20 シーツにくるまる


 

 カーテンの隙間から入り込む光が、シーツに埋もれた顔を白く照らし出す。  
 淡い朝の光ではなく、少し強くなった日中の日差しだ。
 それが、その日の滝川の目覚ましとなった。


 本日は晴天なり。
  
 雲ひとつない青空。


 レーザービームのように真っ直ぐ、光が、滝川の顔に降り注ぐ。
 最近はほぼ昼夜逆転生活を送っていた滝川も、その光のせいで珍しく午前中に目が覚めた。
 薄っすらと細目を開け、しぱしぱ瞬きをする。
 薄いタオルケットを顔まで引き上げたが、一度覚醒すると寝付く事も出来ず、結局布を跳ね除けた。
  
 「・・・・・・」

 ぼやけた天井を暫く見つめてそのまま寝転んでいたが、視線の焦点が合ってくるにつれて、意識も浮上してくる。

 (・・・・・・・・・あれ・・・・・・今、何時だ・・・・)

 ようやく思考が動き出し、ゆっくりと壁掛け時計の方を見ると、針は10時を少し回ったところだった。
 滝川の活動時間にはあと3時間ほど必要だ。が、一度目が覚めてしまった上に周りが明るすぎる。

 (疲れてるってーのに)

 このところスタジオミュージシャンとしての仕事の方が忙しく渋谷、道玄坂の方へ顔を出す暇もなかった。というか、ヘマをした奴の尻拭いに追われて予定がオーバーしたのだ。
 今思い出しても溜め息が出る。それなりに有能だという自負のある滝川は、フォローの為に自分の領分以上に手を広げるハメになり、通常の仕事の倍は疲れることになった。

 (うー・・・・・・眠れねぇ・・・・・・)

 結局寝なおす気になれず、仕方なくゆっくりと体を起こし、そのまま硬直した。

 隣に、時間のことなど忘れてしまうほど、滝川を驚愕させるものがあった。


 (な、なんで、リンが、ココにっ!!!)


 滝川はパニックに陥った。


 リンとはこのところずっと会っていなかった。

 新しい関係になったのだから、ただ会いたいという目的の為に会いに行ってもいいのだろうが、未だにそれに慣れることができず。
 今までだって気ままに事務所へ遊びに行っていたのが、却って行きにくくなってしまった。

 
 何の理由もなく会いに行くには気が引けて。用もないのに電話をするのも躊躇われて。


 それでもいい加減顔が見たくて、仕事が一段落したら会いに行こうと決めていたのである。

 それがいきなり、その会いたい相手が朝起きたら横で寝ていたのだ。ビックリして当然だ。
 というか、相手がリンでなくとも、知らない間にベッドに誰かがいたら普通は驚く。
 眠りについた時は確かに一人だったのだから、彼は滝川が寝ている間に部屋を訪れ、そのままベッドにもぐりこんだのだろう。
 こういったことをするような気軽な男ではないと思っていたので、滝川はそのことにも驚いていた。

 (あ、そうか、合鍵だ)

 混乱からなんとか立ち直り、そこでようやくリンの侵入経路にまで頭が回り始める。
 そういえばこの間自分の部屋のスペアキーを渡しておいたのだった。今まで使われることが一度もなかったため、すっかり忘れていたが、鍵を変えたりはしていない。
 
 


 恐る恐るリンの顔を覗き込む。
 どうやらよく寝ているようで、隣で少しぐらい滝川が動いても起きる気配がない。
 
 (クマが………)

 目の下に、薄くクマが出来ている。
 おそらくリンにも、滝川と会わない間に何か仕事が入っていたのだろう。
 睡眠時間を削らねば成らないほどの仕事が。


 滝川は嬉しかった。


 リンには滝川の部屋のスペアキーを渡してあったが、以前家へ呼んだ時は自分と一緒だったし、自分のいない間にリンが部屋を訪れた事は今まで一度もなかった。
 
 今まで、渡した鍵が活躍したことはない。

 だが、今日始めて、リンが鍵を使ってくれたのだ。
 自分とリンの距離が近付いたようで、滝川は密かに喜んだ。

 (ゆっくり休めよ)

 どうやら、この闖入者は疲れきっているようだ。
 いつ起きるか判らないなりに食事の支度でもしておいてやろうと、滝川はゆっくりと身を起こした。あまり吸う方ではないが、珍しくタバコも吸いたい気がする。
 と、その時。


 グイッ


 力いっぱい、腰を掴まれ、引き寄せられた。

 「うわ、わ、わ」

 踏みとどまろうにも体勢が悪すぎた。
 武道を嗜んでいるせいか、リンはかなり力が強い。馬鹿力を自認する滝川よりも、運動能力も腕力も遥かに上だ。
 バランスを崩した滝川の力など赤子の手を捻るように無効化できる。


 そして、咄嗟の抵抗も空しく、滝川は完全にリンに抱え込まれてしまった。
 
  
 手は完全に腰に周り、がっちりホールドされている。
 滝川は拘束をもてあましつつ、もそもそとシーツの中でもがいて、なんとか落ち着けるポジションを取った。
 
 (まさか、起きてるんじゃねぇだろうな)

 胸元に抱え込まれながら、そっと上目遣いに様子を伺う。
 リンは相変わらず眠っているようだが、僅かに瞼が震えている。狸寝入りというわけではないようだが、もう目が覚めかけているのだろう。夢うつつといった風だ。

 滝川は困惑と幸福の入り混じった微妙な気持ちで、もぞもぞと体を動かした。

 クーラーがかかっているから密着していても暑くはないが、なんともいえないこの感覚がもどかしい。
 『恋愛』なんて久々で、どうしたらいいかわからない。今まで付き合ってきた相手とはまるきり勝手が違って、自分が馬鹿になったような気がする。

 どうしよう。どうしたらいいだろう。
 


 (とりあえず、リンが起きたら話してみようか)
 


 自分の横でよく眠れたのか、とか。
 このところの仕事はどうだったのか、とか。合鍵を使ってくれて嬉しい、とか。


 イロイロ。


 「早く起きろよ、リン」


 小さく呟いて、タオルケットをリンに被せた。
 ふと気づいたのだが、この男はよほど余裕がなかったらしく、シャツとスラックスのままで寝ている。ネクタイぐらいは取ったようだが、ズボンは後で絶対皺になっているだろう。あとでクリーニングに出さなくては。

 「………シーツも洗わないとなー」

 苦笑して、手を伸ばす。シーツの端をつかんで、そのまま自分にかけた。本来の用途とは違うが少しは光を遮ることができるだろう。滝川は明るすぎると寝つきが悪いのだ。

 「お前が起きるまでは大人しく寝てるよ」


 ぽん、と一つリンの頭を叩いて、あとで遮光カーテン買ってこなくちゃ…………と考えながら、目を閉じた。
 そういえば布団も干した方がいいかもしれない。  
 頭の中で買い物や家事の算段をしながら、滝川は再び眠りの淵に落ちていった。


 リンに起こされるのを、楽しみにしながら。  
  
 
    2004.7.25


 ずっと迷っていたけれど、ついにリン×ぼーSSを・・・・・・。誕生日だから、ちょっとぐらい無茶してもいいと思ったんですよ。ちょっとぐらい。ねぇ?
 小手調べ的に、お題でチャレンジ。あんまり意味がない短文です。本当はもっとぼーさんがカッコイイはずだったのに異様に乙女になってしまった。頭の回転が速くて有能なぼーさんが大好きです。ぼーさんファンですから。
 あっという間に、さーっと書いたのでそんなあっさり感がでているかもしれない、デキちゃって間がない二人。リンはやがて時が経てば経つほど臆面がなくなってきます。ボスであるナルにも遠慮しなくなる予定。
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