時宗丸、まだ見ぬ未来を思う




 梵さまの目がなくなった。

 
 このあいだ父上といっしょにおみまいに来たときは、かたほう見えなくてもちゃんと二つあったのに。
 今、梵さまの目は一つしかない。
 小十郎と佐助にたのんで、とってもらったんだって。

 梵さまの目は、おれのこげ茶の目とも小十郎のまっ黒の目ともちがう、うすいうすい茶色ですごくきれいだ。
 右の目はちょっと白っぽくなってたけど、それでもとっちゃったのはもったいないと思う。
 あんまりふしぎだったから『なんでとったの?』ってきいたら、梵さまはおれのあたまをグリグリなでて言った。

 『メリットよりもデメリットの方が大きかったからな』
 
 まえにおそわったこと、おれはちゃんとおぼえてる。
 ”めりっと”は、なんばんのことばで、いいこと、トクなこと。”でめりっと”は、わるいこと、ソンなことなんだ。
 見えない目がついててもトクよりソンのほうが大きいからとったんだって、梵さまはなんでもないみたいに言う。


 でも、それってすごくたいへんなことだよな。


 梵さまがびょうきのあいだ、おれはずっとこわかった。

 まわりの大人がどんどんいなくなって。わるいウワサばっかりが広がって。
 だれかが、梵さまがしんだあとのカトクのはなしをしてるのをきいて、わーわーないた。
 父上におねがいしても梵さまにはあえなくて、たまに見かける佐助はいつもまっさおなかおだった。
 こわくて、しんぱいで、フアンで。

 だから梵さまのねつが下がったってきいて、ほんとうにうれしかった。
 目が片方見えなくなったってしっても、梵さまがぶじなら、おれはそれでよかったんだ。
 梵さまがかわいそうでやっぱりまたないちゃったけど、それでも梵さまが生きててくれたらじゅうぶんだった。 

 でも、みんなは梵さまのわるぐちをいう。
 目がとび出てバケモノみたいだって。
 よわって立てもしないなんてブザマだって。
 あんなすがたのものに、伊達をまかせられないって。

 なんで?

 梵さまはなんにもわるいことしてないじゃないか。
 梵さまがたおれたのはやまいのせいで、梵さまのせいじゃない。
 体をなおしたんだから、ほめられたっていいのに。


 ……ねこんでた梵さまは、げんきだったおれより、もっともっとこわかったはずだ。

 ねつが出てくるしかったのは梵さまだ。
 やせて立てなくなったのがつらいのは梵さまだ。
 目がなくなっていちばんかなしいのも、梵さまだ。
 それなのに、まわりじゅうからひどいことを言われて。

 みんなのことをおこるおれにむかって、梵さまはわらう。 

 『馬鹿は相手にすんな。弱い犬ほどよく吠えるんだよ』
 
 ニヤッとわらって、おれのかみをくしゃくしゃにする。
 
 かっこいい。
 ものすごくかっこいい。

 梵さまはかっこいいけど、おれはくやしい。

 だって梵さまはこんなにかっこいいのに、おれはめちゃくちゃかっこわるいじゃないか。
 ないてばっかりでなんにもできない。
 こどもでよわくって、なんにもしてあげられない。
 せっかく梵さまにあえても、おれのほうがなぐさめられるばっかりだ。
 
 もっとつよくならなくちゃ。
 梵さまのわるぐちを言うやつらをぶっとばせるくらいに。
 もっと大きくならなくちゃ。
 梵さまのまえに立って、梵さまのたてになるんだ。

 
 
 おれは今日も梵さまにあいにいく。
 えんがわで本をよんでいる梵さまにかけよって、大きなこえで言う。

 「梵さま!おれ、はやく大人になっておやくに立つからね!」

 佐助がまゆげをハの字にしてわらって、小十郎のひたいにすじがうかぶ。
 それで、梵さまはおれのあたまをぐりぐりなでるんだ。

 ゆっくり大人になれって梵さまは言うけど、それじゃおれはなんにもできないままだ。
 はやく。はやく。
 一日でもはやく大きくなる。

 つぎに梵さまがくるしいとき、おれが梵さまのおやくに立てるように。

 たとえ梵さまがまた立てなくなっても。
 おれが、梵さまのささえになるんだ!

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