小ネタその3








 小ネタその3の1





「オイ、東方」


 屋上にあがってきた亜久津が、いぶかしげな顔で東方に声をかけた。
 小脇にペットボトルを2本抱えている。ポケットに手をつっこんだままで器用なことだ。

 「ん?どうした?」

 眠そうな声で答えた東方は、壁に寄りかかって胡坐をかいている。
 弁当を膝の上に抱えて日向ぼっこ。学校だというのに呆れるほどの寛ぎようだ。
 
 年寄りみてぇだ………と、亜久津は思ったが、ソレを飲み込んで別の言葉をつむぐ。

「………なんで千石はあそこで正座してんだ」

 抱えたペットボトルから一本引き抜き、指し示した先では、千石がしょぼんと肩を落として正座していた。
 ちょっと離れたところで東方が足を伸ばしてゆったり座っているので、妙な空間が出来上がっている。

 オレンジ色の頭をたらした千石は、珍しいことに、何かに深く反省している様子だった。
 多分いつものように南に叱られたのだろうが、どういうわけかその南の姿が見えない。

 「ああ」

 東方が、わざとらしく肩をすくめた。
 今時素でそんなリアクションをする中学生も珍しいが、東方がやると妙に似合う。
 年寄り風味が強くなる。

 「ついさっき、千石がちょっとやらかして……そこを教頭に見られたんだ。おかげで南部長は千石と並んで説教されてな。今は担任のとこに報告に行ってる」

 「いつものことだろうが。何をそんなに落ち込んでんだアレは」

 千石が『ナニカ』しでかすのも、その後始末が南に回ってくるのもよくあることだ。
 怒られた瞬間だけ恐縮して後はキレイサッパリ忘れる千石が、ああまで反省するほどのことではない。
 
 「今回は南に心配をかけたからだろ」

 「心配?」

 「亜久津は知ってるか?結構有名なんだが………そこの馬鹿が、1年の時に二階のベランダから飛び降りて足の小指折った話」

  聞いたことがあるようなないような。
 
 「小指折った?アホか」

 「アホなんだろ。普通芝生の上に飛び降りるのに、見事にコンクリートの上に飛び降りやがって。最初からコンクリに飛び降りるつもりならそれなりに着地もできたんだろうが、予想外だったんで、そのままポキリだ」

 あまり噂話を聞かない亜久津にはそういった情報は入ってこない。
 しかし、そういえば二階のベランダから中庭の芝生に着地するのが流行っていたような気がする。確かひとしきり馬鹿が飛び降りて問題になっていたはずだ。

 とすれば間違いなく千石は首をつっこんだろう。
 

 馬鹿だから。


 それで怪我をするあたり、馬鹿を通り越して大馬鹿だが。

 「で?」

 「その時も南は怒りながらひどく心配したんだ。ああいう性格だからな。だから千石も、少なくとも南の前じゃもうやらないって話だったんだが」

 『南の前では』というあたりが千石らしい。

 「やったのか」

 「やったんだコイツは。まあ南が渡り廊下にいるのに気づかなかったんだろうが、その上教頭にまで見つかってるんじゃ同情の余地はないな」

 今回は俺もフォローしない、と東方は千石を白い目で見た。
 
 

 「南は千石の運動神経を知ってる。普通なら、また二階から飛び降りたって、そう気にしないだろうさ。……けど、今回は場所がな……」

 「場所?」

 「小指折った場所と同じだったんだよ。飛び降りた所が。南はあの時のこと思い出したんだろうな……」

 東方は千石を睨む視線をさらに強めた。

 ちょうどその時南の横を歩いていた東方は、南が青くなって手すりに駆け寄るのを見ていたのだ。

 卒倒しそうなほど、心配していた。

 顔色も悪かったし、手摺りを握る手が微かに震えていたのにも気づいた。


 大事な相方にあれほど心配させた上にまたしてもとばっちり。
 
 ちょっとぐらい意地悪してもバチはあたるまい。

 「バカだな」

 「ああ、大バカだ」

 視線が冷たい。

 


 だが、小さくなる千石は知らなかった。



 この後自分のクラスで。さらに部活で。

 針の筵どころかもっとキツイ、刺すような視線とあからさまな嫌がらせを受けるなどということは。








小ネタその3の2





 耳がいいとたまーにイヤな話が聞こえたりもするんだよねぇ。



 「委員会メンドクセーッ!次俺が議長なんだよな」
 「誰かに押し付けちまえよ」
 「誰に?皆やりたがんねーよ」
 「あ、アイツがいい。南!ぜってー大丈夫だって」
 「あーヤツならチョロそうだしな。この前の仕返しも兼ねてさ」
 「今度は邪魔も入らねーだろーしな!よし、うまいこと言って……」



 「へぇ〜?オモシロそうな話してるねぇ」


 
 「せ………千石!」

  
 こいつらにはもったいない極上スマイル。
 にっこり笑って背中に腕なんか回しちゃったりして。

 今、誰がチョロそうだって仰いました?


 「ちょっと詳しくきかせてくんない?多分オレだけじゃなくて、東方とかあっくんとか、すごく聞きたがると思うなぁ!」


 「悪かったよ………」
 「本気にすんな、冗談だ」
 「ふざけただけだろ!」

 「ふうん?それならいいんだけどさ」

 いや、本当はよくないけどね?

 かる〜く手を振ってバイバイ。
 小走りに、逃げるように立ち去る背中を見送る。
 うわーちょーカッコわるーい。

 あいつら、たしかこの間南ちゃんを朝方呼び出したヤツらじゃなかったっけ。
 名前もクラスも知ってるし、あっくんに後で顔を確認してもらおっと。
 ついでにクラスの皆にもさりげなく漏らしてみちゃったり。テニス部でうっかり口を滑らせるのもいいなぁ。

 「南ちゃんを馬鹿にすると痛い目みるんだぞ〜」

 こっそり言ってみる。
 ニンマリと笑う顔が悪魔じみてるってよく言われますが、どうせなら小悪魔といって欲しいです。

 「あら千石君、たまには格好いいじゃない?」

 おや。見てたの?
 じゃ、他のクラスの女の子たちにも広めといてくれる?

 「もちろん。貴方の株も少しは上がるかもよ?」

 うんうん、可愛い女の子には特に念入りにお話しといてください。

 耳だけじゃなくて要領も運もいいし。
 目端が利いて、すばしっこくて。
 顔だってイイ線いってるし、運動神経抜群!スポーツ万能!!
  

 オレって結構、お買い得じゃありません?








 小ネタその3の3





 そろそろ吐く息が白くなってきた。
 夜には特にそれが良くわかる。

 この、吐息がふわりと空気に溶ける様が、南は好きだ。



 冬が近づいている。


 「おでんが食べたい」

 「いきなり何を言い出すのかと思えば……」

 「いや、つい。でもほら、最近急に寒くなったし、おでんとか肉まんとか食べたくならないか?」

 昼間はともかく、夜はもうかなり寒いし。

 「秋だしな」

 もう駅前の銀杏の木も黄色く色づいている。
 銀杏並木をてくてくと歩きながら、ちょっと上を見上げた。
 
 完全に葉が色づいたから、もう少し経てば、これが上からはらはらと落ちてくるようになるのだ。
 歩道のブロックは赤い煉瓦を模したものだから、きっと映えるだろう。

 「コンビニ、寄るか?」

 低い、そっけないけれど温かい声。

 「ちょっと遠回りになるぞ?俺は嬉しいけど」

 「たいした距離じゃない」

 「そうか?じゃ、帰ったらココア淹れてやるよ。ちゃんと温かい牛乳で溶いたやつ」

 「……おでんにココア……」

 とんでもない組み合わせだ。
 単独で味わうならこの時期に合うだろうが、さすがに両方というのは………。

 「別に一度に飲み食いするとは言ってないって。おでん食って、しばらくしたらな」

 「それならいい」

 「ビデオ見ながらおでん食って、それが終ったらココア飲みながら読書かな。………SFとか読むんだっけ?」
 
 本当は別に何もやることがなくてもいいのだけれど、どうも口に出せない。
 どう言ったらいいのか分らないし。

 「面白いのか?」

 「うん」

 「面白いなら何でも読む」

 「もしかしたら読んだことあるかもしれないな。あのさ、主人公は夏に続く扉を探している勇敢な猫を飼っていて………」


 だんだん寒さを増してくるこの季節。
 奪われていく熱のせいか、人恋しくなる時期。
 
 どうしてかなんてうまく言えないけれど、一緒にいて欲しいんだ。
 
 家を暖かくして。
 やさしい音楽をかけて。 

 おいしいココアを淹れるから、隣に座ってもいいかな。





    2004.10.31


 やろうやろうと思っていた、SSSの集まり。
 3の1は実話。中学の時の先輩がやってたので。彼は走ってる電車に触るという遊びを開発し(田舎だからできること)、中指を折ったりと色々キケンな人でした。でも内容がないよう。
 3の2は、千石への罪滅ぼし。3の1で可哀想な扱いだったので………彼のこういう男前なところは、普段軟派さにまぎれていますが、親しい人たちはちゃんと分っています。蹴散らされた人たちは、お題に出てきた3人。
 3の3は……おでんが食べたかったから……。駅周辺に銀杏があるのは地元です。歩道のブロックが赤なのも。


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