梵天丸様様朝の光に未来を垣間見られる




 寒い。
 クソ寒い。

 ここ数年でかなり寒さに強くなったはずなのに、ちょっと布団から顔を出しただけで無意味に謝りたくなるくらい寒い。
 冬の朝はたいがい冷え込むもんだが今日は一段と気温が低い気がする。
 今はまだ布団の中にいるから寒いのは顔だけだけど、起き上がったらこの冷たい空気を全身に浴びることになるだろう。
 うう、想像しただけで震えがくる。

 布団から出たくねぇ。春まで。

 いやさすがに春は言いすぎだが、昼くらいまでなら寝ててもいいんじゃないでしょうか。
 幸いにして学校や仕事という強制イベントもないわけだし。
 しかもほら、オレって今幼児じゃん?多少のお寝坊は愛嬌だよね。

 「よし、二度寝しちゃおう」

 「梵天丸様、おはようございます」

 口に出したとたんに開く障子、廊下に座っている小十郎。

 なんという間の悪さ。まさか外で気配を窺っていたのか?どこの家政婦だ。
 あと障子を閉めろ。冷たい空気が入ってきてんだよ。

 「……はよ。今朝も寒いなー…」
                                             
 心の中でぶつぶつと文句を言いつつも、口から出てきたのは力ない挨拶。
 未練たっぷりにのろのろと体を起こして大あくびをする。  
 そんなに嫌なら無視して寝てたらいいじゃんと思うかもしれんが、以前狸寝入りしてみたところ首筋にそっと雪を乗せられたので二度としないと決めたのだ。
 あれは本当に勘弁してほしい。心臓が止まるかと思った。

 「梵天丸様」

 着替えを手伝うべくにじり寄った小十郎が、低い声で名前を呼ぶ。
 なんだよ。今日はちゃんと素直に起きただろ。
 見上げる小十郎と見下ろすオレ。交差する眼差しは互いに鋭い。

 「布団は下に置いてくださいませ」

 「やだ」

 間髪入れずに拒否する。
 頭から布団を被ったままでも着替えはできますよ。 

 「オレは梵天丸ではない。お布団マンだ!」

 ぐずぐずしてたら強引に布団を引っぺがされそうになったので、真面目な顔で言ってみた。
 すっくと立ち上がって布団を被ったまま仁王立ち。
 小十郎の冷たい視線がぐさぐさと顔にささる。
 やめて!癖になっちゃう!

 「布団饅でもなんでもよろしゅうございますが、そのままでは危険です」

 危険?


 「ゲフッ!」


 聞きかえそうとした瞬間に、物凄い勢いで背中に何かがぶちあたった。
 衝撃で肺から空気が押し出される。
 思わずのけぞって布団を被ったままその場に倒れこむと、ぶつかった物がオレの背中にドンと乗ってきた。
 布団がクッションになってるからさして痛くはないが、重みで息ができない。

 「おはよう!ございます!梵さま!」

 朝っぱらから無駄に元気な子どもの声が頭上で響く。
 あああ馬鹿、単語ごとに区切って跳ねるな!

 「背骨が、背骨がぁー!」 

 ミシッっていったよ。ミシッて!
 や、やめて、暴れないでー。

 オレが無抵抗になってべそをかき始めるまで、小十郎は助けてくれませんでした。





 豆台風のおかげで寒さとは一時的に無縁になった。むしろ熱いくらいだ。
 朝っぱらからなんでこんなに動かにゃならんのか。
 これはなんとしても仕返しを……ああ待て、落ち着けオレ。相手は子ども。冷静に冷静に。
 布団から這い出て息を整え、いくらか頭が冷えたところで無駄な運動の原因に本日の用件を聞く。

 「それで時宗丸よ。今日はどうしたんだ」

 例年春から秋までは三日にあげずホイホイと遊びに来る時宗丸だが、冬場はさすがに訪問回数が激減する。
 去年も一昨年もせいぜい1,2度、それも天候に恵まれた日にしか来なかった。
 今日の空模様はといえば外の暗さからして昨日の雪がまだ止んでいないか、でなきゃいつもの曇天。
 馬が行き交ってるから道の積雪はさほどでもなさそうだけど、寝起きのオレを襲撃するには夜明け前には向こうを出なきゃならんはずだ。   

 そんな苦労をしてでもやってきたんだから、多分なにかしらの用事があるんだろう。
 いいことか悪いことかそれとも相談か。
 せっかく来てくれたんだ。お子様の身ではあるが、オレが力になれることなら助力は惜しまんぞ。

 「困ったことでもあったか?」

 布団の上に正座して返答を待つオレに、時宗丸はにこにこと笑って告げた。


 「ううん。ひまだったから」


 特に用事はありませんでした。
 
 「そうか…暇だったか……」

 あんまりにもあんまりなお言葉に反応のしようもなく、正座したまま横に倒れた。
 そんな理由で朝っぱらからこの騒ぎかと思えば力も抜けるわ。 

 まあ子どもだからね。
 ここんとこ天気も悪かったし、遊びたいさかりに家にずっと篭ってると退屈してくるのはしょうがない。
 時宗丸は外で遊ぶが大好きだから特に辛かったはずだ。無尽蔵な体力も持て余していただろうし。
 で、とうとう我慢できなくなってえっちらおっちらウチまでやってきたと。
 このクソ寒い時期、足元は雪なのに、暗いうちから起きだして。 
 こいつマジで遊びに命かけてるな。

 護衛の中の人の苦労に全オレが泣いた。

 「……せっかく来たんだし、天気が良くなるまで好きなだけ遊んでけばいいよ」

 生暖かい笑顔でそっと目を逸らしながら言う。
 行動はともかく、その情熱と根性は尊敬する。行動はともかく。

 「やったぁ!じゃあ梵さまあそんでください!」
 
 へーへー。
 また双六か。それとも花札……はまだ作ってる途中だし、囲碁か将棋でも打つか。
 え、スキーがいい?雪が降ってないなら付き合ってもいいけど、体力と相談させてくれ。

 「とにかくまず朝飯食いにいこうぜ」
 
 お前だって道中ちゃんと食事とったわけじゃないだろ。
 御供の人達の飯には酒も付けてもらったほうがいいよな。小十郎に言っておかないと―…

 考え事をしつつ何気なく頭を撫でようと手を伸ばす。

 「あいたっ!」

 ……伸ばした手は見事に空振った。

 というか、触る直前に凄い勢いで時宗丸が飛びのいた。
 理由は聞かなくても分かる。
 オレの手と時宗丸の髪の間で、盛大に青い火花が散ったのだ。

 「うわわ、バチッといったぞ今」

 ごめん時宗丸、油断してた。
 てか今凄い音したよな。大丈夫か?
 静電気甘く見るなよ。酷いときにはマジで火傷とかするんだから。

 「痛かったけど、ケガはしてない…。梵さまは?」

 若干涙目だがどうやら無事らしい。

 「オレ?あー平気平気」
 
 ここんとこずっと静電気に悩まされてるんだが、なぜかオレのほうにはダメージが来ないんだ。
 時宗丸には申し訳ないが、怪我どころか痛みさえない。

 「おっと、アースアース」

 二度目はないかもしれんが一応畳に両手をついてorzの体勢で放電する。
 戦国時代なんだから当たり前だけど、身の回りの物はたいてい木製だし着ている物はほぼ木綿だ。
 プラスチックやポリエステルと違って日常生活を営んでいれば自然に放電できる天然素材ばかり。
 季節はともかく環境からすれば静電気は起こりにくいはずなんだが、どうしたんだろうな。

 「将来の婆娑羅技の片鱗ではないでしょうか」

 戸口の傍で控えていた小十郎がボソリと呟いた。
 こいつも何度か感電してるから時宗丸の痛みは分かるはずなのに、同情してる様子がまったくない。
 さすが小十郎さんテラクール。いよっ老け顔!10歳上に見える男! 
 ……あ、ごめん。もう言わない。すまんかった、そんな落ち込むな。

 ええと、バサラがどうとかって父上が松の木焼いたあれのことだっけ?

 ないない。絶対ない。
 だってオレ時宗丸に三本に一本とれるかとれないか程度の腕なんだぞ。
 そもそも暇つぶしと身の安全確保のため鍛錬に精を出してるだけで、高い志とか誇りとかカケラもないし。
 それにほら、父上が雷を落とした時は剣を持ってたんだろ。オレは手ぶらだ。
 勘違いだって。これはたんなる静電気だ。

 「一度技を身につければ得物の有無はさしたる問題ではありません」

 だから技なんて身につけてないっちゅーねん。
 いいとこガトチュエロスタイムかヒッテンミツルギスタイルの物真似だ。

 「梵さま、狩りにいったんですか」

 時宗丸、獲物違いだ。

 お前のKY具合にはいつも困っているが、今のタイミングは中々よかった。
 空気読まない時宗丸君の頭をよくやったとばかりにわしゃわしゃ撫でくりまわす。
 時宗丸はじゃれてると思ったのかきゃーきゃーと喜んでいる。
 わりと力を入れているのにびくともしないのはさすがだ。
 鍛錬はしてるけども、身体能力では絶対時宗丸に勝てないというのをこういう時に思い知らされる。
 こいつのムカつくところは勉強嫌いなくせに決して頭が悪いわけじゃないところだ。しかも既に美形の片鱗まで見えとる。

 くそ、リア充はこんな年からリア充か!
 
 「これからはより一層武芸に力を入れていただかなくては」

 やめい。

 時宗丸のKY発言を物凄い勢いでスルーしての不穏な言葉に、手を止めてギロリと小十郎を睨む。
 途中でリタイアする予定ではあるが、今んとこ伊達家の次期後継者はオレなんだぞ。刀ばっかり振ってるわけにはいかんだろうが。 茶の湯とか礼儀作法とか勉強とか、あと子供らの後見とか金を稼ぐ算段とか、やることはいっぱいあるんだ。

 「だいたい、万が一バサラ技とやらを使えるようになるとしたら、オレよりまず時宗丸だろ」

 刀や槍の扱いだけならトントンかオレの方がちょい上、どんぐりの背比べだ。
 だが筋力や体力やらで言ったら圧倒的に時宗丸の方が勝っているし、体格だって奴の方がでかい。勝てるのは握力くらい。
 技術的にたいした差がないんだから、長引けば体力ある奴の方が強いに決まっている。

 強くて頭も悪くなくて、かつ美形。しかも性格がいい。
 そんな奴が実際にいるはずはない、いてほしくないと毒男の皆様は思われるだろう。
 そりゃそうだ。オレだって否定したい。

 ところがどっこい…!目の前にいるんです…!現実です、これが現実っ…!

 「どちらが先でもおかしくはありますまい。既にお二人とも雑兵など一刀のもとに切り捨てられるほど御強い」

 時宗丸の髪をかき回しながら一人でざわざわしていたら、聞き捨てならない物騒な例えが耳に入った。
 切り捨てるっておま、年齢二桁未満の人間を相手に無茶を言うなよ。どう考えても身びいきって奴だろそれは。

 「あ、俺この前退治した!おそってきた奴!」


    ( ´゚д゚`)


 え、何言ってんの。

 は?え、ホントに!?
 あれ、それちょっとビックリってかドン引きするんですけど。
 なんでそんな状況になったんだよ。ってか護衛はどうした護衛は。職務怠慢だろ。
 
 「抜け出したからおいてきた」

 分かった、皆まで言うな。
 小十郎!!

 「脱走直後に人買いに浚われかけたそうです。供の者が追いついたときにはすでに自力で叩き伏せていたと」

 口を開く間もなく小十郎が事の次第を分かりやすく説明してくれた。
 ちと小言が多いのは玉に瑕だが、なんだかんだいって気が利く男だ。

 しかしまさか時宗丸がそんなバイオレンスな経験をしていようとは。
 オレなんか子どもらが人を殺しただけで動揺したというのに、実戦を経てなおこのあっけらかんとした態度。
 さすが時宗丸、オレにできないことを平然とやってのける。そこに痺れる憧れる!
 いやマジ凄いと思うんだよ。その図太さをちっとばかし分けてくれませんかね。オレの今後のために。

 「つーかさ、それならますます時宗丸の方がバサラ?技使うのに相応しいんじゃね?」

 今の話を聞いただけでも超人っぷりは伝わってくるし、このうえ口から火を吐いたりしても『時宗丸だからなあ』で納得できる。
 小十郎や佐助もトンデモな技を持っていると風の噂で聞いたので出自は問題じゃないはずだ。
 まあオレと従兄弟なんだから時宗丸も血統書付きみたいなもんなんだけどな。

 「さて、その辺りのことは神仏の司るところで、小十郎には分かりかねます」

 ふーん。

 ちなみに普通はいくつぐらいでそのバサラ技とやらが使えるようになるんだ。
 ああ、一生使えない奴もいるってのは知ってるけど、お前の知ってる範囲でさ。

 「そうですな。基本的には元服前後、早ければ十を数えたあたりではないでしょうか」
 
 わかった。やっぱお前の考えすぎだ。

 元服まであと何年あると思ってんだよ。
 オレは中の人のチートがあるから今の時点では天才だが、間違いなく二十歳前に普通の人になるぞ。バサラ技とか無理だから。

 「しかしさすがは梵天丸様」

 ナイナイと顔の前で手を振ってみるが、腕組みして目を閉じ一人頷いている小十郎は全く気づいていない。 
 というか聞けよ、人の話。

 「その才、まさに伊達家を背負われるに相応しく……」

 うわわ、雲行きが怪しくなってきた!

 「この話はここでおしまい!さ、飯だ飯。いくぞ時宗ま……ヘブシッ!!」

 ぱんぱんと手を叩いて強引に話を切り上げるも、最後のくしゃみで物凄くしまらない感じになった。
 鼻水こそ出なかったが、ぶるりと震えて肩の辺りを擦るとその冷たさにちょっと驚く。
 そういえば着替えてなかったっけ。寒いはずだ。

 「梵天丸様、御支度を」

 「わーい!手をあらってきまーす!」

 小十郎がすかさず着物を差し出し、時宗丸がバタバタと外に出て行く。
 そういえば外から帰ったら手洗いうがいって何度か言ったような気がするな。
 どうせなら俺の部屋に来る前に済ませて来いっつー話だよ。  

 「今年は未だ床に臥されてはおられぬのですから、このまま御風邪を召されぬよう御気をつけくださいませ」

 厳つい顔で生真面目に言う小十郎。
 部屋の外から佐助の慌てる声と時宗丸の笑い声が聞こえてくる。
 朝食の支度ができたのか、冷たい風にのって味噌汁の匂いが届いた。
 清々しい冬の朝の空気。穏やかに流れる時間。

 オレはこれで充分だわ。

 バサラだかなんだが知らないが、余計な重荷を背負わせないで欲しい。
 大きな力には厄介ごとがついてくるってのは昔っからのお約束だ。 
 今だって既に色々と面倒なバックグラウンドがあるんだからこれ以上はノーサンキュー。
 電気攻撃で感電させたり雷を落としたりするのは時宗丸や竺丸にやってもらおう。

 「中二病に浸るには年をとりすぎたしなあ」

 静電気が誰かに被害を及ぼすたびにちょっと良心が痛むし。
 ……あ、こないだ嫌味言ってきた粟野と握手してこよう。


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