22 ラインを辿る(テニプリ1)




 人影のない図書室で、紙をめくる音だけが空気を揺らす。

 カウンターの中は無人で、司書室の扉も硬く閉ざされている。

 昼休みや休み時間は、本も読まないのにたむろしている生徒で五月蝿いほどに賑わっているが、今は人影もなく、いたって静かなものだ。
 放課後にまで好き好んで図書室を訪れるのは、当番を定められた図書委員かよほどの本好きくらいだから、それも当然だろう。
 あるいは、酔狂にも勉強をしに訪れる生徒がいるくらいだろうか。


 例えば、南のような。


 夕陽が南の頬を照らして、俯いた瞳に睫が影を落とす。
 南の背中の後ろにある窓からは、寂しい夕暮れのグラウンドが覗いていた。人がいないせいか、がらんとしてやけに広く見える。



 テスト期間中は部活動停止になるので、生徒のほとんどが帰宅してしまう。必然的に校内に残る人間も少なかった。図書室を使って勉強する者はあまりいない。
 自宅でやった方が落ち着いて勉強できるからだろう。

 だが、南は今までずっと図書室でテスト勉強をしていたらしい。自宅で勉強をしているとサボってしまうそうだ。
 それも本当だろうが、多分本に囲まれている環境が好きなのだろうと、亜久津は予想していた。


 『ウチって親がいないことが多いから、ついつい勉強をおろそかにしちゃうんだよなぁ。亜久津はそんなことない?』

 『……ねぇよ。家でやらねぇし』

 『でもテストはできるんだよな。俺は理数系全滅。とくに数学は最低なんだよなぁ……』


 そんなことは、今まで知らなかった。
 知らなかったというより知ろうとしなかったのだ。


 亜久津が南に興味を持ったのは千石に絡まれ始めた頃で、付き合いが深くなったのは部活をやめた後だ。

 今度のテストに際して知ったことといえば、南は文系だが理科は嫌いじゃないこと。でも数学は大嫌いだということ。
 こんな些細なことでさえ、最近ようやく知ることが出来るようになったばかりだ。
 
 積極的に誰かを知りたいと思ったことがないのでどうしていいか良くわからない。
 とにかく相手の動向に気を配ることくらいしか思いつかない。


 そういえば、意外なことも分かった。
 
 南は恐ろしく付き合いが広いが、亜久津の知る限りでは、本当に親しいのは千石と東方だけだ。
 ……最近は、コレに亜久津自身が入りつつあるが。

 聞いた話では他校のテニス部員とも仲がいいそうだが、それについては亜久津は確認していない。


 なんというか、あの独特の雰囲気に皆巻き込まれるのだ。
 地味系の名を欲しいままにする優しい南の、異様なほのぼのワールドに巻き込まれてみんな骨抜きになる。
 縁側の猫のようにゴロゴロになってしまうのだ。

 よっぽど我が強いか、もしくは一線を引ける人間でないと、南と普通に付き合えない。

 
 
 つくづく面白い人間だと、亜久津は思う。

 亜久津に対して怯えているようなところもあったのに、テニスのこととなると千石どころか亜久津の頭さえ小突いたことがある。
 大人しい奴かと思えば言葉は意外に乱暴で、スポーツバカかと思えばいそいそと自作の弁当を持ってきているような奴だ。
 にこにことよく笑いクラスメイトから仏様のように扱われている。
 それでいてサボる千石を阿修羅のごとく追いかける。


 南は最近気負いなく亜久津に挨拶をするようになった。
 中学で多分はじめて、亜久津から誰かに声をかけるようになった。


 ノートを見下ろす南のつむじを見ながら、亜久津は思う。

 こういうのも、悪くない。







 HRが終了して生徒がバタバタと昇降口へ向かう中、一人渡り廊下へ向かう南を見つけた。
 聞けば、図書室で試験勉強をするという。
 図書室は管理棟にあり、教室棟と二階の渡り廊下で繋がっている。
 屋根のない廊下は日差しがさんさんと射していた。

 管理棟側の入口が施錠されてしまう、と焦る南に、同行すると言ったのは何故だろう。 
 
 
 
 
 テスト勉強などほとんどしないが、南と一緒にいるのは悪くない。
 読みたい本があるから付き合う、と言った他愛ない言葉に、南は酷く嬉しそうに頷いた。

 『分かんないトコ、教えてくれよな。……あ、邪魔になるかな?』

 『……別に』

 図書室に読みたい本などないけれど、とりあえず南が以前読んでいた本でも読もうか。



 
 考える時にペンを顎に当てる癖。教科書に書き込んだのと同じことをノートにも書き込む用心深さ。

 ついつい本よりも南に目が行く。
 
 「……邪魔してごめん亜久津、この問題はこれであってる?ちょっとわかんなくてさ」

 ふとシャーペンを止めた南が声をかけ、その先で問題を指す。

 「……三角関数?……ここはいい。これは違う。こっちの公式だ」
 
 謝ることなどないのにと思いつつ、公式の間違いを指摘すると、南はこくこくと頷いてそこに二重線を引いて書き直した。
 
 「……ああ、そっか。サンキュ!分かった」

 そしてまた静けさが戻る。     
 ペンを走らせる音と教科書をめくる音。

 本を読んでいる振りをしながら、様子を伺う。

 今の教え方でよかったのだろうか。そっけなさすぎたのではないか。

 咄嗟に言葉がでてこなかった。




 南のことが気になる。
 
 知りたい。何も知らない。

 それも当然だろう。最初は単なる同級生だった。
 亜久津仁は問題児、南健太郎は信頼されるテニス部の部長。何の接点もない。
 テニス部に入るまではほとんど声さえ知らなかったのだから、退部後にコレだけ話せるのは驚異だ。


 最近は友達とも言える距離にまで近づいた。
 南は穏やかでのんびりしているが、芯が強い。一緒にいて居心地がいい人間だ。

 だからだろうか、こんなに気になるのは。
 隣にいたいと思うのは。


 開け放った窓から風が吹き込み、中途半端に締められたカーテンを揺らす。

 更に強い風に、舞い上がるカーテン。

 風を孕んで中々降りてこないカーテンに、夕陽が柔らかく遮られ、机の上に落ちた彼の影をぼやけさせた。


 淡い影の輪郭を、気付かれぬように指で辿る。


 もう少し彼がはっきり見えたら、この気持ちに名前をつけることにしよう。 



 風が止んで、カーテンが静かに舞い降りる。


 
 彼が分かれば、この気持ちもはっきりするだろう。
 



 指で辿るぼやけたラインが、今はっきりと見えたように。


 
    2004.2.25


 友人へ送ったものを再利用。というか、お題で書いたやつを先に送ったんだが(; ̄∀ ̄)
 今回の文は本当に短い。ちょっと書き方を変えて二人称と三人称の境目を無くしてみました。どうでしょう。
 バックの色は夕陽の色。もっと濃いと目がチカチカするんでこの辺が妥当じゃないかなぁ。
 好きシーン30のお題の中のテニプリは連載にします。……連載じゃないな、一話完結式短編シリーズ。
 我がサイトに来るお客様がテニプリの、しかも亜久津×南などというマイナーCPを喜ばれるとは思えんが、もったぃなぃのでUP……(´・ω・`)
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