14 ──越しに触れる(ガラス越し、格子越しなど)そういえば、いつのまにこんなに近くなったんだっけ。 教室を出る時亜久津に貰った缶のアクエリアスを飲みつつ、南は考える。 部活の合間の小休止なので、部長がほけほけと考えごとをしても誰も気に留めない。 亜久津がテニス部をやめてから、気づけば日常生活に彼が入り込んでいた。 ほぼ毎日昼食を共にするし、休み時間、気がつけば隣にいたりする。 お互いの自宅に行ったり来たりして、時折共に外出したりもする。 何をするでもなく、ただぼんやりと一緒に居ることもあった。 部にいた頃よりもずっと親しくなっている気がする。 なんでだろう。 親しくなって分かったのだが、周りが思っているほど亜久津は恐ろしい男ではない。 道理をわきまえているし、むやみに暴力を振るったりもしない。・・・・・・千石相手には容赦がないが。 どちらかといえば言葉よりも行動が先に来るけれど、頭だって悪くない。というかむしろ頭脳は明晰だ。まったく勉強をしなくとも南よりよい成績をとるので、悔しいことこの上ない。 南とも千石とも東方とも、口数は少なくとも普通に話すし、めったにないけれど笑ったりもする。ただ一人懐いている後輩に対しても、素直に慕われるとそう邪険にはできない様だ。 ぶっきらぼうで容赦のない物言いだが、きちんとした対応も出来る人間なのだ。 それでも、亜久津の周りに人がいないのは、その身に纏う空気があまりにも張り詰めているからだろう。 ギリギリと引き絞られた弓か。 あるいは、薄く鋭く尖らせた、ナイフの切っ先のように。 「でも俺は、亜久津は優しいと思うんだけどなぁ。」 困っていれば手を貸してくれるし、落ち込んでいれば無言で背中を押してくれる。 口数はすくないけれど、行動することによって亜久津がちゃんと見ているのが分る。 慣れたら、傍にいてこれほど居心地がいい相手もいないと思うのに。 友人にぽつりと零したら、苦笑いが返って来た。 『そりゃ、南ちゃんだからだよ』 その言葉を嬉しいと思ってしまったのは、単なる優越感なのだろうか? 「でもなぁ。嬉しいものは嬉しいんだもんなぁ・・・」 「・・・・おい」 「俺が勝手に喜んでるだけで・・・」 「おい」 「別に害はないと思うし・・・・」 「おい、南!」 「!!」 トン、と背中を叩かれた。 フェンスに寄りかかっていたので、一瞬びくりとする。 振り返ると意外な人物がいた。なかなか気づかなかったせいか、少々ご機嫌斜めだ。 「え、え?亜久津!?」 噂をすれば影、といったところか。丁度頭の中にいた相手が目の前に突然現れて、南は一瞬混乱した。 部員が遠巻きにしている。不機嫌な亜久津は一見していつもよりもさらに近寄りがたい。 もっとも南も、今はコートで走り回っている千石も、そんなことは一向に気にしない。 それが一種のポーズだと気づいているからだ。 「なんで・・・・え、あれ?どうしたんだ?」 わたわたとラケットを持ったりタオルを持ったりと落ち着きのない南を、不思議そうに見る。 亜久津がテニスコートに来るのは珍しいことではない。 部活をやめてからもたまに千石に引きずってこられたり、伴爺に連れてこられたりしている。 こうして自発的に南に会いにくることもあった。 「なに慌ててんだ」 「いや、別に・・・・それより亜久津、今日はどうした?」 あからさまに話題をそらそうとする南をいぶかしげに見てから、端的に用件を述べた。 「昨日出たディック・フランシスの新刊買ったか」 フランシスは英国のミステリー作家だ。 元女王陛下の専属騎手であったというその作家は、競馬に関わるミステリーで有名だった。 多くの作品が邦訳されていおり、日本国内でも強い人気を誇っている。 ここにいる亜久津と南も、その愛読者だ。 二人とも読書の趣味が合う。 性格はまるで違うのに、音楽や映画などの好みは一致することが多かった。 なんとなく共有する空気が、心地よい。 そういうところも一緒にいて楽な理由だろう。 「いや、まだ。・・・・・・もしかして亜久津はもう買ったのか?」 「買った。」 「マジで?読み終わったら貸してくれ!!」 先ほどまでの物思いを忘れたかのように物につられる南。 勢い込んでガシャンとフェンスにかじりついた。 緑のフェンスが南に押されて少したわむ。 亜久津が僅かに笑みを浮かべた。 そう言うと思った、という顔。 南が自分の思ったとおりの反応を返したのが面白いらしい。 亜久津は、フェンスの向こうで目を光らせる南を宥めようとして、何かに目を留めた。 「・・・・南」 「ん?」 「顔に、まつげが」 ついている、と言いたいのだろう。顔を指差される。 南はフェンスから片手を離して、顔に触った。 「どこ?」 指で示されるが、よくわからない。 「左目の端」 「ここ?」 「もう少し左だ」 「取れた?」 「取れてない」 指示語だけでぺたぺたと顔をなでまわすが、なかなか取れない。 もっと上。行きすぎだ。そう、もう少し左。そこじゃない。 言われるままに指を動かすが、目的の物には触れない。 要領をえない南を見るに見かねたのか、亜久津が手を伸ばした。 「ここだ。・・・・動くな」 無造作に伸ばされた手に、南はギクリとした。 フェンスの隙間から差し入れられた指が、南の目の端にそっと触れる。 フェンスのすぐ傍に寄っていたせいか、亜久津の指は金網越しであるにもかかわらず滑らかに動いた。 自分よりも長い指。指先の硬い皮膚が、眦から頬を辿ってゆっくりと滑り落ちていく。 (やばい・・・・) ああ、神様。 信じても居ない神に祈る。 フェンス越しに触れるその指先が。 南の頬の熱に、気づきませんように。 2004.4.3 誰も見る人がいないであろう亜久津×南。未だにテニプリに関しての読者様からの反応はない。 十二国一本にしぼるべきか。それともWebRingかなんかに登録してみるか・・・・。 でもとりあえずまだ在庫(という表現はおかしいか。ストックかな)があるので、UPはします。 背景の緑は、中学、高校生時代のテニスコート周辺を思い出して。田舎の学校は緑が多いのよ・・・木がたくさんあってね・・・。 |
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