梵天丸様、御自分を見つめなおされる




 

 今この瞬間、もーれつに小十郎に謝りたい。

 ごめん、お前の言うこと聞いときゃよかった。
 外に出るたび一々護衛呼ぶの面倒とか言って悪かったよ。
 自分の身を自分で守れもしないガキのくせに、調子にのってました。
 ほんの出来心だったんです。生きて帰れたら次からはちゃんとお前か佐助を供につけます。


 だから今すぐ助けに来てくれ。


 「まさかこんな好機に恵まれるとは。梵天丸様には感謝せねばなりませぬな」

 目の前でニヨニヨと笑っている性格の悪そうなおっさんが話しかけてくる。
 怪しい気配を察してか、横にいる四駆が牙を見せてグルルと唸る。

 「さて、なんのことか分からんが」

 とぼけながらジロジロと観察する。
 おっさんは両脇に助さんと格さんのごとく仲間を従えているが、どう見ても正義の味方ではない。
 どっちかってーと悪代官とその家臣ABみたいな感じだ。
 身なりがちゃんとしてて、比較的清潔そう。明らかに金に困った追剥や人攫いの類じゃない。
 これって絶対この前佐助に聞いた一件が原因だろ。薬じゃなくて直接殺りにくるとはなんとアグレッシブな。

 ずばりあなたたち、刺客ですね。

 「あなたがいけないのですよ。子供は子供らしく遊んでいればよいものを」
 
 どこかで聞いたようなセリフをありがとうございます。

 城を抜け出して危険なめに遭うとかテンプレ過ぎて涙が出そう。
 あれだね、分別と考えが足りない子どものすることだよね。
 肉体年齢的にはまあ仕方がない行動だけど、精神年齢で考えたら顔から火が出るどころか穴掘って埋まりたいレベルの失態ですよこれは。
 やだなー帰ったら絶対怒られる。その前に生き残れるかどうかわからんが。

 「せめて苦しませずに逝かせてさしあげましょう」 

 おっさんの笑顔がいよいよ輝いてきました。
 あれー?三人ともどーして刀に手をかけているのかなー?
 未だかつて無いピンチに不思議と半笑いになる顔。ほっぺた引きつってます。

 ふひひ、どうしようこの状況。 

 「ここで笑ってみせるとは……いやはや、実に惜しい」

 わざとらしく首を左右に振るおっさん。リアクションがエセ外国人のようだ。

 それにしても凄い侮りようだな。
 なんかこうなってくると是が非でも生き残って見返してやりたい気がする。 
 テンションが突き抜けたのかさっきから頭がどんどん冷えてくし。

 歪んだ笑みを顔に貼り付けたまま生存率の高い道を探る。

 ちょっと建設現場を覗きに行くだけのつもりだったから丸腰で寸鉄帯びてない。
 能力的にも時宗丸みたいな大暴れは無理だろう。あっちは三人もいるしな。
 大声を出せば相手を刺激する。
 自業自得だがこそこそと裏路地を選んで歩いていたせいで周囲は全くと言っていいほど人気がない。
 それに多分、叫びを聞いて一番最初に来てくれるのは近所の奥さん連中や子供達だ。犠牲者を増やすなんて冗談じゃない。

 「今生では御縁がありませんでしたが、来世ではよい関係を築きたいものですな」

 逃げの一手しか選択肢がないのはもはや確定。
 ならどう動けば一番生き残れる可能性が高いか。

 堀に飛び込むという手は、万が一捕まったときに抵抗すらできない可能性があるから却下。
 どっかの家に助けを求めるのも、背後から切られたあげく一家惨殺の危険を考えて不採用。
 相手の出鼻を挫いて、その隙に走って逃げるというのが一番無難かな。単純極まりないけど。

 人がいるところに一直線で行くべきだ。

 路地を利用して撒こうにも、こいつらが伊達の人間だとしたら地の利はオレより相手にある。
 ポイントは相手の追跡が始まる前にどれだけの距離を稼げるか。そのための時間は横の愛犬に稼いでもらう。
 ここから子ども達の新居建築予定地まで少なく見積もっても百メートル以上はある。全速力で走っても途中で追いつかれるだろう。
 だが建築現場に行けば絶対に人がいるし、城に比べればまだ近い。
 
 「四駆」

 囁くような声だけで望むところを理解したのか、唸っていた四駆が静かに身を低くした。
 力を溜め込むように沈み込む身体に、ひきつったそれでなく笑顔が浮かぶ。なんて頼もしい相棒だ。
 えらい。かしこい。だから死ぬなよ。

 さあ、命をベットに大博打。 

 とにかく初撃を避けないことにはどうにもならん。
 呼吸を整え、足に力をいれ、相手の動きをよく見て、小十郎の動作を思い出しつつ――……

「それでは御命頂戴仕る……御免!」

 きた!

「ていっ!」

 刀が振り下ろされるタイミングにあわせて、ヘッドスライディングで正面にいたおっさんの股下に飛び込む。
 まさか向かってくるとは思わなかったんだろう。その場の空気でおっさん達が固まったのが分る。
 その僅かな隙がオレのチャンス。
 手加減なしに頭から突っ込んだせいで盛大に転がったが、その勢いのまま起き上がって走り出す。

 よっしゃー!囲みを抜けたァ!

 一瞬の間の後で、「待て!」という声がかかる。
 馬鹿め、古来から待てと言われて待つ馬鹿はいない!

「くれといわれてやる命はねえ!!」

 捨て台詞を吐きつつ全力で逃走。
 足の短さは回転数でカバーだ。毎日ひたすら四駆と歩き回って鍛えたオレの脚力を見るがいい!
 オリンピックとまではいかないが、オレ的には自己新記録を更新するような速度で猛ダッシュ。
 数十メートル先の建物があっという間に近づいていく。
 あの建物の向こう側に行けば、建築現場まで視界を遮るものはない。
 後ろの方では四駆が奮闘してくれているようで、ドリフばりの大騒ぎが起きている。

   ちょ、このクソ犬…!
   ウォオオン!!
   かまわん、叩っ斬れ! 
   目がー!目がー!

 わんわんおー(∪^ω^)

 うーむ大惨事。振り返る余裕がないのが悔しいくらいだ。
 人間は動物に勝てないって何かで読んことがあったが、あれは事実だったんだな。
 さすがお犬様は格が違った。これで勝つる!
  
 「ののわっ!」

 すいません調子にのってました。

 建物まであと数メートルってとこで突然体が後ろに引っ張られた。 
 首の辺りが急に締まってオエッとなる。
 足が地を離れ、視界がぐるりとまわる。
 ああ首根っこつかまれて放られたのか、と理解したとたん、全身が地面に叩きつけられた。

 「けふっ!ガッ!」
 
 バ、バウンドするような勢いで投げんな!

 背中を強打した衝撃が肺に伝わり息が詰まる。呼吸がうまくできない。
 なんとか立ち上がってはみるが、痛いよりも苦しさで足がふらついた。
 それでもなお逃走を続けようとしたオレの前に立ちはだかる邪魔者。

 さっきお喋りしてたおっさん、オレをたった今放り投げやがった奴だ。
 四駆を振り切ってくるのに相当苦労したんだろう。着物はあちこちほつれ、汗だくになって肩で息をしている。
 しかしオレにとって重要なのはおっさんの風体よりも、その手に引っさげられた抜き身の刀だ。
 
 「はあ…はあ…ざ…残念…でしたな……っふぅ…」
 
 ぅゎ ぉゃι゛っょぃ 

 いや強いじゃなくてキモい。ハアハア言ってんじゃねーよマジでキモい。
 別に大事なことじゃないけどあまりにキモいので二回言いました。
 さあいよいよ危なくなってきたぞ。これは詰んだか?
 犯罪に手を染めたわけでもないのに他殺とかちょっと酷くないか。
 しかもこんな北斗の拳の雑魚キャラみたいな奴にやられるなんて納得がいかん。

 色んなことが頭の中を駆け巡ったが、とりあえず無言で身構えた。
 寸鉄帯びていない身じゃたいした抵抗もできなかろうが、やらないよりはいい。

 「往生際の悪い……!」

 うっせ。往生って文字通り死ぬってことだぞ。潔く逝ってたまるかよ。

 ……振り出しに戻ったわけじゃない。
 さっき四駆とオレが盛大に騒いだから時間さえ稼げば助けが来るはずだ。
 おっさんはトンネルを警戒してか半身になってこちらに対している。前回と同じ策は使えない。

 草履を片方蹴っ飛ばして、横に転がってみるか。

 ジリジリと下がりつつ片方の足を後ろに引いて、相手に見えないように草履から抜く。
 間合いと呼吸。またしてもタイミング勝負か。

 「今度こそ」

 一つしかない目で射抜けとばかりに相手を凝視する。
 筋肉の動きを読む。息をあわせる。

 男は勝ち誇ったようなムカつく顔で刀を振り下ろした。

 青空。日の光。輝く刃。
 
 飛ばした草履がおっさんの顔にぶち当たる。
 体を倒したオレの上で、落ちてくる刃が弾かれた。

 「若様!大丈夫ですか!」

 これぞ忍者。
 まるで土を捲きあげるようにして現れた佐助が、刀を手にしたおっさんを正面からぶった切った。
 くるりと振り返った佐助は顔色が真っ青だ。お前のほうが大丈夫か。

 「あ、はい。無事です」

 なぜか敬語になる。  
 言ったとたんに力が抜けてぺたりとその場に座り込んだ。
 安心したせいか今頃手が震え始めた。まるでアル中のようだ。背中を汗が伝い落ちる。

 助かった?助かったんだよな?


 「ふはぁー……」

 
 深々と息を吐きながら両手を地面につく。
 
 ……一応覚悟してたつもりだけど、つもりでしかなかったということが分かってしまった。
 殺される恐怖。殺す恐怖。これが戦国時代か。
 まあいつかは通る道だとは思ってたんだけど、さぁ。 

 そっと送った視線の先。
 佐助の腕が良かったからか、おっさんは既に息絶えていた。
 首筋の辺りから袈裟懸けに一太刀。
 一目でそれと分かる他殺体です。まさかこんなに早く見ることになるとは。
 交通事故直後の現場みたいだ。身近な例えを出すなら鼻血が逆流した時みたいに、鉄臭いより生臭い。
 死体に対する生理的な嫌悪はともかく、自分でも驚くほどに動揺が少なかった。


 つーか、目の前で人を殺されても、殺された人より殺した佐助の方を案じるオレってどうよ。


 「若様?まさか立てないような怪我を!?」
 
 考え込んでなかなか立ち上がらないオレを前に、佐助が血相を変えて膝をついた。
 怪我という言葉に改めて我が身を省みる。うん、ボロボロだね。

 肘のあたりのピリピリする痛みはスライディングの時に地面で擦った擦り傷だろう。
 容赦なくぶん投げられたから、多分あちこち打ち身もあると思う。
 草履は蹴っ飛ばして片方どっか飛んでっちゃったし、転がったから全身泥と埃まみれだ。

 でも、生きてる。  

 「ああ、いや、安心して腰が抜けちゃって……」

 へらへらと力なく笑い返しながら、つらつらと考える。
 
 つまるところ、一般的に人間がどうとかじゃなくて、オレがそういう人種なんだろう。
 殺意をもって攻撃してきた相手、突き詰めればオレに害意を向けた奴が死のうがどうなろうが知ったこっちゃないという、人としてちょっとアレなタイプ。
 平和な現代社会では声高に非難はされなくとも決して褒められるような人間性じゃないわな。
 だけど、ここは戦国時代で、そうじゃなくても正当防衛っつー言葉もある。
 そもそも今さら自分に絶望するほど純粋でもない。三十も過ぎてそこまでキヨラカではいられん。 
 しょーがない、殺すことより死ぬことの方が怖いんだから。

 他人より身内と自分が大事。
 これは一つの真理だと思うんだよね。

 「よし、納得した。オレ復活」

 自分の中で決着がついたところで、さー帰ろう、とのろのろ立ち上がる。
 色々と無茶をしたせいか身体の節々が痛い。明日は筋肉痛かな。
 
 「若様、とりあえずお運びしますから」

 生まれたての小鹿のの如くぶるぶるしながら歩くのを見るに見かねたんだろう。
 父親に抱っこされるお子様よろしく、佐助によっこいせと抱え上げられた。
 歩けると文句を言おうとしたところで、高さのせいで若干広がった視界の端に影がよぎる。

 遠くから凄い勢いで走ってくる四駆と、それを追い越さんばかりの速度で駆けてくる、凄い形相の小十郎。

 ああ……うん。
 ちょっと頭から抜け落ちてたけど、刺客は全員倒されたようでなによりだね。
 四駆も大きな怪我は負っていないようでほっとしたよ。
 あとは事後処理だけど、まあその辺は周りに任せておこう。
 オレにはそれ以上にやらなきゃならんことがあるみたいだし。

 ……小十郎による数時間耐久説教を拝聴するという大仕事が。

 
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