26  告  白 (テニプリ5)




 体育館裏というのは、とある儀式の定番である。
 青春映画でもラブコメでも、スポーツ漫画だって、体育館裏といえばコレ。
 伝統的様式美は、今もって健在だった。





 「調子に乗りすぎじゃないか?」

 「目障りなんだよ!!」

 
 「……」


 「……何とか言ったらどうなんだよ!南!!」




 (なんとか。……って言ったら怒られそうだなぁ)

 南はぼんやりと上を見上げた。空が青い。

 もうこの状況だけで、懸命な方々には何が起きているか分っていただけるはずだ。
 凛々しい眉を八の字にする南と、その前に立ちふさがって難癖をつける同年代の少年達。時折肩を小突いたりしている。
 南よりも身長が低いため、ちょっと無理をしている感があるが。

 始業時間にはまだまだ早いが、大事な用事があったので南は大変困っていた。
 朝練がもう始まっているというのに、このままでは出られなくなってしまうのだ。

 (東方が先に始めといてくれるかな)

 相変わらずぼんやりと空を見ながら、南は場にそぐわないことを考えていた。

 (まず柔軟やって、外周まわってアップして……)

 相方はとてもとても信頼できる男だが、部長が遅刻というのは示しがつかないだろう。もう遅いが。
 とにかく、文句を言う以外にやることがないなら、とっとと開放してほしいものだ。

 ちろり、と取り囲んでいる面々を見る。放してくれそうにない。

 今日の朝練は遅刻が確定してしまったが、もしかすると、最悪、サボることになるかもしれない。

 南は、小さく溜息をついた。

 その超然とした様がますます周りにいる少年たちを怒らせているというのにも気付かずに、放課後はできるだけ早く練習を始めよう、などと考えている。


 図太い。


 山吹の生徒はどいつもこいつも小型版千石のような人間が揃っていて、概ねチャランポランである。

 やりたい事をやるけれども、他人のことも邪魔しない。

 南も、テニス部が絡まなければわりと千石を野放しにしている。
 この図太さも、南の性格というよりは山吹中に入学してから『染まった』ようなものだ。
 

 歴代生徒会の熱意のおかげか、あるいはPTAにうるさ方がいなかったせいか、山吹は生徒の自治範囲が異様に広い。
 地域の特性なのか、朱に交われば赤くなるのかは判らないが、自由な校風が魅力的で、イジメも暴力もない。
 ストレスをためるような締め付けは欠片もないし、生徒は皆、傍若無人だ。
 
 そんな環境の中でこういったつるし上げじみたことが行われるというのは非常に珍しかった。
 こんな馬鹿げたことをやるほどお子様な人物がいる、ということに驚く。
 




 「……何が気に入らないんだ?」

 相手の言い分も聞いてみようと、南は最も気になっていたことを尋ねてみた。
 この能天気な連中ばかりの山吹中で、よりにもよって自分が難癖つけられる理由がわからない。
 自慢ではないが、南は自分のことを毒にも薬にもならない平々凡々な人間だと思っている。
 目をつけられるほど目立ったことは無い。ちょっと悲しいが。

 それとも自分が何か彼らに悪いことをしたのだろうか。
 知らないうちに人を傷つけることも結構あるそうだし、俺はそんなことしないと言い切る自信は、南にはなかった。
 


 「お前、この間朝礼で表彰されてたろ」

 真正面に立っていた少年が睨みつけてくる。
 
 「ああ、うん」

 そういえばそんな事もあった。テニス部の奨励賞だかなんだか……。

 「昨日も、表彰台に立っただろう」

 そっちは図書カードが今年10枚目に入ったから多読賞を貰った件だ。

 「それが、どうかしたのか」
 
 たかだか校内表彰でやっかまれるほどたいしたことはしていない。
 奨励賞は、部活を3年生まで真面目にやっていれば、6割方の人間はもらえる。
 多読賞も、はっきり言って誰でも取れる。多少こずるい手だが、本を借りまくって読まないで返しても、カードの枚数は増えていくのだ。

 「表彰が問題なんじゃねえよ」
 
 向かって右側の小さい奴が言う。
 確か隣のクラスで見たことがある顔だ。

 表彰が問題じゃない?では、なにが問題なのか。

 「お前が表彰台に立った姿に、三組の小山さんが惚れたんだよ!!」




 「誰それ」




 頭の上に巨大な疑問符が浮かんでいる。
 話した事がないとか顔を見たことがないとか以前に、名前を聞いたことがない。

 
 「誰それ、だと!?小山さんはオレ達のマドンナだ!」
 
 「そうだ!女神だ!!」

 「あの可愛い笑顔」
 
 「あの綺麗な長い髪」

 「あの素晴らしいスタイル」

 「そんな小山さんを知らないなんて、貴様はモグリだな?」


 朗々と歌うように交互に台詞を述べていく。
 わけのわからないミュージカルのように大げさな振りで責められても、反応に困る。


 「ていうか、モグリって言われても知らないものは知らないんだけど……」


 南は一気に体から力が抜けていった。

 (そ……そんなどうしようもないことで呼び出されたのか……)

 そもそも知らない人に好かれたからって、それは俺のせいじゃないだろ、と頭を抱える。

 運動部の部長だけあって南もそれなりに顔は広いと自負していた。
 しかし、学年全員の顔と名前を一致させられるか、と言われれば、それは無理だ。
 おそらく運動部所属ではない上に、女子。しかもクラスも違う。
 覚える理由がまったくない。

 むこうが南を知っていても南は相手を知らない、ということは結構あるのだ。
 それを一々言い立てられてはたまらない。
 
 
 「どうしろって言うんだよ……」

 その三組のなんとかさんに告白されたわけでもないし、面識もない。
 彼らは一体何を求めてこんな『お呼び出し』をしたのだろうか。

 南はため息と共に声を吐き出した。


 「それで、俺に何を望んでるんだ?」

 「「「え。」」」

 「その見たこともない人にいきなり『君とは付き合えない』と言えとでも?それじゃあ変人だよ」

 「うっ」

 「それとも三組のその子とは天地がひっくり返っても付き合わないって約束すればいいの?」

 「それは・・・・・」

 「何がしたくて呼び出したのか分からないけど、別に俺は悪いことしてないし。はっきり言って意味ないぞ」

 
 呼び出しては見たものの、それで何かさせようと考えていたわけではない三人組。
 それこそ子供じみた不満をぶつけたかっただけなのだ。
 そうやって言い立てられてみると、いかに自分達が間抜けであったか分かってしまう。
 反論できずに、いたたまれない沈黙が流れた。


 (やれやれ……これで最後の2,30分くらいは参加できるかな)

 
 無言になった三人を見下ろして、南はほっと息をついた。
 このバカバカしい一幕も、まあ、得がたい経験ができたと思えば腹も立たない。
 とっとと開放してくれ、と目で促した。



 しかし、これで終わりではなかったのだ。
 ここで反省するような分別があれば、最初からこんな馬鹿な真似はしない。
 そのあたり、比較的精神年齢の高い友人が多い南は、考えが甘かった。 


 「…………んだよ……」


 俯きながら、少年のうちの一人が呟く。 

 「ん?」

 聞き返す南の胸倉をいきなりひっ掴んで、今度は大声で叫んだ。
 こめかみのあたりに血管が浮き上がっている。
 
 
 「うるせぇーんだよ!!俺はお前が気に入らないから呼び出したんだ!いいから殴らせろォ!!!」

 
 両脇にいた二人も、その声に触発されたように身構えた。
 目の色がすっかり変わっている。


 (逆切れかよ!?)


 南は顔を顰めて一歩後ろに下がった。
 
 温厚で知られている南だが、別に喧嘩ができないわけではない。
 いや、その高身長のおかげもあって、結構強い部類に入るだろう。
 が、なんといっても場所がまずかった。

 人目につかない体育館裏といえども、校内だ。
 ここで喧嘩沙汰の大騒ぎを起こしたら絶対に教師にバレる。

 『テニス部長、早朝の大乱闘!生徒三人をなぎ倒して大暴れ!?』

 といった新聞の見出し風の文句が南の脳裏をよぎった。


 (先生から学校へ……学校から中体連へ……)


 自分のせいで部活禁止や対外試合禁止……それどころか廃部にでもなったら、それこそ一大事だ。
 部員達にいくら謝っても申し訳がたたない。


 これはもう、素直に殴られておいて、隙をついて逃げるしかないだろう。


 (く……あんまり強く殴ってくれるなよ……)


 顔にあざでもできたら、千石あたりに厳しく追及されるだろう。

 
 歯を食いしばり、足を踏みしめた。
 殴られた時に吹き飛ばないよう腰を据える。
 咄嗟に反撃をしないように注意しなくてはならない。
 南の体格と運動神経ならば掴みかかってくる相手を振りほどくのは簡単だが、それで擦り傷でも負わせたら本末転倒である。
 
 (我慢我慢……ちょっとの辛抱……) 


 口の中で何度も呪文のように唱える。

 目の前の少年が、右手を大きく振りかぶった。




 (……来る……!)






 衝撃に備えて目をぎゅっと閉じる。








 来ない。






 まだ来ない。









 なかなか訪れない打撃の痛みに、薄っすらと目を開けると、そこには手を上げた姿勢のまま、青ざめて硬直する少年がいた。 
 恐ろしいものでも見たかのように、目を見開いている。
 心なしかぶるぶると震えているようだ。

 「……え?」

 両脇の二人も先ほどの攻撃的な雰囲気が消えうせ、怯えたような顔をしていた。
 今にもこの場から逃げ出しそうな様子だ。

 
 わけが分からず混乱する南に、声が掛けられた。
 



 「南」


 
 
 背後から、よく知った声。



 「怪我は?」




 「亜久津!?」



 
 振り返ると、つまらなそうな顔をした亜久津が、南の後ろ、3メートルほどのところに立っていた。


 「あれ、なんでこんな時間に……」


 見当違いのことを聞く南を見て呆れたようなため息をつくと、つかつかと近寄ってくる。
 南の真後ろで立ち止まる亜久津に、南を殴ろうとしていた三人がビクリと体を震わせた。

 
 「怪我はないのか」

 「あ、うん……ない。大丈夫だ」

 子供のような返事をする南に一つ頷いてから、ギロリと視線を移した。
 射すくめられたように動けなくなる三人。
 まるで蛇に睨まれた蛙だ。

 
 亜久津は、胸倉を掴んだ体勢で硬直する少年の手から、ひったくるように南を奪い取った。
 そのまま片腕に抱え込んで、一言相手に述べる。


 簡潔にして分かりやすい要求。

 南の名を呼んだ時とは打って変わった、殺気交じりの低い声。
 怒りも露わに恫喝した。
 

 

 「失せろ。殺されてーか」




 瞬き一つのうちに、南を呼び出したバカ三人は、その場から走り去った。
 捨て台詞を言う余裕すらない。
 こけつまろびつ、わたわたと逃げていく。



 取り残されたのは、南と亜久津の二人だけだった。






 「えーと……おはよう」

 「……はよ……。てか、まず第一声がそれかよ」

 律儀に挨拶を返しつつも呆れたような声で亜久津が言うと、南が赤くなった。
 さすがに自分でもこのセリフはどうかと思ったので、何も言えない。

 「……えっと、ありがとう、亜久津。よくここが分かったな」

 「お前の相方から携帯に電話が来た」

 「東方が?どうして……」

 実は部長に次いで早く登校してきていた東方は、南が連れて行かれる現場を目撃していたのである。
 以前千石経由で、その面子が南に目をつけていた経緯を知っていたため、その場で即亜久津に連絡、相棒の救出を要請したのだ。
 
 もちろん亜久津に否やはなかった。


 「テニス部員が止めに入ると絶対乱闘になるから、オレの顔で黙らせろ、てな」


 亜久津はその時の電話を思い出した。
 
 『とりあえず、南の前では手を出すなよ?』

 と念を押されたのだが、それはつまり南の前でなければ手を出してもいいということなのだ。

 これは言葉尻を捕らえた曲解ではない。
 東方の口調には、確かに亜久津が『手を出す』ことを期待する色があった。

 とりあえずさっきの馬鹿共の顔は覚えたので、それなりに痛い目を見せてやろう。
 千石にでも話してやれば、面白いことになるはずだ。
 頭が軽量級で能天気な千石だが、過保護なまでに南を大事にしている。
 南が殴られそうになったと言えば、南を愛するクラスメイトの過激派と諮って色々としでかしてくれるに違いない。






 「……久津・・・・おい、亜久津?」

 「……ああ、悪い。考え事だ」


 我に返って謝る亜久津。
 一般生徒が見たら度肝を抜かれること間違いなしだ。


 「いや、それはいいけどさ。そろそろ手、離さない?」


 亜久津は救出した時からずっと、片腕に南を抱え込んでいたのだ。
 南が、片手で亜久津の胸を押しやりながら苦笑した。

 「こんなでかい男抱きしめても面白くないだろ」

 連中が言ってた三組の女の子あたりだったら、抱き心地がいいんだろうが、あいにくと助け出されたのは中学生には稀に見るような大男だ。
 なんだか却って悪いような気がする。

 東方に早朝から叩き起こされて学校まで超特急で……南が呼び出されてから30分とかからずに学校についた計算になるから、相当急いで……来てくれたのだから、なんとも嬉しくも申し訳ない。
 
 「俺はありがたかったし、嬉しかったけど、亜久津にとってはちょっと災難だったかもなぁ。せめて可愛い女の子とかだったら助けがいもあったろうに」




 
 何の気なしに言った言葉。
 しかし、まだ眠気が残っている上に、腕の中に南を抱き込んだ亜久津にとって、これはちょっとした地雷だったのだ。


 



 亜久津は片眉を跳ね上げ、クルリと南の体を腕の中で回転させた。
 突然の出来事にきょとんとして目を丸くする南に向き直り、顔を寄せる。
 色素の薄い亜久津の瞳が、南の黒い瞳を覗き込む。

 いつもの顰め面も、皮肉げな笑みもなく。
 ただ真摯な眼差しが、南を貫いた。

 普段とは違う。


 突然の変貌。


 初めて見る亜久津に、南は一瞬目を奪われた。



 「……ぁ」

 「南」


 鼓動が一際高く鳴ったような気がした。
 密着しているせいで、それがどちらの鼓動かさえ分からない。
 南は気が動転しており、亜久津は南に意識が集中していた。
 
 「あ……あく、つ……?」
 
 南は掠れた声で亜久津の名を呼び、身を捩った。
 両手を腰に回されてがっちりホールドされれば、南といえども流石に慌てる。
 しかし亜久津は器用にその抵抗を受け流し、更にしっかりと南を抱きしめた。

 宥めるように、耳元で低く囁く。


 
 「オレは、お前がいい」


 
 「え。」


 
 動きが止まった南を、さらに強く抱きしめる。
 冗談にまぎれた逃げなど許さない、強い光を目に宿し、言い募る。


 「お前が好きだから、お前を抱きしめたい。他の人間はどうでもいい」

 
 「え……ええ!?ちょ、ま……うぇぇえ?」

 
 パニックに落ちいった南を見て微かに口元を緩め、そっと、頤に手を当てた。
 手のひらから南の顔の温度が上昇しているのを感じ、さらに亜久津の顔が綻ぶ。
 そっと手を滑らせ、南の頬を撫でる。  


 「気長に待つから、覚悟しておけ」 
 
 
 そう言うと、その頬にそっと口付けた。

 固まった南からするりと手を離し、何事もなかったかのように立ち去る。
 
 いつもよりも遥かに早く起こされたのだ。
 睡眠を取り返すため、屋上にでも寝にいくのだろう。




 
 その場に呆然と佇んでいた南は、顔を林檎のように真っ赤にして、そのままペタンと地面に座り込んだ。
 熱くなった顔を手で覆う。


 「……反則だろ…それは……」


 あんなことをされれば『好き』の意味を間違えることもできない。

 
 (どうしようどうしようどうしようどうしよう)


 頭の中をぐるぐるとエンドレスリピートされる『どうしよう』。
 呼び出しされた相手に対する『どうしたらいいんだ』とは重みが違った。

 深呼吸して頭の中を整理する。

 (えーと亜久津は俺が好きでー。気長に返事を待ってー。俺に覚悟しろって……かくご……)




 何をするつもりなんだろう亜久津は……。




 なんとなく不安になり、慌ててそれを吹き飛ばすように頭を振った。
 
 (……返、事)

 やっぱり返事はするべきなんだろうか。
 なんて言ったらいいんだろう。
 そもそも俺は亜久津が好きなのか?

 


 だって、亜久津にキスされて、嫌じゃなかったんだ。






 キーンコーンカーンコーン





 予鈴が遠くで鳴っている。


 「……あー……なんかもーいーや……」



 
 頭が沸騰状態の南は、チャイムを機に、考えるべきことをとりあえず一時棚上げすることにした。


 結局朝練には顔を出せなかったが、それももうどうでもよくなっている。
 東方が事情を知っていたようだから大丈夫だろう。




 

 とりあえずの問題としては。



 あの遠くからすごい形相で駆けてくる千石を、どうやって誤魔化すかだ。


 
    2004.9.07


 本日!!ついにメーカーへ修理に出ていたマイパソ、愛機『十郎太』が戻ってきました。
 長い長いお留守だった……二週間は耐えがたかったですよ……(ノω・、) ウゥ・・・
 背景は朝らしく青空で!夏休み中にUPの予定が、パソコンが壊れたために夏休み明けの更新となりました。
 掲示板にカキコしてくださった方に、感謝を。あさえ様、公約守りましたよ!!(笑)

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