々攻撃をくらったりしないさ。
 でも、何の防御もなくウッカリ弾に当たったら、多分スプラッタだ。
 腕に被弾したりすれば取れかねない。腕が。

 「ハボック准尉!」

 大きな声で名前を呼ばれたのでそっちを向いたら、横に居たお嬢さんが仰天した顔でこっちを見ていた。
 
 あ、そうか。
 そらびっくりするわな、突然人が青くなったら。

 「大丈夫だよ、こういうもんなんだ」

 説明が面倒なんで全部『こういうもの』で済ませようとしてます、スミマセン。

 ひらひらと手を振ってやったが、相変わらず俺を凝視したまま固まっている。
 久しぶりだな、ここまで驚かれるの。
 ウチの中隊の連中は皆慣れちゃってるから何か新鮮。
 そんなこと言ってる場合でもないけど。

 「えっと、准尉」
 
 「は、あ、はい」

 よかった、我に返った。

 「そろそろ出るよ。負傷兵はすぐ下がらせるから、できるだけ俺が戻るまで持たせてくれ」

 ウチの衛生兵置いてくし。
 普段は俺に治療任せっぱなしだけど、応急手当はできる奴なんで使ってやってくれたまえ。

 「分かりました。どうぞお気をつけて」

 「はいよー」
 
 軽く返事をして土嚢の向こうへ目をやる。

 まずは魔法が届くところまで距離を縮めねばなるまい。
 ここと門の中間地点あたりまでいけば大丈夫かな。
 
 中隊長に言われて戦力調査しといてよかったよ。
 何度も何度も魔法を撃っては距離測定を繰り返して、途中何度かキレそうになったけど、あれのおかげでおおよそとはいえ射程が分かったんだもんな。
 
 バリケードの向こうで人影がうろうろしているのが分かって、ため息をつく。

 どうか今回も当たりませんように。
 痛い思いをするのは御免です。

 ああ、時間を消費しちゃったから魔法かけなおさんと。

 「…………エナジーコート!」

 再度防御魔法を唱えて、軽く屈伸をする。
 大丈夫大丈夫、行かないと終らないんだから、行くぞ俺!
  
 「んじゃ、とっとと突っ込みますかね。あークソ、怖いなぁ!!」

 毎度のことながらちょっと泣きそうな気持ちで、ぽんと土嚢を飛び越える。
 ハボック君の身体は俺のせいで物凄く打たれ弱くなってしまったが、彼の鍛えた運動能力はそのままだ。

 結構な高さのジャンプから軽やかに着地を決め、涙を堪えて走り出した。
 


 ……うう……野戦倉庫に帰りたいよう……。

 

 ◇◇◇
 

  
 ん、中隊と合流した後の話が聞きたいって?

 物好きだなぁ。
 別に面白いことなんか何にもないよ。
 胸糞悪くなるような出来事は山ほどあったけど。

 はぁ、それでもいいと。
 でも戦闘前の小話にするにはグロくて重い話ばっかりだし……。
 
 ああそうだ、俺が自分の体質に気付いたときの話をしよう。
 とある不幸な事故の話だ。


 先月、いや先々月かな。
 たしか、中隊に戻ってしばらくしてからだったと思う。
 お馬鹿なクーガーのとばっちりで、3,4メートルくらいの崖から落っこちたことがあった。
 それだけならまあ二階の屋根にも届かないような高さだし、普通の兵士なら打撲か捻挫くらいで済んだろうが、なんと崖の下には奇襲をかけようとしていたイシュバール人の一団が潜んでいたのだよ。

 皆まで言わずとも分かるだろうが、エライことになった。

 10人くらいでタコ殴りにされた。
 ナイフに斧に鉈、挙句にすんげぇ至近距離からライフルで撃たれた。
 いやぁもうパニック状態よ!
 助けが来てたのにも気付かずソウルストライク撃つくらい慌てちゃって、あれが範囲魔法だったらほんと申し訳なかった。
 死んだらクーガーを七代末まで呪ってやろうと思っな、あの時は。

 けど、終ってみればあらびっくり。
 全方位からの集中攻撃を受けたにも関わらず、戦闘終了後の俺の怪我が落下時の両足骨折だけだったんだ。
 いやぁ、俺一人だけこの世界とは違う『システム』上にいるってことが実感できた出来事だったね。

 ……ともあれ、ここで問題なのは二点。
 攻撃は避けられたのに、落ちたときの怪我が避けられなかったということ。
 そして、落ちたときの怪我があまりに酷かったということ。
 前々からそんな気はしてたんだが、これで確定した。
 
 俺は事故ったらヤバイ。高確率で死ぬ。
 
 だってライフルで撃たれて掠り傷なのに、落下時の怪我が骨折よ?
 市街戦で偶然落ちてきた建物の破片とか、超危険。
 あと階段から落ちたりしたら大変なことになりそう。
 たとえ戦争が終っても日常に潜む恐怖と戦い続けねばならないと考えると軽く眩暈がします。

 ははははははは笑うしかねぇよもう。


 俺がココで死ぬ時は絶対事故死か病死に違いない。
 


ROプレイヤー鋼錬を往く その15

 本格的に戦闘に参加するようになってから、本物のジャン・ハボック少年はどういう性格だったのかと考えるようになった。

 

 家族の様子を見れば愛されて育ったのはすぐに分かる。あんまり長く付き合ってはいないけど、いいご家庭だった。
 軍に入ろうとした動機から考えるに、家族を大事にしていたのも確かだ。孝行息子だよな。
 部屋の中には本が少なかったから、読書は嫌いなのかもしれない。
 それに加えて体を鍛えていたこと、アルバムの写真が戸外ばかりだったことを考えるとアウトドア派か。

 小さな情報をいくつも寄せ集めれば、田舎によくいる気のいい兄ちゃんの姿がぼんやりと浮かび上がる。

 そうして俺はこっそり思うわけだ。

  
 ハボック君には悪いけど、軍に入る前に俺が入れ替わったのは良かったかもしれないって。

 
 イシュバールに来てからこっち、本当に色々あった。
 多感な青少年が経験してたら絶対トラウマになるような事が、そりゃもう盛りだくさん。
 テレビで放映禁止になりそうな衝撃映像が日常的に目に入るんだぜ?
 俺だっていい加減感覚も麻痺してるし無神経になりつつあるが、ハボック君がここに居たとしたらこんなもんじゃ済まなかったのは間違いない。
 いくら暢気な日本人とはいえ情報過多の時代に生まれた20代も後半の俺と、田舎で素直にのびのび育った純粋培養な18歳の少年じゃあ受けるショックが違うわな。

 開き直りと言われりゃそれまでだけど、ホント不幸中の幸いだよ。

 
 ………そうとでも思わなきゃやってられるか!!



 ◇◇◇



 町を目指して走る走る。
 目標地点まで一直線、全力疾走だ。
 足元に絡みつく砂をものともせずに駆け抜ける。

 面白いことに、町からの攻撃は一切ない。
 何度か同じ状況を経験していて気がついたんだけど、下手に武装して突貫するよりも今みたいに完全に手ぶらで突っ込んだほうが攻撃されにくいんだよね。
 だったらどうせ銃は使えないし、何も持たない方が動きやすいってもんだ。
 
 そういえば以前、より被弾率を下げるため前後左右に不規則に動きながら接近してはどうかと言われて試してみたんだが、見事に集中砲火を食らった。当たらなかったけどさ。
 後で聞いたら物凄く生理的嫌悪を感じさせる動きだったそうな。

 それはつまり俺がゴキっぽいと言いたいのか?

 ともあれ今回は普通に直進しているからか、弾は飛んでこない。
 武器さえ持たず無防備に近づいてくる俺を見て、馬鹿が一人で突っ走ったと思っているのか、はたまた緊張のあまり狂ったと思っているのか。
 もっと近づいてから確実に仕留めるつもりかもしれないが、どんな理由があるにせよ攻撃が遅くなればなるほど嬉しい。
 的中率の問題じゃなくて、撃たれると怖いから。



 「……ここまで来りゃあ届くだろ」

 町の真正面。門前に組まれたバリケードから、およそ50メートル。
 ハボック君の体なら全力疾走すれば6秒ちょいで辿り着ける距離だが、現実の運動不足な俺ならプラス3秒は固い。

 これでようやく俺の攻撃範囲内に入る。

 銃と比べればどうあっても見劣りする射程距離だよな。
 射線が通っていなければ敵には届かないし、詠唱中は攻撃どころか自力ではその場から一歩も動けないし、本当に不自由だ。
 まあそれでも見た目に派手だし、大砲と違って弾切れとか動作不良とかがないから使いどころはいくらでもある。
 俺が魔法使えない状況になるのは大荷物持たされた時くらいだからな。SP不足は10秒待てば回復するしさ。

 「えーと、手抜きするなって言ってたっけ」

 ここで使うなら範囲魔法か。でもって視覚に訴えるような派手なやつ。
 あのバリケードも壊そうと思うなら使用する魔法は決まってるな。

 外壁の右から左へと視線を流せば、バリケードの隙間や塀の上からこちらを注視する目、目、目。
 それでも手を出してこないのは、未だに対応を決めかねているからだろう。
 銃口をこちらに向けているのはなんとなく分かるんだが、今のところ一発も弾は飛んできていない。

 先手必勝。あっちが攻撃の意思を固める前に叩かせてもらいます。

 魔法の種類を決めると目の前に緑の鍵括弧が出た。1平方メートルの地面の四隅が薄緑色に発光してると思ってくれればいい。
 鍵括弧の少し上には白い円が浮かび、その右上に数字が出ている。
 鍵括弧は地面に設置するタイプの魔法の基点で、白い円は固体を的にした魔法の対象選択に使う。数字は使用する魔法のレベルだ。

 画面の上を滑るカーソルがなくとも、移動先を確認しながら念じるだけで緑の光が動く。
 いつみても面白い光景なんだが、あいにく他の連中には見えないんだよなぁ。
 敵がいる場所が分かっているんだから狙いは当然その近くだ。

 バリケードの手前に光点が来たところで、頭の中でEnterキーを押す。


 ―――――詠唱開始。


 足元から金色の光が立ち上り、俺の身体を軸に回転を始める。
 同時に、基点となった場所を中心に現れた魔方陣もまたその場で巡りだす。
 さすがにゲージは見えないが、この魔法をこのレベルで使うなら詠唱時間は15秒弱。
 たった15秒、されど15秒。この手持ち無沙汰が物凄く嫌だ。

 全身発光の不気味な姿に今更銃弾が飛んでくる。
 あうあう、始まっちゃったよ〜……怖いけど我慢我慢我慢……ひぃ!今ちょっと掠めた!!
 早く早く!まだ詠唱は終らないのか!

 ……あ!


 「ロードオブヴァーミリオン!」


 轟音。

 目の前のバリケードめがけて天から稲妻が落ちる。

 空には雲一つないというのに、凄まじい落雷。
 いくつもいくつも、まるで神の鉄槌だとでもいうように。
 紫電一閃って言葉があるが、目の前の雷は一閃どころか二閃三閃とどんどこ降ってくる。
 目も眩むような稲光と、鼓膜を震わせる雷鳴。大迫力だ。

 そして痛い……耳がすごく痛い……。
 失敗した。耳栓しときゃよかったぜ。

 両耳を手で塞ぎつつ、目の前の惨状を見守る。 
 バリケードは既に崩壊。周囲の外壁もものの見事に穴ぼこだらけ。
 あの辺にいた人間は雷に打たれて即死か、崩れたバリケードの下敷きになって圧死だな。
 うーん。見た目にも派手だが、与える被害もまた派手。
 しかし実はこのロードオブヴァーミリオン……Lovは、レベル1だったりする。

 だ、だってAGIWizだし!
 詠唱時間が物凄く長いから、ネタのために取っただけなんだもん!!

   これがDEXWizであれば回避よりも詠唱短縮を優先してるから、Lovを覚えるならきっちりレベル10まで取ってたはずだ。
   Lovは高レベルになればなるほど詠唱が短くなる魔法だからな。
   レベル1の俺で15秒の詠唱、レベル10まで上げれば10秒ってとこか。DEXが高ければもっと短くなるだろう。
   レベル10のLovをぶっぱなしたら、多分この魔法の効果範囲がそっくり更地になってたんじゃなかろうか。


 ……詠唱といえば、もうディレイも終ったな。
 
 あ、ディレイっていうのは、一つのスキルを使った後に次のスキルを使えるようになるまでの空白時間のことだ。
 Wizの魔法の多くにはディレイが設定されてる。
 設定された時間の長さはは魔法によって違うが、その基本ディレイが終るまで次の魔法を使えない。
 これがなけりゃ連発できるんだけどね。

 次の手を打つべく20メートルばかり町に近づくと、壁の内側の様子が見えてきた。
 崩れ去ったバリケードの向こうはメインストリートになっていて、荷車や戸板で作った障害物の間を、住民達がバタバタと走り回っている。
 反撃が未だこないのは、非戦闘員の避難を優先させてでもいるのかね。

 「今のうちだな」

 今度は門の内側に基点を置いて範囲魔法を唱える。
 薄緑の光は通りの中心へ。
 
 Enter、詠唱開始。

 設置点の魔方陣こそ変わらないが、身体を取り巻く光は青色になっている。
 今度の魔法では侵入経路を確保する必要はないんだし、純粋に殺傷能力だけを追求させてもらおう。

 ……その結果が無差別殺戮になるというのが、なんだかなぁ。
 もちろん今更それで思い悩むほど若くもなけりゃ純粋でも綺麗でもないわけですが、やっぱりちょっとへこみます。


 「隊長」
  

 「のわっ!?」

 後ろから急に声をかけるなよ!

 慌てて振り返れば、臨戦態勢のセントリーがにっこり笑って手を振る。
 さらにその後ろには、第一中隊から借りた皆さんと俺の部下達がずらりと並んでいた。
 あちゃー。雷ショーを眺めていたせいで接近する足音にも気付かんかったわ。
 我ながらお間抜けさんだ。

 「黙って近づくな。びっくりするから」
 
 「すみませんね、癖で」

 嫌な癖だな。

 「ま、いつもどおりよろしく」
 
 「了解しています。どうか隊長もお気をつけて」

 「おー」

 おっといけねぇ時間だ。


 「ストームガスト!」


 叫んだとたん、目の前に忽然と吹雪が『現れた』。


 かあさん、荒野にブリザードってのは中々にシュールです。

 ザァァアアアとシャララララの中間みたいな音を立てて渦を巻く寒風と、その風に乗って触れるものを片っ端から凍らせていく雪片。
 局地的に真冬。しかも北国仕様だ。
 見ているだけなら幻想的ともいえる光景だよな。
 太陽光を反射する雪の欠片はとても綺麗で、動くたびにきらきら煌く様子がまた眩しくも美しい。

 でもね、結構凶悪なんですよ。

 ここからじゃはっきり見えないけども、おそらくこの魔法の効果範囲内にいる人間はとっくに凍死してるはず。
 あの吹雪の塊の大きさは9メートル×9メートルの81平方メートルだから、通りの両側の建物から門周辺をねらってた方々はまず全滅だね。
 なにせストームガスト……SGは範囲こそLovより狭いものの、威力はゲーム中全職業全スキルの中でも最高。
 俺が使えるのは5レベルまでだが、それでも充分過ぎるほどの破壊力がある。 

 「……それでは」

 「メインストリートには近づくなよ」
 
 俺の範囲魔法に巻き込まれたくなかったら。

 「心得ています」

 会話しているうちにエフェクトが切れる。
 我が物顔で居座っていた吹雪が消え去れば、先ほどの冬の痕跡は積もった雪くらい。
 湿度が低いために、思いのほか建物や地面の凍結は少なかった。

 「GO!」

 「Yes,Sir!!」

 俺の声に応えながら、セントリー達が弾かれたように飛び出した。

 崩れたバリケードではなく外壁に空いた穴から町へ入り、外壁沿いに左右に展開して建物や路地の制圧を開始する。
 ウチの連中は慣れてるから手際がいい。第一中隊の方々も、セントリーにぴったりと追随しているためか手間取る様子は見られなかった。

 ……皆を見習って俺も行ってこよう。



 ◇◇◇



 かつて門であった残骸を避けつつメインストリートへ入ると、そのまま前進する。
 もちろん出来るだけ遮蔽物に身を潜めながらね。
 通りには沢山の岩や土嚢が積み上げられていたけれど、生きている人間はいなかった。
 道の端に何人も倒れているイシュバール人は、一見して死んでいるのが分かる。
 死体の様子を見ただけで俺のせいだと分かるのがなんとも辛い。
 焦げてりゃLov、無傷ならSGでの凍死だ。
 他の連中の武器じゃこういう殺し方はまずできないもんな。

 大通りの端っこを走りつつ周囲を警戒していると、時々石造りの家々の間から青い軍服の裾が目に入る。あいかわらず迷彩なんぞ考えもしていない色だ。
 この通りは静かだが、少し離れた処からはひっきりなしに戦闘に付随する不穏な音が響いている。
 
 敵さんも相当頑張ってるみたいだ。
 まぁあちらさんが死に物狂いで抵抗するのも当然か。
 なにせ文字通りの殲滅作戦。老若男女の区別なく、一人たりとて生かしてはおかないって勢いだから。
 ヒトラーでもあるまいに、民族浄化なんて戯言は今時流行らないっての。

 「にしても、相変わらず入り組んだ造りだな……」

 地図がなきゃ同士討ちしかねないぞ。
 俺は一番広い通りを行きゃあいいとして、他の奴らは道覚えないといけないから大変だよな。
 町の住人には地の利があるから、待ち伏せ挟撃その他色々やり放題だ。

 「死、ねぇ!!!」

 ぎゃあ!言ってるそばから!

 通りに面した窓から降って来た若い男が振り翳した得物は、なんとデカいスコップ。
 それで殴られたら脳震盪じゃ済まないって。
 
 ブンと風を切る音を立てて、顔の横をスコップが通り過ぎた。
 当たらない、が、怖い!
 
 「戦術的撤退!」

 言いながら男の脇をすり抜けて、そのまま通りを走って逃げる。
 武器がスコップなら離れりゃ反撃できないだろう。
 少し距離をあけてから魔法で打ち倒す。
 まずはQMで足止めを……

 ……って、ええ?何か追っかけてくる人数増えてない!?
 
 あーもう、なんでこの辺に人が残ってるんだ。一応Lovの圏内だったハズなのに、わざわざ戻ってきたのか?
 大人しく町から脱出を図れよ!

 「ここは!」
 
 5秒もしないうちに開けた場所に出た。
 町の中心らしき円形の空き地、小さな町だからこの規模でも充分広場だな。
 丁度いい、一網打尽にさせてもらうぞ。既に魔法は選択済みだ。

 振り返って範囲を指定し、Enter!

 「クァグマイア!」

 唱えたのは状態異常を引き起こす地属性の範囲魔法だ。詠唱時間がないからすぐに発動できる。
 叫んだ途端に基点に指定した地面一帯が突然液状化して、泥がぶくぶくと湧き上がった。
 追跡してきた男達が泥沼にはまり、動きが急激に鈍る。
 やっぱ単独行動でないとこういう魔法は使えないな。味方を巻き込む。

 一秒のディレイを置いて、さらにもう一つ。
 詠唱は3秒。
 3、
 2、
 1、

 「ヘヴンズドライブ!」

 地面が歪曲し、先の尖った石柱がいくつも突き上げられる。
 当然その上に居た男達は串刺しだ。

 見た目、とってもエグい。

 一瞬で柱が消えて、敵がそのまま地面に倒れこむ。
 生死の確認は要らないと見ただけで分かる。
 俺の精神衛生上この魔法はあまり使わないほうがいいかもな。
 

 カラン……。
 

 誰かが瓦礫を蹴った?
 味方はここには来ないはず……敵がまだ居たか!
 
 「ソウルストライク!」
 
 詠唱時間は1秒にも満たない。
 速射性に優れた、ゲーム中で一番使用頻度が高かった魔法を反射的に撃った。
 Lvは9まで上げてあるから、5発のヒットが入るはずだ。
 そして光球が向かう先には予想よりずっと小さな身体。 



 ―――――やっちまった。


 
 逃げる少女の背中に叩き込まれたソウルストライク。
 小さな体がビクリとはねて、その場に崩れ落ちる。
 修練を積んだ武僧でも即死する魔法だ。こんな小さな子じゃひとたまりもない。

 急いで少女に近づき、傍らに跪く。
 仰向けにして口元に手をかざしてみたが、完全に息は絶えていた。
 頬を伝う涙の痕を拭って、深々とため息をつく。

 そりゃ確かに女子供を殺してないなんて言わないよ、あんな範囲魔法使ってりゃね。
 軍の方針として建前上は殺さずに済ますわけにはいかないし。
 でもこの状況で俺がこの子に気付いてたら、見逃せたと思うんだ。
 その後生き残れるかどうかはこの子次第でも、生きるチャンスが与えられるのは確か。
 俺が殺さなければ。

 軍人ってのは因果な商売だ。  

 ともかく、いつまでもここでしみったれてる場合じゃない。
 今やるべきことをやらなきゃ。

 立ち上がって再び索敵に戻ろうとしたら、突然大きな音が辺りに響いた。


 ドン!ドン!ドン!ドン!


 今までの手投弾のそれより一際大きな爆発音が連続して広場の先から聞こえてくる。
 続いて、ガラガラと何かが崩れるような音とともに、爆発があった方向で砂埃が舞い上がった。
 
 やっとか。

 その場にいなくたって、何が起こっているのか分かった。
 中隊長達と一緒に動いていたブラックウィドウが、バリケードとは反対側の外壁を爆破したんだろう。
 アイツは見た目も中身もどうしようもなくチンピラではあるけれど、危険物の取り扱いは群を抜いて上手いから。

 でかいのをぶち込んで、追い込んで、包囲して、皆殺し。

 本来なら追い込むのは一般兵で纏めて殺すのが国家錬金術師なんだろうが、うちにも第一中隊にも国家錬金術師は配属されていないので、この手は使えない。
 かといって俺が代役を務めようにも魔法じゃ詳細な範囲指定はできないし、詠唱時間がネックになって取り逃がしやすい。
 結果として役割が変わる。
 俺が派手な魔法で脅かして、セントリー達が狩りでいうところの勢子の役割を果たし、待ち構えた中隊が止めを刺す。
 うちは大抵の任務をこの手で乗り切ってきたんだ。

 「後は向こうがやってくれるだろ」
 
 中隊長指揮下の兵が一斉攻撃を開始したのか、戦闘の喧騒がここまで届いてくる。
 騒いでるのは混乱した住民達で、攻撃しているほうは無言で弾丸を叩き込んでいるだけ。
 
 道の先で、泣き叫ぶ子供の声がする。一つや二つじゃない。
 誰かの名を呼ぶ女の声、逃げろと叫ぶ男の声。
 神の名を唱える沢山の祈り。
 呻き、絶叫、断末魔。
 
 全てを打ち消す銃声と爆発。破壊の音。


 ――――ああくそ、本当に嫌な仕事だ。


 道の先から視線をそらして、もう一度ため息をついた。
 嫌なものから目をそらすのは得意だけど、流石にこれを無視するのは人としてダメだろう。
 
 何もしてやれないけど、起こったことを覚えておくくらいは、な。

 

 ◇◇◇



 本当なら直ぐに本隊に合流しなきゃいけないんだけどさ、今はどうしてもそんな気になれなかった。
 半壊した民家の壁に寄りかかると、ポケットを探ってひしゃげた煙草のパッケージを引っ張り出す。
 パッケージの底から最後の一本を取り出して、火をつける。

 ほんの2,3分だけサボらせてもらおう。

 無言で煙草を吸いながら、さっき殺した青年達と女の子の顔をぼんやりと思い出す。
 線香の代わりに煙草なんて日本人にしか分からない弔いだけど、煙に乗って天国に行けるといい。

 はは、殺した人間に言われたくないか。

 「……ぁ……ぃちょ………ぉ…」

 青年ならともかく小さな女の子に煙草は不似合いかもしれなけど、ここは砂と岩ばかりだ。
 花の一つも供えてやれないのが少し悲しい。

 「ぁあい……ちょぉおお……」

 おかしいよな。

 自分がこんな風に変わるとは、この悪夢が始まるまでは思いもしなかったよ。
 泣きながら逃げ回ることはあっても、子供を殺して落ち着いていられるようになるなんてね。

 「たぁ…ぃちょーおぉぉ…」

 ………きこえないきこえない。クーガーの声なんかきこえない。

 「たぁーいちょーぉおお」

 空耳だよ。風の悪戯だ。
 仮にもここは敵地なんだから、いくらクーガーが馬鹿でも。


 「たぁぁいちょぉぉぉぉお!」


 「うるっせぇぇええええ!!!」

 怒鳴った瞬間煙草が落ちるが気にしない。
 素早く両手でクーガーの頬をつかんで、そのまま横にぐいぐい引っ張る。

 人を犬猫みたいに見境なく呼ぶのはこの口か!!

 「いらい!ほっぺらいらいれす!」

 うっさい。
 なんっで人をシリアスに浸らせてくれないんだよお前は!!
 俺には落ち込む権利すらないと言いたいのか!?

 しかも遥か彼方から叫びながら近づいてくるんじゃねぇ!ココをどこだと思ってるんだ!
 お前一応この間昇進したろ?昨日今日兵士になったわけじゃないよな?
 新兵じゃあるまいし、もっと警戒しろよ!!

 「らって」

 だってじゃないでしょ、だってじゃ。

 思いっきり両頬を引っ張ってからぱっと手を離すと、恨めしげにこちらを見ながらぼそぼそと言う。

 「だって、先輩が隊長の近くなら大丈夫だって言ったんですもん」

 お前なんでそうブラックウィドウの言うことを鵜呑みにするの。
 アレだけ散々騙されてるんだから、学習能力ってもんを身に着けようよ。

 「だます?いえ、あれは俺がジョークを真に受けるからだって言ってました」

 クーガー。君はいつか絶対誰かに金を巻き上げられると思う。
 
 もういい、落ち込むのはとりあえず全部終ってからにしよう。
 そしてこの内乱が終ったらちょっと君には色々と言っておかなきゃならんことがありそうだ。 

 「で、何の用なんだ。伝令だろ」

 「はい!あの、中隊長から『負傷者多数。中隊本部で治療にあたれ』と」

 げ。
 
 「重傷者か?死者は?」

 「誰も死にませんでした!怪我人は結構出ましたけど、衛生兵が命に関わるような怪我はないって言ってましたよ」

 死人は出なかったのか。今すぐヤバい奴もいないなら少しは落ち着けそうだ。
 んじゃ、俺はそのまま戻ればいいんだな。

 「はい。あと、第一中隊長からの伝言で」

 ふむふむ。

 「『ワリ!煙草切れてたからまた後でな!』って」

 「マジで?」


 それって詐欺って言わないか。  



ROプレイヤー鋼錬を往く その15,5

 閃光が目を焼き、轟音が耳に突き刺さる。
 
 生まれてはじめて見るほど大量の雷光。
 淡い紫がかった空は幻想的で美しいけれど、齎されるものは無差別な破壊だ。
 縦横無尽に空を走る光によって、今まさにいくつもの命が奪われているに違いない。
 そうして無慈悲に容赦なく散らされた命が、あの美しさをより際立たせているようでぞっとする。
 
 落雷が始まってからただ呆然とそれを見ていた私は、思わずごくりと喉を鳴らした。

 「凄い……」

 異質な治療の様子や全身が青い膜で包まれた姿を知っているから、説明されずとも予測はつく。

 これはきっと、ハボック准尉の力。

 地面に突き刺さる稲妻を凝視しながら、胸に浮かんできた感情は、人知を超えたものに対する畏れだ。
 震え続ける指先を抑えようと握りこんだとき、不意に掠れた呟きが耳に入った。
 声の主は横で雷に魅入っていた、私と同じ第一中隊の上等兵だ。

 「魔法使い……本当にいたのか……」 

 言葉だけとれば、感想としておかしなものではないかもしれない。
 目の前で起こっていることは本当に魔法を連想させるから。

 でも、口調に引っかかった。

 まるでそれが比喩ではなくて呼び名であるような言い方。
 戦場で特に功をたてた部隊や個人に対して、稀に公式的なものではなくあだ名めいた異名がつけられることがあるけれど、これもそういった類のものだろうか。
 ならばその対象は、あの雷を落としているだろう、彼。

 「『魔法使い』とは?」

 「……下士官以下の兵士の間で密かに囁かれている名前ですよ」

 簡潔に問えば、上等兵は町から目をそらさずに答えた。 

 「魔術師、Wizard、魔法使い―――呼び方は様々ですがその対象は一つです。戦場で危機に陥った時に遭遇すると兵士を助けてくれるのだとか」

 低い声で、囁くように続ける。

 「神頼みの一種ですよ。『助けられたことを人に話せば二度と恩恵を受けられない』。そんな噂があるせいか大きな声でその名が語られることはありませんから、士官の方々はあまりご存知ないのでしょう」

 ああ、仲間内からじわじわと伝播していくタイプの話なのか。
 そういった情報ならば階級が上がるほど聞けなくなるのも分かる。
 そしてまた、話を聞いた兵士たちが声を潜める理由も。
 いつ死ぬかも分からないこの地で、少しでも生存の可能性を高めることができるなら、そんな不確かな話にだって縋りたくなるだろう。
 
 「よくあるデマの類いかと思っていました。まさか第二中隊にいたとは」

 ちゃんと実在したんですね、と続けた上等兵と私の視線の先では、今度は雪が町の一部を覆っていた。

 見ているだけで凍てつくような猛吹雪。
 これだけ離れていてさえ冷気が漂ってくるような気がする。
 荒れた大地の上に忽然と現れた白銀に目が眩む。

 錬金術ではない、不思議な力。


 「なるほど。―――――魔法使い」


 なんとも相応しいネーミングだ。
  


 ◇◇◇



 ―――――やはりと言うべきか、あっさりと町は陥落した。


 最初にてこずったのが嘘のようにあっけない終り方だった。
 実働時間は多分二時間にも満たず、私達が費やした労力と比較すれば十分の一でもおつりが来るくらい。
 負傷者は多少出たものの死者はなく、その僅かな怪我人もハボック准尉の手によって治療されて、結局第二中隊が来てからの人的被害はゼロ。

 「なんで私達あんなに苦労したのかしら……」 

 前中隊長が今までどれだけ足を引っ張っていたのか、よく分かった。

 ぼやきながらも撤収の準備を終えて、出発前にほっと一息ついた時。
 ふと、直ぐ近くで同じように休んでいた一人の兵士が目に留まった。
 ダークブラウンの髪で、周囲から頭一つ抜きん出て背が高い。
 周りがざわざわと騒がしいのに一人だけ超然とした雰囲気で、背筋をピンと伸ばして立っている。

 その横顔には見覚えがあった。
 ハボック准尉が町へ向かう直前に話していた青年だ。

 「たしか、ハボック准尉の」

 こぼれた声はそれほど大きなものではなかったのに、彼はすぐさま反応した。
 きちんとこちらに向き直り、流れるような敬礼とともに所属を述べる。

 「第一小隊本部班長兼第一分隊長、セントリー軍曹。ハボック隊長の部下です」

 この戦地では珍しいほどにきちんとした対応に、咄嗟に姿勢を正す。

 「あ、私は……」

 「存じております。ホークアイ准尉ですね?」

 「え、ええ」

 遮るように確認されて、一瞬口ごもってしまった。

 私は何か彼に悪いことをしたかしら。
 なんだかやけに対応がきつい気がするんだけど。

 「ハボック准尉は、ご無事で?」
 
 浮かんだ疑問の変わりに出てきたのはこんな言葉だった。
 もちろん無事だとは思うけれど、ハボック准尉しか目の前の彼と私の接点はない。

 「ピンピンしておられます。怪我一つありません」


 ああ、やっぱり。


 「そう………そうでしょうね」 

 たった一人で敵地にむかって、無傷。

 何も知らずに聞いたら冗談だと思うところだ。
 でも、あの雷や吹雪を見た後なら素直に納得できる。 

 国家錬金術師であっても成せるかどうか分からない、一つの町への単独突撃。
 いくら重火器並みの火力を誇る錬金術師達であっても、作戦行動中は少なからぬ護衛がつく。
 軍の訓練を受けていないなら当然のこととして。受けていても、言い方は悪いけれど盾として役に立つ。
 でも、ハボック准尉にはそれすら必要ないのでしょう。
 どんな攻撃もきかず、立ちふさがる敵を悉く討ち滅ぼし、傷ついた味方の傷を癒す人。


 彼に出来ないことなんて…………。


 「隊長のことを万能だとはお思いにならないでください」


 自分の内側に向かっていた意識がその一言で引き戻された。

 心を読まれたようで、ギクリとする。

 刺すような言葉。
 声を荒げたわけでもないのに、そこには刃の鋭さが潜んでいた。

 「あの力は、使用状況が非常に制限されています」
 
 顔をこわばらせた私を一瞥して、話しながら右のほうを見る。
 まるで独り言のように、語る言葉は止まらない。

 視線はそのまま真っ直ぐ先へ。

 「詳細は申し上げられません。ですが、錬金術よりももっと制約が多いのだと聞きました。沢山の代償を払っているのだとも」

 その先を辿れば、どこか崩れた雰囲気の兵士と、元気の良さそうな若い兵士。
 そしてその二人と談笑するハボック准尉がいた。

 時折若い兵士を小突きながらも穏やかに笑っている姿は、平凡な青年の日常の一コマそのもの。
 とてもあんな光景を生み出した人物には見えない。

 「どれほど大きな力を持っていても、傷つかないわけではない。傷を癒すことができても、死んだ人間を生き返らせることはできないのです」
 
 ああ、そうだった。

 ハボック准尉は人間で、神や悪魔のような力を持っていても、本当に神ではない。悪魔ではない。

 私はさっき、馬鹿なことを考えた。
 何でもできる人なんて、いるわけない。
 皆が化け物のように強いという国家錬金術師がどこまでも人間だということを、私はちゃんと知っている。
 だったら、『魔法使い』だってきっと一人の人間に過ぎないはず。
 知っているのに過ちを犯すところだった。
 
 できないことだってある。
 私と同じ、ただの人間。 

 「なんでもできるわけではないのです。ただ、できることをしているだけで」

 静かな一言が、胸に突き刺さる。

 私だってそうだった。
 ここにくるまで、自分にできる精一杯のことをしようと。

 「それをどうか覚えておいてください」

 言葉をなくした私に再び敬礼をして、セントリー軍曹は踵を返した。
 
 答礼する余裕さえなくて、呆然とその背中を見送る。
 振り返らずに去っていく後姿が、なぜか町に向かって走っていったハボック准尉の背中と重なった。 
 

 ――――怖いと叫びながらも、躊躇せずに真っ直ぐ駆けていった彼。


 「できること……」

 それは、敵を殺すこと。
 私にできることなんてそれだけ。
 
 軍人になろうと決めたときから、人を殺す覚悟はしていたつもりだ。
 もちろんそれはその時『つもり』でしかなかったけれど、この国のため、そこに生きる人たちのためならきっと耐えられた。
  
 でも、敵を敵と思えなかったらどうしたらいいの?

 凄惨な戦場の有様に磨り減って疲弊していた思考回路が、ハボック准尉と出会ってからこちら、ずっと働き続けている。
 自分に何ができるのか、するべきことは何なのか。
 そして、何のために動くのか。

 考えがまとまらない。
 でも、答えさえ出せれば、私はきっともっと………。
 




 「よ、准尉。お疲れさん」


 ポンと肩を叩かれて振り返れば、いかにも暢気そうな笑顔。
 先ほど小さな町を一つ半壊させた人物とは思えないような気軽さでヒラリと手を振る。
   
 立ち尽くし思考に沈んでいた私に声をかけたのは、さっきまで遠くで話していたハボック准尉だった。
 
 「なんか元気ないけど大丈夫?帰ったら休めるから頑張ろうな」

 少し心配そうに顔を覗き込まれて苦笑する。

 まるで子供を励ますみたいな言い方。
 ……でも、不思議と嫌じゃない。

 外見からすれば私と同じくらいの年頃なのに、彼はなぜだかもっと年嵩に見える。
 言動や動作の端々に滲む余裕のせいだろうか。
 ずっと年上の人に宥められているようで、肩に入った力が抜けていく。

 「……お伺いしたいことがあるんです」

 もしかしたら私は甘えているのかもしれない。
 今日会ったばかりの人に言うようなことではないのに。

 でも、彼に聞いてみたかった。 
 答えてくれるかどうかは分からない。自分でも無礼な質問だという自覚がある。
 それでも、私は聞きたかった。
 本当に聞きたい相手とよく似た立場の、彼に。

 「んー?」

 きょとんとした顔と、気の抜けた返事。
 戸惑いを無視して感情のままに続ける。

 「セントリー兵長が、ハボック准尉はできることをしているだけだと言っていました」

 「へ?ああいや確かにできないことはしないけど」

 怪訝そうな表情のまま頷く准尉。
 わけが分からない質問をした私に、それでもちゃんと答えてくれようとしている。 
 もうすこし落ち着いていたらきちんと話を整理できたのだけれど、一度口からこぼれてしまった言葉を止められない。

 「何のために?」
 
 誰のために?
  
 「私はある人の理想に影響されて軍に入りました。この国を……この国の人たちを守るため、ほんの少しでも役に立てればと思って」

 皆が笑顔でいられるように、涙を見ないで済むように。
 不安そうな目や諦めのため息を消したかった。

 でも、今私はがしていることは、まるで違う。
 
 「自分が何のためにここにいるの分からないんです」

 言ってしまってから、俯いて唇を噛む。

 彼だって悩みや苦しみがあるはずなのに、やっぱり止めておけばよかっただろうか。
 会って間もない赤の他人に急に深刻な相談をされて、きっと困っている。
 
 感情にまかせて、なんて馬鹿なことを………。 


 「いまいち質問の意図が分からないんだけど………俺が軍に入ったのは家族のためだよ」


 降ってきた声に慌てて顔を上げれば、隠し切れない困惑を顔に浮かべながら、それでも真っ直ぐに私を見る目があった。

 「ご家族のためですか」
 
 家族を守りたくて軍に入ったという人は少なくない。
 志望動機としてはむしろありふれている。

 「実家が火事で借金かかえちゃって、やむを得ずね」

 それじゃ、自分から進んでこの道を選んだわけではないのね。
 でも、それにしては彼には私のような迷いの色が見えない。
 割り切っているのかしら。
 
 「やめたいと思ったことは」

 「そりゃ何度も。でもさ、俺は自分の部下を死なせたくないんだよね。で、そのために俺が出来ることっていったら、傷を治すことと、部下を殺そうとする相手を先に殺すことなわけよ」

 「……そうですね」

 野蛮だけど、真理でもある。
 これが他国の軍人を相手にしているのであれば、私も同じように言えただろうか。

 「どんな相手であっても、人を殺すのは嫌なもんだよ。でも、殺さなきゃ俺も仲間も死ぬし。俺は今でこそ准尉だけど、基本的な思考は士官よりも兵士寄りだから、意義や意味よりもまず自分と味方の生存が最優先なんだ」

 率直な言葉から、本当に部下を大切にしているのが分かった。

 そう、それがハボック准尉が戦う理由。
 多くの人を殺しても尚変わらぬ目で前を見ていられるのは、何のために戦うのか決めているから?

 なら、私にはとても無理だ。

 「だから俺が戦うのは、部下や戦友や気に入ってる上司や、何より自分を守るため。殺した相手のことは保留中」

 「保留って」

 凄い言い方……。

 「ここで悩んだってクソのや……あー何の役にも立たないし、迷いながら戦えば死ぬし。今後のことは内乱終ってから考えるよ」

 それは一切を棚上げにしているということ。
 でも、この状況で悩みも迷いも逡巡も全部後回しにして戦えるなら、それだって一つの答えだ。

 「今はただ覚えてるだけだね」

 ふと、声のトーンが変わった。
 私に答えているのではなくて、自分に言い聞かせるように、静かに。


 「何があったか、何をしたか覚えておく。忘れない。逃げてるって言われりゃそれまでだけどさ」


 かみ締めるように忘れないと言ったハボック准尉は、私の背後にある町を見つめていた。

 彼が破壊した町だ。
 今はもう誰も住んでいない、あとは朽ちていくだけの町。
 全てを行ったわけではないけれど、彼が最初に崩壊の引鉄を引いた。

 強い人……覚えていて、忘れない、か。
 ハボック准尉は確かに自分にできることをしているんだろう。

 「でも俺は准尉には悩んで欲しいな」

 「え?」

 どうして。 
  
 「今じゃなくて、この戦いが終ってからのことさ。士官学校を出たって事は少なくとも俺より出世するだろ?」

 それは、私が死ななければ……。

 「この国じゃ軍人は政治にも関わる。なら、一国民として士官には考えて欲しいね。なんでこんなことになったのか、二度とこんなこと起こさないためにどうしたらいいか」

 未来を見ろと言いたいの?
 この状況が嫌ならいつか自分で変えろと?

 「そのためにも今は生き残ることを最優先にしてくれ。………それくらいしか俺には言えないんだ。ごめんな、中隊長とかハーミス大尉に聞けば、もう少しちゃんと答えられるんだろうけど」

 わしゃわしゃと苛立ったように自分の頭を掻いたハボック准尉に、私は何度も首を横に振った。


 「いいえ!……いいえ、私はハボック准尉にお伺いしてよかったと思います」


 最初に彼と会ってから、沢山のものを与えられている。
 きちんと思考することを思い出して、凍りかけていた感情を取り戻して。
 今また一つの可能性を、行き先を示してくれた。

 ならば私も覚えておこう。

 彼が言ったこと。自分がしたこと。
 これから起こること。この先自分が行うこと。
 多くの人を殺してきて、これからもっと沢山殺すだろうこの血まみれの手でも、もしかしたら何かを成せるかもしれない。
 幸せな未来のために、全てを耐えて、いつかきっと。
  

 そのために今は軍人として成すべきことをする。
 私に、できることを。
 

 「ん、もう出発みたいだな。じゃあ俺はこれで」

 立ち去ろうとするところを、とっさに引き止めた。

 「あの、ハボック准尉!!」

 「…………錬金術師達が頑張ってるから、もうすぐこの内乱も終る。そうしたらお茶でも飲もうや、お嬢さん」

 ちょっと笑ったハボック准尉は、まるで町中でナンパするみたいにそう言った。
 どこまでも普通の青年のように。
 
 内乱が終ったら、彼とお茶を飲む。
 果てが見えないとさえ思ったこの戦いが終ったら。

 それはとても魅力的な提案だ。
 そのためにも、生き残らなくては。

 「……じゃあ私の名前、覚えておいてくださいね」

 「そりゃもちろん美人の名前なら……えーと准尉のお名前は何ておっしゃるんでしょうか」
 
 いきなり下手に出たハボック准尉に思わず笑ってしまった。
 そういえばちゃんと名乗ったことはなかったかもしれない。
 階級だけでも充分通じていたから忘れていた。


 「リザです。リザ・ホークアイ。おいしいお茶期待してます、ハボック准尉」


 ―――――彼の笑顔がなんだか引きつったような気がするのは、気のせいかしら。



 ◇◇◇



 『この国の礎のひとつとなって、皆をこの手で守ることができれば幸せだと思ってるよ』


 あの人の夢に憧れて、私もまた同じ道を選んだ。
  
 みんなが幸せに暮らせる未来が欲しかった。
 自分が成せなくともいい。僅かでも手伝えるならば、それだけで充分だった。
 いつ終るかも分からない戦争で、泣く人が少しでも減ればいいと。
 
 ベッドの柔らかなリネンの感触。
 洗濯物から香る石鹸と太陽の匂い。
 午後のティータイムに甘いお菓子。
 買い物先でのちょっとしたお喋り。
 女の子らしいささやかなおしゃれ。

 普通の女の子が当たり前のように過ごしている日常を、なにもかも切り捨てて軍人を志した。

 誰に勧められたわけでなく、促されたのでもなく、私が選んで私が決めた。
 リネンは砂へ、石鹸は硝煙へ。
 ティータイムも買い物もおしゃれも忘れて、辛く厳しい訓練を乗り越え。
 いつしか砂と血に染まり、罪の重さに心が折れそうになって。


 そして戦場で一人の魔法使いと出会い。 


 ようやく、リザ・ホークアイという一人の少女は、リザ・ホークアイ准尉という一人の軍人になった。
 
 


ROプレイヤー鋼錬を往く その16

 えーこちらジャン・ハボック准尉、ただいま遅めの昼食を食い終わったところです。

 今日のメニューは軍用のライ麦パンとバター、キャベツが入ったシチュー一皿、デザートはチョコレート。
 そして食後にはコ……コーヒー?……とおぼしき黒い飲み物でした。
 俺は別にコーヒー通でも愛好者でもないけど、それでもアレはどうかと思います。


 ま、内容はともかく携行食糧じゃなかったのが嬉しいね。
 移動中の糧食って本当に味気ないんだよ。紙に包まれた軍用パンと冷たいソーセージと変な味のコーヒーとか。
 そして戦闘食はもっと酷い。
 ビスケットと缶入りチョコレートなんて、もはや飯じゃなくておやつじゃねぇか。
 
 
 こっちに来て長らく経つけど、この世界の食糧事情がさっぱり分からない。
 まともなメシが食えたのはハボック家にいた頃だけで、後はずっと軍隊生活を送ってるし。
 都市部に行けば色々食えるかもしれないが、さてどれくらい期待していいものやら。 

 とりあえず分かっているのは、アメストリスは内陸にあるから新鮮な海産物は食えないだろうってこと。
 保存食はどうだか知らんが、もう二度とマグロの刺身を食えないと思うと目の前が真っ暗になります。
 カツオのたたきとかイカソーメンとかもはや妄想の産物ですよ……トホホ……。
 

 ……だがしかーし!
 
 お米くらいなら何とかなるんじゃなかろうかと、そう思うのですよ俺は!
 名前からして中国っぽいシンあたりでは作っていそうな気がしませんか。どうですか。
 種籾さえ手に入れば育てる自信だってあるんだけど。
 
 ふっふっふ。実は俺バケツで稲育てたことあるんだよ。
 田舎の小学校ってそういうカリキュラムが組み込まれてるんだ。
 近所で畑を借りて芋の栽培とか、やったことがある人って結構いるんじゃないかな。
 おまけに実家が兼業農家だったから、風呂の浴槽の中に種籾沈めたりしてたもんさ。
 嫌々やってた農作業の手伝いがまさかこんなところで役に立つとはお釈迦様でも思うまい。

 本当にどうにかして米を手に入れられないものか。
 もしもシンで稲作がされてるなら、輸出入制限さえなければ………いや、いっそ法を破ってでも……。
 せっかくブラックウィドウという裏社会に通じてそうな人材がいるわけだし…………。


 内乱終わったら米を密輸入しそうな自分が恐ろしい、今日この頃です。  
  


 ◇◇◇



 食べてすぐに動くと時々お腹が痛くなったりしませんか。

 というわけで、毎度おなじみのしみったれた食事を摂った後はまったりとコーヒータイムです。
 ついでに何人かは別の隊の友人知人のところへ顔出しに行ったり、情報収集に行ったり。
 規模は違えども学生の昼休みと行動が変わらないところが笑える。
 本当は隊を離れちゃいけないんだけど、そこはそれ。皆適当な理由をつけてうまく抜けてるんだ。
 殺伐とした日々を送ってる兵士達のちょっとした息抜きって感じ?

 俺は面倒だから動き回らないけどね!

 「それにしてもこのコーヒーは本当にひでぇ味だな……」

 カップを傾けて一口含むと、自然と眉間に皺が寄る。
 ないよりマシとはいえ、なんかこう……ざらざらしない?
 これって砂が入ったわけじゃないよなぁ。

 「砂糖とミルクがあったらよかったんですけどね……」

 クーガーがまっずいコーヒーをちびちび飲みながら言った。
 兵隊って皆意外と甘いもの好きだけど、コイツも例に漏れず甘党だ。

 「でもこれ、三分の一くらいに薄めて上澄みだけ飲んだらマシになるかもしれないですよ」 

 それはもう色のついた水だと思うぞ。
 
 俺はどうせなら薄くても紅茶がいいよ。
 本当に飲みたいのは緑茶なんだけど、さすがにそれは無理だからさ。
 紅茶と緑茶は同じ葉っぱだってテレビで見たことがあるし、そのうちハボック家の畑で栽培できないかな。
 幸い土地だけはめっぽう広いし。 

 「私は酒が飲みたいですね」
 
 セントリーがカップを傾けつつ零すのを聞いて、とたんに緑茶よりもビールが恋しくなってきた。
 風呂上りにキュッと一杯とか最高だよね。
 つまみはホッケ……は無理だから枝豆で、それが駄目ならせめて軟骨揚げとか。

 ああ、こんなこと考えてたらどんどん食いたいものが増えていく。

 「おいしいお魚が食べたい」

 この際川魚でいいや。アユの塩焼き食いてー。

 「オムライスかハンバーグがいいです!」

 お子様味覚?

 「ここはやはり血の滴るようなステーキでしょう」

 ブルジョア?
 
 ああああ考えただけで涎が出てくる……って、あれ?なんか一人分答えが足りないな。
 いつも聞こえる掠れた声がない。

 「ブラックウィドウは?」

 「第一中隊の知人のところへ行くと言って先ほど離れましたが」

 そういやあっちは先に帰ってきてたんだっけ。
 にしても今この時期に隊を離れるってのは………。

 「………取り立て?」

 この間のポーカーで第一中隊の誰かから巻き上げてただろ。
 相手が無一文になる前に止めに入ったのがまだ記憶に新しいぞ。

 人は見かけによらないって言うけど、見た目がチンピラのブラックウィドウは予想を裏切らず中身も真っ当じゃないんだよな。
 散々言い聞かせたからか備品等の横流しこそしちゃいないが、イシュバールまで来て博打で結構な荒稼ぎをしているし。
 負けたところをほとんど見てないってのは、彼が天性のギャンブラーだからか、並外れて場数を踏んだプロだからか。
 もしくは幸運の女神をたらしこんだとか……。

 イカサマの可能性を故意に脳内から排除しようとする俺に、セントリーが張り付いたような笑顔で頷いた。

 「の、ようですね」

 なぜそこで微笑むんだね君は。

 しかしそろそろ迎えに行ったほうがいいんじゃないか。
 俺達はこの後移動だし、第一中隊も別の地区へ行くはずだ。
 第一のほうが先に発つらしいから準備だってあるだろう。
 賭博の負債を取り立てに行くのはいいがそれで他所の隊に迷惑かけるのはまずい。
 一応本業は兵隊さんなんだから。

 「ちと呼んでくるわ」

 カップをその場に置いて立ち上がろうとしたら、セントリーに制された。

 「クーガーでよいのでは?いえ、私が行きましょう」

 名前を出して即座に否定するとは。
 こいつ、クーガーが行ったら問題が起きると思ってるんだろうな。

 ………俺も思ってるよ。

 「そ?んじゃ頼むわ。戻るまでにもう一杯コーヒー注いでおいてやるからさ」
  
 お駄賃にしては安上がりっちゅーか、俺の懐が痛まないご褒美だけど。 

 「ありがとうございます。では、三分の一とは申しませんが薄めでよろしくお願いします」
 
 遠慮するどころか上官に注文までつけるとは。
 お前本当に神経太いね。
 


 ・


 ・


 ・



 「…………隊長。軍曹、遅くないですか?」

 クーガーに言われて無言で頷く。

 確かにちょっと遅い。
 
 そろそろアチラさんは出発時刻で、こっちも人が集まりだしてる。
 コーヒーはとうに冷めちまってマズさは2割り増しだ。
 居場所なんざその辺の奴に聞けば分かると思うんだが……。

 まさか何かあったんじゃあるまいな。

 「あの、ちょっと呼んできますね」

 「いや!俺が行くからいい」

 ごめんねごめんね。気持ちは嬉しいんだ。
 でも君を行かせると何も起きてなくても何か事件を拾ってきそうな気がするから。 
 もちろん君に悪気がないのは分かってるんだ。
 ただいつもちょっとタイミングが悪くて考えが足りないだけなんだよね。

 「早めに戻ってくるつもりだけど、もし遅れたら中隊長に二人を探しに言ったって伝えてくれ」

 「はい!隊長が軍曹と伍長を探しに行かれたって、中隊長にお伝えしておきます!」

 「おう。んじゃ、行ってくるからこれ片付けといてくれ」

 復唱したクーガーにカップを渡して立ち上がる。

 セントリーが向かったのはあっちだったかな?
 一度も戻ってきてないから方向はあってるんだろう。
 ちょっと時間が心配だけど人を呼びに行くだけなんだしきっとすぐ戻れるさ。
 
 と、そこでふと頭に浮かんだお約束のセリフを呟いてみる。


 「その時はまさかこんな事になろうとは思ってもみなかったのです………」


 ―――――ヤバイ。これ、死にフラグだ。



 ◇◇◇



 曲がり角を曲がろうとした時に不穏な言葉を耳にしたら貴方はどうしますか?
 ちなみに、俺なら立ち止まって様子を伺います。

 そして聞こえてきたのはこんな言葉。
 

 「相手を倒したとき、『当たった!よし!』と自分の腕前に自惚れ仕事に達成感を感じる瞬間が少しでもないと言い切れますか?狙撃手さん」


 ………なんて嫌味な語り口なんだ。

 しかし随分と物騒な話をしてるな。
 せっかくのんびり出来る時間に誰だよこんな暗い話題持ち出したの。
 真昼間の休憩中に話すことじゃないだろうに。
 きっとココに来て日が浅いんだろうな。軍歴が長い奴は休める時に却って疲れるような真似はするまい。
 俺も正直このまま回れ右して別の場所へ行きたいよ。


 部下二人がこの先にいなけりゃね。
 

 (クーガーを行かせればよかったぁぁぁあああ!!!)
 
 アイツならきっと空気を読まずに突っ込んでいって二人を連れ戻してくれたのに!
 しかし繊細でデリケートな神経を持つ俺はとてもそんな真似できません。
 物陰で悶えているうちに話は勝手に進んでいくし、もうどうしたらいいんだ。

 いいかげんに戻らないと置いていかれるぞお前ら。

 「………それ以上言うな!!」

 怒鳴り声。
 これはマスタング氏の声だな。しかも凄く怒ってる。
 なんだかいつも怒ってるなこの人は。疳の虫か?

 ひょいと曲がり角の向こうを覗き込んでみる。
 車座になって休んでる連中の中にはいくつか見知った顔があった。
 マスタング氏もそうだけど、そのほとんどが野戦倉庫時代に知り合ったメンツだ。
 新米が騒いでるのかと思ったら結構古株がいる。

 そしてそこには俺がわざわざ捜しにきてやった二人もばっちり混じっていた。
 この馬鹿野郎共早く帰って来い。

 (………あ)

 いかつい男達の中に可憐なお嬢さん発見。

 相変わらずホークアイ嬢は可愛い……けど、なんか妙に強張った表情だ。
 具合が悪いって様子じゃないのに、ぎゅっと銃を抱え込んで小さくなっている。
 
 でかい銃だなぁ。そういえば彼女って狙撃手だっけ?
 
 てことはもしかして、たった今嫌味言われてたのは彼女か。
 そらマスタング氏が怒っても仕方ないやね。
 彼にとっては後々副官になるんだし、なにより女の子は大事にしなきゃ。
 
 「私からすればあなたがたの方が理解できない。戦場という特殊な場に正当性を求めるほうがおかしい」

 発言は最初の嫌味と同じ声。
 さっきのアレも同一人物が言ったんだろう。

 声の主を観察してみると、見た目は中隊長と同年代かちょっと年上な感じの兄ちゃんだった。
 中肉中背、黒髪ロンゲ。細目のいかにもスカしたツラの男だ。
 この位置からだと、彼に掴みかかっているマスタング氏のものらしき背中が邪魔で階級が分からない。

 が、長髪だ。しかも軍人が戦場で。
 そんな風体がこの若さで許されるってのは…………国家錬金術師ぐらいしか思いつかねぇんだよなぁこれが。


 階級を確かめたいような確かめたくないような微妙な気持ちで眺めていると、長髪兄ちゃんが演説を始めた。


 「錬金術で殺したら外道か?銃で殺したなら上等か?それとも一人二人なら殺す覚悟はあったが何千何万は耐えられないと?」


 …………うむ。なんかワケもなくムカつくな!!


 ご意見にはまったくもって同感だが、コイツのことは絶対好きになれない自信があるぞ。
 爬虫類系の雰囲気とイヤミったらしい話し方が物凄く不愉快だ。

 最終的には顔か。顔が気に入らないのか。
 それとも耳の形か?

 直接口をきいたわけでもないのに温厚な俺がここまで嫌悪感を覚える奴も珍しいぞ。

 「自らの意思で軍服を着た時にすでに覚悟があったはずではないか?嫌なら最初からこんなもの着なければいい。自ら進んだ道で何を今更被害者ぶるのか」

 ふーん。一兵卒では覚悟がある奴のほうが珍しいと思うがなぁ。
 皆わりと流されてるぞ?かく言う俺もその一人だ。

 まぁ、これがコイツが言ったんでなければ素直にその通りだと認めますけどね。

 「自分を哀れむくらいなら最初から人を殺すな」

 殺さなくちゃ自分が殺されるじゃん。
 逃げたところで敵前逃亡で味方に撃たれるのは真っ平だもん。

 「死から目を背けるな。前を見ろ。貴方が殺す人々のその姿を正面から見ろ」

 うっさいわい。
 目ぐらいそむけたっていいだろ。そうしなきゃ正気を保てない奴だっているんだよ。

 「そして忘れるな。忘れるな」

 マスタング少佐に言い募る一見無表情なその顔から、僅かな愉悦を読み取って嫌悪感が更に募る。

 逐一発言に茶々を入れるも、結局はその意見に同意せざるを得ない。
 それにまた腹が立って気分が悪くなる。
 これって世に言う同属嫌悪なんだよな、きっと。


 実際、コイツの発言は正しいと思うんだよ。
 少なくとも俺はね。

 
 ここは戦場で、殺し合いをする場所だ。
 そんなの皆分かってるんだから改めて自分の罪深さを喧伝しなくたっていいじゃないか。
 錬金術だろうが銃だろうが竹槍だろうが豆腐の角だろうが、殺人は殺人。
 何を使ったってやることは一緒だ。
 一人殺せば殺人犯で千人殺せば英雄って聞いたことあるけど結局は人殺しだしさ。

 『戦場は大いなる牢獄である。
  いかにもがいても焦っても、この大いなる牢獄から脱することはできぬ。』

 …………と、昔の人は言いました。

 でもこの国の兵隊は徴兵で連れてこられたわけでもないし、多少のリスクさえ許容できるなら抜け出す方法はある。
 軍法会議覚悟で命令に逆らってみるとか、わざと死なない程度に怪我をしてみるとかな。
 たしかに牢獄ではあるけども、有る程度の犠牲を払えば出られない檻じゃないわけだ。
 
 にも関わらず残ってるんなら、そりゃもう嫌々ながらでも人を殺して生きる覚悟を決めたってことだろう。
 
 悩むのは大いに結構だしむしろ悩まないような奴に上にいて欲しくはないが、態度に出すのはどうかと思う。
 一度決めたんならまずはそれを真っ当して生き残ってくれよ、やることはたくさんあるんだし。
 無事に生きて帰ってからぐちぐち文句を言うなり落ち込むなり、気がすまなければ自殺するなりすればいい。

 「やだなぁ……」

 このいけすかない兄ちゃんと俺って本当によく似てるわ。
 ものの見方とか思考回路とかすげーそっくり。
 まったくもって気に入らないけどさ。

 
 「忘れるな。彼らも貴方のことを忘れない」


 ケッ。

 忘れてたまるか!!




 ―――――ここで終わってれば本当に良かったんですよ。ムカつくけど。

 


 「どうも気に入らねぇな」


 緊張しきった場の流れをいきなりぶった切ったのはよりにもよって部下の声だった。

 「貴方は?」

 しゃしゃりでて来たのは我が隊のチンピラ、取立てに来てたはずのブラックウィドウだ。

 「しがない一兵卒ってやつでさぁ。イシュバールじゃ古参に入るでしょうがね」

 言いながら長髪兄ちゃんの前に進み出る。

 うわーっうわーっ!ちょ、バッ、やめろよ!!

 こんな場面で何を言う気だお前!
 どうして絡んじゃいけない相手に絡もうとするのさ!!

 「少佐殿の言うこたぁ正しい。オレみたいな下っ端だって分かりますぜ」

 この世界にギルドチャットやパーティーチャットがあれば俺は、この瞬間軽く10を超える罵倒の言葉を並べられたと思う。

 奥様聞きました?少佐殿だそうでしてよ。

 ということはやっぱり錬金術師だあの兄ちゃん。
 いやはや最悪です。

 「それはありがとう。貴方は自分の仕事の本分を理解しているようですね」

 言葉遣いに頓着せず満足そうな顔で微笑む兄ちゃんに対して、ブラックウィドウもまたうっそりと笑った。 
 癖がある笑顔というか、正直どう見ても犯行が上手くいった強盗の笑みだ。
 
 これだけで済むなら友好的なやり取りなのに……。


 「そりゃモチロン。ですから、ねぇ少佐殿。アンタにも士官の本分とやらを理解して貰いてぇんですよ」

 
 あああ…………案の定喧嘩売る気だコイツ……!

 「というと?」

 微笑をそのままに目つきだけが鋭くなる兄ちゃんを見て、俺は悲鳴を上げそうになった。
 ノミ並みに小さな我が心臓が爆発寸前だ。

 怒ってる。絶対怒ってるよ。
 
 にも関わらずニヤリ笑いのブラックウィドウは偉そうに講釈を垂れ始める。

 「士官ってのは下っ端を不安にさせるモンじゃねぇ。迷わず突っ込んで行けるようにするモンだ。」

 バカのもったいぶった台詞にその場の全員が聞き入っている。
 さっきまで怒っていたマスタング氏もホークアイ准尉も同様だ。

 俺も、聞きたくないが聞かざるを得ない。
 ……後で長髪兄ちゃんに部下の無礼を謝りに行かないといけないもんな。

 覚えてろよコノヤロウ。

 「錬金術師っつったって隊を率いているなら指揮官じゃねえか。アンタが言うことは正しいが、それなら最初に言ったようなこたぁ口にするべきじゃねえ」

 最初に言ったことって、何さ。
 
 「国民を殺すのも兵士の任務だと言ったことが気に入らないと?」

 またそんな暗い話を。俺はその辺聞いてなかったぞ。
 でも、それっくらいでブラックウィドウがいちゃもんつけるかねぇ。

 「いいや、そりゃ少佐殿に賛成でさぁ。問題はその後だ」

 「……狙撃手の話か?」

 黙っていたマスタング氏がふと口にした。

 む。なんか沈んだ顔してるな。
 ………ブラックウィドウがさっき言った『下っ端を不安に〜』とかいくだりが耳に痛かったのか?
 傍で見てて悩んでるのが一目瞭然だったし。
 でもマスタング少佐、そんな落ち込むほど酷い上官じゃありませんでしたよ。

 「そう、その話ですよ。戦場を語ろうってぇお人が狙撃の達成感と殺人の快楽を一緒くたにしちゃあいけねえな」

 俺が最初に聞いたあの嫌味が引っかかったのか。

 なるほど、言いたいことが分かった。
 確かに前線で戦ってる兵士としちゃあ一言物申したいことがあるセリフだったわ。
 ブラックウィドウも狙撃手の端くれだから尚更だろう。

 「………何が言いたいのですか」

 分かんないかなぁ。


 「不肖の部下に代わりまして、小官がお応えいたしましょう」


 いや、お前は出てくんな。
 せっかく大人しくしてると思ったのに。

 しゃしゃり出たセントリーにこっそり突っ込みを入れてみるが、ちょっと安心もした。
 少なくともこいつなら口の利き方は知っているだろう。
 ブラックウィドウみたいな怪しい敬語は使わないし、見た目が裏街道でもない。
 ちょっと何考えてるか分からないとこもあるが、そこは愛嬌ってことで。

 「先ほど少佐が仰られましたことに対して、この男が述べたかったことを代弁いたしますと……」

 なるべく穏便に頼むぞ、セントリーよ。
 もはや止めはしないがせめて表現に気をつけてくれ。

 「困難な仕事を成し遂げたことに満足するのであって、人を殺して満足しているのではないのだと言いたいのでしょう」
 
 長髪兄ちゃんの片眉がピクリと上がる。
 お。反論があるのかな。

 「それは詭弁です。どう取り繕おうが、行為もそれによってもたらされる結果も同じでしょう」 

 確かにそらそうだがね、今話してんのは殺される側についてじゃなくて、殺してる俺達の気持ちの問題だろうに。

 『人を殺して喜んでるんじゃなくて、敵を倒して誇ってるんだ』

 そう思わないと戦えない奴は意外と多いんだよ。 

 最近イシュバール人を人間扱いしない兵士もいるけど、それだって殺人の禁忌からの逃避って側面があるんじゃないか。
 俺が殺してるのは人じゃない。だから俺は人殺しじゃない、ってわけだ。
 自己暗示の一種だな。

 戦場に限っては、『敵』は『人間』ではないんだ。

 そして、その思い込みを継続するには兄ちゃんの言葉は百害あって一利なし。
 国家錬金術師としての特例とはいえ士官であるならあんな事は言うべきじゃない。
 戦場で戦ってる間は我に返らせちゃいけない。

 そうしないと死んじゃうなら、誤魔化しでも欺瞞でも使えるものは使うべきだ。

 「迷わず引鉄を引くために必要なら詭弁も有効でしょう」

 そのとおりそのとおり。 

 新兵訓練でもそういう認識を助長してるような節があったじゃん。
 人って弱い生き物なんだし、気がつかないですむならそのほうが幸せだよ。

 ……つってもこの錬金術師はきっと分からないっつーか、分かろうとしないんだろうなぁ。

 「理解しがたいお話ですね。自分の行いを誤魔化してまで罪の意識から逃れたいのですか?」
 
 やっぱり。
 罪の意識なんか感じてもいなさそうなのによく言うぜ。

 「そうですね、少佐殿に分かるように一言でまとめるなら。………そう、私達の上官ならば」
 
 ん?

 なんでそこで上司を出すんだ。

 「『ソレとコレとは話が違うだろうが。一緒にすんなこのタワケが』……と、言うでしょう」


 言わねえよそんなことぉ――――!!


 思ったって口に出したりしないよ、小心者なんだから!

 しかもこんな目つきの危なそうな奴に………。
 二人の言ったことはまさしく現在の俺の気持ちだけどね、どうして発言の責任を他人へと押し付けるの?!

 実はお前達俺のこと嫌いなんだろ!!

 「………なるほど、貴方達の上官はユニークな方のようですね」

 いや、フツーですから!
 おかしいのはコイツらだけです!!

 と否定しても物陰に隠れてこそこそ呟いてるんだから聞こえるはずがない。
 かと言って今更出て行く勇気もないわけで。

 ああっ自らのチキンさが仇に……。


 「実に面白い意見でした。名前を伺っておきましょうか」


 やーめーてーぇぇぇ………


 「私はセントリー軍曹。こちらはブラックウィドウと申します。第二中隊の、ハボック小隊に所属しております」

 セントリーは自分の所属を述べると綺麗に敬礼した。
 横に控えていたブラック・ウィドウが倣うが、こっちの敬礼は少々崩れている。
 浮かぶ表情は俺達に向けるのよりも剣呑な、嘲笑ともとれる笑顔だ。
 
 二人の名乗りに対し兄ちゃんもまた口を開く。
 そして何かを口にしようとしたとき、突然響いた鐘の音がそれを遮った。


 カー…ン……  カー…ン……  カー…ン……

 
 妙に軽い音が三つ。ここの時鐘だ。
 崩れかけた鐘塔に他所から持ってきた鐘を無理矢理吊るしたというインスタントな代物だが、意外と遠くまで聞こえるもんだ。

 これが鳴ったってことは俺がここにきてまだ10分くらいしか経っていなかったのか……。 
 体感時間としちゃ1時間は経過していたように思えるよ。
 
 「おっと、時間ですよ。仕事に行かなければ」

 鐘の鳴った方角を一瞥してから、兄ちゃんが踵を返した。

 結局彼は自分のことについて何も言わなかったな。
 国家錬金術師であることは確実だろうし、あの若さからして調べようとしなくとも自然と噂が聞こえてきそうだ。
 そしてそれはきっと悪い噂に違いない。
 だって最初部下の無礼を謝ろうと思っていたのに、そんな気持ちが消えうせるくらいヤな奴なんだもん。 

 で、そんなヤな奴にセントリーはバッチリ顔を覚えられたわけだ。

 襟元を調えつつ悠々と遠ざかる背中を見送ると、俺は両手両足を大地についてガックリと項垂れた。
 このまま地面に懐いてしまいたい。 


 せめて。

 せめて第一小隊と言ってくれればよかったものを、よりにもよってハボック小隊と名乗りやがった。


 両手両足を大地についてガックリと項垂れる。

 あの錬金術師の兄ちゃんがセントリーの言う上官を中隊長のことだと思ってくれりゃいいが、それは楽観的に過ぎるだろう。
 セントリーの階級からいえば、その言葉が指すのは直接命令を下す小隊長だ。
 そしてセントリーの野郎は無意識にか、あるいは故意にか、所属の中に隊長名を混ぜた。
 
 『ハボック』小隊と。
 
 こっちに来てこの方俺と同じ名字は見たことも聞いたこともない。まあ珍しい名前なわけだ。
 これでも顔が広いつもりでいるから、多分この地区ではハボックという姓の人間はいないんだろう。
 つまり、調べようと思えば大した苦労もせずに俺の名前を見つけることが出来るんだ。あの兄ちゃんは。

 ああ、どうか彼がセントリーの上官に興味を持ちませんように。
 

 …………鐘、もうちょっと早く鳴ってほしかったよ……。
 

 ◇◇◇


 軍用車の荷台でガクガク揺られながらクーガーに語る。
 遅れてきた二人は別の車両に放り込まれているから、茶々をいれられる心配もない。
 ずっと隠れてたせいで色々言いたいことも溜まってるし、悪いが付き合ってくれよ。

 「だからね、クーガーや」

 理解しているかどうかは別として、コイツは真面目に話を聞いてくれるからな。 

 「罪がどうとか気持ちが云々とか言う前に、まず一般人の感覚を維持してないと内乱終った後でえらいことになると思うのよ」

 「えらいこと?」

 うむ。えらいことだ。
 ちなみに偉いことではないぞ。

 「この紛争終結後には大量の退役兵が出るでしょ。そいつらが皆人殺しをなんとも思わないような人間だったら大変じゃないのさ」
 
 「はあ」

 「社会情勢からしてただでさえ犯罪が増加するだろうところに、そんな奴らが職にあぶれて街をうろついてたら目も当てられないよ」

 増加する犯罪は凶悪化の一途を辿り強盗誘拐殺人強姦とまさに悪事の見本市。
 そのうち戦場から流れて来た麻薬が出回り始め、治安はますます悪くなる。
 そして気がつけばセントラルはゴッサムシティみたいな犯罪都市になっちゃうんだ。間違いない。

 「なんだか難しいですね。軍曹なら分かると思うんですけど」

 うん?

 
 「……セントリー?」

 
 「あ、はい……隊長なんだか顔が……」

 気にしないでくれたまいクーガー君。
 そうだ、丁度いいから相談にのっておくれ。

 「相談ですか?」

 うん。
 次の第17区の戦闘が終ったらセントリーとブラックウィドウに罰を受けて貰おうと思ってね。
 さっきちょっと色々あったから。

 「下半身素っ裸に靴下ブーツレギンスだけ履いて一人で一晩歩哨と」

 「えっ!」

 「尻をバンバン叩き白目を剥いて『ビックリするほどユートピア!ビックリするほどユートピア!』と叫びながら踏台昇降するのと、どっちが辛い罰かなぁ」

 ちなみに俺的には後者がおすすめなんだけど。
 ほら、下半身が無防備だともし戦闘が始まったら危ないし。

 「ど……どっちもツラいですよ!」 

 「じゃあどっちもやってもらおうかな!」

 なんでそこでお前が泣きそうになるんだクーガー。


 「俺、絶対集合時間に遅れたりしません……」


 いや、それが理由じゃないんだけどさ。 
 トラウマ植えつけるつもりじゃなかったんだ。そんな顔すんな。
ROプレイヤー鋼錬を往く その16ボツ


 「なんか、納得できないです」


 横槍を入れるクーガーの声に、俺はうっかり悲鳴を上げそうになった。

 「うまく言えないんですけど、少佐のおっしゃることは、違うんです」
 
 二度目のダメ出しに今度は絶句。
 ええい何故お前はそうも空気を読まんのだ。

 黙っとけ!いいから黙っとけ!!
 頭悪いんだから疑問があるなら後で俺に言いに来い!


 「何が違うんですか」

 「えっと、まずホークアイ准尉が敵を倒して達成感を感じてるって……」

 随分話が戻ったな……。

 そんな最初のほうで引っかかってたのか。
 その後の話ちゃんと聞いてた?せっかくの兄ちゃんの長広舌を。

 「楽しく仕事ができるのは良いことですよ」

 皮肉な笑みを浮かべる兄ちゃんに、けれどクーガーは一生懸命首を振る。

 「そうじゃなくて、ホークアイ准尉は当たったのが嬉しいんであって倒したのが嬉しいんじゃないと思うんです」
 
 「同じでしょう」

 「違うんです」

 「どのように?」

 「どのようにって………人を殺すのが楽しいんじゃなくて……その、倒すのが……ええと」

 鋭い舌鋒ってのは聞いてるだけで恐ろしいな。
 間髪入れない追求に胃が痛くなってくる。

 クーガーの奴は少ない語彙を引っ張り出してなんとか説明しようとするも、いかんせんおつむの出来が違いすぎてとっさに言葉がでてこないようだ。
 当然の結果として兄ちゃんには鼻で笑われた。

 「言いたいことが分かりませんね。自分の意見すら纏められないなら口を挟むべきではありません。」 

 アイター……。
 確かにその通りだわ。

 「今まで何も考えてこなかったのなら、これから先も考える必要はありません。言われるままに動けばいい」

 ………けどちょっと酷くないかな、それ。

 「でも……」

 「物分りが悪い。新兵訓練からやり直してきたらいかがですか」


 か・ちーん。


 んんー?お兄さんちょーっとむかついちゃったぞー?

 よくもまぁ人の部下に対してそんな暴言を吐いてくれたな。
 確かにクーガーは頭が弱いし天然ではあるが、それだけでそこまで言われる筋合いはないぞ。

 「……ヤロウ」

 この嫌味がもっと別の言葉だったら俺もここまで頭にきたりはしなかったろう。
 後でクーガーの無礼を叱りつけて、だが気持ちは分かると頭を撫でてやって、それで終わりだったはずだ。
 しかし彼は見事に俺の地雷を踏んでくれた。

 『やり直せ』という一言は、本気で許せない。

 クーガーは今のイシュバールではかなり古参の兵だ。
 年こそ若いものの、目の前のちょんまげ兄ちゃんよりずっと長くこの戦場で戦い続けている。

 馬鹿でおっちょこちょいだが素直ないい子なんだ。
 生まれもった心身の打たれ強さと柔軟さでこの過酷な内乱を生き抜いてきたが、決して傷ついていないわけじゃない。
 打たれ強かろうが痛みを感じないわけではないし、柔軟であっても歪められる辛さを感じないはずはない。
 頑張って、我慢して、涙を堪え、一生懸命笑って。
 ここまで正気を保ち命を繋いでくるのがどれだけ大変なことか、俺も、俺の戦友達も皆よく分かっている。

 それを言うに事欠いて『新兵訓練からやり直せ』だと?

 アイツがここに来てからの年月を全部否定するような一言は、言葉の綾だろうが聞き捨てならん。
 テメェみてぇなひよっこが歴戦の兵士に向かって言っていいセリフじゃねぇんだよ。


 激情のままに建物の角から一歩踏み出す。
 もはや姿を隠そうとは思わない。


 俺の怒気に気付いたのか、クーガーがこちらに気がついた。
 
 「隊長……」

 助けを求めるように呼ばれて、黙って頷く。
 普段ならば即反転して退却を決め込むところだが、今の俺はちょっとテンションが上がっている。
 あのちょんまげ男にに一言物申してやらねば気がすまない。

 「不肖の部下に代わりまして、私ががお応えいたしましょう」

 戦場を這いずる兵士の気持ち。

 分からないなら兄ちゃんはそれまでの人間なんだろうさ。
 そういう奴だって士官には少なからずいるだろう。
 想像力が足りないとかじゃなくて、理解できないって奴が。

 「あいにくとお話は最後のほうしかお伺いすることができませんでしたが、先ほど少佐が仰られましたことに対して、このクーガーが述べたかったことを代弁いたしますと、まず最初に……」

 だが、この場面でああいうことを言うのは『少佐』のすることじゃねえ。


 「『ソレとコレとは話が違うだろうが。一緒にすんなこのタワケが』ということになります」

 「!」

 周囲から息を呑む音が聞こえた。
 そりゃそうだ、准尉が少佐に言っていい文句じゃない。

 だが今は少しも目の前の上官を怖いと思わない。
 アドレナリン過多ってこういう状態なんだろうか?
 ともかく今はただクーガーの代わりに反論したいだけだ。

 いや、もしかすると俺自身がコイツをやり込めたいのかもしれない。

 この冷たい目をした男を。 

 「後半はまあ確かに正論でしょう。ですが、戦場を語ろうという方が狙撃の達成感と殺人の達成感を一緒くたにしないでいただきたい」

 目一杯ガン飛ばしつつ更に言葉を重ねる。

 「よろしいか?困難な仕事を成し遂げたことに満足するのであって、人を殺して満足しているのではないのです。それではただの快楽殺人者だ。犯罪者予備軍ですよ」

 「それは詭弁です。どう取り繕おうが、もたらされる結果は同じでしょう」 

 確かにそらそうだがね、今話してんのは殺される側についてじゃなくて、殺してる俺達の気持ちの問題だろうに。

 「それは客観的なお話ですよ。クーガーが問題にしたかったのは主観です。そもそも『なぜこんなことに』という問いからして自分の内面の問題なのですから」

 もちろんそれだけってわけでもないが、少なくとも上に問えないならば自分の中で折り合いをつけるしかない。
 割り切らなくてもいいから、内乱終結までなんとか誤魔化し続けなきゃいけない。でなきゃ心のほうがまいっちまう。

 そして、そのためにはこの男に言葉は百害あって一利なしだ。
 国家錬金術師という例外的な存在であれ、仮にも士官ならばあんな事は言うべきじゃない。

 「必死に訓練を重ねて身に着けた技術を誇るのは自然ですし、それと同時に人を殺すのが嫌だと感じるのもまた当然です。」 

 俺達は機械じゃなくて人間だからな。

 「一々敵を倒すたびに落ち込んでいたのではこの商売はやっていられません。かと言って殺人に対する抵抗感や忌避感を無視し続けるのは精神に負担をかけます。達成感は無意識の自己防衛本能の表れであり、常人にとって当たり前の心の動きです」

 それを鬼の首でもとったかのようにあげつらってどうする。

 「最初の言葉に戻りますが、ソレとコレとは話が違うんです。『人殺して楽しい奴ァ変態だ。自分の腕に自信持って何が悪い。それは全然別の問題だ』ということですね」

 クーガーは多分ここまで理屈っぽく考えてはいない。
 ただ感覚的に嫌だと思っただけかもしれないが、何せ俺はこいつの隊長だからな。
 理論武装とまではいかないが、俺の考えを交えて言語変換するくらいは大目に見てくれよ。

 「………なるほど、貴方は割り切っているわけですね」

 いんや。ただ妥協してるだけさ。

 「ああそうそう、殺した人間を忘れる忘れないって話ですがね、死者に忘れるも忘れないもありませんよ。死んだらそこで終わりで、殺された彼らは何も覚えていてはくれません。忘れないのはいつだって生きている人間です」

 それは生き残った者の特権だ。

 内乱が終ったら、俺はこの悪夢から覚めるまでの間、普通に生活して普通に人生を楽しむつもりでいる。
 こんな悲惨な戦いのことなんざなるべく意識から追いやって、幸せに暮らしていく。
 何度も何度も苦痛に満ちた記憶を反芻するようなマゾいことをする気はない。

 けれど、決して忘れないだろう。

 青年を串刺しにしたことを。
 幼い少女を手にかけたことを。
 小さな町を壊滅させたことを。

 覚えていられるのは俺だけなんだから。  

 「忘れられるなら忘れたほうがいいんでしょうね」


 俺はそれを選択しないがな。





ROプレイヤー鋼錬を往く その17

 結果から言いましょう。

 
 中隊長にものすごく怒られました。


 何の話かって?
 決まってるじゃないか、ハタ迷惑な部下二人に下した罰の件さ。

 
 クーガーを軽くビビらせてから一時間後くらいかな、第17区の大隊本部に着いたのは。
 その頃には既に一度ドンパチやった後で、俺らにゃ大した出番もなかったんですよ。
 陥とす予定だったのは結構大きな街だったんだけど、イシュバール人が少なかったもんで掃討戦もあっさりと終了。
 後はもっぱら片付けだの怪我人の手当てだのに追われてるうちに夜になりましてね。


 ―――――ええ、やりましたとも。下半身半裸で歩哨。

 そして深夜に襲撃を受けて大変なことになりました。

 
 何のことはない、市街に人がいなかったのは街の外に潜伏して奇襲を狙っていたからだったんだな。
 人の少なさを不審に思った中隊長が警備を増やしておいたおかげで、一人も死者が出なかったのが不幸中の幸い。
 夜が明けてみれば味方の損害は軽傷16重傷2、そしてさっき言ったように死者は0。もちろん相手は全滅。
 死んでなけりゃ俺がヒールで治療できるから、実質人的被害はゼロってことになる。 
 
 そう、身体の傷は治せるんだよ。
 問題は心に負った傷のほう。

  
 これだけじゃ分からないだろうから状況を説明しよう。

 まず一番最初に敵影を発見したのは夜目が利くクーガーだった。
 何か動いてるのが見えたんで目を凝らしたら、誰何するまでもなくイシュバール人と分かったらしい。
 しかも敵はまだこちらに発見されたことに気づいていない。
 クーガーは慌てて近くで罰歩哨中のブラックウィドウに知らせに行き、ブラックウィドウが静かに、かつ迅速に他の人間に連絡。
 あとはまぁお決まりの対応だ。目新しいことは何もない。

 戦闘に参加したのはウチの隊と、俺らより先にここで一戦やらかした……ええとどこだったかな……ともかく、すぐ近くで野営してた他所の中隊の連中だ。
 敵さんが奇襲のつもりで襲ってきたところを戦闘準備バッチリの俺らが返り討ち。
 ちゃんと計ってたわけじゃないけど、10分か15分くらいであっさりと戦闘は終わった。


 共に戦った兵士達に、多大なるトラウマを残して。

 
 正直スマンかった。
 本当に心の底から反省してる。

 チラリズムの効果を実証するかのようなアレのせいで、見たくもないのについ目が行ったのは俺も同じだ。
 何ていうか一種の拷問だね。変態仮面の恐ろしさを生で知ったよ。
 もう「それは私のおいなりさんだ!」とか冗談でも言わない。いやこの世界じゃお稲荷さんとか知らんだろうけど。

 …………俺が見たのはブラックウィドウだけなんでセントリーがどうだったかは分からない。
 でも、奴が走り回ったり大きく動いたりするたびに上着の裾からブラブラチラチラと無防備なおフクロさんが……っ!!!!
 生脚の太股とか筋肉のキモさと相まってあああああああああくぁwせdfrtgyふじこlp;

 とりあえず中隊長に釘をさされたから二つ目の罰は無期限延期にします。

 今一番心配なのは、これが癖になったりしないかなってこと。
 「意外と爽快でした」とかそんな報告は欲しくなかった。

 俺のせいで部下が露出狂になったりしたらどうしよう……

 ああいうのは嗜好であって疾病じゃないよね。治せるもんなの?
 警察から連絡があったら俺が迎えにいかないといけないんだろうか。
 軍人だと警察じゃなくて憲兵か?そんなんどっちでもいいっちゅーねん。

 罪状が猥褻物陳列罪だったら、二度目以降は居留守を使うぞ俺は。


 「ハボック」

 へーい

 嫌な想像に落ち込んでたら中隊長に声をかけられた。
 寝不足なのかちょっと不機嫌そうな顔してる。

 「18区に向かえと大隊長の命令だ。苦戦してるらしいね」

 「Yes,Sir」

 お隣かー…頭は誰が張ってるんだっけ。
 ブラックウィドウなら知ってるだろうから聞いておかんと。
 あー面倒くさ。
 

 「言っておくけれど、ここに居づらくなったのはお前達のせいだからね?」 


 まことにすみませんでした………。



   ◇◇◇



 この世界でジャン・ハボックを始めて数年、始めて無能が有害になっている上官を見ました。
 馬鹿でやる気がある味方は敵より始末が悪いってこういう事か。
 小説やら漫画やらでよく似たような言葉を読んだけど、今目の前の有様を見て納得したよ。


 「突撃だ!!」

 
 遠くで馬鹿が叫んでる。
 そんなに突っ込みたきゃお前一人で行って来い。てめーのせいで一体何人死んだと思ってんだ。
 治療のために空けられたスペースは小学校の体育館並みだったのに、それでも場所が足りないとかふざけんな。

 馬鹿と逆側、立ち並ぶ円柱の先には死体がずらりと並べられている。
 妙に小さな包みがあるが、あれは遺体すら満足に回収できなかったってことだろう。
 死体袋が足りなくなったのか途中から包みがテントの布に変わっていて、状況の悪さをうかがわせる。
 しかもこれで全部じゃないんだぜ。
 ここから見えるのはほんの一部で外にはもっと沢山あるんだ。

 うちの中隊が応援に来てから約一時間。
 怪我をして、あるいは物言わぬ屍となって運び込まれてきた兵士の数は三桁をとうに超えている。

 「准尉!もう一人お願いします!!」

 苛々しながら目の前の重傷者の治療を終えたら、間髪居れずに衛生兵が血塗れの兵士を運んできた。
 うぁ、青い軍服が黒くなってやがる。
 失血死前になんとかしねぇとマズいな。

 「そこに寝かせろ!!」

 後ろに更に一人いるようだけど………間に合わなかったのか。
 くっそ、ヒールで治せるのは怪我人までだっての!
 いい気になって死体を量産してんじゃねぇぇええええええ!! 
 
 「ヒール!」

 目で見ることは出来ないが、自分のSPが減ってるのはなんとなく分かる。
 頭が重いようなダルいようなこの感じ、ヘタすりゃ半分どころか三分の一も残ってないかもしれん。
 
 「ヒール!」
 
 戦闘中のヒールに限っては、対象が死なないところまで回復させたらそこで止めることにしてる。
 ヒールをはじめ各種魔法を使うにはSPを消費しなくてはならないから、何かあった時のため節約してるわけだ。

 「ヒール!」
 
 俺は『SP回復力向上』というスキルを最大レベルの10まで取ってる。
 10秒同じ場所から動かないだけで、最大SPとスキルレベルに応じたSPが回復するってスキルだ。
 だからさっきみたいなSP節約は最近惰性になりつつあったんだけど、習慣づけておいてよかったと思う。

 「ヒール!………どうだ?」
 
 「はい、大丈夫です。一応止血してから連れてきましたし、あとは向こうで寝かせておきます」

 「そーしてくれ。あーしんど……」

 ほっとしてその場に座り込む。

 こんなに残りのSPを心配したのって久々だわ。
 体感でおおよその残りSPが分かるようになってからはほとんど意識してなかったもん。
 大体だな、莫大なSP量が売りのWizで、あまつさえ装備品でSP上乗せしてる俺がなんでここまで危機感覚えなきゃならんのだ。

 「すぐ死にそうな奴はあとどれだけ?」

 「さっきの男で最後ですよ」

 え、ほんと?

 「……戦闘終ったわけでもないだろうに、どしたの」

 「最後の怪我人を連れて来る時にグラン隊の到着を聞いたので、多分そのせいかと。一時的に進攻を停止しているのではないでしょうか」

 グランって名前は聞いたことあるぞ。
 鉄血の錬金術師だろ。
 なんでもえらい巨体らしいね。

 兵士の受けはいいらしいし、この状況を好転させてくれるかも。

 「今より楽になりゃ何でもいいよ」

 「噂ではかなり『まとも』な軍人らしいですよ」

 そりゃよかった。現在の責任者よりゃ格段にマシだ。
 でも階級は大佐だろ。馬鹿は准将だから頭は変わらんわけで、その辺が微妙。


 「ハボック!!」


 「うぉ!?」

 びびびびっくりしたぁ!!

 なんか馬鹿の居るあたりで中隊長らしき人が手招きしてる。
 なんだろ。まさかウチの誰かが死んだとかじゃあるまいな。
 怪我したならこっちに来るはずだし。

 「どうぞ、お行きください。こちらは落ち着いておりますし」

 怪我人と中隊長を見てオロオロしてると、横にいた衛生兵が促してくれた。

 「悪い。ちょっと抜ける」

 上官に呼ばれてるんだしどっちみち行かなきゃいけないんだけど、なんか不穏な気配がする。
 こんな時に俺が必要になるなるってことはろくな用事じゃなさそうだ。


 


 「で、一体どういった御用でしょう」

 俺が来るのを待たずに歩き出した中隊長を追いつつ、小声で用件を尋ねる。
 普通に聞けなかったのは、その横に見知らぬ青年がいたからだ。
 
 階級は大尉。
 中隊長と同じで俺にとっては雲の上の人だ。 

 敬礼するとこちらにむかって軽く手を上げてくれる。
 誰も彼もが苛々してる今、直接の部下でもない相手の礼を無視しないとはできた御仁だこと。

 「ついさっきフェスラー准将に命令されてね」

 歩きながらのお言葉に、思わず顔がひきつる。
 あの馬鹿の命令ですか。そりゃ厄介そうですな。

 「私はグラン隊のバックアップ。こっちのヒューズ大尉は西区に行くことになった」

 さっき名前を聞いた鉄血の錬金術師の援護ね。
 とすればまた怪我人が増えるなぁ。
 中隊と一緒に前に出て治療をしろということかな。
 
 ……あれ。

 今ヒューズって言ったか?
 もしかしてマース・ヒューズ?

 「うわぁ」

 中隊長の向こう側にいる青年を思わず凝視する。
 髪形とか眼鏡とか、ビジュアル的には記憶と一致するな。実写化したらこんな感じか。

 率直に言ってロイ・マスタングよりモテそうだ。

 マスタング氏よりとっつきやすそうだし、眼鏡と無精髭差し引いても顔はいいし。
 更にこの若さで大尉だぜ。いくらここがイシュバールだとしても相当デキる男じゃないと無理な昇進だ。
 このハイスペック。原作登場人物でなければ暴れたくなる。
 ヒューズって姓はそう珍しくもないから同姓の別人ってことも考えられなくはないが、中隊長と知り合いなら本人の可能性は高い。

 にしても若ぇー!会社でバイトしてた大学生くらいじゃん。
 年齢的には大卒と同世代だろうけど、漫画じゃおっさんのイメージが定着してたからものっそい違和感だわ。

 「ハボック」

 おっと、今は驚いてる場合じゃなかったっけ。
 はいはいなんでしょう。
 治療でも攻撃でもさっさとご命令ください。

 できれば囮はしたくないんですが、やれと言われりゃやりますよ。

 「ヒューズを助けてやってくれないか」

 へ?

 思わずポカンと口を開けて、中隊長の顔をマジマジと見る。
 二、三歩先まで歩いたヒューズ大尉も驚いた顔で振り返った。
 そりゃ驚くよ。いきなり何言い出すんですか中隊長。

 「私達はグラン大佐に同行する。錬金術師の後ろにいるなら、うちの人間ならば死ぬようなヘマはしない」

 立ち止まった大尉を追い抜いて、俺を見ながらそう述べる。

 「でも……」
 
 確かに、錬金術師もどきな技を使う俺と長いこと戦ってきたわけですから、そりゃ慣れてるでしょう。
 でも万が一ってことがないわけじゃないし。

 「生きてさえいればお前が何とかしてくれるだろう」
 
 「そりゃ息があるか、最悪心臓が動いていればどうとでもできますがね」

 それがどうやらヒールの境界線みたいだから。
 瀕死状態になってもヒールが効くのがありがたい。
 プリーストじゃないからリザレクション使えないもの。

 って、それはおいといて!!

 「頼むよ。死なせないから」

 ………そーいう言い方は反則ですよ。

 「しゃーないっすね」

 命令じゃなくてお願いの形をとるのが憎らしいなぁ。
 ま、ウチの奴らを信じてご下命に従いましょう。死人が出たらそりゃ不運だったと。

 それにしても珍しいですね、私情に走るようなことするの。
 中隊長も人間だったんだなぁ。

 ああそうそう。

 「俺の貸し出しには守秘義務が生じるんですが」

 ちょっと茶化して言ってみた。

 戦闘にも出張るようになってから結構経つし、俺の技能もかなり知られてきてる。
 佐官クラスは知らんだろうが、少尉クラスなら知ってる奴も多いし、中尉でも目端の効く人は気付いてるだろう。
 公然の秘密とまではいかないものの中隊長が信頼できる相手ならばバレたっていいかなーとも思ってはいるんだ。
 
 でもねぇ、やっぱ抵抗はありますよ。

 「ヒューズは口が堅いよ」
 
 「……信用しますよ」

 他でもない中隊長の仰ることですし。

 「で、どこまでをお望みで?」
 
 「できるところまで」

 なんとも大雑把。
 
 うーん……まあ大尉の盾を期待されてるのかな。
 ウチの連中と違って俺との行動に慣れてないから範囲魔法も使えないし。

 とすれば単体指定攻撃魔法のボルト系かな。
 でもファイアーボルトは延焼が怖いからボツ。味方が沢山居る場所では危ない。
 コールドボルトも貫通した氷の矢で怪我人が出そう。矢っていうよりあれは氷柱だ。
 ライトニングボルトは先日感電したお馬鹿さんがいるから使いたくない。

 だめじゃん。

 単体指定単体指定………フロストダイバーで敵を凍結させるか。
 後はノックバック、つまり弾き飛ばしの効果がないソウルストライクで一人ずつ。
 こんなところかねぇ、効率悪いけど。

 護衛兼救急箱。
 大火力以外の俺の使い道なんてそんなもんだ。

 「了解しました。やれるところまでやりましょう」

 肩をすくめて答えれば、中隊長は僅かに笑ってヒューズ大尉に声をかけた。

 「ヒューズ。ジャン・ハボック准尉だ。お前に預けるよ――――絶対に傍から離すな」

 「分かりました。お借りします」

 即答かよ!
 俺がどんな能力持ってるかも知らないのによくもまあ。
 これっくらいじゃないと指揮官として大成しないってんなら、俺は絶対無理だ。


 「さて、動こうか」


 戸口を抜けて外に出たところで、中隊長はすぐさまウチの連中に召集をかけた。
 ヒューズ大尉も近くにいた部下らしい男に指示をとばす。
 どうやらこのまま西区へ向かうつもりみたいだが、俺は道をよく覚えていないのでひたすらついていくしかない。

 と、この場を去ろうとしたところで、中隊長が思い出したように言った。
 
 「ハボックの本領は銃じゃない。何も持たせなくていいからただ連れて行ってくれ」

 なんて不親切な取り扱い説明。
 なら本領は一体何なんだって話だ。
 しかし面食らったのは今度も俺だけだったようです。
 ヒューズ大尉は全く動じた様子がない。

 「先輩がそこまで言うんですから何か隠し玉があるんでしょう。とりあえずついてきてもらいますよ」

 ニヤリと笑った顔を見て改めて納得する。
 こりゃたしかに中隊長の後輩だ。漫画のヒューズ中佐の印象とも一致する。

 だったらこの人は生き残るだろうな。
 原作がそうだからって言うんじゃなくて、その有能さで。


   ◇◇◇


 「あれっ!ハボック軍曹!?」

 ヒューズ大尉と共に彼の部下とご対面したら、知った顔がありました。

 「軍曹じゃないよ。今は准尉」

 ああその呼び方、野戦倉庫時代が懐かしい……。
 ていうかすんごい久しぶりだな、半年くらいか。

 「一年くらい経ってます」

 ごめん、日付どころか時間の感覚がマヒしてんだわ。
 ところでお前第三大隊じゃなかったっけ。なんでこっちにいるのさ。

 「第三から異動したんですよ。なにせ他は死亡率高くて」

 熟練の兵士が足りないから移されたと。

 ……ええとゴメンね?
 第三大隊の生き残りが多いのって俺が辻ヒールかけてたからかも。 
 辻斬りならぬ辻ヒール。通りすがりに怪我を治す不審者。

 「なんだハボック准尉、ドーラと知り合いだったのか」

 弾倉を用意しながらヒューズ大尉が問いかけてきた。

 「昔、野戦倉庫にいた時に少しだけ……ああ、結構です。本当に必要ないので……ありがとうございます」
 
 渡されそうになったライフルを謝絶して小さくなる。
 一応ナイフくらい装備するが、他に武装もしないのでこんなとき物凄く手持ち無沙汰。

 「はい。第三大隊でまだ新兵だった頃お世話になりました」

 ドーラが銃剣を手にしつつ言うのに、首を捻った。

 お世話ねぇ。
 日射病になりかかってたところを氷水に放り込んだくらいしかしてないと思うが。
 ちなみに氷の出処はアイスウォールです。

 「変わった方ですがハボック准尉がいらっしゃるのは心強いですね」

 なにその褒めてるんだか褒めてないんだかわかんない表現。
 喜びゃいいのか怒ればいいのか。

 「変わった?」

 「はっ。『40秒で用意しな!』、『空を飛ぶなら海賊じゃなくて空賊じゃないのか』などと少々発言が」

 ああああああ言わないでそんなこと!
 隠れジブリファンなんだよ……そっとしておいてくれ……。

 ドーラって言ったらドーラ一家。
 経済大国日本よりもアニメ大国日本を愛するワタクシには普遍の真理なのです。
 でももう当分「人がゴミのようだ!」をネタには出来ないなぁ。
 
 現実知っちゃうと、ねぇ。



ROプレイヤー鋼錬を往く 番外1
 

(side Havoc')


 ときおり、おもうことがある。


 もしも俺がジャン・ハボックの姿をとった別人ではなく、真性のジャン・ハボックだったなら。 
 特殊な力など何一つ持たないただの無力な一兵士だったなら。
 この世界とは違う場所の記憶を持たない人間だったら。

 今頃俺は生きているだろうか。



 「准尉!治療を!!」

 取りすがる若い兵士の腕には、胸元までを血に染めた同じ年頃の青年。
 親しい友人なのだろうか。
 震えながらもけして離しはしないとばかりに抱え込んでいる。

 「怪我は」

 声をかけながら膝をつく。
 青褪めて意識の無い頬に、手袋を外した手を滑らせた。

 「コイツ、さっき、脇腹をナイフで刺されて……!」

 冷たい。

 まだ温もりを残してはいるけれど、生きているものの温度としては低すぎる。

 「……ダメだな」

 その一言で切り捨てた。

 首筋で命の鼓動を探る指に、返るものがない。
 いや、本当は頬に触れた時点で気付いていた。
 脈を確認したのは僅かばかりの礼儀だ。
 それでも戦場では過分なほど。

 「准尉!」

 悲鳴を連続した銃声がかき消す。
 どうやら本格的に戦闘が始まったようだ。

 「息がない。脈もない。命がなければ治せない。次!」

 立ち上がってその場を後にする。
 歩みに迷いはない。 

 死人にかまう余裕は既になくなっている。
 俺が先頭を行くだけで味方の被弾率が格段に落ちるのだ。
 回避力の高さも捨てたものではないと、こんな時なのに少しだけおかしくなった。

 恐怖心は少しの間押さえ込む。夜になってから思い出して怯えればいい。
 戦場特有の奇妙な高揚感がそれを後押ししてくれる。
 だから、今は早く前へ出なければ。

 「待ってください!准尉!准尉――――!!」

 どれだけ声をかけられようとも一顧だにせず進む。
 すぐ後ろにセントリーがついてきているのが分かったが、奴もまた振り返りはしなかった。

 (もう何もしてやれることはないんだ)

 神ならぬ俺に命を取捨選択する権利などありはしない。
 それでもこの血塗れの戦場で、選ばなければならないのなら。
 助けられる人間を助けるために、味方の屍を踏み越えていくことも厭わない。

 「死んでいなけりゃ俺がぶっ倒れようとも治してやるさ」

 だが、死んでしまえばそれはもはや俺の手の届く存在ではなくなる。
 居るかどうかも分からない神様って奴の領分だ。

 (行き先が天国か地獄かまでは分からんがな)

 手袋を嵌めて、頬についた砂を甲で拭う。
 ざらざらとした感触に僅かに不快感を感じながら、一声叫んだ。

 「ハボック小隊、前へ」 

 頬についていたのは砂だったのか、煤だったのか。
 その煤は焼けた家々から流れてきたものか、それとも誰かの身体だったものか。
 分かりはしない。知る術もない。
 ここにはあまりにも死者が多すぎる。
 敵も、味方も。


 散りゆく幾千の命。響く幾万の慟哭。
 この怨嗟に満ちた戦場で生き残ることの難しさ。


 「―――――前進」 

 
 死者を胸に抱いた兵士が俺を呼び続ける。
 僅かに運命が違っていれば、俺は君だったかもしれない。
 あるいは君の腕の中で眠る青年であったかもしれない。

 だが今この戦場で立っているのは俺なのだ。
 敵の命を奪い、味方の命を犠牲にして。
 その全てを背負えるほどに強くはないが、せめて今だけはこう言おう。
 

 呪え、兵士よ。

  
 許しは請わない。





--------------------------------------------------------------------------------




 
(side Cougar)


 ハボック隊長は、とても優しい方です。

 とても、とても優しい方です。



 戦場で生き残るには何よりも運が必要だといわれています。
 なら、俺はきっとすごく幸運な兵士に違いありません。
 一番最初の上官が隊長だったんだから。  

 「准尉!治療を!!」

 大して激しくもない銃撃なのに、撃たれた運の悪い奴がいたようです。

 「怪我は」

 いつもよりずっと低い声で隊長が聞きました。
 手を伸ばした先には、この間配属されたばかりの兵士がいます。
 腹から胸までを真っ赤な血に染め、同期の男に支えられて。
 同じ村の出なのだと、いつか聞いたような気がします。
 
 「コイツ、さっき、脇腹をナイフで刺されて……!」

 撃たれるよりも運が悪い。
 あのたった数分の白兵戦で傷を負うなんて。

 (ああ、もうだめだな)

 傷を付けたというナイフは既に抜かれていました。

 見ただけで判ります。 
 ぐんにゃりした身体と白っぽい肌と、動かない胸。
 沢山の死体と付き合ってきたので、そのくらいはオレでも見分けがつきます。
 当然、隊長だって気がついたでしょう。

 「……ダメだな」
 
 それでも、隊長はそっと動かない男の首に触れました。
 
 「准尉!」

 小さな思いやりに気がつく余裕もないのか、死人と同郷の兵が叫びました。
 まるで、悲鳴を上げるみたいな呼びかけ。

 「息がない。脈もない。命がなければ治せない。次!」

 返ってくるのは冷たい声。
 でもオレは、その声のほうが男の悲鳴よりよほど辛そうに聞こえます。

 隊長は兵の懇願に応えることなく、そのまま真っ直ぐ歩きだしました。
 迷いのない目で、ただ前だけを見て。 
 いつものように隊の先頭を行くおつもりなのでしょう。
 そばに立っていた軍曹も、無言でその背に従いました。

 「待ってください!准尉!准尉――――!!」  

 もう死んでいると理解しても、諦めきれないのかもしれません。
 必死に呼ぶ男の声に、隊長は後ろを振り向かずに言いました。

 「死んでいなけりゃ俺がぶっ倒れようとも治してやるさ」
 
 そうです。
 隊長だって助けられるなら助けているんです。
 死んでしまったら治せない。できないものはできない。 
 最初からそう言っているのに。

 「ちくしょう……治せよ……化け物の癖に……!」


 なんで、隊長を恨むんでしょう。


 「なあ」


 「ぁ?………ごふっ!!」

 オレは出来る限り手加減をして、座り込んでいた男の脇腹を蹴り飛ばしました。
 たとえどんなにムカついても、味方が一人減ったら大変です。
 隊の皆の危険が増えるし、何より、きっと隊長が悲しみます。

 「隊長は、死人を生き返らせたりできないんだ。お前も知ってるだろ?」

 「ゴホッ……ぐ……」

 「そういうの『逆恨み』って言うんだぞ」
 
 それはとても見苦しいことなんだと、軍曹から教わりました。
 隊長を『逆恨み』する奴がいたら報告するようにとも。

 コイツのことは後で報告しておかなくてはいけません。
 この戦闘の後も、生きていたらの話ですが。 

 「死にたくなければ戦えよ。死ななければ隊長が助けてくれる」 

 言いたいことだけ言って、急いで隊長の後を追いかけました。
 なるべくお傍にいたいから。 

 あの方は優しいから、人が死ぬのがとても嫌いです。
 オレだって人を殺すのは好きじゃないけど、隊長は敵が死ぬのも嫌なんでしょう。 
 もちろん顔や態度に出したりはしていないけれど、付き合いが長い人達は、皆気付いています。

 「た、」

 なんとか追いついて声をかけようとしたら、ずっと隊長に付き従っていた軍曹に目で制されました。
 黙って着いていけと、そう言われているような気がします。

 結局そのままなにも言えずに見ていると、隊長が手袋を嵌めて、手の甲で頬の汚れを拭きました。
 無造作なその仕草がなんだか。

 (まるで、涙をぬぐったみたいだ)
 
 戦闘中に泣くような方ではないのだけれど、確かにそう見えたのです。


 「ハボック小隊、前へ」


 だんだんと大きくなる砲声に負けないように、隊長が声を張り上げました。
 遠くまでよく響く声に、オレは心の中で頷きます。

 
 (前へ)


 魔法使いとか、ウィザードとか。
 不思議な力を持った人だけれど、そんなこと本当はどうでもいいのです。

 優しくて、たまに少しだけ意地悪で。
 いつものんびりしていて良く笑う方です。
 弟を可愛がるみたいにオレの面倒を見てくれて。
 オレよりもずっと頭がよくて、どこか遠く感じるときもあります。


 「―――――前進」 


 隊長が嗤いました。
 不敵な頼もしい笑顔です。
 新しく加わった兵士達にとっては、どんなにか心強いことでしょう。

  
 (前へ。もっと、前へ………!!)


 でも、オレはいつもののん気な笑顔の方がずっとずっと好きです。

 早くこんな戦い終わってしまえばいい。
 そのためならいくらでも前に出ましょう。
 まして、それが隊長のご命令であるなら。


 ハボック隊長が早く笑顔を取り戻してくれますように。


 だから、さぁ、もう一歩前へ。 





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送