梵天丸様、世界への扉を開かれる牛乳が一般的じゃないんだから、バターやチーズや生クリームがないのはまあ当然だよね。 しかし、まさかこんなにも野菜が少ないとは思わなかったよ。 トマトが観賞用として日本に入ってきたのは江戸時代だし、ジャガイモやさつまいもがないのは知識として知ってたけど、玉葱や人参、白菜までないとは。 あと謎なのはどういうわけかキャベツがないのにレタスがあること。 珍しいものですとか言われて見せてもらって超ビックリしました。いつからあるんだろう。 そんなこんなで思いがけないものを見つけたりもしたけど、基本的に現代日本では近所のスーパーで当たり前のように売っているものの多くが、この時代では希少どころかそもそも国内に入ってきていない。 困るね。材料がないと食べたいものが作れない。 食い意地に定評のある梵天丸様としては何とかしなくちゃいけないところだね、ここは。 だから何とかしてみることにした。 最近父上が海外フィーバーでガラス製品や鉄製の甲冑なんかを手に入れてはニヨニヨしてるんで、ついでにそういう外来の野菜や穀物なんかをおねだりしたんだよ。 そしたら、父上からあっさりとOKをもらった。 飢饉対策を前面に押し出したのがよかったのかとも思ったけど、あまりに簡単だったんでちと調べてみたら、どうも貿易の対価にウチんとこの石鹸を使ってたようで、つまるところ良心の呵責。 俺としちゃ市場を開拓してもらったんで結果オーライなんだがな。 ……むこうにも石鹸はある、つか、あっちのが本場のはずなのにうちの子の魔改造がよかったのか結構高く評価されてんだよ。 肌にいい漢方とか混ざってるのがウケたんだろうか。 微妙な謎を残しつつ、トップの了解を得たんで顔を出した商人さんに即発注。 元々うちは堺の商人から鉄砲や火薬を買ってて、連中は琉球や中国だけでなく東南アジアの方にまで手を伸ばして貿易やってるんだ。 で、その東南アジアにはスペインとかポルトガルの船が寄港してるからヨーロッパからやってくる品物も扱ってる。 日本の西の方に入ってきてる外国籍の船との取引もあわせれば、俺が欲しがっているような変わった作物も手に入るだろうと。 「それでこれなの?」 「それでこれなんだ」 時宗丸の問いに、俺は力強く頷いた。 なんかこいつとはいっつもこんなやり取りしてる気がするが、それもお約束ってやつだろう。 俺達の間には皿が一つある。 黄瀬戸のちょっと大きめの鉢で、普段から菓子皿としてよく使っている物だ。 そこに今回、時宗丸が初めて見るであろう物体が載っている。 現代人なら誰でも一目でそれとわかる、お子様にも酒飲みにも大人気のおやつ。 結論から言いましょう。 堺商人マジパネェ。 「見よ、我が至高の一品。ポテトチップス塩味だ!」 大袈裟にポーズをつけながら、ビシィ!と皿の上のブツを指し示す。 塩味しか作れなかったんだけど、いずれは海苔も使って海苔塩も作るよ! 「ぽ、ぽたて?」 反応薄いな。ちなみに帆立とは何の関係もありません。 依頼から一ヶ月とたたずに送りつけられたジャガイモだよ。 俺の記憶にあるものよりだいぶ小さい上になんか黒っぽかったけど、れっきとしたジャガイモ。 種芋にする分は別に保管しておいて、味見するためにいくつか調理してみたんだ。 バターがあったらジャガバターにしたかったんだけど、バターは作り方知らなかったから。 「ジャガイモを薄く切って揚げて、塩をまぶしたんだ」 電子レンジがあったらもっとお手軽にできたんだけどね。 「ジャガイモって、前に来たときに見せてもらった石っころみたいなアレ?」 そうです。あれです。 これを作るためにわざわざスライサーまで用意したんだぜ。 鍛冶屋を困らせながら開発しただけあって使い心地はなかなかのものだった。後でピーラーも作ってもらおう。 商品化したら若くて不器用な奥様方に売れるに違いない。 胸を張る俺を前に、時宗丸がポテチを一枚つまみあげた。 なんか凄い不思議そうな目で見ている。 「木の皮みたい……」 いやいや、見た目はともかく食えるよちゃんと。味見だってしたし。 父上や小十郎達には好評だったんだから、お前が不味いと思うことはないはずだ。 もしかして薄いのが気に入らないのか?このパリパリしてる食感は一度味わってみるべきだぞ。 「煎餅みたいなもんだよ。まあ騙されたと思って一口」 もう一度声をかけてみると、時宗丸は意外と素直にポテチを口に放りこんだ。 警戒してるのかと思ったがどうやら単に珍しかっただけのようだ。 そういえばこいつプリンの時もなんの躊躇もなく食ってたな。 こういう奴がナマコやタコを初めて食べたのかもしれん。たこ焼き食べたい。 たこ焼きに必要な材料を思い浮かべていたら、時宗丸がいつのまにかポテチを一枚食い終わっていた。 どうですか時宗丸さん。ご感想は? 「……あ、結構おいしい」 でっしょー? 酒飲みとお子様には絶対ウケると思ったんだ。 少なくとも父上と遠藤さんには絶賛されたからね。 「うわ、なんだろうこれ……一つ食べるともっと食べたくなる感じ」 後を引く味なんだよな。分かるよその気持ち。 なんとなーく手が伸びるんだよなぁ。 「喉は渇くけどおやつにはいいだろ」 にこにこしながら俺も一口ポテチを齧った。 パリリと口の中で砕けるポテトチップには強い芋の風味が残っている。 品種改良されてないせいで野趣が強いがそれもまた乙なものだ。 コイ○ヤやカル○ーのような洗練された味ではないが、これはこれで一種のグルメだろう。 調味料は塩のみという単純な味付けがかえって素材を引き立てている。 うん、ビールが欲しくなるね! 「よしよし、もっと食いねぇ」 言い終わる前に時宗丸がひょいぱくひょいぱくと勢いよく食べ始めた。 好反応に気分がよくなったので、調子にのってひとしきり今後の展望を語る。 ジャガイモは冷害に強いから飢饉対策で活躍してくれるはずだ。 連作は土によくないから別の作物との輪作になるけど、それでも食糧事情はよくなると思う。 ジャガイモを使った料理を広めてよりいっそう食文化を活性化させる。 量産したらジャガイモの澱粉から片栗粉も採れるぜ。 「うまくいったら料理の幅が広がるな」 片栗粉っぽい食材っていうと葛があるんだが、あれは製粉にひたすら手間がかかるらしいからお試しで使うのに気が引ける。 その点ジャガイモから澱粉を抽出するなら自力でなんとかなりそうだし、色々と面白いものが作れるはずだ。 とろみのあるスープとか、冬にはたまらないホットなお味です。 和食もいいけど中華も素敵。 あんかけチャーハン作るよ!! 「ていうかお前食うの早すぎ」 ちょっと目を離した隙に皿を空にしやがって。まだ3分くらいしか経ってないだろ。 「もうない……」 「試食用だっつーの。次は収穫後、今年の夏以降!」 まったくもう。 指を咥える時宗丸を横目で見ながら、皿を片付ける。 ジャンクフードの魔力って戦国時代でも有効なんだな。 「食生活には気をつけないと」 昨日貰った手紙にまた新しい作物を送るって書いてあったし、自重は大事だ。 形容からするとサツマイモっぽいんだけど、あれって本来は琉球から伝わるんだっけ。いや、名前からすると九州あたり? ただでくれる代わりにガッチャンポンプを外国に売る仲介をしたいって話なんだよな。 綱元がやたら機嫌よくなったんで、まとめて対応を投げちゃったんだけど大丈夫だろうか。 あんまりコトが大きくなると収集がつけられないぞ。 俺が将来隠居した後、ちゃんと竺丸がそのへんのことを引き継げるのかすごい疑問です。 ……ほんとたのむよ、綱元君……?
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