ランニング前の準備運動中に突如として流れ出す全校放送。 校庭のあちこちで、何事かと生徒たちが顔を上げている。 多くの生徒達の注目を浴びたスピーカーから、ノイズ交じりに、怒りの篭った教師の声が鳴り響いた。 かなりのボリュームだ。いっそ近所迷惑なのではないだろうか。 『千石清純! テニス部の千石清純!至急職員室の宮崎先生の所まで来なさい!!千石……!』 テニス部員全員の動きが止まった。 校舎の方へ向けられていた視線がそのまま一人の男子生徒にスライドする。 名前を呼ばれた当の本人は、ラケットを担いだままきょとんとした顔をした。 「………お前ナニやったんだ……」 南が頭痛をこらえるような顔で呻いた。 「なんで呼ばれるんだろ。オレ悪いことしてないのに」 「………悪くないことなら、したのか?」 「うん。いつもお世話になってるから、たまにはいいこともしようと思って」 それが原因だ、絶対。 「お前のいいことは……なんていうか、他の人のいいこととはちょっとずれてるんだ。今度からいいことしようと思ったらまず俺に確認とりなさい。その気持ちは決して悪いことじゃないんだが、なんていうか………ありがた迷惑っていうか、俺が被害を蒙るっていうか…………」 とくとくと諭す南。しかし千石は全然聞いていない。 相変わらずのマイペースで室町や壇と話している。 何を言っても無駄なのか……と落ち込む南の肩を、東方がぽんぽんと叩いた。 「一体なにやらかしたんですか?宮崎先生があんなに怒るんだからよほどのことでしょう」 「や、別に大したことしてないよ?」 「凄く白々しいですよ〜」 「いやいや、本当に大したことじゃないんだよ。そもそも好意でしたことなのに、なんであんなに怒るかなぁ」 首をかしげている千石に、テニス部の面々はため息をつきつつ準備運動を再開する。 三年かけて培った実績により、もう今更ナニをしでかそうとも、千石だから、の一言で済まされるようになってしまった。 まだ付き合いの浅い1年生ですら、その空気に違和感を感じていない。 「怒るようなこと……」 「やっぱり何かやったんですね」 「早く怒られに行ってこい。南が切れる前に」 千石の『大したことない』は誰にも信用されなかった。 なにしろこれまでの前科がある。 どう考えてもあの怒り方はよほどのことをしでかしたとしか思えない。 「なんで……なんでお前はそうなんだ……」 遠い目をする南。 いい加減にそろそろ大人になって欲しい。もうすぐ高校生なんだし。 これが普通の時だったら笑って見ているけれども、今は部活の時間なのだ。 千石が抜けるのはとても痛い。 しかも、放課後や早朝に千石がお呼び出しを受けると、なぜか南が怒られる。 授業中や短い休み時間中ならよかったのだ。その時々の学科教師や担任に責任が課せられるから。 だが、よりにもよって部活中。 同学年なのに。 保護者でもないのに。 たんに部活とクラスが同じだけで監督責任もないのに。 テニス部にかかわらないなら、できれば放り出しておきたいのだが、周囲がそれを許してくれない。 いつもいつもいつもいつもとばっちりを受ける南は、信じてもいない神様に祈った。 (千石のしたことで俺が怒られませんように!!っていうか、千石!俺に被害をもたらすな!!) しかしそんな祈りが千石に届くはずがない。 力尽きそうな南を見てケラケラ笑っていたところで東方に拳骨をもらい、うずくまって痛みをこらえている。 南の様子になどこれっぽちも気にしていなかった。 もちろん反省なんか欠片もしていないし、これからも厄介事を引き起こす気マンマンである。 と、その時。 しゃがみこんでいた千石に、壇が言わなくてもいいことを言った。 「ところで今度は何をしたんですか〜?」 「「「「聞くなよ!!」」」 レギュラー陣の願いはスルーされた。 「うん?弓道部の的置いてるところあるでしょ?あの小屋みたいな……」 弓道場はテニス部のすぐ隣なので、それなりに交流がある。 たまに休憩時間に覗きに行ったりする部員もいた。 「えっと、アヅチって言うそうですね」 「あれの後ろの日陰の所に沢山カブトムシの幼虫がいたんだよ。あの白いやつ」 「はあ、それで……?」 「で、最初のうちはちょっと掘り起こして育てようかなーとか思ってたんだけど、あんまり沢山いたから楽しくなってきて、つい掘り出しすぎちゃったんだよね」 「………なんだか嫌な予感がするなぁ」 この変でようやく壇が不穏な気配に気づいた。 他のメンバーはとうにその問いの危険を察知していたというのに、1年生だからか、修行がたりない。 ここまで聞いてしまうと今更『もういいです』とは言えず、壇はその場で固まった。 にこにこしながら話す千石の口からは、ろくでもない所行が語られている。 「そんで、今更埋めなおすのも大変だったんで、この間息子さんが幼稚園に入った先生の机の上に、幼虫置いてきたんだ」 「え」 「喜んでくれると思ったんだけどな」 ちょっとまってください。 「バケツ一杯山盛りに獲ったから、お友達とも分けられるのにサァ!」 「「「ギャァアァーーーーーッ!!!」」」 聞きたくないがついつい耳をそばだててしまっていた面々が悲鳴を上げた。 今更耳をふさいでももう遅い。 「千石のバカ!!可哀想だろうが!!」 「バケツ一杯のカブト虫の幼虫なんて、机の上においてあったら嫌がらせですよ!!」 「うわぁぁん!!想像しちゃいましたよぅ!」 「子供が見たら泣くぞ………」 バケツに山盛りになった幼虫。親指ぐらいの太さの虫がうごうごと蠢いている様など、現代を生きる日本人の9割は見たくないだろう。 これがどこぞの辺境民族だとかオセアニアカナカ族あたりなら食欲をそそられるかも知れないが。 その場で聞いていた全員が口々に千石を罵倒する。批難轟々だ。 鳥肌が立っているのか、何人かはしきりと腕をこすったりしている。 「そんな責めることないじゃん。キャラメルコーンみたいで可愛かったよ?」 「やめろ!キャラメルコーンが食えなくなる!!」 即座に叱り飛ばされる千石。 誰もフォローしない。 憮然とする千石の肩をポンと叩いて、引きつった笑顔で東方が言った。 「職員室へ行ってこい。今すぐ。即座に」 その後。 案の定後から呼び出されて監督不行き届きを叱られた南は、首に縄をつけたままテニスができないだろうかと穏やかでない言葉をもらし、部員の背中に戦慄を走らせた。 室町は、あれくらい神経が太くないとテニスで大成できないのかと、千石にある種の尊敬の眼差しを向け。 壇は、それにしても一度掘り出された幼虫はちゃんと孵化できるのだろうかといらぬ心配をし。 東方は、南と千石を見比べては、南が千石の首を絞める前に止めに入ろうと決意している。 時折ちらちらと様子を伺う部員の視線の先には 部活に励むテニス部からぽつんと離れて、一人寂しくカブト虫の幼虫を埋める千石の姿があったという。 2004.10.03 ワタクシの中学校時代の実話です。 幸いにして私は実際にバケツ一杯のカブト虫の幼虫は見ていないのですが、担任が自分の教卓の上で発見したそうで・・・・・・。教師って大変な仕事だなぁ。 亜久津は全然出番ありませんでしたが、たまにはこういうのもいいでしょう。中学生らしい生活の1コマ。 こういう話だけはポコポコでてくるんですよね。実際の体験に即した話ですから。 |
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