梵天丸様冬をお楽しみになる




 空気の入れ替えのために障子を開けたら、外は相変わらずの雪だった。

 毎日毎日降って止んで降って止んで降って降って降って止んで、無駄にリズミカルだ。
 もちろん今日だって朝から降っている。
 実家やアパート周辺だとこんなに雪が降るのはせいぜい数年に一度だぞ。
 さすが米沢、関東人には脅威の降雪量だ。

 昨日も雪、今日も雪。きっと明後日も雪だろう。

 たまに青空が見えることもあるけど基本的には毎日曇り。雪と相まって上も下も辺り一面真っ白け。
 情緒云々なんて言ってられるのは最初だけ、色味の欠片もないせいでただでさえ寒いのにますます寒々しいぜ。
 
 「止まないなー」

 「やまないねー」

 一瞬の晴れ間に時宗丸と作った雪だるまも、とっくの昔に積雪に埋もれてどこにあるのかも分らない有様だ。

 「また積ると思うか?」

 「つもるとおもうです」

 遊びに来ていた時宗丸と他愛のない会話をしつつ空を見上げる。
 どこまでも続く曇天。オレは気象予報士でもなんでもないが、素人目にも当分止みそうにない気がする。
 
 「せっかくこれ作ったのにな」

 変わる気配が全くない天候にため息を吐きつつ、部屋の隅まで這って行って荷物を引っ張り出した。

 取り出したるは細長い板が二枚。長さは7,80cmで厚みが2cmちょいってところだ。
 先端がやや反り返っていて、板の真ん中あたりに縄がついている。
 この縄を右から左に通すための穴を空けるのにそりゃもう大変な苦労をしたんだが、それはまあいい。

 「なにこれ?」

 「スキーです」
 
 正確にはショートスキーだな。短いし。

 「すき?」

 「鋤ではなくてスキー。語尾は伸ばしてくれたまい」

 「すきー」
 
 「うむうむ」

 偉そうに腕を組んで頷くが、そんなリアクションをガン無視してスキーをいじり始める時宗丸。
 なんというスルースキル。こいつは将来ドSになるに違いない。

 「どうやってつかうの?」

 「その縄で足に固定して、履いて雪の上を滑る」
 
 「かんじき!」

 「ちゃうわい。カンジキは滑らないための物。スキーは滑るための物!」

 プロの人に頼んで奇麗に鉋かけてもらったからちゃんと滑ると思うぞ。裏には蝋が塗ってあるし。
 衝撃で外れるようにはなってないから怪我に気をつけてもらわにゃならんが。

 「梵さま、すべって!」

 無茶言うなや。
 まだ雪降ってる上にこの辺は新雪じゃねーか。
 俺のスキルと年齢と身体能力を考慮しやがれ。

 「じゃあいつすべるの?」

 「雪が止んだらだな。そしたらまず小十郎に試してもらおう」

 あいつは俺の剣の師匠だけあって基本スペック高いし、体力もある。
 初めて見るスキーだってきっと使いこなしてくれるはずだ。
  
 体のいい実験台?
 いやいや、ここは格好よくテストプレイヤーというべきだ。
 プロトタイプスキー運用のために礎となってもらおう。

 頑張れテストプレイヤー!ウィンタースポーツの未来は君が作るんだ!



 

 そんなわけで近くの川沿いにある長い土手にやって来たのだ。

 ふと見ると、隣りに一人の若い男が立っている。
 ウホッ!いい男……。

 「………で、なんで佐助がやるの?」

 スキー板のお披露目から三日後。
 やっとこさ雪が止んだしストックも出来たんで、時宗丸と一緒にワクテカしながらスキーの準備をして待っていた。
 そしたら部屋にお迎えにきたのが佐助君。
 最初は護衛と送迎だけかとおもったら、目的地についたところで「それで俺は何をすれば?」とか言い出した。

 「オレ、てっきり小十郎がくるもんだと思ってたんだけど」

 「片倉さんには逃げられて」

 さすがだな小十郎。

 「よかったのかホイホイついてきて」

 「よかないですけど、若様達にやらせるわけにもいきませんし……」

 その返しは不適当ー。
 やはり時代と文化の壁は厚かったか。あとで仕込んでおかないといかん。

 「おれ、やってもいいよ!」

 目を輝かせて手を上げる時宗丸に、首を横に振る。
 お前はまだ無理だろ、年齢的に考えて……ああでも運動能力的には充分いけるか。
 しかしどっちにしても今は駄目だ。
 
 「とりあえず佐助でお試ししてからな。なんか不具合があると大変だし」

 実験台だときっぱり断言されて涙目になってる佐助に気づかず、時宗丸はふんふんと頷く。
 分かっているのかどうか激しく不安だ。

 「薄々分かってましたけどやっぱり犠牲者なんですね……。それで、今度は何なんですか。鋤?」

 失礼な。犠牲になるとは限らんじゃないか。
 そしてそのネタはもうやったぞ。

 「スキーだよスキー。まずは両足にこの板をつけるんだ。そう、そうやって固定する」

 「これじゃ滑っちゃうじゃないですか」
 
 「や、滑るためのものだから」

 とりあえずやってみれば分かるだろ。
 手始めに傾斜が緩い坂を下りるところから練習しよう。初心者ならまずはボーゲンだな。
 滑り出したら、板をちょうどハの字になるようにして、スピード、えーと速度を調節するんだ。
 両方の板を平行にすると直滑降っていう滑り方になってどんどん速くなってっちゃうから注意するように。

 「木にぶつかったりしそうな気が」

 「ちゃんと曲がれるから頑張って避けるんだ」

 曲がるときは外側にくる足の方に体重をかけながら……どう説明すりゃいいのか分からんな。
 まあやってみ。一応ボーゲンは教えたからなんとかなるだろ。

 「……やらないとだめですか?」

 「レッツ・プレイ☆」

 キラッ☆とウィンクしながら小首を傾げてみたら、佐助がイラッとしたのが分かった。
 そんなに怒らなくてもいいじゃん。緊張をほぐそうとしただけなのに。
 ああ、時宗丸は真似しなくていいから。

 「さあ逝け佐助!」

 「いけ、佐助!」

 「はいはい」

 ほいっさっさあ、と時宗丸と二人で腕を突き上げると、佐助はスキーを履いたままノロノロと土手の上にスタンバッた。
 後で斜面を登る時の歩き方も教えないとな。それにしても本気で嫌そうだ。
 
 両手に握ったストック。ゆっくりと前にかかっていく体重。わずかに傾いだスキー板。
 ストックが地に着き、佐助の体を前へと押し出した。

 「お…おお……これは逝ける!」

 最初はのろのろと、しかし徐々に速度を増していく佐助に、思わず手に汗を握る。
 
 「……うわ、わ、わ、」

 「いーなー!いーなー!」 

 興奮する時宗丸と共に後ろから見ていると、佐助は思い出したように板をハの字にした。
 すげえ、この状況で最初に教えたボーゲンをちゃんと実践してやがる。
 焦ってるように見せかけて案外冷静じゃねえか。

 「佐助ーッターン!曲がってみろぉ!」

 傾斜を半分ほど下ったところで後ろから叫んでみる。
 すると佐助はぐぐ、と微妙に右斜めの方へと移動しはじめた。
 初見かつあのいい加減なレクチャーで曲がってみせるとか佐助さんマジパネェ。

 「……あのー!」

 ほぼ下まで下りきった佐助君は、そのままどんどん右の方へと進んでいく。
 ゆっくり滑っているようでもわりと勢いがあったらしい。

 オイオイいったいどこまで行く気なんだ。その先は田圃だぞ。

 「ちょっとー!これどうやって止まるんですかーッ!?」

 あ、ヤベ。 
 ええ、どうしよう。
 口で説明すんの苦手なんだって、あ、あ、あ。

 オタオタしている間に佐助はゆっくりと田圃に近づき……。
  
 「うわ、あ、あ、あぶぶぶ……」
 
 「あ」
 
 「あ」

 あーあー。



  ∧∧    ∧∧
 (  )ゝ  (  )ゝ 無茶しやがって……
  i⌒ /   i⌒ /
  三  |   三  |
  ∪ ∪   ∪ ∪
三三  三三

 
 「無茶させたのは若様でしょー!!」

 「おおう!?」

 「わああ!」
 
 敬礼で勇姿を称えていたら、田圃に落ちたはずの佐助がプリプリ怒りながら降ってきた。
 なんつー心臓の悪い登場だ。
 時宗丸なんかビックリしすぎて尻餅をついちゃったじゃないか。
 でも忍者ってすげえ。着物に雪がついてない。

 「すげえじゃないですよ!見送ってないで止まり方を教えてください!」

 サーセンwwwwテンパッてましたwwww

 それにしても成功したかと思いきやオチがつくところとか、多少のことではへこたれないあたりが凄い。
 さらにこのリアクションといい再登場のしかたといい、懐かしい何かを思わせる。

 んー……あっ。
 
 「まったくもう、これだから若様は……」

 ぶつぶついう佐助をスルーしてぽんと手を叩く。

 「そうか」

 「はい?」

 「分かった。お前はギャグキャラなんだな」

 謎はすべてとけた!

 いやー物凄い勢いで納得したぜ。
 ギャグキャラで不憫キャラか。ううむ、かなりの色物だがある意味おいしい。

 「ちょっとなんかよくわかんないけど不名誉な勘違いしてるんじゃないですかー!?」

 「ジッちゃんの名にかけて!」

 「なにかけてー!」

 時宗丸には止まり方を教えてやるからな!
 明日もスキーだ!!


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