梵天丸様、秋の夜長に備えられる




 

 蛙の鳴き声がいつのまにか虫の音に取って代わっているのに気付いた八月の終わり。
 さすがにこの時期になると日中はともかく夜はかなり涼しい。というか寒い。
 よく考えれば旧暦の八月だと秋になるわけだから当たり前だけどさ。
 
 「しかし涼しくなってようございました」

 雲が流れる雨上がりの宵。
 濡れ縁で猫を抱いているオレの横で、小十郎がしみじみと呟く。
 うんうん、オレもマジほっとしてるよ。今年の夏は異常なほど暑かったし。
 8月の頭ごろまでは雨もあんまり降らなくって、すわ旱魃か、てなもんでかなり焦ったよな。
 十日ぶりの夕立の時は思わず時宗丸と一緒に外に走り出ちゃってさあ。

 「梵天丸様の奇行もおさまって……」

 あ、そっちか。
 ……えー、その節はどうもご面倒をおかけいたしまして……。

 「越後に氷を取りに行こうとされたり、馬の名前を突然変えられたり、まあ他にも色々と…」

 「いや馬の件はオレが意図したわけじゃないし」

 思わず顔の前で手を横に振る。
 越後に行こうとしたのは確かにオレが悪い。
 『梵天丸様熱暴走事件』とか言われてマジで懲りた。
 でも馬の話は時宗丸が悪いんだろ。オレのせいじゃねえ、つかオレも不本意だよ。
 
 「しかし発端は梵天丸様では」

 ええー。

 オレは日陰で熱に浮かされながら尾崎歌ってただけだぜ。
 「盗んだバイク」の「バイク」って何だって奴がしつこく聞くから、「軍馬だ。名馬の名前だ」って教えてやったんじゃないか。
 適当なこと言うなって怒られるのは分かるが、それを受けて馬の名前変えるって言い出したのは時宗丸だし、騒いだのはアイツの供の人たちじゃん。
 気づけばまあ窘めるなり止めるなりしたかもしれんが、知らないところでとった行動を抑えるなんて無理無理。
 
 「どう考えても梵天丸様が原因かと」

 そうかなあ。そんなこたないと思うんだが。
 ハチ公物語を知ったからって突然自分の犬の名前を改名する奴はまずいないし。
 時宗丸の馬って結構いい馬だし、まさかそんな行動に出るなんて誰も予想できんだろう。
 
 「そう度々このようなことがあっては困ります。しばらく御歌はおやめください」

 眉間に皺を寄せながら小十郎がいちゃもんつけてくる。
 オレの不平は一切無視か。なんというスルー力。

 ううむ。

 ……まあたしかに輪唱とか今回のこととか、未来の歌を歌うのは問題がないではないかもしれん。
 しかしそうするとオレは秋の夜長にどうやって暇を潰せばいいのか。
 合唱聞いたり指導したりすんのは案外いい暇つぶしだったのに。

 「鍛錬や御勉強では」

 昼間にさんざんやってるじゃまいか。
 そういうんじゃなくてさ、もっとこう、楽しいことがしたいんだよ。
 元が夜型だったせいか、日が落ちると眼が冴えてウキウキしてくるんだ。
 そういう無駄に上がったテンションを活かせるようなことって何かないのか。
 
 「歌はだめだし、作業も…しばらく派手なことできないから自粛中だし……」

 とりあえず外出は最初から選択肢にないわな。
 相変わらず危険だから散歩に行くにも護衛必須で面倒だし、オレもそこまで馬鹿じゃない。
 
 でも夜に室内でできることって結構限られてるぞ。

 新しいゲームとか考えようかなあ。ああでもそれも「派手なこと」になるか。
 料理は火を落とした後だと面倒だろうし、どうせなら作ってすぐに食ってもらいたいからこれもパス。
 ジオラマとか作るってのも楽しそうだけど、保管場所がなあ。ううん。

 「漠然と文化方面がいい気はするんだけど」

 いずれ訪れるであろう隠居生活のためにも趣味はたくさんあったほうがよかろう。
 あと、最悪の場合は佐助を養いつつ逃亡生活を送んなきゃならないから、最低限は稼げるように手に職つけときたい。
 ついでにその暇つぶしが外野から文句言われない程度に無難なものであればなおよろしい。

 そうすっとやっぱ習い事の定番、歌舞音曲か。
 武家の嗜みとしちゃそれほど珍しくはないし、大道芸にもなるしな。
 以前ちょろっと小十郎に教わった笛か、あるいは虚無僧スタイルを目指して虎哉禅師に尺八とか習うのもいいかもしれん。
 他に調達できそうな楽器っていうと筝や琵琶なんかも捨てがたいが、これは教えてくれる人がいるかどうかが問題だ。

 「……いや待てよ。城で夜に楽器演奏したら普通に近所迷惑じゃね?」

 子どもらが歌ってんのは外だからまだいいけど、オレの部屋だとあっちこっちに障りがありそうだ。
 練習中の楽器の音ってたいてい不協和音っつーか曲の形をなしてないから、聞いてて苦痛だし。
 そーすっと楽器は全滅になるぞ。後は踊りか。盆踊りとマイムマイムの経験しかないんだが。

 「歌でも御詠みになられてはいかがでしょう」

 腕組みをしていて考え込んでいたら、横からアドバイスが飛んできた。

 「だから歌はダメって……ああ、和歌か」

 歌うんじゃなくて詠むほうね。ふんふん。

 なんか適当な助言だったがこれは結構いい考えかもしれない。
 この時代の教養としては必須項目だもんな。
 元々創作活動は嫌いじゃないから、ハマれば結構楽しめるだろう。

 「創作といえば、最近絵を描いてないなあ」
 
 気が付くと急に書きたくなってくる。
 しかし小十郎の案も捨てがたい。折角だから組み合わせてみようか。
 絵を描いた横に和歌を入れたりとか、和歌にちなんだ絵を描いたりとか、掛け軸でよくあるパターンだもんな。
 何枚も組み合わせて物語り調にするのも面白そうだ。絵巻物にするもよし、和綴じにするもよし。
 
 これはいけるな。

 行灯の灯りと月明かりで手元は結構照らせるし、竹で作ったペンなら比較的前と同じ感覚で描ける。
 まあ絵柄についてはこの時代に合わせてポンチ絵みたいなとこから始める必要があるだろうが。
 最初の題材は親しみやすく日本昔話か、日本人うけしそうな海外の童話でもひっぱってこよう。
 コマは最初のうち番号振ったほうが……まてよ。

 「コマ割ったら漫画じゃん」

 愕然。

 なんか今ナチュラルにコマ割り考えていたぞ。
 戦国時代になってまで漫画を描こうとしてしまうとは、なんというオタクの業。
 たとえ体が変わろうとも魂までは変わりはしないということか。オレの同人魂も侮れねえ。
 データ入稿どころかまともな紙もトーンもないこの時代、集中線やかけ網や点描は当然ながら全て手描きだ。
 というかよく考えるとまともな定規もないのではなかろうか。
 手作りの竹ペン一本で漫画を描くとか胸が熱くなるな……。

 や、描くけどネ。
 
  
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