いきなり寒くなって体がビックリしたのだろうか。 きちんと体調に気を使っている南が、珍しく軽い風邪をひいた。 風邪といってももちろんたいしたことはない。 熱もなければ目立って体調が悪いこともなかった。ただちょっと思い出したように咳が出たり鼻が出たりするだけだ。あとは夜に少し体がだるくなるくらいか。 ちゃんと薬も飲んでいるし、就寝時間も普段より二時間くらい早い。 「今週末ゆっくりすれば完全に治るな」 喉に手を当てて言った南に、帰りがけの同級生が、のど飴をくれた。 ハッカののど飴だ。 口に一つ放り込むと、喉がすっと冷たくなって、イガイガしていた嫌な感じが薄れる。 「大丈夫?南君。酷くなったら病院へ行ってね」 「ありがとう、齋藤さん」 「みなみーぃ!これ、砂川先生んとこ持ってくんだろ?俺が行っとくからもう帰れよ」 「サンキュ、助かる」 「バイバイ南くん」 「南、またな」 「じゃあね南君」 口々にかけられる声。 応える声。 「うん、また明日」 クラスに残ってる幾人かに手を振って、学校を出る。 こういうときに、人の情けって身に染みるものだ。 途中まで帰り道が一緒だった二人も、咳をする南に優しかった。 東方は歩調がいつもよりもゆっくりしているし、千石はいつものように急に飛びついたりしなかった。 別れる前に、千石が南の額に手を当てて熱を測った。 南の額よりも千石の掌のほうがよほど熱い。 眠たい子供みたいだ。 千石は軽く首をかしげてから、近くの自販機でアクエリアスのペットボトルを買ってくれた。 「これ、お見舞い」 「お見舞い?なんか違う気がするけど………ありがと」 前に千石が高熱を出した時に、南がスポーツドリンクを買って行ったのを覚えていたらしい。 ペットボトルは冷えていたけれど、気持ちが暖かくなる。 「熱もないみたいだし、南ちゃんのことだから大丈夫だと思うけど、ちゃんと暖かくして寝てなよ〜!!」 「千石、近所迷惑。…………南、大丈夫だろうが、悪化しそうなら電話しろ。先生には伝えておくから。ノートもとっておいてやるし」 「あ、俺も!いくらでも写させてあげるよ〜」 「お前はまず人に読める字を書けるようになってからそういう台詞を言え」 「ウルサイよ、東方のくせに!!」 「ジャイアンかお前は…………」 帰り際に心配そうに声を掛けてくれた友人達の、本当に素でやっているのかどうか疑わしい漫才に笑わせてもらって、なんとなく幸せな気持ちで、また歩き出した。 一人になったとたん、風が強くなった。 どうやら東方は風除けもしてくれていたらしい。 「さむ………」 昨日まで降り続いた雨が上がって、今日は一日青空が広がっていた。 天気のいい日は気温も低いらしいが、太陽が沈むと本当にそれが実感できる。 「明日は上に羽織るものを持っていくかな」 夕暮れが早くなったせいか、街灯が以前より明るいような気がした。 運動靴が地面に擦れる音が、静かな路地に響く。 家々の明かりを見ると、ちょっとだけ寂しい。 自分の家に灯りがついていたら、いいのに。 南の家の玄関は人が近づくとセンサーが動いて、ポッと小さな明かりがつくようになっている。 最近よく見られる、防犯対策の一つだ。 2軒隣の家も、斜向かいの家にも、センサー付きのライトはある。 今時そう珍しいものでもないだろう。 だから南が帰れば、玄関だけとはいえ、ちゃんと南の家にも電気はつく。 でも、そういう明かりと南の欲しい灯りは、違うのだ。 「人の匂いっていうか、人の気配のする灯りが欲しいんだよなぁ………」 誰かが待っていてくれる光が。 ちょっと溜め息をついて、足を速めた。 南の家には南しかいない。 母親はいないし、父親は一昨年からずっと単身赴任中で、滅多に帰ってこない。 一応近所に保護者の代理をしてくれている人がいるけれど、勝手に家に入り込んでいたりはしない。 南を待っている人は、いないのだ。 今日はどこにも寄らないで真っ直ぐ帰ろう。 スーパーの特売も、コンビニのおでんも、いつも寄る本屋も、レンタルビデオショップも、今日は素通り。 家に帰って布団に包まって寝てしまえばいいのだ。 風邪をひくと妙に人恋しくなって困る。 家事もちょっとだけサボってしまおう。文句を言う人もいないことだし。 早く帰って、寝てしまおうと、思っていたのに。 「どうして…………」 どうして、こういうことをしてくれるのだろうか。 「風邪ひいてんだろーが。帰るのがオセェよ」 「なんで」 「昼間咳してたろ、図書室で会った時も動きが鈍かったしな」 「でも………」 「いつまで立ち話すりゃいいんだ?」 「あ、ご、ごめん!!入ってくれ!!」 ああもう、なんで亜久津がいるんだろうとかたまにこういうことされるとリアクションが難しいとか顔がバカみたいにゆるんでかっこ悪いとか。 色々と言いたいことはたくさんあるんだけれど。 「オイ、のり弁とシャケ弁どっちがいい?」 門の前で、灯りに照らされて立っている亜久津を見て、泣きそうになったことだけは絶対に言わないでおこうと思う。 「シャケ弁で………今朝の残りの味噌汁、暖めるから……」 どうしようもなく顔が赤くなるのは、風邪で熱が出たわけじゃないから、心配しないでくれ。 あと、そういう持ち方するとビニール袋の中で弁当が傾いて中身が端っこによっちゃうぞ。 ついでに、そのポケットに入ってる缶コーヒーは中身出して温めなおさないと冷えてると思います。 「亜久津」 「なんだ?」 家の中に入って、明かりをつける。 振り返ると、相変わらず不機嫌でもないのに不機嫌そうな亜久津がこちらをみている。 人の待っている光。 すごくすごく久しぶりでした。 すごくすごく嬉しかったです。 何を言っても亜久津は、照れて反応に困るだけだろうから、多くは言わないけど、これだけは。 今はただ、一言。 南は、顔をちょっとだけ赤くして、嬉しそうに微笑んで言った。 「ありがとう」 2004.10.06 なんだろう、このすごい速さの更新は…………下手するとあと2ヶ月くらい突然更新が途絶えそうだ……。 まさかこんな早く更新するとは自分でも予想外でした。 今日は雨が上がって天気が良かったし、カキコも嬉しかったからネタを考えておこう………と思いながらいつのまにかできたのがこのSSS。 こんな短くて単純な話でも、所要時間は約1時間です。これって遅筆、なのかな?でもまあ今週末は職場で課内旅行なので更新できないことだし、いいかなーと思います。 やさしいSSが書きたかったので、雰囲気的には満足。 ちなみにBGMは森山直太郎の「夏の終わり」と、河口恭吾の「桜」。そんな感じで。 |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||