佐助、見てはいけないものを見る佐助がそれを拾ったのはちょうど主の部屋の前の縁側だった。 おそらくは部屋の主が読みかけて落としたのだろう、薄い書物が一冊。 机の上にでも戻しておこうと拾い上げ、何気なく表紙を捲ったところで佐助は思わず動きを止めた。 紙面を埋めるのは見慣れた手跡。誰の物かはあきらかだ。 『 五月廿日 晴れ 朝食 蕪の羹 玄米飯 漬物 父上に薦められて日記をつけ始める。 無理をすると長く続かないので目標は毎日五行以上。 時宗丸より先には放り出さないつもり。 本日天気良好のため城外を三作。供は佐助、時宗丸、四駆。 合鴨農法の普及、夕食の献立、新しい玩具など雑談をしつつ城の周辺を視察し、孤児達のところに顔を出してから戻る。 半時ほど休息の後時宗丸と鍛錬。茶の湯。写経。 写経の途中で時宗丸が居眠りを始めたので途中で中止し、以後は佐助を交え双六。 一勝三敗。 五月廿一日 曇り 朝食 湯漬け 梅干 漬物 梅干と漬物を両方出すのは塩分過多と思われる。 朝から勉強。 四書五経は案外面白いが礼儀作法は正直面倒。 漢文は「なんとなく」意味がわかる。漢字は素晴らしい。 縁側で茶を飲んだ後、夏に備えて床下拡張計画を作成。 一、深さと広さを今の倍にする 二、現在底に敷いてある茣蓙を贅の子に変える(縦横の幅を事前に確認のこと) 三、壁は土留めを兼ねてきちんと板を張る 四、部屋の畳を上げたら階段が降りるようにする(設計図添付) 実際の作業は戦が終わって人手ができてから。 鍛錬の後で猫の蚤取り。五匹。 明日は井戸端で3四駆を洗うことにする。余っている液体石鹸を使用。 五月廿二日 雨 朝食 大根の味噌汁 麦飯 梅干 味噌汁が薄かった。 雨が降ったため四駆の丸洗いを中止。 昨日の拡張計画修正。雨が降った時のことを考えていなかった。 論語と漢詩を少々。池の庭石の上にいた亀を写生。 久々に顔を出した小十郎が腕の長さと身長を確認していった。弓を用意してくれるらしい。早すぎじゃね? 雨が小降りになったころ医者が様子を見に来たので「やんなるくらい健康だ」と伝えておく。 綱元さんに石鹸の販売を丸投げ。 子供らの中から手伝いが欲しい旨の要請を受け、頭の良い奴を三人ばかり挙げておく。 縁側で腕立て伏せ・腹筋・柔軟体操。 休みながらやったのにキツかった。 五月廿三日 晴れ 朝食 野蒜の雑炊・漬物 味噌味でした。 佐助に手伝わせて犬洗い。大人しくて拍子抜けした。 近くでぶるぶると水を飛ばされたのは復讐と思われる。 ふと思い立ち一日かけてローラースルーゴーゴーを作成するも、いざ乗り出したところ車軸が折れて分解。 強度不足。要検討。 日暮れ前に素振りをしていた時、小十郎に強く握りすぎだと指摘される。 力を抜いて全力で振ったところすっぽ抜けた木刀が飛んでいって大目玉をくらった。理不尽だと思う。 来月からは弓を教えてくれるそうです。とっとと戦が終わればいいのに。 蜂蜜が手に入ったとのことなので、明日はプリンを作成する。 用意するもの……卵、牛乳、小鍋、菜箸、目の洗い手拭、蒸し器、砂糖(あれば) 』 「なんじゃこりゃ……」 日記というよりは覚書のようだ。内容が適当すぎる。 しかし書いた人間の性格からすれば硬い気がしないでもない。 なんとも微妙な文面に、佐助は無言で表紙を閉じた。 見なかったことにしよう。 君子危うきに近寄らず。 ここは昔の偉い人の言うとおりに行動すべきだ。 非常に賢明な判断の元、そっと机の上にでも置いておこうと顔を上げたところで。 「人の日記見るなんて!佐助のエッチー!」 ………三日間口を聞いてもらえなかった。
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