小ネタその6








 小ネタその6の1






 南は雪見大福が好きだ。
 あのもちもちした大福部分と、口の中で甘く溶ける冷たいアイスの、絶妙なハーモニー。
 
 夏の食べ物というイメージがあるアイスだが、雪見大福に限っては冬に食べるのがいいなぁと、南は思う。
 コタツの中でぬくぬくと暖まりながら食べられれば最高だ。
 更に言えばコタツの上にはミカン、膝には猫というのが理想だが、まあ最低限暖を取ることさえできるならドコで食べてもいい。
  寒いところでアイスを食べるとあまり味が分らないから。



 というわけで、暖房の熱が隅々までいきわたった教室というのは充分に合格ラインなのだ。

 


 「なんでこのクソ寒い季節にアイス食ってんの?」

 ストーブ前に陣取って雪見大福を開けようとしていた南は、いきなり後ろから肩を叩かれた。
 振り向かなくとも声で分る。千石だ。

 「ああ、コンビニで見てたら食いたくなって……って、そう思うならなんだよその手は」

 横に座った千石が、にこにこ笑いながら南の前に手をだしている。
 いかにも『ちょーだい』と言わんばかりの仕草だ。

 「だってこの寒いのにそんなに冷たいもの食べて、南ちゃんがお腹壊したら大変じゃん。手伝ってあげるよ〜」
 
 さも親切そうな口ぶりだが、言わんとしていることは変わらない。要するに半分よこせ、ということだ。
 あまりの言い草に南が苦笑した。


 「なにその屁理屈。ここはあったかいから大丈夫だよ。ストーブついてるし」

 「遠慮しなくていいから」

 「………素直に欲しいって言ったらやってもいいぞ」

 「ホント?じゃ、お恵みください南様〜!!」

 言われたとたんいきなり素直になった。
 プライドも意地もない。
 まるで拝むように顔の前で手を合わせると、ナムナムと唱える。


 「アホか、それじゃ南を供養しようとしてるみたいだぞ」
 

 「あ、東方」

 いつの間にか現れた南の相棒が突っ込みを入れるが、千石はまったく気にせず拝み続けている。

 「お願いしますぅ〜!神様仏様南様!」 

 「ゲンキンだなぁ。ほら、半分」

 最近の容器は真ん中に切り取り線が入っているので分けるのも楽だ。
 南は容器ごと半分を千石に渡すと、自分の分を食べ始めた。

 冷たいバニラアイスが口の中で溶ける。
 ストーブの熱で火照る頬に、外側がちょっと溶けかけた雪見大福。

 至福だ、と南は思った。


 「南………千石を甘やかすなよ…………」

 呆れ顔の東方を無視して、千石がうきうきと容器を開けた。

 「さーんきゅっ!だから南ちゃん大好き!!うわ、冷たっ!うまっ!」

 一口食べては冷てー冷てーとはしゃぐ様子を見て、南が嬉しそうに笑う。

 「どういたしまして。それ、さっきまで外の雪の中に入れてたんだぜ」

 言われて窓の外を見れば、ベランダの日陰になっている部分に大きな雪の塊がある。
 ここ最近の冷え込みのせいか、数日前に降った雪がまだ溶けていないのだ。
 どうやら南と同じことを考えた人間は他にもいたようで、大胆にも雪にミカンがぽこぽこと埋め込まれている。

 「うわ、あったまいいなぁ!俺も今度やろう」

 「やるなら、早い方がいいぞ」

 東方がボソリと言った。
 不思議そうな顔の千石に、コーヒーの紙パックにストローを挿しながら説明する。

 「今朝の天気予報で、来週から気温がぐんと上がるって言ってたから、あれも溶けると思う」

 「え、どれくらい暖かくなるの!?」

 「さてなぁ……でも桜だか梅だかの開花予想の話が出てたから、それなりに上がるんじゃないか」

 九州地方だったかな、と首を捻る。

 「うー……溶けちゃうのかぁ……あったかくなるのは嬉しいけど……」

 「花の話題が出ると春って感じがするよ」

 「まだまだ寒いけどな」

  複雑そうな顔でしばし黙った千石が、いきなり顔を上げた。

 「……よし、南ちゃん。明日!明日俺もアイス持ってくるから!!そしたら一緒に食べよう!」

 拳を握り締め、勢い込んで言う。
 暖かくなるのは嬉しいが、新しく覚えたことを試せないのは嫌なのだろう。
 
 「は、明日?まあいいけど……自分の分だけでいいんじゃないか?」

 「いーや!今日の雪見大福が美味しかったのでお返しするの!!」

 「はぁ……まあ期待してるよ」

 「うん、期待してて。」 

 ぐっと親指を立てて笑った千石に、南はこくりと頷いた。

 翌日南は、限度を知らない千石が持ち込んだ大量のアイスに悩まされることになる。
 そして当分の間アイスなど見たくもなくなるのだが、今この時、神ならぬ身の南には知るよしもない。
 
 
 ベランダの雪塊が僅かに溶け、埋め込まれていたミカンが落ちて、ころりと転がった。
 解けた雪がじわりとコンクリートの色を変えていく。

 春が、ゆっくりと近づいていた。   







 
 小ネタその6の2





 「なんだ、それ」

 亜久津が、南の手の中にある緑のボトルを見て一言言った。

 ガラス製とも思えないが、随分と堅そうでペットボトルより造りはずっと上等だ。
 綺麗な深い緑は液体の色を黒く変えているせいで、何が入っているのかは分らない。

 「あ、これ?ナルゲンのレキサンボトル。通販で買ったんだけど気に入ってて」

 軽く振るたびにちゃぷんと音がする。

 シグボトルと悩んだんだけどね、と笑う南に、亜久津は再度聞き直した。 

 「そーじゃねぇ」

 「ん?」

 「いつもと違うだろ。それは何が入ってんだ」

 多少の変化はあれ、南は大概購買前の自販機でお茶のパックを買っている。
 学生に優しい1パック70円から80円のそれを止めて、わざわざ何を持ってきたのか気になったのだ。

 「お、目ざといね。これ甜茶なんだよ」

 南が更に笑みを深める。

 「テンチャ?」

 「そう。俺去年花粉症になってさ。今年は例年の七倍とか言うから、甜茶と紫蘇ジュース飲んでるんだ」
 
 「シソ……薬とか使わねぇのか」

 亜久津の母親も花粉症だが、毎年花粉の時期が近づくと病院に行っている。
 予防の為に薬を飲んでおくと症状の度合いが全然違うらしい。

 「……………病院、苦手で…………け、結構効くんだぞ、これも。紫蘇は日本のハーブなんだ!」
 
 「ふーん。なぁ、一口くれよ」

 力説する南を可愛いと思いつつ、亜久津はなんとなく言った。
 
 南が飲んでいるそれは、ボトルの色のせいでお世辞にも美味そうには見えなかったが、南が飲んでいるというだけで亜久津も飲んでみたくなった。
 美味いのか不味いのか。いったいどんな味なのだろう。

 「え、亜久津も花粉症?」

 「別に。好奇心」

 「はぁ。まあいいけど。甜茶、ちょっと甘いぞ。砂糖いれなくてもそういう味なんだ」

 説明とともに渡されたボトルに口をつけ、一口だけ飲みこむ。

 
 舌の上に不思議な甘さが広がった。
 
 なるほど、甜茶というだけあって確かに茶の味もするが、奇妙に甘い。
 砂糖のそれとどこか違う、強いて言えば薬っぽい甘さだ。
 ただ薬とも違うのは、甘みに不自然さを感じないところだろうか。
 
 「…………あめぇ」

 亜久津は素直に口に出した。

 ちょっと、というには少し度を過ぎて甘かった気がする。
 かといってそれが嫌だとも思わなかったのだ。
 自分の味覚はおかしくなったのだろうか。


 「うん。でも言うほどじゃないだろ?ちょっとだけだし。もしかして俺が言ったから意識しすぎてそう感じたのかな」


 「…………」



 お前が飲んだ後だったから、余計に甘いと思ったんだ。とは、言えなかった。






2005.3.19



 後書き↓
 6の1のテーマは『春』と『あまやかす』。 食べ物をわけっこ。ちょっと特別に仲がいい気がします。雪見大福は冬がベスト、というのは持論です。
 6の2のテーマは『花粉症』と『恥かしい』。亜久津は洋画好きなので口説き文句とかいきなり浮かんだりしますが、感性が日本人なのでとても言えません。あと10年……いや、5年もすれば言えるようになるかな。

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