05 背中合わせ


 「・・・俺は、巻き込んだり自主的に巻き込まれたりするのは好きだが」


 「うん?」


 にこにこと人畜無害そうな笑顔でこちらを見るが、尚隆はけして騙されない。


 あと一泊したら玄英宮へ帰るつもりだったのだ。


 土産でも買ってやろうかと、『たま』を宿舘に預けてのんびり散策していたら、この男に後ろから声を掛けられた。


 そろそろ小腹が空いてきたし、これから食事でもしようと思っていたのに。
 面白い意匠の玉佩があったので買って帰ろうかと思っていたのに。


   聞き覚えのある声で朗らかに、やあ風漢、と。


 余りにも嬉しそうに呼びかけてくるから。


 それにうっかり答えてしまったせいで今こんな有様なのだ。

 

 こいつは、そういうはた迷惑な人間だった。
 毎度毎度悪気がなさそうに人に災いをもたらすのだ。
 まさに尚隆にとっての疫病神である。


 この、利広という男は。


 「お前に巻き込まれるとなるとこれほど損をしたような気がするのは何故だろうな」


 眼前にはならず者が20人ばかりずらりと並んでいた。
 誰も彼もが殺気立っている。
 それぞれ物騒な得物を持ってジリジリと間を詰めてきていた。
 後続がばたばたと近づいてくるのが見えるので、もしかすると最終的に30人を越えるかもしれない。


 「お前いったい何をしでかしたんだ?先方はえらく頭にきてるようだが」

 周りを取り囲む男達は目を血走らせてこちらを睨んでいる。
 理由はさっぱり分からないが、おそらく目的は利広だろう。
 尚隆にはまったく身に覚えがないのだ。


 尚隆は苛々と辺りを見渡した。確信犯め、と舌打ちする。
   騎獣を賭けてもいい。利広は追われていることを承知で尚隆に声をかけてきたのだ。
 助けて欲しいなどという殊勝な気持ちなどかけらもない。
 単に、人数が多いほうが楽だからという理由で、尚隆を巻き添えにしたのだ。

 ここで尚隆が自分は関係ないと言っても、間違いなく聞き流されるだろう。
 名前を呼ばれて返事をした段階でもうお終いで、こうして会話してしまっているのが駄目押しだ。
 これだけ利広に腹を立てているのだから、関係者とみなされた尚隆にも間違いなくとばっちりがくる。
 本当に迷惑な話である。

 相手は人数が揃えば襲い掛かってくるつもりだろうが、利広にも尚隆にも慌てた様子はなかった。


 「んー大した事じゃないよ。この連中の大事な『若旦那』とやらがお婆さんに無体を働いてね」

 「ほう。一発殴ってやったというわけか」


 尚隆は少し笑った。
 子供と老人に暴力を振るう奴は多少痛い目を見て当然だ。
 そういう理由ならば、多少は多めに見てやろうという気持ちになる。


 「いやぁ。ほんの数本だったのにねぇ」


 明らかに殴ったにしてはおかしな表現だ。
 殴った回数を『本』とは言わない。



 「・・・・・・折ったんだな?」



 骨を。



 尚隆の僅かな笑みが消える。

 数本、ということは一本や二本ではないのだろう。
 多分三本以上だ。


 「うん、ちょっとだけ。 指と腕と足と肋骨をね。・・・・嫌だねぇ、心の狭い人って」

 「それだけ骨を折られて『ちょっとだけ』で済ますやつは普通いないと思うが」

 「そう?」


 というか、骨を折られて怒ったら心が狭いと言われ、それで納得したらおかしい。
 普通怒り狂うだろう。
 ことに、彼らのように暴力で生計を立てているような連中が、面子を傷つけられて放っておけるはずがないのだ。

 そもそも、指と腕と足と肋骨でとうに四本を越えている。  各一本で四本だから、どこかを複数折っていたりしたらもう最悪だ。


 「やりすぎだ阿呆。せめて府邸に届けろ。後々その老婆が苦労するだろうが」

 「いやいや、全員ここで一網打尽にすれば大丈夫だよ」


 どうやらそれを狙っておびき出したらしい。
 お礼参りなど出来ないほど、完膚なきまでに叩き潰すつもりのようだ。


 だったら一人でなんとかしろ、と思いつつ、尚隆はちらりと周りの様子を確認した。


 周囲の通行人は尚隆と利広の周りをぽっかりとあけてはいるが、立ち去る様子はない。
 物見高い街の者たちは、この立ち回りを見物するつもりでいるらしい。

 野次馬が邪魔をしているせいで、尚隆は一人抜け出すこともできなかった。

 溜息をついて、剣柄に手を置く。

 利広はにんまりと笑って、こちらも戈剣に手をやった。
 それをちらりと横目でみて、もう一度ため息をついた。
 普段は周囲にため息をつかせる側の尚隆だが、こんなところで自分がため息を零す羽目になるとは。
 思い通りになるのは癪だが、後で必ず埋め合わせはさせてやろう。

 ぐるりと弧を描くように取り囲む敵に、死角を作らぬように相対する。
 ゆっくりと移動し、いつしか互いに反対側を向いていた。
 背中が温かい。
 冷たい風が後ろだけ遮られ、背後を守るものの存在こそが、なお背中を暖める。


 巻き込まれたのは気に入らないが、たまにはこんな戦いも悪くない。


 ここ暫らく、剣を握る時はいつも一人で敵に対してきたけれど。
 もう何年も、誰かに背中を預けたことなんてなかったけれど。


 たまには、こんな温もりも、悪くはない。


   「繰言を言うようだがな、俺を巻き添えにするんじゃない」


 静かに腰を落とし抜き打ちの構えをとる。
 今腰に佩いているのは太刀だった。
 居合いには丁度いい形状で、ただの戈剣ではなく特殊な呪いを施した冬器だ。
 切れ味は冬官の折り紙つきである。 


 「いいじゃないか。少なくとも旅先で、風漢以外に私が後ろを任せる人間はいないよ?」


 利広も、右足を静かに引いた。
 剣柄を握り締める。


 「そんなこと言われても嬉しくもなんともない」

 「おやおや。では、今晩じっくりと私の信頼のほどを教えてあげよう」

 「酒代はお前持ちだぞ」


 利広が、しゃりん、と微かな音を立てて剣を抜いた。
 顔の右横に引きつけるように構える。
 笑みが一際深くなった。

 その凍えそうな冷たい光が、敵を煽ったのだろう。
 二人を包囲していた敵が一斉に襲い掛かってきた。

 尚隆と利広は、弾かれたように正反対の方向へ踏み込んだ。


 尚隆の抜き打ちの太刀が相手の腕を切り飛ばし、その峰が鎖骨を砕いて意識を奪う。
 利広の剣が相手の戈剣を切り飛ばし、真横に迫った敵の鳩尾にその剣柄が叩き込まれる。


    一人、二人、三人、四人。


   そしてまた背中を合わせる。



 敵が来る。


 飛び出す。


   斬る。



 尚隆の太刀は水のように流麗で火のように激しかった。
 十二国一の遣い手だけあって、恐ろしく強い。
 基本がしっかりしているくせに、意表をついたような手を打つ。
 思いも寄らないようなところから次の斬撃が襲ってくる。

 次元が違う。

 利広もまた非凡な剣士だった。
 優しく優雅な剣技は、確実に相手を行動不能にする。
 要領よく、理にかなった動き。
 無駄がない。
 尚隆ほどの強さではないが、街のゴロツキ相手には勿体ないほどの腕だ。

   二人の舞うような剣技が周囲を魅了し、野次馬達は息を呑んで見惚れる。
 ほんの僅か、茶の一杯も飲み終わらぬような短時間。
 身の程を知らぬ敵は、二人の剣士にことごとく打ち倒されていた。



 「やっぱりいい腕してるねぇ風漢」

 「煩い。これっきりにしろ。・・・・・・今日は嫌と言うほど飲んでやる」


   いくら心地よいとはいえ、こうして厄介事を押し付けられるのは不本意だ。
 嫌そうな顔の尚隆に対して、利広は実に嬉しそうに笑っている。


 言い合う二人に、見物していた者達から、大きな歓声と拍手が送られた。
 総勢34人のならず者を打ち倒した、凄腕の剣士達への喝采が、高く遠く、雲一つない青空へと響き渡っていた。



 その晩の酒代を払うことになった時、利広がこの一件をかなり後悔した。
 尚隆はしっかりとこのとばっちりの復讐をしてのけたのである。



    2004.1.24
 初の利広登場SS。こうして二人で迷惑を互いに掛け合っているのです。
 ちなみに、うちの利広と成笙はやること似てます。成笙も同じことやりそうです。この場合帷湍が巻き込まれ。
 成笙は天然で利広は確信犯というのが裏設定。
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