梵天丸様料理と我慢を伝授される




 今は遠き学生時代、調理実習で最初にやることは調理器具と材料の確認だった。

 最近は学校で材料を準備してくれるところが多いらしいけど、オレが学生の頃は班のメンバーで分担して持ってきてた。
 そのせいか、分量には随分気を遣ってたように思う。
 もっとも教員が予備の材料を用意してたし、面倒だからって倍くらいの量を持ってくる奴もいたから忘れ物や欠席者のせいで作れないなんてことはなかったけどな。
 中学生の頃なんか女子より男子の方が凝り性で、よく余分に食材を持ってきちゃあ作る予定がないものをこっそり作って先生に怒られたっけ。
 
 「梵さまー?」

 懐かしい思い出に浸っていたら時宗丸がやってきた。

 昨日喜多さん、じゃなかった政岡さんか。もうどっちでもいい。とにかく小十郎と綱元のねーちゃんが夜なべして縫ってくれた前掛けを締めて、三角巾を被っている。
 オレが注文したスタイルなわけだが、実際に見てみると着物にこの格好は笑えるな。
 オレも同じ格好だが。

 「よう時宗丸、準備はできてんの?」

 「できてるよ!」

 それは重畳。
 
 よく考えると今日も調理実習みたいなもんだ。
 父上は信頼してくれてんのか放任でアバウト、母上は無関心で顔も見たくないと思われてるオレはともかく、時宗丸んちはまともだから滅多に厨なんぞ入れない。
 やりたいやりたいと囀られた時には面倒だったが、隠居予定のオレと違って将来城主になる時宗丸にとっちゃこれもいい経験だろう。
 本当は料理人の人たちに覚えてもらおうと思ったんだけど、それは次の機会だ。
 
 「んじゃ、調理実習の例に倣ってチェックいきますかね」

 器具の方はボウル代わりの深鉢が二つに、大きめの蒸籠と裏漉し器。
 見慣れない器具の形に時代を感じるが、アパートで作ってた時に茶漉しで漉したり片手鍋で蒸してたのに比べれば、代用品が少ないだけ充実したラインナップだ。

 材料は卵が四つ、牛乳が目分量で600ccちょいくらい。
 そして本日の目玉食材であるとっておきの蜂蜜を、おたま1杯半くらい用意。
 砂糖が手に入らなかったため残念ながらカラメルはなしだが、そこは次回に期待だ。


 さあ、混ぜて漉して蒸してプリンを作ろう!


 「梵天丸とー」「時宗丸のー」


   (●∀・)人(・∀・)

  「「戦国くっきんぐー!」」
 
 うむ。今回の仕込みはうまくいった。
 牛乳をあっためてる小十郎が生暖かい目で見ている気がするけどきっと気のせいだ。
 こっち見んな。お前だって姉さん被りのくせに。

 視線はともかくこれで気合はばっちりだぜ!

 「小十郎、牛乳に蜂蜜溶かして。時宗丸はオレの前に器並べて」

 適当に指示を出しつつ卵を割ってかき混ぜる。
 片手で割れなくても泣かないのが大人。
 
 「はっ!」

 「はーい!」

 いいお返事の時宗丸が並べるプリンの器は、石鹸の例にならって小十郎に作って貰った竹製のカップ。
 竹を節の上で輪切りにした簡易なそれは、スーパーなんかで売ってた水羊羹のプラ容器に見た目もサイズもそっくりだ。
 竹って素材として物凄く優秀だよな。
 ちなみにまたしても呪いの刻印のような何かを入れられたが、元手がタダなだけに見なかったことにした。

 さてその製作者はといえば、蒸籠と入れ違いで火から下ろした牛乳に蜂蜜を加え、すごい速さでかき回している。
 眉間に皺を寄せて料理する姿がシュールだ。

 「小十郎、牛乳冷めたか?」
 
 「人肌よりやや熱い程度にございますな」

 「おk。じゃあこの鉢に注いでくれ。ちょっとずつだぞ」

 箸で卵をかき混ぜながら横によけると、小十郎が鉢の上でそっと鍋を傾けた。
 ほのかに蜂蜜の匂いのする牛乳が、少しずつ卵と混ざっていく。
 そういえば牛乳が沸騰直後とかだと卵が変に固まったりするらしい。……見たことないけど。

 「牛の乳といえば―――…」

 作業をしながら、小十郎がふと口を開いた。

 「調達にあたった佐助が泣き言を零しておりましたが、お聞きになりましたか」

 「うんにゃ。聞いてないなあ」

 適当に相槌を打ったところで、蜂蜜、牛乳、卵の混ざった液体を漉しながら別の鉢へ移す。
 多少白身が引っかかったけど蜂蜜の溶け残りはなさそうだし、二回はやらなくてもいいな。
 つーか、よく考えたら裏漉し器使うより布巾とかのがよかったかもしれんね。きめ細かくなりそうで。

 「小十郎、こっちの鉢と裏漉し器洗っといて。時宗丸は器を一つずつ渡してくれ」

 杓子で掬って入れようと、ホイと片手を出したら、時宗丸が満面の笑みで容器を手渡してくれた。

 「梵さま、これ、おれの!」

 「こやつめハハハ」

 でけえ。

 「なにこのビッグサイズ。どっから持ってきたの」

 他の器は直径も高さも5、6cmくらいなのに、今渡されたコレは軽く倍はある。
 どう見ても他の竹と太さが違うだろ。わざわざこのためだけに竹を切り出したのか?
 
 「わかんない。小十郎におれのは大きめにしてっておねがいしたんだけど」

 大きめってレベルじゃねーぞ。

 どうでもいいが、これだけでかくて厚みがあると他より長く蒸さなきゃ火が通らないと思われる。
 こんな大きさのプリン作ったことないからどこまで蒸したらいいかもよくわからんし、不安だなぁ。
  
 「半生でも全部食えよー」

 一応釘をさしておいて、八割くらいまで満たしてやる。 
 まあ体に毒なもんが入ってるわけじゃないから大丈夫だろう。
 他の器に注いでみたら明らかに容量が違った。
 普通サイズのプリン三つ分くらいは入ったぞ。全部食いきれるのかオイ。
 
 「……時宗丸プリンのせいで竹カップがちょっと余ったな。まあいい、さっさと蒸そう」

 卵4つ分のプリンって意外と量が多いのな。
 蒸籠のサイズ上一気に蒸すのは難しそうだったので、素直に二回に分けることにした。

 「まずは半分な。時宗丸のも入れてくれ」
 
 鉢を片付けた小十郎が蒸籠に容器を並べてくれる。

 べ、別にオレの手が届かないからじゃないんだからね!
 たんに縁がちょっと高いだけで、小十郎が勝手にやるって言ったんだから!
 
 「これでよろしいでしょうか」

 小十郎がオレをひょいと持ち上げて蒸籠の中を見せてくれた。
 普通蒸籠の方を下ろすんじゃねえのかな、この場合。
 あっさり持ち上げられてちょっと凹んだが、さすがにこの程度で八つ当たりするほど子供にはなりきれない。

 「パーフェクトだウォルター。後はこのまま暫く蒸すだけ」

 この数だと20分弱くらいか。
 時計がないから時々覗いて確かめないとな。

 「ま、お茶でも飲みながらまったり過ごそう」

 ほれ時宗丸、お茶だお茶。
 指を咥えて蒸籠を見つめるんじゃない。
 それと小十郎、もういいから早く下ろしてくれ。
 




 ―――では、講評といきましょう。

 「えー。今日の点数は80点です。」

 準備も片付けもスムーズだったし、調理中の手際についてもほぼ申し分なかった。
 まだ食ってないけど鉢に残った卵液を舐めた感じでは甘さも丁度よかったから、きっと美味しいに違いない。
 
 が、減点はある。

 最初に蒸した他のプリンが固まっても、時宗丸のビッグプリンだけは固まらなかった。
 それはまあ予想してたから問題ない。二回目と一緒にもう一度加熱すりゃ済む話だ。
 しかし、後から蒸した分の半数以上にスが入っちゃったのはショックだった。
 第一陣とほとんど同じ時間というか、むしろ加熱時間は短いくらいだったのに何がいけなかったんだろう。

 「加熱温度と時間に関する問題は次回の課題とします」

 「はーい」

 「承知いたしました」

 時宗丸と小十郎が手を上げてよいお返事をしてくれた。
 まあその課題を解決するのはお前らじゃなくて料理人の人だろうけどな!

 「後は容器。時宗丸の器は今後皆と同じものにするように。火の通りが悪くてかなわん」

 「えー」

 不満げなお子様をまあまあと宥める。
 
 「代わりに、次回があれば2個食べることを認めます」

 「わーい!」

 ふ、お馬鹿さんめ。
 どう見たって通常のサイズのもの二つよりも、今回のお前のプリンの方がでかいわ。

 「あと何かあったっけ……あ、そういや佐助の泣き言ってのはなんだったの?」

 「乳を購いに行った先で異様な目で見られたと」

 たしかどっかの農家に貰いに行ったんだっけ。
 まだ牛乳を飲んだり料理に使ったりする習慣が普及してないからねえ。
 つーかわざわざ自分で手に入れに行ったの?律儀というか要領が悪いというか。
 
 「子どもらに取りに行かせりゃよかったのに」

 農家に顔も利くし、拾った赤ん坊が腹を減らしてるとか言ったら誤魔化せたんじゃないの。
 牛乳を赤ん坊に飲ませて大丈夫かどうかは知らんけども。

 「そういう場合は普通貰い乳でもするでしょう。重湯でもかまいませんが」

 もらいちち。
 三十云年生きてきて初めて聞いた言葉だ。人生は学習の連続ですね。

 「……佐助は後で慰めておく」

 別に佐助が可哀想だからってわけじゃないけど、プリン作ってるうちに牛が欲しくなってきた。
 面倒は子ども達にみてもらえばいいし、牛乳が手に入って労働力にもなる。
 でも牛ってどこで買えるんだ?市場価格とかどんぐらいよ。

 商人のピンハネがなくなって綱元が財布の口を締めてくれてるとはいえ、はたしてお小遣いで買える値段なんだろうか。
 オレの収入は父上からのお小遣いとポンプの売り上げの一部。子供達の稼ぎは行灯とアルバイトだ。
 石鹸は妙に品質に拘ってる子がまだ売れる出来じゃないとか言っていて、菜種油は支出をいくらか抑えられる程度の規模しかない。
 さすがに子供のアルバイト代を巻き上げてまで牛を買う気にはなれないし、こりゃちょっと難しいかな。
 
 「しゃーない、次は寒天でも作ろう」

 寒天の材料はテングサという海藻だが、幸いなことにうちのお子さんたちは石鹸の材料目当てで定期的に海までおでかけしてる。 
 作り方は大昔に母親の実家で見たっきりなんでうろ覚えだけど……誰か知ってる人がいねえかなあ。

 「梵さま?どしたの?」

 ちょいちょいと袖を引かれて我にかえる。

 「んー。ちょっと今後のことを考え中だった」

 「よく分かんないけど、もう食べていい?」

 別に食えなくはないけど、すげー熱いと思うぞ。
 準備の前に冷たくして食べるって言ったはずなんだが、その様子じゃ覚えてなさそうだ。

 「今は熱くて柔らかすぎるだろ。一晩置けば冷えてもう少しちゃんと固まるから、明日の朝に食べよう」

 「明日?」
 
 愕然とした顔でオレを見つめる時宗丸。
 しょうがないじゃん、この時代冷蔵庫なんてないんだもん。
 季節が季節だし、夕方から朝までの冷え込みを利用する以外にどうやって冷やすのさ。川にでも沈めるの?

 「明日。それまで我慢できるか」

 ちょっと意地の悪い言い方かもしれないが、頭ごなしに我慢しろと言われるよりも有効だろう。
 できるかと聞かれたなら、時宗丸は絶対にできないとは言わないはずだ。
 年のわりに欲よりプライドを優先するから。

 「……できるよ!」

 案の定、思ったとおりの答えが返ってきた。

 しかしお前偉いな。
 その年で自分を抑えられるというのは凄い。
 大人だって欲望を自制できないやつが結構いるのに。下半身的な意味で。

 「私も我慢できます」

 黙れ小十郎。
  
 「んじゃ、明日を楽しみにしましょう」

 できたプリンは全部で15個。

 オレと時宗丸と小十郎で三つ。
 佐助と喜多さんと綱元さんと遠藤さんで四つ。

 父上には一番いいのをとっておいて、残りは厨の人たちにでも分けますかね。
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