梵天丸様真夏に涼を感じられる



 「梵天丸様。暑いからといってこっそり城を抜け出して川に浮かぶのはお止めください」

 なんだよう。ドザエモンみたいな言い方すんなよう。

 「遠目に見たら完全に水死体です」

 ちゃんと命綱つけてるから流されないぜ。

 「そういう問題ではありません!!」

 チッ!たかが小川に数時間浸かってただけじゃねーか!

 

 ……という微笑ましいやり取りの末、オレは涼を求めて放浪の旅に出る羽目になった。

 ま、放浪ったってどうせ自宅の敷地内から出らんないんだけどねっ!
 それでも十分だだっ広いから、夏の間涼める場所の一つや二つ見つかると思うんだ。
 問題はオレの体力だよ。自分ちで行き倒れなんてギャグな事態を実際に引き起こしかねん。
 
 根性なしのオレにしてはかなり真面目にリハビリしてるのに、なんでこんなに体力つかないのかねぇ。
 身体の方は骨皮筋衛門から多少小柄かなー程度まで回復したが、一瞬の油断が死を……じゃなかった、風邪を招くような体質は相変わらず。
 時宗丸と比較すると当社比7.5倍くらいか弱いんじゃないか。いや、奴が異常なんだが。
 しかし面倒見てる他の御子さんたちと比べてみてもやっぱりちょっと成長が足りない感じだ。

 吹けば飛ぶよなこの身体。夏の暑さも余計に堪える。

 「あーつーいー」

 ここって本当に東北かよ!すげーあちぃよ!死んじゃうよ!戦国時代アイスねぇよ!

 なんで皆平然としてんだろ。
 オレの周りだけ暑いとか……まさかな。
 とにかく早く涼しい場所を見つけないと溶けてしまうかもしれんぞ。グロ注意だ。ブラクラブラクラ。
 お、この辺の廊下はまだ日陰だ。寝そべらなくては。一切の躊躇を捨てて!
 
  _ノ乙(、ン、) 廊下が冷たくて気持ちいい……

 でも日が昇るにつれてジワジワ気温が上がり始めてるよ。
 もう少ししたらここも日が当たり始める……次はどこに行こうか。

   にゃー 
 
 「お……?」

 ちょっと虚ろな目でぼんやりと遠くを見ていたら、ぬこたんが目の前を横切った。

 ぬこたんはオレがまだ部屋を離れられなかった時期に、四駆がどこからか拾ってきた生き物のうちの一匹だ。
 オレや小十郎に懐き、佐助を空気扱いして、時宗丸を見ると逃走するところは四駆そっくり。
 でも四駆より偉そうだよね。つーかオレより偉そうだよね。
 オレは別に猫奴隷じゃないけど、撫でろとばかりに膝に乗られると二時間くらい動けなくなっちゃうもん。
 なんという魔性の生き物。ある意味魔獣。

 「ぬこたんはどこいくのんー…?」

 ねこですからー

 当たり前だが、投げかける声に返事は無い。
 しかしあいかわらずいい毛皮してんなぁ。ぜってー暑いよあれ。
 白と黒のシックな装いをぼんやりと眺めていて、ふと現代で読んだ漫画のネタを思い出した。

 猫がいる場所が一番涼しいんだっけ。

 ここにいると日干しになりそうだし、ちょっと追いかけてみますかね。
 幸いにもまだぬこたんの姿を見失ってはいなかったので、よろめきつつも小走りに追いかける。
 これはアレだね。白いトトロを追いかけるメイの気持ちだね。

 めええぇぇぇぇぇいちゃぁぁああん!!

 あっバカな事考えてたらぬこたんがあんな遠くに!
 待ってー置いてかないでー。





 結果として、ぬこたんの後を追ったのは正解でした。

 最初にぬこたんが丸まったのは、御堀の近くの松の木陰。
 これがまた実にいい風がくるんだ!堀の向こう側から風が吹いてさ。
 あの木陰で読書なんてしたら至福の時を過ごせたろうに。
 ラノベじゃなきゃヤダヤダーとか言ってないで本持ってくりゃよかった。内容はともかく文字は文字だ。

 ともあれ無いものは無いわけで、何も考えず寝転がってるうちにだんだん風が弱くなってきた。
 
 そこで次にぬこたんが移動した先は、これまた堀の近くにあるボロい櫓の上。
 なんで人がいなかったんだろう。
 使ってないならいいけど、まさかサボりじゃあるまいな。それとも平時には人を配置しないとか。
 いや、涼しいのは確かですよ?屋根ついてたから日陰はあったし、風も気持ちよかったし。

 ……まあいいか。

 そしてそろそろ日が落ちようという現在、三箇所目。
 ぬこたんはとことこと城の方へ。当然オレも御供する。
 向かった先は凄く御馴染みの場所。

 「オレの部屋じゃん」
 
 自分のお部屋でした。
 
 ただしぬこたんが入っていったのはその下。
 いつも飛び乗る縁側をスルーして、そのまま暗がりの中に進んでいく。
 縁の下を覗き込むと数メートル先は真っ暗で、左右にぱたぱた揺れる尻尾はすぐに見えなくなった。
 
 ゆ、ゆかしたかぁ。

 汚れそうだけど入れないことはないんだよな。オレのサイズもミニマムだし。
 下が土で確実に日陰。風もまあ少しは入ってくるから、涼しそうではある。

 「蜘蛛の巣だらけかと思っていたけどそうでもないんだな」

 もっと奥にはたくさん架かってるかもしれんが、こっからじゃちょっと見えない。
 そういや鼠もいないのかな?猫が出入りしてるくらいだし。

 とりあえず行くだけ行ってみるか。 

 よっ…と。
 うわ、案外低い。これだと小回りの効く梵天丸ボディでもちょっとかがまないと入れないね。
 前傾姿勢でちょこちょこ奥へ向かうにつれ、気温が下がっていくのが如実に分かる。

 「おーすずしー!」
 
 この快適さ。圧倒的じゃないか! 

 やべぇ。寝転がりてぇ。筵かなんか持ってくりゃよかったなぁ。
 この辺がちょうどオレの部屋の下なんだよな。せっかくだから床下に直ぐ降りられるよう細工するか。
 畳一枚ひっぺがして、床板切って階段つけて、畳の縁に取っ手つければ完璧じゃね?
 
 おお、久々にやる気が出てきた。 

 「とりあえず今晩はここで寝るかー」
 
 そんで明日の朝イチで着工だ。階段は後でいいから、涼しいうちに穴だけでも空けておこう。
 
 目印でもないかと目を眇めて周りを見渡してみるが、入ってきた方以外は真っ暗闇だ。
 この上はまだオレの部屋だと思うけど、縁側が張り出してるせいか凄く視界が悪い。
 暗さに目が慣れるにはもう少しかかりそうだ。

   にゃーん

 「うあ!?」

 び、びびった……。

 暗がりで急に出てこられると心臓に悪いですよぬこタン。
 ああ、そんな喉を鳴らしながら足に擦り寄らないで。思わずモフりたくなっちゃう。
 ふらふらとぬこタンに引き寄せられかけたら、ゴツンと何かに頭をぶつけた。
 目から火が出るってほどじゃないが鈍い音に相応しく地味に痛い。

 「うー…柱か」

 どこのだろう。
 前方の障害物をぺたぺた触って確かめてみる。
 んー……この太さならオレの部屋の床柱かもしれん。位置的にも妥当だ。
 こんだけ太けりゃ燭台とかつけられそうだな。火事には注意せにゃならんが、下の方なら大丈夫だろ。
 下の方に棚つけて、据える形にするか、もしくはこの辺に手燭を据え付ける金具で……れれれ?なんかついてる。 
 カマボコ板サイズの何かが釘で打ち付けてある、け、ど。

 「やっべー……」

 取れちゃったよ。どうしよ。
 
 わ、悪気はなかったんですよ?
 大丈夫、ちゃんと付け直す。こういうの得意だからさ!
 しっかし仮にも土台に取り付けるようなもんならもっとちゃんと固定しとけよ。一体なんの部品だ。
 用途がさっぱり想像できんな。感触からして木材だけど、形が変だ。薄くて凸凹しとる。

 「何じゃこりゃ」
 
 どれ、明るいとこで見てみますかね。
 片手に板を握り締めたまま光の方へと中腰で戻る。
 この姿勢、結構腰にクるな。
 
 よっこらせっと。

 「あー夕陽がまぶしー。さて、これはなんなのかなー」

 どりどり?

 「………」 

 うん、これは見たことがあるね。
 テレビとかで、この季節に。『恐怖!夏の怪奇特集!!』なっつって。
 オレはあれ嫌いなんでちらりとしか見たことないけど、知識としてはあるんだ。
 間違いないね。これはアレだね。

 呪いのアレ。


 「ギニャーッ!!」


 明らかに人の形をした板ッ切れを放り出して走り出したら、何かにぶつかった。
 なんと!!背後には何もなかったはずなのに、いつの間にか生暖かい何かが!?

 梵天丸 は 逃げ出した!
 しかし まわりこまれて しまった!

 「ギャッ!?」

 「梵天丸様!」

 おおうっ!小十郎!?

 「キシャーッ!!」

 いやいやいやいや小十郎を怖がるところじゃないよ。
 ここは冷静さが必要だ!

 「まて落ち着け慌てるな慌てるな落ち着け慌てるな、これは孔明の罠だ!!1!1」

 「梵天丸様が落ち着いてください」

 落ち着いとる落ち着いとる。大丈夫だ。
 ほーら深呼吸!息を吸ってー吐いてー吸ってー吸ってー。
 
 「若様!片倉サン!何の騒ぎです?」
 
 さ、佐助か。どこから現れたか分からんが俺は大丈夫だぞ。
 
 「若様しっかり!一体何があったっていうんですか?」

 「ゆゆゆゆ、ゆ、ゆかしたに、オカルトで、ホラーで、奇ッ怪なブツが」 

 「は?」

 小十郎が訝しげに眉間に皺を寄せて、佐助がきょとんとした顔でオレの顔を見つめる。
 いやだから説明したくないんだって!

 「み、見たほうが早いと思うお!さっきそのへんに放り出したから……」
 
 ぶん投げたほうを見ないようにして指でさす。
 
 悪いけど自分で見に行ってくれ。取りに行きたくない。視界に入れたくない。
 オレはね、ホラーとか駄目なんだよ。
 夜中に墓場に行くくらいは平気だけど、情念が篭ってそうなのとかは守備範囲外なんだ。

 しゃがみ込んで目をつぶって、ガクブルしてると、目的のブツを探し当てたらしい二人の声が聞こえてくる。

 「これは……!」

 「呪詛だと!?」

 ああーやっぱりーぃ?

 絶対そうだと思ったんだ……だってああいうの、弟が読んでた漫画に出てたもん。
 オレ?いやいや読んでないさ。ちらりと覗いただけ。テレビもぱっと見てすぐチャンネル変える。
 風呂で髪を洗えなくなっちゃうし、夜中にトイレに行けなくなるからね!

 「梵天丸様、このヒトガタはどちらで」

 てめwwwこんだけ嫌がってんのに見せるなwwwwww

 「オレの部屋の、床下、床柱」

 みなまで言わせず断片的に応えると、小十郎は手の中のヒトガタとやらを握り締めて一層眉間に皺を寄せた。
 不機嫌どころか、これは間違いなく怒ってるな。凄く怒ってるぞ。

 「佐助」

 おっそろしく低い声で佐助の名を呼ぶ小十郎。そっと避難するオレ。今は呪いより小十郎の方が怖い。
 強張った顔の佐助は、ヒトガタを受け取るとそのまま懐に仕舞い込んだ。

 
 え、ええッ!!懐にしまっちゃうのそれ!?


 「御東の方様だと思うか」

 「いえ、若様の元服まではないかと」
 
 「ならば竺丸様を擁立せんとする一派か」

 「間者の線は薄いでしょうね。なにせ若様の御部屋の真下だ」

 オレの驚きを他所に、なんかクールな会話が進んでますね。
 絵にするなら劇画調な感じ?

 ポツンと取り残されてちょっと寂しいんですが。

 「どちらにせよ謀った者の首は必ず落とすぞ」 

 「もちろん、末端からじわじわと。最高の恐怖に、見せしめも兼ねて……」

 「一族郎党血の海に沈めてくれる。佐助、調べにどれほどかかりそうだ」

 「事が事ですから黒脛巾が手を貸してくれるでしょう。三日もあれば」

 「梵天丸様の御身に関わることだ。時をかけても構わん」

 「関わりある者を根絶やしに……」 

 うん、ごめん。

 これ以上二人の話を聞いてると今夜安眠できなくなりそうだ。
 なんだか置いていかれた気分。いやついていきたくもないけど。
 
 「安眠といえばオレ今晩どこで寝よう」

 いくらなんでも、さっきまで呪われてた部屋で寝るのはちょっとなぁ。
 それに佐助と小十郎がなにやら探索するみたいだし、お邪魔するのも悪い。

 床下は当分駄目そう。上も今晩は無理。他の手段としては、部屋を変える、徹夜する、川に浸かる。
 あ、時宗丸んとこにでも行くか。あいつなら呪いを素でふっ飛ばしそうだ。
 寝てる間実際にふっとばされないように、布団はちょっと離して敷かにゃならんが。
  
 「あーあ。ただ涼しさを求めてただけなのにさ」

 寝床がなくなっちゃったよ。
 しかも涼しいを通り越して背筋が寒くなった。
 肝が冷えるとかじゃなくて、オレはもっと現実的な清涼感が欲しいです……。 

 ……明日は時宗丸と二人で床下探索に行こうかな。一人だと怖いから。

     
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