梵天丸様、暑さに我を失われる




 

 アイス食いたいアイス食いたいアイス食いたいアイス食いたい。
 
 ビール飲みたいじゃなくてアイス食いたいと思うあたり、なんだか骨の髄まで子どもがえりした気分だ。
 ああでもこの時代にビール飲もうと思ったらビール麦を探すところからはじめにゃならんのか。
 それならアイスの方が再現の可能性は高いだろう。
 
 アイスアイス。口の中に広がる冷たい甘さ。
 濃厚な味わいのバニラアイスに懐かしのスイカバー。サッパリとしたカキ氷に魅惑の食感雪見大福。
 あと400年くらいたたないと拝めそうにない品々を思い描いてそっと涙を拭う。
 ダッツなんて贅沢は言わない、1本50円のガリガリ君で充分だ。
 いや、もうこの際製氷皿の氷だっていい。オレに冷たい物をくれ。
 どんなに大声で叫んでも、心の底から祈っても、この願いは届かない。

 「ああ究極の片思い……」

 打ちひしがれて倒れるオレ。身体を起こす気力もないので最初から倒れ込んだままですが。
 この状態をだらしねえとか言う人は、オレと同じダルさや苦しさを体感してみればいいと思うよ。
 例年になく厳しい夏の暑さに梵天丸はもはや我慢の限界です。
 夏は毎年こんなもんだろうって?それは言わない約束でしょおとっつぁん。

 「うー…あー…」

 転がってると時間の経過とともに影が移動していくので、その度にゾンビのように呻きながら日陰へと寝返りをうつ。 
 動いた拍子に潰れた夏草の匂いが鼻をくすぐる。
 日差しは強く風もなく、木陰にいてさえ暑さで蒸し焼きにされそうな午後だ。
 うつぶせに倒れているオレの背中を猫がふにふにと踏んでいった。にくきゅうきもちいいです。
 抵抗をする気力もなく成すがままのオレに、遠くから駆けてきた時宗丸が声をかける。

 「梵さまー川に行こうよー」

 日が落ちたらな。
 
 「山でもいいよー?」

 日が落ちたらな。

 「瓜があるよー」

 日が落ちたらな。

 壊れたテープレコーダーのようにリピート。
 死人のように微動だにしないオレを心配して、時宗丸が近づいてきた。
 ぼんやりとその姿を目で追いかけ、日向と日陰のコントラストでクラリとした。
 転がっているのに眩暈とはこれいかに。
 
 「梵さま、大丈夫?」

 「駄目」

 しゃがんで顔を覗き込む時宗丸に一言で答える。 
 冗談なしに。もうホント、マジでダメっす。

 ここ一週間全然雨が降らないし、今日も無駄に天気がいいし、風はないし。
 さすがに夜は日中より活動しやすいけど、なんかまとわり付くような空気のせいでウトウトしたと思ったら朝になる。
 脱虚弱に至らない身体の弱い幼児にとって万年睡眠不足とか普通に拷問です。
 中世の『それなり』な鏡で見ても日に日に目つきと顔色が悪くなってくのが分かるんだよ。
 なるべく食べるようにはしてるけど、この分じゃ体重も相当減ってるに違いない。
 体力ついたはずの今でさえこうなんだから、もしも去年の夏がこんな暑さだったらオレは死んでいたかもしれんな。

 「遊べないですか」

 「無理」
 
 夜になったら飯食ってっから稽古に付き合ってやるからそれで勘弁しろ。
 長々とやってたらぶっ倒れる自信があるから筋力を維持する程度でな。
 あ、水泳でもいいぞ。夜の川は危ないんで保護者倍増するけど。
 
 「……梵さまって弱くなったよね」

 唐突な発言がザクリと心に刺さる。 

 いきなり何を言い出すかと思えばずいぶんなお言葉で。
 率直すぎる表現は人の神経を逆なでするということを、このお子様はまだ知らんようだ。
 少なくとも寝込んでないだけ正月よりはマシだろうが。この夏の異様な暑さが悪いんだよ。
 お前だってちょっと動きが鈍ってるんだから人のことどうこう言うな。

 諸々の気持ちを込めて睨みつけるが、時宗丸はあまり堪えた様子もなく愚痴る。

 「春はもうすこしでバサラ技ができそうだったのに」

 バサラ技ってーとあの静電気か。 
 まあたしかに春先には感電の頻度が増してたかもしれんが、あれは技がどうとか言うレベルじゃなかったぞ。
 たまに小十郎が「ビリビリしますな」とか言うくらいじゃ何の役にもたたん。
 ああ、発毛とか肩こり解消くらいには使えるかもしれんが。 
 なんだっけ、ほら、エレキテル?ピッ○エレキバン?みたいな。

 「そのバサラ技っつーのがどういう理屈で使えるようになるのか知らんしー」

 お義理で不満を口に出してみるが、暑さのせいで声に力が入らない。

 「鍛錬だよ!毎日技を磨いていればできるようになるよ!……ですよ!」 

 今更な敬語は微妙だが、熱意は伝わる。
 ていうか見てるだけで熱い……背中に炎でもしょってんのか……。
 青少年の健全な姿から目を逸らしながらも、一応時宗丸の言葉について考える。

 バサラ技バサラ技……話だけはぽつぽつ聞くけど実際に見たことはないんだよな。

 雷。電撃。スタンガンみたいな感じか。
 たしか以前父上がバサラ技で庭の木を焦がしたって聞いたことがあったぞ。遠距離攻撃も可なのかもしれん。
 雷でも落とすのか?自然現象操るとかありえなくね?ライデインとか勇者すぎる。
 想像すると絵的に中二病だな。
 つーかバサラ技っていう呼び名が既に中二臭くてこの年だと恥ずかしい。
 さすが必殺技だ。そんなもん振り回してるのを近所の人に見られたら社会的に必殺だわ。オレが。

 ま、とりあえず小十郎が使えたらそのうち見せてもらうよ。
 涼しくなってからな。

 「梵さま無気力です」

 そうだね。プロテインだね。

 「あついよー」  

 ちょっと考えたらなんだかオーバーヒート。
 暑さのせいか脳みその性能が低下してんなあ。処理速度落ちすぎだ。 

 うだうだと日陰でとろけているオレを元気付けようとしているのか、時宗丸が一生懸命話かけてくる。
 
 「梵さま、いっしょにバサラ技覚えましょう!雷とか、炎とか、氷とか、きっと楽しいよ!」 


 なぬっ!?

 
 「なん……だと……?」

 
 驚愕のあまりクワッと片目を見開くと、興味を示したと見て時宗丸が更なる情報を提示する。
 しかし、オレの興味がバサラ技とは違った方向へ向けられているということは気づいていないようだ。

 「一番多いのは炎だけど、越後上杉は氷だし、尾張では闇を使う将がいるんだって」

 やっぱり氷って言った!
 聞き間違いじゃない!!

 「伊達は雷に関わるバサラ技を覚える人が多いけど、血か土地が関係するのかなあ」
 
 雷はどうでもいい。もっと氷の話をするんだ。
 じっと見上げる視線に何を思ったか、時宗丸の話はオレの望みとは違うほうへずれていく

 「俺はまだわかんないけど、梵さまはきっと雷だよね!ほら、前にちょっとバチバチしてたから……」

 だから雷はいいって。大事なのは冷たいモノだよ。  氷。氷。ああ、なんという甘美な響き。

 越後に行けば氷が手に入る。
 この状況でその情報を手に入れたというのはきっと天啓に違いない。
 ほうら神様が『汝のなしたいようになすがよい』って言ってるぜ。

 え、邪神?大丈夫大丈夫!

 「行くぞ」

 「へ?」

 日が落ちるまであとほんの数刻。だが今のオレには充分な時間だ。

 すっくと立ち上がってぐっと拳を握る。
 立ちくらみか一瞬目の前が暗くなるが、気合で踏みとどまった。
 大丈夫だ。ちょっと我慢すればきっと氷が手に入る。それまで持てばいい。
 久々にやる気がみなぎってきた!逝ける!!

 「ちょっと越後行ってくる。ヘイ佐助!馬ひけぇい!!」


 さあ出陣だ!!

  
 「ちょっ……えええええええっ!?」




 
 暑さって怖い/(^o^)\


 蚊帳の中から天井を見上げながら、オレは猛烈に悔いている。
 日が沈むまでのたったの数時間。なんでその数時間が我慢できなかったのか。
 や、理由は分かってるんだけど……あああ……。

 枕に顔をうずめてひとしきりのた打ち回る。

 反省しようと昼間の行動を振り返ると、顔から火が出るほど恥ずかしい。
 咄嗟にオレを羽交い絞めにした時宗丸と即座に駆けつけた佐助はいいとして、通りがかった黒脛巾の連中まで動員するとか、どんだけ暴れたんだ。
 しかも調子にのって「馬ひけー!」とかアホなこと叫んじゃってどこの武将だよ。

 「恥ずかしさで死ねる……!」

 でも、オレが恥ずかしい思いをするくらいで済んで本当によかった。
 あのまま越後まで突撃してたらきっと大事になっていただろう。
 止めてくれた皆には改めて礼を言わないといけないし、大暴れ中に突然鼻血噴いてぶっ倒れ各方面に心配をかけたことも、後でお詫び行脚せねばなるまい。菓子折り持参で。

 しかし目が覚めたら枕元に般若のような形相の小十郎がいたのは怖ろしかったな。
 布団から起きられないから逃げられず、自分が悪いのを自覚しているから返す言葉もない。
 その状態で上から見下ろされて延々とウン時間の説教。今寝たら夢に見そうだぜ……。
  
 「眠れねえーでも寝ないと明日がこえー」

 ぐずる子どものように布団の中でジタバタと泳ぐ。
 明日も今日みたいに暑くて、そこに睡眠不足が加わったら本気で死んでしまうかもしれん。
 つーか、氷が手に入ると知ってしまった今、またオレの精神が我慢の限界を超えた時に氷を求める衝動を堪えられる自信がない。
 面倒だが夏の間は近くにストッパーを置いておくべきか。
 だが、そいつが近くにいることでうっとうしさのあまりキレやすくなる可能性も……どうしたいいんだコレ。

 「ウチに氷系の技能持ってる奴がいりゃあなあ……」

 説教の合間に聞いたところによると、越後の上杉だけじゃなくて相模の北条にも氷使いがいるんだとか。
 それを聞いてオレは思ったね。どんな時代だろうと世の中の不公平は変わらないんだって。

 なんっっっで余所にいて伊達にいねぇんだよ!!

 雪国の越後はともかく相模とかウチより南じゃねえか!
 土地じゃなくて血か!血統か!!輸血したらオレも氷が出せるようになんのか!? 

 「……オウフ、いかん。また熱くなってしまった」

 冷静に冷静に。

 とにかく今日は頑張って寝よう。
 自分の理性に不安を覚えるけど、そこはもう自分に『大丈夫』の暗示をかけるしかない。
 最悪の場合は刺客の危険を踏まえてでも川へ行く。
 池?最近は凄い水量減ってる上に水が淀んでるからパス。亀いるし。
 佐助が泣きを入れて小十郎がぐちぐち言ったって絶対行く。
 浅瀬ならきっと大丈夫だ。根拠はない。

 「まてよ。ビニールプールって手があるじゃないか」

 今のオレは子どもだ。恥ずかしげもなく水浴びできる。
 さすがにこの時代にビニールはないが、そんなもんデカい盥を用意すりゃいい。
 問題は盥の深さと大きさだけだ。
 時宗丸も入れるくらいが理想的だが、なければいっそ作ってもらってもいいな。

 「よし、ちょっと一般的な盥のサイズを確認して来るか」

 蚊帳を潜って障子を開けて、廊下に出たら小十郎という名の鬼がいました。

 今日はもう遅いので説教は明日。
 盥はないけど水風呂を用意してくれるそうです。

 小十郎マジこええ。

 

 
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