梵天丸様衛生事情についてお考えになる(前)




 

 石鹸を作ろうと思い立ったんですよ。

 いやさ、久々に子供らに会ったらなんだか皆妙に汚れているっていうか、垢じみててさ。
 話を聞いてやっと気が付いたんだけど、この時代の一般庶民って風呂に入らないのな。
 知識としては頭の片隅にあったんだが、自分が毎日風呂使ってるから意識してなかったんだ。
 言われてやっと「ああそういえば」って思い出す程度で。

 ちなみにオレの入浴はこの時代では一般的らしい蒸し風呂。
 蒸し風呂ってのはまあ書いて字のごとく『焼石に水』を実行して作ったサウナで、石風呂とも言う。
 そこに入って汗をかきつつ垢や脂を落とすのが比較的身分の高い武士の一般的な入浴方法なんだそうな。
 さらに金持ちの武将とかだと全身浴用の湯船があるらしいが、うちにあるのは蒸し風呂で、オレも毎日蒸されているわけです。
 出る前にお湯で体を流しながら、かつて仕事帰りに寄った健康ランドを思い出してついつい涙が。フルーツ牛乳飲みてぇ。

 ……話が逸れた。

 ともかく、全身浴どころか蒸し風呂だって一般人には高嶺の花。
 水が冷たくなければ行水するらしいけど、冬なんざ濡れた布で体を拭くくらいだとか。
 考えただけでも寒気がすると思わんかね。ここって東北なんだぜ。廊下に出した桶の水が凍ってるんだよ。

 でも子供達にとってはそういう生活が普通なんだよ。

 春は開墾のために泥だらけになって井戸端で水を被ってたし、夏は毎日川に行ってたからそんなに汚れも目立たなかったんだな。
 秋口にはまだ無理してでも水浴びしてたみたいだが、さすがにこんだけ雪が降ると無理だ。
 だって見てよあの積雪。ありえないってあれは。
 オレが一歩外に出たらまず埋まるね。春まで出てこないね。
 庭先は雪掻きしてあるけど、ちょっと離れたらもはや壁だよ。オレの身長がミニマムなのを差し引いても豪雪だろ。

 なのになんで小十郎も佐助も平気で外に出てんのさ。馬鹿なの?死ぬの?

 まあ体力を過信してる人たちはともかく、女子供は極端に外出が少なくなります。
 誰だってそーする。オレだってそーする。
 お外がそんな状況だからこそ、いい子は室内で内職に励んだりするわけだ。

 「さて、石鹸の材料ってなんだっけ」

 手作り石鹸って結構簡単につくれるんだぜ。実は高校の時に作ったことがあるんだよ。

 文化祭の販売用ってことで、化学部が毎年夏休みに石鹸とローソク作っててね。
 偶々友達が部員だったんで好奇心で顔出したら、問答無用でノルマを課せられてひたすらお手伝い。
 型に流し込んで安置するまで二日がかりだったんだぜ。楽しかったけど。
 二週間後再び召集されて、型出しに切り分けまでしっかりやらされたっけ。
 それが一年生の夏で、以来三年間毎年手伝わされたんだから化学部もちゃっかりしてたよ。

 でもそのおかげで、手順はしっかり覚えてるんだ。

 そう、私の記憶が確かならば……。
 
 「まず油を用意してたな」
 
 洗濯石鹸用の油は一斗缶一杯の使用済みてんぷら油だ。部員や教員のご家庭の廃油を寄付してもらったんだそうな。
 ちなみに、体を洗うための石鹸に使うのは植物性のちょっといいやつだった。
 多分三種類くらいはあったんじゃないかな。
 台所によくあるオリーブオイルと…オリーブオイルと……。

 「うむ、オリーブオイルしか思いだせん」

 他にも色々あったが全部忘れとる。
 一番よく耳に入るのがオリーブオイルだったんでそれだけ覚えてたんだろう。
 まあ油ならきっとなんでも大丈夫だ。髪につけるらしい椿油とか、今作ってる菜種油でもきっといけるに違いない。

 「それから精製水」

 どこで買えばいいんだ。薬局か。

 や、冗談です。自力でなんとかします。
 川の水とか雨水は論外、湧き水はミネラルが入ってて、井戸水も以下同文。
 まあどうせここの科学技術じゃ処理できないだろうし、井戸水を蒸留してお茶を濁せばそれでいいよね。
 いいことにしようぜ。

 「あとは苛性ソーダがあればバッチリだ!」


 ないね!そんなもん!!


 水酸化ナトリウムなんてどうしろと。劇物じゃねーか。
 どうやって抽出すんのさ。オレの今の化学知識じゃぜってー無理だって。

 「油、水、アルカリなんだよなー……」

 簡単に言うとそれさえ揃えば石鹸らしきものはできるってばっちゃ…先生が言ってた。

 アルカリ、アルカリ。
 灰汁で代用できないかな。あんまし自信ないけど一番手軽だ。
 木の灰なんてこの時代簡単に手に入るからな。記録とりつつ片っ端から試してみよう。

 「昼時は過ぎたし、台所借りるか」

 竈使わせてもらおうっと。

 油は台所にある。水は汲んでくればいい。灰汁は……灰も台所にあるじゃん。
 しかし今のオレの体力だと運搬が大変だなぁ。人手を確保しとくか。

 「ヘイ、小十郎!ついでに佐助!」
 
 佐助が障子の向こうにいるのは影で分かったし、小十郎は隣で仕事してたから、呼べばすぐにやってくる。

 「は。ここに」

 「……ついでって酷くないですか?」

 小さいこと気にすんなや。

 「石鹸を作りたいんだけど、ちと手伝ってくんない?」

 「せっけんとは?」

 あれ、通じない。

 石鹸って江戸時代以前から日本に来てたんじゃなかったっけ。
 まだ来てなかったのかな。それとも物自体はあっても知られてる名前が違うとか。
 同じ日本でも時代が違うと言葉に壁があるんだよな……。
 
 「お教えいただけますか」

 小十郎が更にせっつく。
 名前を使わずに説明すんのって案外難しくね?バラエティ番組とかでやりそうだ。

 「えーとアワアワするやつ。水に溶けるとぬるぬるして泡になるやつ。そんで体洗うの」

 自分でもなんだかアホみたいな説明だと思ったから突っ込まないでくれ。
 そして小十郎がすんごい顔してます。佐助は笑ってるけど。

 いやオレは正気ですよ?

 「若様が言ってるのは鶯の糞とかぬか袋とは違うんですか」

 あ、このころはそういうのを使ってたのか。
 米ぬかは分かるけど、鶯の糞で顔洗うとかデマだと思ってたよ。

 「違うんだなこれが。いや、ガキ共があまりに汚いんでさ」
 
 言いかけて、ふと目の前の二人を頭の天辺からつま先まで眺める。

 あれれ。
 お前らそんなに汚くないよな。どして?
 
 「昨年から梵天丸様に風呂を御振る舞いいただいておりますれば」

 ……あれ、オレそんなこと言ったっけ。
 
 「『もったいないからオレの後に使え』と」

 あー言ったかもしれんね。病み上がりだったから覚えとらん。
 でもまあいいや、そのままご利用ください。
 お湯がそのまま冷めてくのは確かにもったいないし、できればなるべく沢山の人に使ってほしいんだ。
 身近な人たちには清潔でいてもらいたいんだよ。オレの心身の健康のためにもな。

 「若様は綺麗好きですよね」
 
 平成の人間としては普通じゃねえかな。
 時々お前ら相手にしてると時代のギャップを感じて切なくなるわ。
 そういう意味では付き合ってて一番ストレスが少ないのが時宗丸だ。
 価値観とか考え方とかモロにオレの影響受けてるし、話も通じる。年相応にお子ちゃまだが。

 「オレは時々若様が何言ってらっしゃるのか分かんなくて切なくなります」

 ググれ。

 「清潔なのはオレの趣味だけじゃない。衛生に気を配らないと病気になりやすいんだ」

 体がベタつくとか匂いが酷いとかいうのも確かに嫌なんだけど、オレとしては伝染病なんかの方が怖い。些細な怪我が化膿して命取りなんて冗談じゃないぞ。
 なにせこちとら一度病気で死に掛けてるんだ。
 復帰までもリハビリが大変だったし、もう二度とあんな目には遭いたくない。    
 お医者さんには以前気合入れて話したけど、はたして一般領民の皆さんの間でどこまで広まっていることやら。

 「我らは梵天丸様に倣って身奇麗にしております」
 
 「忍なんで香とかは無理ですけど、できるだけ清潔にしますね」 
 
 うんうん、よろしくね。
 オレも変な臭いのする部下は嬉しくないし、毎日とは言わないが出来るだけ風呂には入ってくれたまい。

 「よし、じゃあ二人とも石鹸作りに協力してくださいな」

 佐助は水汲み、小十郎は油の調達な。
 オレは台所借りる算段をしてくる。

 いざゆかん。清潔で衛生的な生活のために!!




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