21 殺す
「っだぁぁ〜う〜……」
後ろ向きに椅子に座った千石が、力の抜けきったうめき声をあげた。
窓際で日当たりのいい南の席は、眠気と脱力を誘う魔の座席だ。
「…やめろよその力の抜ける声…」
うんざりしたように南が緑のカバーがかかった文庫本から顔を上げた。隣に椅子を持ってきている東方は、先ほどからもくもくと何かの葉書を書いている。
「だってさぁ〜考えてもみてよ。最後の授業が自習なんだよ?それなのになんで帰っちゃだめなのさぁ」
そう言ったきり、再び南は本に顔を伏せた。
ところが。
6時間目に3クラス合同で授業を受け持つはずだった大貫教諭(彼女いない暦5年)が、なんと先ほど病院送りになってしまったのである。
階段から足を踏み外して転落。
風で飛んだプリントを取ろうとして振り向きざまに落ちかけた、1年生を庇っての事故。
教師の鑑ともいえる行動を取った大貫教諭(あだ名はヌキさん)の株は生徒達の間で急上昇中だ。
肩を落として病院に搬送される大貫教諭(27歳猫好き)の背中を見送りながら、薄情にも心の中で喝采を叫んだ生徒は少なくない。
クラスに最新情報をもたらした千石は、話を聞いてきた時とは打って変わってすっかりふてくされていた。 「東方はやってることが地味。何のハガキ書いてんだ。つか、南ちゃんも地味だよ!なんで真面目に本なんか読んでんのさぁ〜」
南は別に参考書や課題図書を読んでいるわけではないのだが、漫画しか読まない千石にとっては充分真面目な部類に入るようだ。
小さい子供のような拗ねっぷり。いっそ見事だ。
「雑誌の懸賞葉書書いてんだよ。結構当たるんだ」
少々ご機嫌が斜めになった南に気づいて、手を休めた東方がくるくるとボールペンを回しながら言った。
「えぇい!黙れこの懸賞マニアめ!……かぁえろ〜よぉ〜ぅ。南ちゃぁ〜ん」
上目遣いに南を見て、今度はガタガタと机を揺らしだした。手に負えない。
「やめとけ。また怒られるぞ?」
さすがに周りに迷惑だと思ったのか、東方が止めに入る。不穏な空気に気づいたのか、女子がちらほらとこちらを伺いだした。
「だってさぁ。今日は部活もないんだよ?コート整備中だし。だったらいいじゃん」
ここまでしながら一人で帰ろうとしないのは、南を巻き込まないと、後々お小言を喰らうからである。
南の逆鱗に触れると恐ろしいことになる。
流石は真面目なテニス部長。不真面目な千石に比べて基礎体力がきっちりある。
「みぃぃなぁぁみぃぃちゃぁああん……亜久津のサボリには何も言わないくせにぃ」
酷い目にあったことを忘却の彼方に追いやって、さらにしつこく言い募る千石。
優しいほどに静かな声で、南が呟いた。
「うるさい。それ以上騒げばお前を殺す」
「「「「「「「「………」」」」」」」」
しーん。 二つ向こうのクラスの授業の声が聞こえるくらいに、静か。
南の声が聞こえた周囲の人間は愕然として、凍りついたように固まっている。
「み……みなみ…ちゃん?」
青ざめた千石の声にも反応がない。
『アレくらいで怒る南じゃない。お前何やったんだ!』
問い詰める東方と狼狽する千石の周りに人が集まってきた。
これが普通の中学生男子の言ったことならば別に珍しくもない。これくらいのことは日常的に言う。
しかし、『あの』南が言ったというと話は別だ。
南は部活が絡まない時は非常におっとりしている。というか、のほほんとしている。
その南があんな物騒な言葉を吐いた。
『おい、癒し系南をなんであんなに怒らせたんだ!』
『南君が機嫌直さなかったら私があなたの息の根を止めるわよ?』
クラス全員から激しく責められ、千石はのけぞった。
「さ、齋藤さん…息の根って……」
女生徒に断言されて、背中を冷や汗がつたい落ちる。と、その時。
ガラリ
目に入ったのは、亜久津の無愛想な顔だった。
いつもの亜久津ならば無言で踵を返して去ってしまうだろうが、事が南に係わるとなれば話は別だ。
横柄に腕を組みつつ話を聞いていたが、どうやら亜久津は千石にとって救世主だったようだ。
「うぉ…さすがあっくん。南ちゃんの怒りを恐れないとは……」
興味津々で見守るクラスメイトと、こんな時なのに感心する千石を尻目に、亜久津は遠慮もなく読書中の南の肩を叩いた。
上を向いた南に、二言三言話し掛ける。
小声で会話を交わしつつ見ていると、どうやら南は穏やかに亜久津に応対しているようだ。
「亜久津君、南君はなんていってたの?事と次第によっては千石君を生贄にさしだすけど」
あまりの言葉に千石が非難の声を上げるが、完全に無視される。
千石が拍子抜けした顔をする。
「つまり…千石君に『うるさい』って言おうとした時に、偶然あの台詞を読んでたところだったのね?」
亜久津が頷いたと同時に、そこにいた全員がほっとしたように溜息をついた。
「そーだよなぁ…あの南ちゃんがそうそう殺すなんて言わないよな…」
気が抜けたらしくへたりこんで笑う千石に、さりげなく亜久津が一声かけた。
「アイツが殺る前にオレが殺る」
その横をすり抜けざまに、齋藤と呼ばれた女生徒が呟いた。
「その前に私が黙らせるわ。ふふ…文字通り口封じって感じ?」
呆然と取り残された千石の横で東方がぼそりと言った。
「結局お前が原因だったんだ……これだけで済んで良かったな」
青空は高く日差しはぽかぽかと暖かい。
本を読み終わった南が、パタンと文庫本を閉じて、窓枠に寄りかかる亜久津を見上げてにっこり笑った。
「さんきゅ、これ面白かったよ。続編出てるかな」
うきうきと弾んだ声。
口元をかすかに緩めた亜久津の返事にかぶるように、授業終了のチャイムが鳴り響いた。
ええと、千石はクラスで虐げられています。というか、上や下からのウケはいいけれども、同級生からの扱いが酷い。そういう奴っていつも学年に2,3人はいましたよね。 ノリが軽くて人気者だが、扱いが酷いやつ。千石はけっこう好きなんだけど弄りやすいキャラだからつい…。ゴメン…。 南は静かに癒し系。大人気!ってワケじゃないけど、地味に人望が厚い。天然でもしっかりしてます。これがマイ設定。 |
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