梵天丸様罪と罰に涙されるプリンが父上に予想外にウケたため、ご褒美に鶏を四羽いただきました。 牧畜に手を出してるくせに馬や牛じゃないところがケチくせぇとか、そんなことをチラリと思ったが口には出さない。 よって現在、裏庭には二羽庭には二羽ニワトリが……あああ今のは滑った……。 ネタの途中で我にかえるとダメだな。 マジレスすると、ニワトリは庭に放し飼いじゃなくてちゃんと鳥小屋で飼ってる。イタチに獲られるのが怖いしな。 ニワトリとは言ってもオレの知ってる白色レグホンとは明らかに違う種類で、もしかするとこれが日本の固有種だったのかもしれない。 時宗丸が呼んで曰く、名前は全部こっこさん。世話をしているのは子供達だ。 佐助は今手なずけてる烏がどうとか言って関わらないし、綱元や小十郎はそれどころじゃない。 名付け親の時宗丸は一度啄ばまれそうになったんで近づかなくなった。 こっこさん強いよこっこさん。 ノノノノ (゚∈゚_) /⌒ ) ミイ // | ( ( | ) ) | // | ノノ |ノノ 彡ヽ` つーわけで。 柔らかくて冷たい食べ物が思いのほか好評だったので、予定通り寒天に着手することにしました。 正直、寒天よりゼリーが食いたかったんだが、ゼラチンは何からできてんのか分からんので作りようがなかった。 なにせ記憶にある姿は粉だから元の姿を想像すらできん。水でふやかす粉ゼラチン、お前は一体何者だ。 それに引き換え寒天なんて、厨で原料について説明したら「ところてんを御作りになられるのですか」とか打てば響くような反応が返ってきたんだぜ。 海外から入ってきたのか日本で考案されたのかは知らないが、戦国時代には既にところてんがあったようだ。日本ハジマタ。 でも、ところてんは分かるのに寒天を知っている人がいないのは何故なんだ。 アレって同じものだよな? 「いーか、作り方を確認したいから加工してない物を買ってくるんだぞ」 いつも石鹸のための海草を仕入れに行っている子供達に、ついででいいからお目当てのブツを買ってきてくれと頼み込む。 買出し組は孤児の中では最年長になる12,3歳の三人組だ。 年齢的にはもうどっかの職人の徒弟とかに入っていい年頃なんだが、何故か未だにオレんとこにいるんだよな。 バイトしたりガキ共の面倒も見たりしてるから、今んとこ別に文句はないんだが、こいつら将来どうする気なんだろう。 「赤くてちりちりしてる海草ですね。テングサ……テグサですか?」 「現地でどう呼んでるか知らんが、多分どっちかで通じるだろ。ところてん作るヤツって言えば分かるはず」 寒天の材料は天草という海草だ。今の時期なら海辺で干してるらしいのでさっそく買いに行かせる。 実のところ、オレはテングサから寒天作ったことないんだよね。 いやあ作り方知ってる人がいて本当によかった!ところてんだけど! 「今が旬だそうだし、ちょっと多めに御持ち帰ってくれると嬉しい」 「はい!」 でかい籠を背負った少年から気合の入った返事が返ってきた。 年のわりにえらく責任感が強そうだが、それ言っちゃうと佐助も似たような年齢だ。 平均寿命が短いせいか、この時代の子供は精神年齢が高すぎてたまに申し訳なくなってくる。未来人幼稚すぎてすみません。 「ちゃんとできたらお前らにも食わせてやるからなー」 報酬なんて出せないけど、甘いもん食わせてやるくらいの御褒美はやりたい。 めざせ牛乳かん。 ちょっと大それた野望を胸に、オレは旅立つ子供たちを送り出した。 ……送り出したんだ、が。 「野盗に襲われたァ!?」 お見送りから5日後。 wktkしながら待ってたら、子供達がズタボロで帰ってきました。 海が視界に入って気が緩んだところでいきなりならず者達に襲撃されたんだそうな。 報告に来た小十郎がえらい渋い顔をしているが、オレの顔だってかなり引きつっているはずだ。 「皆無事なんだろうな?」 不安を抑えつつ、恐る恐る聞いてみる。 戦の後には敗残兵が徒党を組んで野盗になることがあるそうだけれど、今回もそのケースかもしれない。 とすると相手は戦闘経験がある上に武装している。囲まれたらヤバいというのはオレにだって分かる。 帰還したって聞いたばっかりでまだ直接会ってないし、全員ちゃんと揃ってるんだろうか。 こんな形で戦国の世の乱れっぷりを身近に感じたくはなかったぜ。 「多少の怪我を負ってはいるものの、死人はでなかったと」 よかった、不幸中の幸いだ。 「しかし梵天丸様がお求めの物は手に入れられず……」 「ああ、いーよそんなん。命のが大事だ」 しかし野盗か。 子ども三人の道中、しかも仕入れか何かの途中と見えて空の籠を背負っている。 仕入れ前→金がある→カモキター!ってことで狙われたのかなあ。 うちの連中は無事に逃げ切れたが、もしかして行商人とか既に犠牲になってたりするんじゃないのか? 「盗賊退治、父上に頼んでも無理だよな」 念のため聞いてみたが、返ってきたのは予想通りの答えだった。 「残念ながら……」 ですよねー。 まあ言っておけば手が空いてる時にやってくれるかもしんないけど、すぐは無理だろ。 戦の後始末だってまだ完全に終わってないし、一昨年から進めてる街道整備は方向が全然逆だ。 治安維持も城下や主要街道から進めていくのが道理だろう。 父上が動かないからといってオレに兵を動かす権利はなく、そもそも戦えるわけもない。 ……いや、言えば兵を貸してくれそうだけど、それやると後が怖いしな……。 しゃーない、とりあえず寒天はあきらめて、あの近辺には注意を呼びかけておくか。 公式発表は手順踏まないとダメかもしんないが、風の噂を流すくらいならなんとかなるだろ。 「お待ちを。私に一つ考えがございます」 さっそく指示を出そうと腰をあげかけたところで、突然制止が入った。 「お?」 なんと。まことか小十郎よ。 「よい機会ですので独自に動きたいのですが、よろしいでしょうか。準備に10日ほどかかりますが」 いい機会? ああ、行動すんのはかまわんけども、別に無理する必要はないんだぞ? 多少時間はかかっても後でちゃんと父上が動いてくれるはずだし、その前に現地領主が動く可能性もある。 寒天だって単なるオレの道楽なんだから、年単位で待たされても構わない。 石鹸作りにやたら凝ってる子供が一人いて、そいつがちょっと可哀想だけどさ。 「ご安心を。wktkしてお待ちください」 心配するオレを余所に、自信ありげに言って平伏する小十郎。 言葉の使い方は間違ってないんだけどさ……いやもう何も言うまい。 「なんでもいいけど周りに迷惑だけはかけんなよ」 老け顔強面のアホな発言に脱力したオレは、仔細を聞かずにOKしてしまったのだが、後にコレを大変後悔することになる。 「野盗を退治したァ!?」 驚きのあまりに取り落とした筆を、小十郎が拾って机の上に置いた。 いやいや筆なんぞどうでもいい。というか字の練習は後でいい。 そんなもんより今聞いたことのほうがよっぽど重要だ。 昨日の今日とは言わんが、子どもらが逃げ帰ってから10日も経ってないんだぞ。 まあなんかやる気なんだろうとは思ってたが、早すぎじゃないのかそれは。 「マジで?」 「マジにございます」 その顔でマジとか言われても。 「黒脛巾にでも頼んだのか?」 彼らはそういうことのための要員じゃないんだが、動かせるとしたらそれくらいしか思い当たらない。 この早さからして、正規ルートで綱元とか遠藤さんとかが手を回してくれたってことはなさそうだし。 「いえ、子供達が」 工エエェ(´д`)ェエエ工 どんだけ弱いんだよ野盗。 相手は武装してたんだろうに、一体何をやったんだ……。 「罠を仕掛けました」 「罠?」 「はい、実は……」 ふんふん。 年長組を小十郎と綱元が鍛えて、その間に佐助監修の元で年少組が罠の仕込みをしたと。 ああ、よくある落とし穴か。え、違う?投網かい。 運動会のネットみたいな感じかな。いやいやこっちの話。 どんな網使ったのかは知らないが、子どもが編むには複雑だったんじゃないのか。 ……え。いや、別にこういうのを意図して行灯やら提灯作りやらの内職させてたわけじゃないんだけど。 で、当日は年長組の中でもすばしっこいヤツを囮にして、獲物がかかったところで佐助が上から網投げ、他のメンツがフルボッコ、ねえ。 「よくそんな適当な作戦で倒せたな」 「途中で網が破れて大変だったそうで」 ちょwwwww失敗してんじゃねえかwwwww 「が、ガキ共は大丈夫だったのか?」 「混戦になりましたが、全員ほぼ無傷。囮の者が網に引っかかって擦り傷を作った程度にございます」 ああそう。 それは良かったけど、本当に相手は野盗だったのか。 通りすがりの農民だったとしてもおかしくない気がしてきたんですけど。 「短期間とはいえ私と綱元が二人がかりで鍛えあげましたから」 満足そうな小十郎に思わず裏拳で突っ込みを入れる。 短期間の剣術修行でそれなら、臥せってない時は毎日修行してるオレとか、当社比2.5倍くらい元気な時宗丸とかはドンだけ強いんだよ。 「時宗丸殿なら、あと4、5年もすればお一人で野盗退治ができるでしょうな」 チートすぎる。 時宗丸さんマジパネェ。 「……オレは?」 一応俺の方が年上なんだけど。 「あと7、8年でしょうか」 ほぼ倍じゃねーか。 いや13、4歳でそこまでできたらすさまじいと思うんだけど、こう、少年漫画的な強さのインフレがあるような気がします。 雑魚キャラは弱いの法則?オレは雑魚キャラなのか? 改めて言うのもなんだけど、この世界って本当に変。 どう考えても身体能力のキャップが外れてるよね。人間としてこれ以上は鍛えられないという上限がなくなってる気がする。 最近うっかり見過ごしてたけど、普通はローティーンの子が一足で数メートルの高さの塀に飛び乗ったりとか、5歳児がクソ重い木刀振り回して松ノ木を折ったりとかしないだろ、常識的に考えて。 しかも静電気で木を焦がしたり、火を噴いたりするんだっけ?どこのサーカス団員だ。 もしかしたら小十郎も何か特殊な芸ができるようになってるのかも知れないが、怖くて聞けない梵天丸ろくちゃいです。 「まあ、万が一の時のために佐助が同行いたしておりましたので」 「そーいや保護者同伴だったんだっけ」 年はそう変わらないけど、実力的には大人と子どもだもんな。 時宗丸が数年後に一人で野盗退治できる実力だとして、佐助は今まさにそれが出来る腕前なんだろう。 てことは、佐助が自分より強いと言っていた小十郎も以下同文。 「よく考えたらお前と佐助派遣したらそれでよかったんじゃ……」 「孤児達を鍛えるよい機会でしたから」 ぜんぜんよくねえ! 確かにこの乱世を渡っていくためには多少腕に覚えがあったほうが心強かろう。 だからって、何もしょっぱなから野盗を相手にさせなくたっていいはずだ。 もっと穏便に道場剣術とか、あとは佐助に頼んで逃げ足を鍛えるとか他にいくらでもやりようがあったじゃないか。 「これで手の者が……いえ何でも」 今なんか言ったろ。絶対言ったろ。 今回はオレも悪かったし、これ以上知るとぶん殴りたくなりそうだから聞かないけど、次があったら本気で怒るからな。 「ところで問題の野盗はどうなった」 問いに答える小十郎の、無駄に爽やかな笑顔に思わず拳を握る。 「一網打尽にいたしました。全滅です」 全滅Deathか。そうDeathか。 なんかものすごいさらりと言われたんで聞き流しそうになった。 ねえねえ小十郎君。全滅ってもちろん敵がだよね。 ってことは、殺ったのかな? 「殺りました」 そうかあ。 殺っちゃったのかあ。 ……軽はずみにGOサインだした結果がこれだよ。 そりゃあね、時代が時代だからいずれ手を汚すことになるかもとは思ってたよ。 しかしまさか小学校にも入らないような年で、間接的とはいえ死人を出すことになるとは予想外だった。 あまつさえ子どもに手を汚させてしまうとは。 せめてなんかこう、覚悟とか心構えとかが欲しかった。 「しかも、あんまり後悔とか罪悪感とかがないのがまた……」 「こういう時代ですので」 そういう時代なら仕方ない。 うわ。自分で言っておいてアレだが、ひとでなしのセリフだよこれ。 しかし実際の問題として、そうとでも考えないとやってらんねー。 このままここで長く生きていくことになるなら、俺もこういう重刑主義っつーか罪人は死ね的な空気に慣れるべきなんだろうし、今のうちに自己暗示だろうがなんだろうが耐性つけとかんと。 や、人としてどうかとは思うけどさ。 ……大丈夫だろうか、オレ。 隠居がどうとか言う以前の問題として、覚悟完了前に戦場に出されたりしたら初陣で死にそうだぞ。 とりあえず今夜は嫌な夢見そうで今から欝です。 「梵天丸様、どうか御気を落とさずに。今ところてんを作らせておりますから」 慰めてくれるのは嬉しいがな、小十郎よ。 俺はところてんが食いたかったんじゃなくて、寒天が作りたかったんだ。 つか、いくら犯罪者のものとはいえ、戦国時代の人命ってところてん以下なのか。 「いのち、だいじに……」 せめて俺の命はクリーム餡蜜ぐらいの価値にしたいもんだ。 生クリーム作れないけどさ。 さて。 紆余曲折あったものの、なんとか手に入れたテングサで作ってもらったところてん。 皆が酢やら醤油やらで食べているところ、俺だけ先日の残りの蜂蜜をかけて食うことにする。 ほんとはブロック状に切ったところに黒蜜ときなこをかけたいところだが、黒砂糖がないから断念した。 まあ蜂蜜だって贅沢品だ。なんで皆遠慮したのか知らないが、一人で美味しくいただくことにする。 んじゃ、いただきまーす。 もぐもぐ……ん…んん!? 「こ、これは!」 口に広がる磯の香り。 仄かな塩気を強引に誤魔化す甘さ。 潮の風味が蜂蜜の甘味と絶妙の不協和音を奏でている。 うん、三杯酢とかで食ったら美味いんじゃないかな。 しかし蜂蜜とは絶対にあわねえ。 「これが天罰って奴か」 あきらかに現代の寒天とは違う何かです。 今すぐ口からリバースしたい。 しかし手に入れた経緯を知っているだけに残すわけにはいかない。 涙目になりながらも頑張って食べる俺を、小十郎がお代わり片手に笑顔で見守ってくれました。 子供達にはプリンを作ってあげようと思います。 おえっぷ。
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