梵天丸様芸術の秋を過ごされる



 いつの間にやら暑さも去って気づけば朝夕に冷たい風が吹いている。
 日中の蝉しぐれの代わりに、夜には秋の虫が鳴くようになった。

 懐かしいなあ。
 オレの実家は田舎だったから、秋になるとよく庭からコロコロとかリリリリとか虫の声が聞こえたもんだ。
 死んだ祖母ちゃんに虫の名前を教えてもらったりしてさ。
 秋って季節は妙に人の里心を刺激するようで、どうにも心細いっつーか、ホームシック気味だ。
 帰りたくったってどうやって帰ればいいのかも分からないのに、無闇に心細くなっていけない。
 ここは一つなにか気分を変えるようなことをしないと。
 
 で。

 寂しさを誤魔化すため、風流ぶって小十郎にこんなことを言ってみた。

 『キリギリスが鳴いてるぜ』

 『ああ、コオロギですね』

 ……待てい。

 不審に思って話を聞いたところ、奴の中では鳴く虫は全部コオロギで固定のようです。
 アバウト過ぎるだろそれは。
 翌日さらに佐助や時宗丸や子供らには確認してみたところ、3割くらいは小十郎と同レベルで、残りはキリギリスがコオロギでコオロギがキリギリスでした。つまり名前と実物の認識が逆。
 伊達領独特の感性なのか、それともこの時代ではこの考えが主流なのか。
 現状では確かめようのない常識の食い違いに悩まされます。

 どうでもいいけどコオロギを漢字で書くと蟋蟀になる。
 すごく虫っぽくて微妙ですね。あとごちゃごちゃして書きにくいのでオレ的にNG。

 まあ結局秋の虫が鳴いているから秋だね、と。 
 ほら、今夜もまた耳をすませば秋の風物詩が……


 「あーきのゆーうーひーにー」
        「あーきのゆーうーひーにー」
                 「てーるぅやーまーもーみぃじー」
                        「てーるぅやーまー…」 

 輪唱入りましたー!

 「「なのはなばたけに いりひうすれ」」

 続いてソプラノとアルトの二部合唱!!

 『夕焼け 小焼けの 赤とんぼ……』

 そして大人数で声をそろえた斉唱が……!
 
 「もうオレが教えることは何もない……」

 いや嘘だけどね。
 
 ここのところ子供達の間ではちょっとした合唱ブームが起きている。
 おかげで虫よりそっちに気をとられることが多いんだ。
 日が落ちるとあんまり遊べないし、ちょうどいい暇つぶしなんだろう。

 ……実はこれ、もとはといえばオレのせいなんだ。
 何気なく教えたカエルの歌の輪唱がいつまでもいつまでも続くことに恐怖を覚えて、レパートリーを増やすべく他の歌を教えたのがきっかけ。
 以来せがまれるままに小学校唱歌を中心とした合唱曲を提供し続けている。

 しかし無駄に上達したな。ちょっとした児童合唱団って感じだぞ。
 今度ぜひ『君をのせて』とか歌ってくれ。
 
 「ぽんぽんぽん るーるーるー ぽんぽんぽん」

 それにしても上手くなったもんだ。
 子供特有の声の透明感が耳に心地よい。
 これが一人でぽつぽつ歌ってるとホラーなんだが、合唱なところが良かったみたいだ。
 心が安らぐなあ。気持ちよく眠れそうだ。

 なのに、母上はこの歌声をうるさいって言うんです。   
 
 ……言っとくけど子供らが住んでる処って城の外だぞ。
 オレだってわざわざ佐助を護衛にして聞きにきてるってのに、母上の部屋で子供の歌声がうるさいって、どんだけ地獄耳なんだよ。
 お前は本当に子供の歌声をうるさいと思っているのかと問いたい。問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。

 「単にオレにいちゃもんつけたいだけなんだろうなぁ」

 まあ可愛い意地悪だわな。
 嫌味を言われるだけで別に実害もないしさ。
 この程度は母上とオレにとっちゃコミュニケーションの一部にすぎないもん。

 ただ子供達がすげー怯えてたけど。

 あれでも母上様は領主の正室であるからして領民からすると雲の上の存在だ。
 その素晴らしく御身分の御高い御姫様が、歌声がうるさい、何とかしろと仰せられているわけですよ。
 で、侍女のなんとかさんを通じて、子供らにお達しがあった。

 『お東の方様が御不快ゆえ、日が落ちてから歌うことまかりならぬ』

 ……オレはその場にいなかったんだが、何でも相当にキツい感じだったらしい。
 多分いつも母上の後ろにいる眉毛の角度が富士山な侍女だろうな。
 見るからにヒスっぽいから、きっとキーキー文句を言ったに違いない。

 で、みんなすっかり萎縮しちまった。
 昼間は楽しそうに囀ってるのに、日が落ちたとたんに急に黙り込む。
 近所迷惑はともかく、子供が小さくなってるのって見てて気分がよくないよな。

 そこでちょっとした仕返しを考えました。


 弟の竺丸に洗脳ソングを教え込んだのです。


 「あらっつぁっつぁーや りびだりでぃん らば りちだんでぃん らん でぃんだんどん……」
 
 新作料理の餌付けが効いたのか、それとも暇なときにちょいちょい構ってやったのがよかったのか。
 意外なことに竺丸は結構あっさりオレに懐いた。
 母上とオレの仁義なき戦いを間近で見ているのに、アイツもたいがい大物だ。

 オレの姿を見るとにこにこしながら駆け寄ってきて、「こんにちはあにうえ」と挨拶してくれる。
 普通にいい弟だ。
 アイツを死なせると自分が物凄く悪人に思えるので、ますます隠居の決意が固くなる。

 「あば でぃばっだー ばでぃっばりーばりび びりびり びすたん でぃんだんどん」

 なんていうか子犬系?時宗丸っぽい。血縁者だけあって顔も雰囲気も似てるし。
 時宗丸の元気と活発さを三分の一程度に抑え、そこに大人しさを足した感じ。
 つまり見た目も中身も伊達系統の子なんですよ、我が弟は。母上が可愛がるのも分かるね。

 「やば りっらーすてっらー でんやろーわらば でぃびでぃび どぅびどぅびゅぶ どゅびやぶぅー」

 ネギ持たせようかなー。
 でも振り回してうっかり折ったらもったいないし、小十郎に怒られそう。
 
 「ぁりっさ りら せんらんどぅばだかだげだげ どぅどぅ でんやろー♪」

 うーんエクセレント!皆さん素晴らしいですよ。
 下地ができてるだけ竺丸より上達が早いね。
 アイツはまだちょっと音程がずれるもん。

 「若様、そろそろ」
 
 ……ああ、もう母上に居場所がバレる頃ですか。

 次はどこに逃げようかなー。
 夏に作った床下の別荘に避難。じゃなきゃ佐助に頼んで天井裏に上げてもらう。
 ま、あと一週間くらい逃げ隠れしてればほとぼりも冷めるだろ。多分。
 
 「そんなこと言ってもう三日目ですよ。なんだってあんなことしちゃったんですか」

 いや、まさか母上があんなに怒ると思わなかったんだ。
 竺丸もノリノリだったし、ちょっと怒鳴られるくらいかと。

 ……これも子供達のための尊い犠牲ってやつなんだよ。

 「とりあえず今晩は遠藤様の御宅。明日は鬼庭様ですから」

 すまないねぇ佐助、お前にも苦労をかけて。
 つか、今気づいたんだけどさ。

 「はい?」
 
 知り合いの家を転々と……これってプチ家出だろ。
 まさか自分が三十路過ぎて非行に走るとは思わなかったよ。
 

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