梵天丸様、遅ればせながら自戒なさる自分が狙って仕掛けたもんがウケるのは嬉しいんだけど、まったく意図しないところで予想外の影響が現れたりするとすごい焦る。 しかも時間差だよ。忘れた頃にやってきた過去の行動の結果に小心者は心底ビビってます。勘弁してください。 いったいなんでこんなことになっちゃってるんだ。いや、多分間違いなくオレのせいだとは思うんだけども。 雪がすっかり溶けたんで子どもらのところに遊びに来てみれば、家中に転がるボードゲーム。 囲碁将棋に双六、カルタと福笑いはあんまり違和感がない。なんとなく日本に昔からあるイメージで許容範囲内。 しかしオセロとバックギャモンはどうなんだ。隅の方に転がってる人生ゲームは完全にアウトだろ。 なんかね、ゲーム機がない祖父母の家の正月みたい。麻雀とウノとトランプがあったらマジでうちの母親の実家だよ。 「……何このカオスな状況。いつからこうなの?」 頭を抱えつつ、振り返らずに背後の佐助に聞いてみる。 「あれ、もしかしてこの時期にここにいらっしゃるの初めてなんですか」 あーそうかも。 本格的に雪が積もり始めると一気に足が遠のいてたし、正月前後は年中行事のように毎回体調崩して寝込んでたからね。 体力取り戻して動き回れるようになるのは早くても葉桜の頃で、そうなっちゃうともう春を通り越して初夏の気配が見え隠れですよ。 つか、その反応だと俺が知らなかっただけで前からこうだったのか。 「双六と福笑いはなんとなく作った記憶があるけどさぁ……」 双六は去年3枚くらい描いて、こっちに2枚持ってきたはずだ。福笑いも多分その時だな。 カルタは時宗丸に勉強させようと思って作ったことわざカルタだと思う。見つからないと思ったらこんなところにあったのか。わざわざ作り直しちゃったよ。 んんー?でもオセロは作った覚えがないぞー? 海外から入ってくるはずはないよね、日本人が作ったゲームだし。まさか開発か。子供らの誰かが開発したのか。 「一昨年あたりに碁石でやってたじゃないですか。本当は白と黒が片面ずつなんだーとかおっしゃって」 そういや挟み碁だか五目並べだかを教えながらそんなこと言ったような……ええい、一昨年のことなんて覚えとらんわ! しかしよく作ったもんだな。子どもの細工にしちゃ上出来だ。 ふんふん、大工から木っ端を貰ってきて作ったと。厚さがほぼ均一なのはそのせいか。 丸く削って加工したのはガキ共なんだろうな。微妙に歪んでるあたりに手作り感が滲み出てる。 石というか駒の片面は無垢の白木でもう片方の黒は墨。え?本当は漆塗りにしたかった?いやそれはさすがに無理だろ。 「で、このバックギャモンと人生ゲームはどういうことなんだ」 手の中の駒をためつすがめつ眺めながら聞いてみると、半分くらいは予想どおりの答えが返ってきた。 「人生げいむは若様が仰ったとおりに作っただけだと思いますよ。ばっく云々は知りませんが、それは盤双六です」 バックギャモンじゃないの!? じゃなくって、話に聞いただけの物をそのまま再現したのかよ!! うわーそれでこの完成度か。お手製のルーレットまでついてるし。 ……オレが作ろうと思ったら作れないこともないけど、現物見たこともなしにこれは凄いわ。 さすが日本人、玩具にかける無駄な情熱では右に出るものがいない。 「みんな若様の話をよく聞いて覚えてますからねぇ」 それで済むレベルじゃねーよ。 あーでもなんか今更不安になってきた。 深く考えずに自分の楽しみと暮らしやすさだけを追求してきた報いなのか? まさかそこかしこにこれと似たような波紋が広がってるんじゃないだろうな。 うまいもん食いたいし飢えるのは勘弁とか、病気の心配もあるから汚いのは嫌だとか、暇つぶしにあれとかこれとかやってみようとか、とりあえず扶養してる子どもの分の食いぶちだけは稼がんといかんとか、行き当たりばったりに行動してきたツケがだんだん表に出はじめている気がするぞ。 そういえば冬に父上が騒いでた貿易云々もきっかけはオレじゃん。 あれ、これ、ヤバクね。 「政治に関わってないのは不幸中の幸いだった。これからはもう少し自重しよう」 調子に乗りすぎるといいことない。 我が身が可愛いなら多少の我慢はするべきだ。 「あれ、若様ってまつりごとに手を出してませんでしたっけ」 やってないはずだよー。 医者にあれこれ教えたのは個人間でのやりとりで、料理だって厨の人しか知らないもん。 牛乳関連もまだぜんぜん広まってないしさ。 提灯とかポンプとか石鹸とか菜種油なんかも、あくまで子どもらの生活をやりくりするために作ったり売ったりしたんであって、『伊達』の財布にはさしたる影響はないはず。これから先何年もたったらどうなるかわからんけど。 「道はどうなんです?」 は? 「なんかお小さい時に街道整備を殿に願い出られて、遠藤様が実務の補佐をされてるとか」 今も小さいですけど、などといらんことを言う佐助の脛を蹴りつつ記憶を探る。 ……ああ、そういえばまだ梵天丸になった実感が沸いてなかったころにそんな話を父上にしたわ。 あのあと更に脇道増やしたりしたせいでいまだに工事中なんだろ。小十郎曰く、完成まであと3、4年かかるとか。 主要幹線道路はもうある程度整備されて商人の往来が増えたうえに、定期的に市が立つだけじゃなくて常設の商店なんかも道沿いに並び始めたって聞いてる。 父上も親馬鹿丸出しだったり外国にかぶれたりしてるけど、ちゃんとやることはやってるんだよなあ。 「別に願い出たってほどのもんじゃないぞ。あると便利だとは言ったけど」 「え、でも若様が一連の普請の指揮をされてるって聞きましたよ」 ハァ!? 「いやいやいや!ねーよ!!」 帳簿も金も扱うどころか見たこともないし、そもそもそんな話はじめて聞いたんですけど! 自分が責任者だと知らないなんて、そんな責任者があるかい! 手どころか顔までぶんぶんと横に振って全否定すると、佐助が小首をかしげながら質問してきた。 「えーと、遠藤様から相談されてましたよね」 意見が聞きたいとかは言われたけど、それは相談とはまた違うだろ。 会議の一つも出てないし、思うところを述べただけでその結果がどうなったかも知らないんだ。 言いたいことだけ言って後は全部任せるってのは外部の人間だよ。 「片倉様から報告も受けてらっしゃって」 話は多少聞いてたけど、別に報告ってほどのもんじゃない。雑談の一つとして耳に入ってただけだ。 そもそもあいつとは領内の安全や近隣の武将の話から田植えの話題や小姑じみた説教まで多岐に渡る世間話をしてるんだから、特別に街道の話だけを取り上げられても困る。 「若様が発案されて、殿がお許しになったと」 許すもなにもオレはただ「こうしたらどうよ」っつっただけで、後はノータッチなんだってば。 実際にGOサインを出したのは父上で、お膳立てしたのは遠藤さん。工事やら管理運営なんかは全部父上の家来がやってるんだよ。 第一だな、オレが好き好んでそんな面倒なことしたいと思うはずがなかろう。 物作ったり子どもの面倒みたりするのとは違うんだぞ。 「そのネタは限りなくガセだ。もし誰かからその話を聞いたら必ず訂正するように」 久々に必死になって佐助に言い含める。 万が一母上や竺丸派の後援してる人たちに知られたらものすごく面倒なことになりそうだからな。口止めは絶対必要だ。 小十郎にもきちんと確認しておこう。くそう、誰だよオレを陥れようとしてる奴は! 「別にいいですけど、多分無駄だと思いますよ」 なんですかその気の毒そうな顔は。 なにが無駄なんだかちょっと言ってごらんよ。 睨んでるんだか縋ってるんだかもはや自分でも分からんような視線を向けると、佐助はそっと目をそらして、呟いた。 「だって街道整備の話を披露なさったのは殿ですもん」 「な、なんだってー!!」 ちょ、ど、どいういうことだよ! 「若様の将来の基盤づくりじゃないですか。ほら、今ちょっと奇人扱いされてるし」 根回しっていうんですかね。 家を継いだ後で家臣に侮られないようにっていう御気遣いですよ。 まあ若様の御本意じゃないとは思いましたけど、鬼庭様と片倉様も奔走してらっしゃいましたし、今更誤魔化そうったって手遅れなんじゃないかなあ。 なにやら微妙に失礼は発言を織り交ぜつつも説明してくれた佐助の言葉に、ガックリと床に膝を着く。 奇人でいい。変人でいい。頼むからオレの知らないところでフラグを立てようとするのはやめてくれ。 肩にのしかかってくる絶望感や脱力感に押しつぶされそうです。 父上には全身全霊でお伝えしたい。 いらんわそんな親心!! ありがた迷惑にもほどがあるっちゅーねん。ああどうやってもみ消そう。 今後の対応の事を考えながら、オレは無言で天を仰いだ。 この薄汚れた天井の向こうには青空が広がっている。 何もかも忘れてその下を駆け回れたらどんなに幸せだろう。 「バサラ技とかいうので雷落せねーかな……」 この話を聞いた奴の頭にもれなく電気を流して記憶を消してしまいたい。 そのためなら多少人間の域を超えてもいいかなと思うんだ。
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