02 口付けを落とす(テニプリ4)反対側を向いてソファで膝を抱えていた南が、ビデオを見ていた自分の膝にぽすんと倒れこんだ。 「………南?」 吐息交じりの呼びかけには、返事がない。 どうやら完全に寝てしまっているようだ。 起きる気配のない彼に、亜久津は自分の羽織っていた上着を掛ける。 最近ようやく、その程度の気は回るようになった。 さっきは些細な事で小さな言い争いをしてしまった。 普通の友人づきあいの経験が少なかった亜久津には、気の合う友達同士の軽妙な掛け合いなどとてもできないのだ。 じゃれ合いのようなものではあったけれど、気の優しい南の機嫌を損ねてしまったのは、亜久津の言葉が不器用だったせいだろう。 今や原因さえも覚えていないけれど、拗ねた彼が向こうを向いてしまったのを放置してビデオを見始めてしまった。 どうせビデオになんか集中できなくなるのだから、さっさと謝ってしまえばよかったのに。 こんなふうに膝を抱えて小さくなって眠らせるくらいならば。 「すまなかったな……」 そっと、南の頬をなでる。 彼はきっと、自分が友人以上の気持ちを抱えていることに、気づいてはいないだろう。 千石や東方、知らなくてもいい奴には直ぐにバレたのに、どうしてかこのおっとりしたお人好しには一向に気持ちが伝わっていないと見える。 亜久津の言葉足らずや、そっけない態度のせいもあるかもしれない。 やさしくしたいと、本当はいつも思っている。 不用意な言葉や、無愛想な表情は、彼を傷つけているだろうか。 笑おうとしてもうまく笑えない。 何かして貰ってもきちんと礼をいえない。 今まで人にやさしくしたいと思ったことなど片手で数えられるほどで、あまりも経験が足りない。 なにかしてやろうと思っても、そもそも何をしてやれば喜ぶのかもよくわからない。 不慣れな気遣いは的を外れてはいないだろうか。出来る限りのことはしているつもりだけれど、それはいつも不充分なのだ。 彼は穏やかに笑うばかりでけして何も言いはしないけれど。 いとけない、寝顔を見下ろして、考える。 自分はいつも外に向けて棘を生やしている。 傍に居たくて近づこうとするが、棘が彼を酷く傷つけてしまいそうで、どうしても立ち止まってしまう。 彼の傍らに我が身をおきたい。 けれど、彼を傷つけることはしたくない。 相反する心をもてあまして自分に苛々する。 気をつけてはいるけれど、こういうことにばかり鋭い南は、亜久津の苛立ちを直ぐに察して困ったような目をした。 途方にくれて立ち尽くす時に、静かに傍らにたってくれるのは、彼。 不甲斐ない。 バカのように優しい彼は、自分のことよりも他人を優先してしまう。 傍にいる自分が気をつけねば、強い彼は傷を押し隠してしまうだろう。 上着の下からそっと持ち上げた手の甲にキスをする。 その強くしなやかな心を尊敬する。 そっと彼の閉じた瞼に静かに唇で触れる。 その真っ直ぐな眼差しに憧れる。 ゆるく握った掌にも口付けを。 傷ついたならそう言って欲しい。知らずに何度も傷つけるなど真っ平だ。 睫がちいさく震える。そろそろ目を覚ますのだろう。 「我ながら、情けねぇ……」 自嘲しつつも南の顔を見ていると、実行できない衝動に駆られる。 胸の底から湧き上がる、口付けの衝動。 唇に、腕に、首筋に。 滑らかで形よい肩に。緩やかなカーブを描く背中に。鍛え上げられ、細くしまった足首に。 体中余すところなくキスを落としたくなる。 亜久津は黙ってその衝動を押し殺した。 手や瞼くらいならまあ、起きることもないだろうが、それ以上をやったら絶対に気づかれる。 というか、意識がないのにあれ以上やるのはフェアではないし、第一自分に歯止めをかける自信がなかった。 「クソッ、本当に煮詰まってんな」 くしゃくしゃと自分の頭をかき回してから、溜め息をついた。 自制なんて、これほど自分に似合わない言葉もあるまいと思うのに。 惚れた弱みとは、まさにこのこと。 彼が起きたら、もっと優しくしてやろう。うまくいかなくとも彼は気にすまい。 とりあえずは、謝罪のキスから始めようか。 ………鈍い南は、どうせ気づきはしないのだから。 手の上なら尊敬のキス。額の上なら友情のキス。 頬の上なら厚情のキス。唇の上なら愛情のキス。 閉じた目の上なら憧憬のキス。掌の上なら懇願のキス。腕と首なら欲望のキス。 さてそのほかは、みな狂気の沙汰。 byグリル・パルツァー 2004.6.4 やっと、やっと更新しました。またしてもテニプリの更新ですが、そろそろ違うジャンルも更新しなきゃと思いマス。 予定としては、ゴーストハントでリン×ぼーさんか、ブリーチで浦原×一護か、幻想水滸伝ナッシュ受……うう。 またマイナージャンル大暴走(泣)いえ、ブリーチは王道ですよ!!珍しく!!! ……えー…ちょっと取り乱しましたが、今回のSS。亜久津視点なのでテニプリにしてはちょっとだけ固めの文章です。 とはいえ十二国よりはずっと柔らかいですが。 寝込みを襲う亜久津に一言、「瞼だってアウトだよ!」とつっこんでやってください。 一番最初はこの話の時点で既に出来上がっているという設定で書いたのですが、それだとうまく話がつながらなかったのでやむなくあちこち改変しました。 文がちょっとぎこちないのはそのためです。ああ言い訳ばんざい。
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