小タその7の1 「アイス、好きか」 「え、突然何だよ……ああ、千石が食ってるからか。好きだよ。カキ氷とか食いたいなぁ」 「それも?」 「それ?って、烏龍茶?好きだよ。でも緑茶も好きだしな。俺、飲み物の好き嫌いってないんだ」 「じゃあ、映画」 「いきなり飛んだな。好きだけど……本当にどうかしたか?何かのアンケート?」 「いや。で、音楽は」 「うわ、流された。あーはい、好きだよ、好きです。洋楽もクラッシックも聴くけど、邦楽が一番聴く」 「読書」 「大好きだね。映画と張るくらい好きだ」 「料理」 「好きな時もあれば面倒な時もある」 「犬」 「犬も猫も鳥も好き。動物は皆可愛いし」 「テニスは」 「………………うん」 「南」 「好きだけど………好きだけじゃ終らない、かな。それ以上っていうか、それじゃ足りないっていうか」 「足りない?」 「だって、テニスはたまに苦しいよ。辛いこともある。………それでも好きな気持ちは全然変わんないし、やらずにはいられないけど」 「意外だな」 「いつもは、苦しいよりも辛いよりも楽しいのが勝ってるしね。でも、負けた時とか、コイツには適わないと、一瞬でも思うとちょっとクるものがある」 「それでも止めないんだろ」 「うん。本当に止めようとしたことは、多分一度もない。もう俺の一部なんだ。切り離せない………なんだろうね、言い様がない。強いて言うなら………」 「…………」 「強いて言うなら。テニスは、『愛してる』………だろうなぁ…………はは、うわ、今恥かしいこと言ったなぁ俺」 『なら、俺は』と聞こうと思っていたのだが、問うのをやめた。 目を細め、はにかむように笑う南は、辛いこともあると言いながら、どこまでも柔らかく優しく笑っている。 南は本当にテニスを愛しているのだ。 万が一何か事故でもあってテニスが出来なくなっても、南はテニスを愛し続けるだろう。 どんなことがあっても、どれだけ時間がたっても、テニスに関わることを止めないだろう。 いつか、大きな壁に突き当たって、テニスに裏切られようとも。 もしかしたら、俺は一生テニスに勝てないかもしれない。 刺すように鋭い夏の日差しが、何故だか急に痛くなった。 小ネタその7の2 トゥルルルル…… トゥルルルル…… トゥルルルル…… トゥルルルル…… 「はーいはいはいはい」 カチャ はい、もしもし? ………なんだ千石かよ。 え、明日?あ、そっか、花火大会か。 ……いいけど。ウチだと、遠花火になっちゃうぞ。距離がありすぎる。 そう、そのほうがいい。屋台とか出るみたいだし。 亜久津?聞いてみるけど、行くっていうかなぁ。 は?俺が来れば絶対来る?なんで? ………はぁ。まあいいけど。うん、じゃ、その日はうちに泊まるんだな。 ああ。じゃ、6時に………うん、うん。……………それじゃ、またな。 カチャ 「南」 亜久津は電話から帰ってきた南に声をかけた。 もう片手では足りないほどに行われた南の家でのビデオ上映会は、千石からの電話によって一時中断されていた。 こういった場合、亜久津はビデオを一時停止する。 他の友人は驚くだろうが、亜久津は親しい相手に対しては意外に細やかな心遣いをする男だ。 といっても亜久津がここまで気遣うのは南くらいしかいない。 その南もマメで几帳面で行き届いた心配りをするが、そちらは意外でもなんでもないし、そもそも付随してくる感情が違う。 亜久津の優しさは、南にのみ向けられる特別なものなのだ。 南が未だ気付かなくとも、それは純然たる事実。 「あ、ごめん亜久津。再生していいぞ」 「いや………つまんねーな、これ」 パッケージに騙された、と眉をしかめる亜久津に、南は軽く苦笑した。 口には出さなかったものの、面白くないと思っていたのだろう。 半額セールだから面白半分に手出したのだが、失敗だったようだ。 「うーん……俺ももういいかな。ちょっと、内容が分りにくいっていうか……」 控え目ながらも不満を述べる。 亜久津は、南の同意を得られた途端、ビデオを巻き戻し始めた。 もうこれ以上観る気にはなれない。 南は友人の真似をして軽く肩をすくめると、テーブルの上のコップが空なのに気付いて、麦茶の瓶に手を伸ばした。 ガラスの表面についた水滴に手をぬらしながら、作り置きの麦茶が入った容器を傾ける。 「今回はちょっとハズレだったなー。もう一本はまあまあだったのに」 「演出が安っぽい。心理描写が陳腐。その前に登場人物の誰にも共感できないし、思考過程も追えない」 「そこまで……まあ、少なくとも俺の好みじゃないけどさ」 「俺の好みでもない」 「今度は邦画借りてこようか、久々に。夏らしいやつがいいかな」 「………夏といえば、さっきの電話」 花火大会がどうこう、という声は亜久津にも聞こえていた。 その単語だけでも、遊びたくてたまらない千石が南に誘いをかけたのだろうと、すぐ分る。 千石が南を誘って、亜久津が同行する。ヤツのことだから既に東方も呼んでいるだろう。 いつもの昼休みのメンバーだ。 「あ、そうなんだよ、明日の花火大会のことで……」 「千石だろ」 「そう。東方も来るよ。打ち上げは河川敷だけど、そこ通って学校の方に抜ければ穴場があるって……どうする?」 「お前は行くんだろ」 「うん、そりゃね。でも亜久津は人ごみとか好きじゃなさそうだし」 「行く」 「そ、そう?………なんかアイツに言われたとおりになったな」 南は亜久津が即答したのに驚いたが、千石は予想していたようだ。 電話でなにやら吹き込んでいたな、と、亜久津は心の中で舌打ちした。 行動基準が南になっていることを気付かれるのは本位ではい。 今は、まだ。 「そういえば、さっきトオハナビがどうとか言っていたな」 「あ、遠花火のことか」 少々強引に話題を変えたが、南はあっさり乗った。 「まあ普通に使う単語じゃないよな。俺も祖母ちゃんに聞いて覚えた言葉だし」 「はじめて聞いた」 「そうか。えっと、遠くから見た時の、音が聞こえない花火のことだよ」 「あぁ」 「遠くの花火だから、トオハナビ」 簡単な説明に納得する亜久津。 確かに毎年花火を打ち上げる場所は、どこも南の家からは離れている。 二階の南の部屋は、窓が河の方に向けて大きく取ってあるし、そちらの方角には高い建物が少ない。 音が聞こえず花火だけが見えるという状況も、不自然ではない。 「光だけの花火も、俺は嫌いじゃないんだ。幻みたいで」 「幻……」 「小さい時は、両親と弟とよく見た。今はそうでもないけどね。ちょっと寂しいし」 この、二階建ての少し大きな一軒家に、南は一人で暮らしている。 単身赴任中の父。別居中の母と弟。 この家で、全員揃って花火を見ることは、きっともうないだろう。 幻のような、音のない花火。 かつては家族で眺めたという夜空の花を、一人で見ていたのか。 南がちょっと寂しいというのなら、それは相当寂しいということだ。 あまりこういった感情を口にしない南がもらした、珍しい弱音。 反射的に口を開いたが、声は出なかった。 何か言うべきだ。だが、何を? 慰め。労わり。優しい言葉。 咄嗟に思いつかない。 いや、その前に、自分の言葉が南の気持ちを和らげることができるのか。 「これ、冷蔵庫にしまってくるよ。ビデオ終ったしそろそろ寝よう」 タイミングを逃してうろたえる亜久津に気付かず、南は麦茶の瓶を持って部屋を出ていこうとした。 真っ直ぐな背中が、居間のドアの向こうに消えようとした時。 「南」 「ん?」 少し早口に名前を呼んで、振り返る南を真っ直ぐに見つめる。 これしか思いつかなかった。 が、これが今の亜久津の正直な気持ちだ。 気の効いたことも言えないが、少しでも伝わればいい。 「今度遠花火を見るときは、俺を呼べ」 「亜久津」 「呼ばれれば来る。いや、呼ばれなくても来るから。一人で見るな」 南はけして一人ではない。 花火を共に見る家族がいなくとも、ここに自分がいる。 代わりになろうとは思わないし、なることもできないだろうが。 それでも。 一瞬の間をおいて、南が亜久津にこくりと頷いた。 きゅ、と口の端を持ち上げて、照れたように俯きがちに。 優しい目元を、僅かに朱に染めて。 嬉しそうに微笑む南の笑顔は、夜空に咲く花火よりもなお、綺麗だった。 2005.7.25 後書き ↓ 7の1について 職場で昼休みを使って『小説書きさんに100の質問』をやりはじめたので、その影響で。 南はとてもとてもテニスが好きだと思います。 質問者は亜久津でも東方でもそれ以外でも、ご自由に。 7の2について 「恋は遠い日の花火ではない」のキャッチフレーズより。だから映画の話がちらりと出ているのです。 上記はウイスキーのCMで使われた言葉ですが、これを元に映画も製作されましたので。 凄い好きなんですよね、できのいいCM。酒のCMには特にアタリが多いと思います。 格好よくてスタイリッシュ。音楽もいい。 ちなみに遠花火という言葉はちゃんとあります。ほとんど死語ですが。 |
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