梵天丸様、冬を省み春に臨まれる




 

 年明けから春までのクソ寒いこの時期。
 オレの欝期が、例年どおりやってきました。
 とはいってもいつもよりかなりマシなんだけどね。

 しかし、オレの欝が軽かろうが重かろうが当然のことながら気温にはなんら影響はなかった。
 戦国時代的には正月過ぎるともう春ってことになるらしいが、この寒さで春とかありえない。
 旧暦の正月は太陽暦の1月末頃から二月半ばの間くらいだったはずだ。
 つまり、現代人の俺にとってこの寒さは二月の寒さ。一年で一番冷える時期じゃないですか。
 それで春だとか言っちゃうのは神が許してもこの俺が許さん。

 廊下に一歩踏み出すと、そこはもう氷点下。
 庭に佇む常緑の樹木さえモノトーンの景色の一部分になって白い色彩の中に沈んでいる。
 外は当然のごとく笑っちゃうくらいの豪雪で、たとえ犬でも喜んで庭を駆け回るどころか戸口を出た途端雪に埋まるだろう。
 時折強い風が吹いては雪を舞い上げ、視界をさえぎってホワイトアウト。
 
 どう見ても冬です。本当にありがとうございました。
 
 というわけで、これから俺は雪が融けはじめるまで春とは認めないことにする。
 いや、新年の挨拶や連歌の会ではちゃんと春だって言うよ?TPOとか習慣とか、この時代の常識を考えるとオレのほうがおかしいってのは分かってるし。
 でも21世紀の感性からすると、今は冬だろう。
 雪が八割それ以外が二割という風景を前にして「すっかり春だね!」とか言えたらそいつは現代人じゃねえ。
 
 納得したかな?
 納得したよな。

 納得して貰ったところでこの冬の総括と来るべき春の活動予定についてちょっと考えてみよう。
 オレ自身は寒さに負けてたいして行動していないのだが、にもかかわらずこれだけの事件があったんだということを今のうちに振り返っておくべきだと思うんだ。
 春が来る前に、心構え的な意味で。

 まず時宗丸襲来。これは季節がアレだがいつものことだからどうでもいい。供が気の毒なだけだ。
 そして城下での予期せぬスキー大流行に父上の外国かぶれ騒動。この辺はオレのせいだけど、まあ予定調和の範囲内だ。
 佐助が下駄スケートでイナバウアー、鬼軍曹小十郎ヤクザ疑惑。……そんなこともあったね。
 と、とにかく冬だからといって冬眠しているわけではなく、小さい事件は起こっていたわけですよ。
 その中でも、特に春先まで影響してきそうなのは次の二つ。

 まず一つは、オレが寝込んでないということ。
 
 個人的な話だが、オレにとってはいい意味で大事件だ。
 だってこの冬一度も、雪が降り出してからずっと体調を崩してないんだよ。凄くね?
 これまでは例年正月を床についたまま迎えたり、妙に体がだるいと思ったらぶっ倒れてひたすら闘病の日々になったりと病弱な体に泣かされ続けてきた。
 しかし今回は違う。年が明けてもピンピンしてる。風邪をひく様子も全くない。
 時宗丸とスキーにやっても、かまくらで鍋食っても、庭にドラえもんの雪像を作ってもだ。
 これは快挙である。
 オレの時代到来の兆しである。
 秋までに積み重ねた鍛錬の成果を冬を過ぎても持ち越せるこの嬉しさ。
 やりたいことができるのも、努力が無駄にならないことも、すべては体が資本なのだと改めて実感する。
 このまま貧弱な坊やを卒業するためにも、冬から春にかけての季節の変わりめに体調を崩さないよう注意せねばなるまい。

 それと、もうひとつの出来事。
 実のところこの件は事件とは言えないんだが、これまでの冬にはなかったこととして、ぜひここで上げておきたい。

 
 「で、どうだった。春までなんとかなりそうか?」

 雪が止んだ僅かな隙に様子を見に行ってくれた小十郎に、薪の消費状況を聞いてみる。
 本当は自分で見に行きたかったんだが、なにせここのところの雪の降り方といったら除雪作業が追いつかないくらいの激しさだったからな。
 足元が見えないからって堀にでも落ちたらオレなんてあっさり死んでしまいそうだし、うっかり迷子にでもなったら春まで冷凍保存されてしまう。
 ま、身の危険がなくたって今は外に出たくないんだけどさ。寒いし。
 
 「ええ。雪解けどころか田植えが終わる頃まで持つでしょう」

 穏やかに言う小十郎に、思わずにんまりと笑みを浮かべる。

 「そりゃ凄い」

 秋頃の見積もりだと切り詰めても三月いっぱいが限界じゃないかって話だった。
 報告してくれたのが子どもだから誤差が出るとは思ってたけど、これは嬉しい予想外だ。

 「雪が降り出すまでの追い上げの成果にございます。薪小屋まで作りましたから」

 火鉢の炭をつつきながら、小十郎の言葉に相槌を打つ。
 
 「まあ風呂焚きも三日に一度ペースらしいしな……」

 そう。
 二つ目の出来事とは、去年オレにカルチャーショックを与えた孤児たちの風呂に関する一件なのだ。

 「でも、一年様子みてよかったよ。必要な燃料の量とかもおおよそ分かったし」

 子どもたちのあまりの汚さにショックを受けて銭湯を開業しようとしたのは、去年の冬のこと。
 設備が整わなかったり綱元に止められたりと諸事情があって、残念ながら今年は見送るはめになったんだが、今になってみればこれは正解だった。

 オレの実家とほぼ同じ、現代のご家庭用サイズの浴槽に水を一杯にして、湯が沸くのにざっと1時間弱くらい。
 最初に使う薪の量はは大人の腕でひと抱えくらいで、その後2回ばかり追い焚きするため、子どものひと抱え分をプラス。
 二十数人が風呂に入って出るまでにそれだけの燃料が必要とされるということを、オレは知らなかった。
 もし綱元の言うことを聞かないで強引に営業していたらきっと今頃はもう薪が尽きていたのではなかろうか。

 「秋の終わりに駆け込みで拾ってきた木切れなんかは乾燥が足りなかったんだって?」

 生木は焚きつけに適さない。その程度のことは現代人の俺だって知っている。

 「無理ではないが向かない、といったところにございます」

 分かってるさ。
 それを差し引いても冬を乗り越えるには充分な量の薪があったが、当初の目論見のとおり銭湯を開くには足りないってこともね。
 
 「引越し先にはもっとデカい薪小屋作らんといかんなぁ」

 まだ全然細かいことは決まってないんだが、そういう話があるんだよ。

 現在、子ども達は東門の外側にある侍町の一角に住んでいる。
 元々空き家になってたのを遠藤さんが手を回して融通してくれた物件で、城に近いから治安はいいしオレも顔を出しやすくて重宝していたんだが、さすがに最近手狭になってきた。
 で、ちょうど開いてる場所があるから、お引越ししようと。
 入居当時は十人足らずだった居住人数も、父上その他のおっさん達のせいであれよあれよと言う間に膨れ上がり、今では二十人を優に超えている。
 いくら子どもばかりとはいえ、ここまで増えるとさすがにちょっとな。
 一度寝てるとこ見たことがあるんだけど本当に足の踏み場もなかったんだぜ。というか踏んだんだぜ。隅っこで寝てた奴の腹を。

 「転居先は広くなるんだしさ」

 引越し先は今よりずっと城から離れている。

 東門を出て堀三つ越えた先の、足軽町と町屋の間にあるだだっ広い空き地。
 堀と堀の間には厩があったり侍町や足軽町の区画があるから、今までに比べて相当遠くなる。
 代わりに敷地は贅沢に使えるんだけどね。

 「風呂作って、排水管をでかい川まで引っ張って」

 多分相当時間かかると思う。突貫工事でやっても次の冬までに終わるかどうか。
 シモの方の汚水は肥料としてリサイクルされてるが、風呂の水だとリサイクルにも限度があろう。水質汚染を考えるとせめて海に流したいところだが、さすがにそれは無茶だ。
 ちなみに、この冬に開業できなかった理由の一つにこの設備面の問題も含まれている。
 風呂の水をその辺にぶちまけるわけにもいかんしな。

 「いろいろと実験したいことはあるんだけど、先立つものが……」

 養蚕と養蜂の計画は殖産興業にwktkしていた父上に掻っ攫われて、菜種油はまだ売れる段階じゃない。
 農繁期には子ども達が農作業のバイトをしているが、それで浮くのは食費程度。
 行灯はともかくポンプの売り上げは利益がデカい代わりに単発で、石鹸も今はまだ販路開拓中だ。
 赤貧とまではいわないが、決して裕福ではないこの現状。
 石鹸は一度広まればリピーターがつくと思うが、それまでは節約を心がけておかないといざという時に困ることになる。
 
 「農作物の品種改良とかにも手を出してみたかったけど、十年単位で先になりそうだなあ」
 
 まずは目先のことだよ。やれやれ。
 深いため息をついたところで、小十郎がずずいと膝を進めてきた。
 
 「よろしければ、それについては微力ながら御力添えをさせていただきます」
 
 「おお。誰かやってくれそうな人に心あたりでも?」

 そういえば小十郎の親父さんって神職だっけ。
 それならオレなんかよりも農家の人たちには顔が利くよな。
 オレがまだ子どもで人脈がないってのもあるけど、皆なんだかんだいって信心深いから神主さんの言うことなら耳を貸してくれるだろう。
 
 期待を込めて見上げると、小十郎が一言、予想もつかない言葉を落とした。


 「いえ、私が」


 「は?」

   ( ゚д゚)

 私が、って。

 ええとそれはつまり、小十郎さんが自ら田畑を耕し収穫を得ようというお申し出でよろしいのかな?かな?
 
 できれば聞き間違いであって欲しいという希望を込めてじっと見つめる。
 視線は鋭くさぞかし不審そうな顔をしていたと思うんだが、小十郎は物凄く当たり前のようにコックリと頷いた。
 そして若干照れながら言う。

 「左様にございます。こう見えましても育てるのは得意なほうでして……」
 
 照れるな。キモい。


 ……いや失敬。  しかしだね、ちょっと考えてもみたまえ。
 たしかに子どもらに武芸を教えてたときは厳しくもいい先生だった。
 足軽連中に対してはヤクザ系鬼教官だったけど、それも効果大であったことは認める。
 でも、それとこれとは違うんじゃないでしょうか。
 今回育成するのは人じゃなくて植物ですよ。大根に「野郎共気合いれろォ!」とか、「泣いたり笑ったりできないようにしてやる!」とか言っても無理だと思います。
 その前に芽が出るのか。出せるのか。

 え、庭で野菜を作ったことがある?

 それはちょっと安心……はするけどお前って今でさえ結構忙しいのに田んぼや畑を弄ってる余裕なんてあるのか。
 過労死とかされても労災認定は下りんのだぞ。超過勤務手当ても出せんし。 

 「ご安心を。倒れるような無様な真似はいたしません」   

 妙にやる気満々だな。
 そこまでやりたいってんならもう止めはしないが、マジで無理はすんなよ。お前がダウンするとすげー困る。
 データは一応とってもらうけど、失敗しても気にしないようにな。農業のプロじゃないんだから。

 「体調にはくれぐれも気をつけて、予算が必要な時は綱元に相談するように。いじめられたらオレに言え」

 小十郎が農作業か。
 今でさえ重臣連中から出自をネタにいびられてるのに、いいのかね。
 何やらせてもデキる奴なんだけど、オレの傍に侍ってるせいで無駄に風当たりが強いし。

 そろり、と何気なさを装いつつ顔色を伺ってみる。

 「ありがたき幸せ」

 珍しく満面の笑みをたたえる小十郎。

 ううむ、本気で喜んでいる。
 もしかしたら畑を耕すのが気分転換になるのか? ガーデニングと考えればわからんでもないが。
 しかし最初はこの冬こんなことがあったね、春から引越し準備がんばろうね、という話をしようと思ってたのに……。
 
 どうしてこうなったorz


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送