05 背中合わせ「・・・俺は、巻き込んだり自主的に巻き込まれたりするのは好きだが」 「うん?」 にこにこと人畜無害そうな笑顔でこちらを見るが、尚隆はけして騙されない。
あと一泊したら玄英宮へ帰るつもりだったのだ。 聞き覚えのある声で朗らかに、やあ風漢、と。 余りにも嬉しそうに呼びかけてくるから。 それにうっかり答えてしまったせいで今こんな有様なのだ。
こいつは、そういうはた迷惑な人間だった。 この、利広という男は。 「お前に巻き込まれるとなるとこれほど損をしたような気がするのは何故だろうな」
眼前にはならず者が20人ばかりずらりと並んでいた。 「お前いったい何をしでかしたんだ?先方はえらく頭にきてるようだが」
周りを取り囲む男達は目を血走らせてこちらを睨んでいる。
尚隆は苛々と辺りを見渡した。確信犯め、と舌打ちする。
ここで尚隆が自分は関係ないと言っても、間違いなく聞き流されるだろう。 相手は人数が揃えば襲い掛かってくるつもりだろうが、利広にも尚隆にも慌てた様子はなかった。 「んー大した事じゃないよ。この連中の大事な『若旦那』とやらがお婆さんに無体を働いてね」 「ほう。一発殴ってやったというわけか」
尚隆は少し笑った。 「いやぁ。ほんの数本だったのにねぇ」
明らかに殴ったにしてはおかしな表現だ。 「・・・・・・折ったんだな?」 骨を。 尚隆の僅かな笑みが消える。
数本、ということは一本や二本ではないのだろう。 「うん、ちょっとだけ。 指と腕と足と肋骨をね。・・・・嫌だねぇ、心の狭い人って」 「それだけ骨を折られて『ちょっとだけ』で済ますやつは普通いないと思うが」 「そう?」
というか、骨を折られて怒ったら心が狭いと言われ、それで納得したらおかしい。 そもそも、指と腕と足と肋骨でとうに四本を越えている。 各一本で四本だから、どこかを複数折っていたりしたらもう最悪だ。 「やりすぎだ阿呆。せめて府邸に届けろ。後々その老婆が苦労するだろうが」 「いやいや、全員ここで一網打尽にすれば大丈夫だよ」
どうやらそれを狙っておびき出したらしい。 だったら一人でなんとかしろ、と思いつつ、尚隆はちらりと周りの様子を確認した。
周囲の通行人は尚隆と利広の周りをぽっかりとあけてはいるが、立ち去る様子はない。 野次馬が邪魔をしているせいで、尚隆は一人抜け出すこともできなかった。 溜息をついて、剣柄に手を置く。
利広はにんまりと笑って、こちらも戈剣に手をやった。
ぐるりと弧を描くように取り囲む敵に、死角を作らぬように相対する。 巻き込まれたのは気に入らないが、たまにはこんな戦いも悪くない。
ここ暫らく、剣を握る時はいつも一人で敵に対してきたけれど。 たまには、こんな温もりも、悪くはない。 「繰言を言うようだがな、俺を巻き添えにするんじゃない」
静かに腰を落とし抜き打ちの構えをとる。 「いいじゃないか。少なくとも旅先で、風漢以外に私が後ろを任せる人間はいないよ?」
利広も、右足を静かに引いた。 「そんなこと言われても嬉しくもなんともない」 「おやおや。では、今晩じっくりと私の信頼のほどを教えてあげよう」 「酒代はお前持ちだぞ」
利広が、しゃりん、と微かな音を立てて剣を抜いた。
その凍えそうな冷たい光が、敵を煽ったのだろう。 尚隆と利広は、弾かれたように正反対の方向へ踏み込んだ。
尚隆の抜き打ちの太刀が相手の腕を切り飛ばし、その峰が鎖骨を砕いて意識を奪う。 一人、二人、三人、四人。 そしてまた背中を合わせる。 敵が来る。 飛び出す。 斬る。
尚隆の太刀は水のように流麗で火のように激しかった。 次元が違う。
利広もまた非凡な剣士だった。
二人の舞うような剣技が周囲を魅了し、野次馬達は息を呑んで見惚れる。 「やっぱりいい腕してるねぇ風漢」 「煩い。これっきりにしろ。・・・・・・今日は嫌と言うほど飲んでやる」
いくら心地よいとはいえ、こうして厄介事を押し付けられるのは不本意だ。
言い合う二人に、見物していた者達から、大きな歓声と拍手が送られた。
その晩の酒代を払うことになった時、利広がこの一件をかなり後悔した。 2004.1.24 初の利広登場SS。こうして二人で迷惑を互いに掛け合っているのです。 ちなみに、うちの利広と成笙はやること似てます。成笙も同じことやりそうです。この場合帷湍が巻き込まれ。 成笙は天然で利広は確信犯というのが裏設定。 |
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