梵天丸様、ゆく年を振り返られる冬になっても体調が崩れない幸せ、プライスレス。 この一年間地道に体力づくりを続けてきたおかげか、今のところ風邪の兆候は全くない。 このまま雪解けの頃まで気を抜かずに生活していけば、この冬もなんとか寝込まずにやり過ごせる気がする。 年明けからの鬱期間が心配だけど、多分そのあたりは皆が気をつけてくれるだろ。例年のことだし。 「しかし、今年も色々あったなぁ」 炬燵に足をつっこみつつしみじみと呟く。 対面に座ってる時宗丸は、さっきからうつらうつらと舟をこいでいて聞いているのかいないのか。 どっから見ても冬休みの子どもの図だな。年明けには書初めをやらせちゃる。 「時宗丸はまたデカくなったし……」 言いながらなんとなく手を伸ばして、沈没しかけている時宗丸のつむじを人差し指で押す。 雨後の筍のようににょきにょき伸びやがって。 オレだって一応成長してるはずなのに差は広がる一方だよ。 横にも縦にも明らかに時宗丸の方が一回りは大きいっつーのはどういうことなんだ。 ……ああ、病気のせいだね。 毎年冬になるたびに成長をリセットしてるからなあ。 去年までは三歩進んで二歩下がるような成長しかできなかったオレと無駄に超健康優良児の時宗丸じゃ土台からして比較にならん。 オレも意識して小魚食ったり牛乳飲んだりして栄養とってるし、適度な運動や睡眠を確保したりと工夫はしているけど、ほぼ同様の生活をしてる時宗丸にはどうあっても追いつけない。 時宗丸には内緒で室内でできる筋トレメニューとか考えてみるか。ストレッチとかもっと真面目に頑張ろう。 「あ、成長っていえば気がついたら佐助が声変わりしてたな」 雪が降り出す前に西の方に行ってもらってたんだけど、帰ってきたら別人のような声になってたんだよ。 やたらいい声でちょっとイラッとしたけど、一ヶ月程度であの変わりっぷりはさすが成長期って感じ。 ただ、どっかで聞いたことあるような声なんだよね。誰に似てるんだろう。気になる。 まあ奴が次に遠征する前に思い出せたらいいなと思います。 最近護衛よりも出張の期間の方が長い気がするけど頑張ってくれ。 「あとは小十郎が人知れず農地を増やしてたり」 開墾するところから始めたのにも驚いたが、収穫量にもその質にもビビった。 春先に張り切って耕したり種まいたりしていたと思ったらあっという間にビッグサイズの野菜が。 オレが頼んだジャガイモのほかにも、葱やら牛蒡やら大根やら色々と凄かった。大きさ的にも味的にも。 これも才能って奴か。世が世ならそっち方面で大成できたかもしれんな。 農業高校行って農大行って、大規模農業とか農作物のブランド化とか、武士より向いてるんじゃなかろうか。 この時代でそんなこと言ったら失礼だから言わないけどさ。 「こうしてみると、オレの下って結構落ちついてるのかも」 黒脛巾組は地侍なんかも組み込んでこつこつと組織を拡大中。 子どもらの方も石鹸がらみの事業があたってなんか大口の取引が舞いこんだらしい。 一部のお子様がマッド化しつつあることから目を背ければ、まあ概ね順調だ。 シャンプー作ろうとして誰かの髪が緑色になったとか聞いたけど、大丈夫だ。問題ない。 お金関係も綱元が財布の口をキュッと締めてるから安心して下駄を預けておける。 しかし上はちょっと……ねえ……。 「母上は相変わらずツンツンだし、父上は外国かぶれが悪化しちゃうし」 母上はいいんだ母上は。ツンツンで通常運転だから。 ここ数年の付き合いであの人が言うほどオレのこと嫌ってるわけじゃないのも分かったし。 通りすがりの嫌味の応酬は続いてるけど、基本的にオレが勝ってるんでストレスもあんまないしな。 まずいのは父上だ。 中国や東南アジアだけでなく、間接貿易とはいえヨーロッパに手が届いて喜んでたのは知ってる。 ウチじゃまだ硝石が安定して生産できてないし、人身売買にさえ気をつければかなり素晴らしい業績だと思う。 でもあれはねーよ。鷹狩にトゥギャザーとか、言われた瞬間茶を噴いたわ。 普通の会話に混ざる英単語が謎過ぎて周りのおっちゃんたちの頭に時々ハテナマークが出てんじゃねーか。 オレは何言ってんのか理解できるけど、分かるだけに突っ込みを入れたくてたまらない。 お前はルー○柴か。いや会話にビュッとかバーンとか擬音が混じるあたりむしろ長○か。 なんでよりによって英語なんだろう。オランダとかポルトガルとかならオレも意味不明のままだったのに。 しかも家臣団が着々と感染してて気がつくとオレもエセ英語が口から出とる。ヤバい。 「どげんかせんといかん」 どしたらいいのか全く解決策が浮かばないが、せめて自分の身だけは守りたい。 身っていうか生活習慣?常識?癖? ともかく、芸人でもないのに素の会話で笑いを取るのはちょっとな。 いっそ完全に頭の中で切り替えができるように船員に正しい英会話を習っておくべきか。 純粋な英国人はいないかもしれんが、貿易に携わってるなら会話できる奴が一人か二人はいるだろう。 「ついでに沿岸部も見てみたいな」 というかこっちが本命です。 言語習得だけを考えたら安全のためにも呼びつけるのが正解だもん。 でもとってつけたような大義名分を用意してでも海に行ってみたい。夏に。 ええ、海水浴です。(`・ω・´)キリッ だって今年の夏本当に暑かったんだもん……。 オレの精神と健康のためにも、見聞を広めるという意味でも、来年はぜひとも海に!行って!みたい!! 日帰りは体力的に難しいかもしれんが、一泊二日くらいならなんとかならんかな。 文句言いそうな小十郎と佐助も連れて。多分行きたがるであろう時宗丸も一緒に。 護衛とか大変そうだけど今年みたいにブチ切れて奇行に走るよりは多分マシだと思うんだ。 「時宗丸はぁ、らいねんから、ひとりであそびにきますー」 ぶつぶつ言ってたらふにゃふにゃと合いの手が入った。 寝ぼけてんなお前。 そして一人でウチに来るのは危ない。 「お供の皆さんがマジ泣きしちゃうからやめてあげて」 いまいち自覚がなさそうだけど、お前っていいとこのボンボンなんだぞ。 まだ元服もしてないってのに一人でこんな遠くまで来ちゃったら、冗談抜きに供の首が飛びかねないでしょ。 今でさえ真冬に雪ん中駆りだされてかわいそうなのに、これ以上お前が野放しになったら過労死しちゃう。 「あれだ、お勉強を頑張るとかにしとけ。教えてやるから」 今のオレは頭がいいからな。理数系だけでなく和歌や漢詩なんかも一通りのことはマスターしてる。 脳が幼児だから覚えがいいのかもしんないね。そんでこのボディがハイスペックなおかげで忘れない。 でも脳みそが梵天丸のものであるとすると、『オレ』の記憶や意識というのはどこに保存されているのかとかそういう謎が浮かんでくる。あれか。魂ってやつか。 まあ脳の働きって21世紀になっても全部解明されてないわけだし、意識タイムスリップとか非科学的なことになってる状態で生物学がどーこーとか考えるのもアホらしいんだけど。 「うぃー」 多分オレからうつったのであろう気の抜けた返事をした後、ついに時宗丸が完落ちした。こうなるとちょっとやそっとじゃ起きない。 安らかな吐息をぼーっとしながら聞いているうちに、だんだんオレも眠くなってくる。 こたつで寝落ちか。子どもっていつの時代もやることが基本的に変わらんな。 「来年は子どもらしく……」 いや、それよりもオレらしくいきたい。 身の危険を感じてからこっち自分なりに自重してきたつもりだけど、なんかこう、調子がでない。 あれを作りたいなあとかコレをやってみたいなあとか、そういうものを我慢してると苛々してくるんだよ。 忍耐力とか理性とかいう、大人だった頃には当たり前に備えていたステータスが減少してる感じだ。 堪えられないわけじゃないけど無視はできないレベルの不快感。 こんな気持ちを子どものうちから味わっていたくない。 大人になったら嫌でもストレス抱えなきゃならんのに。 「やっぱ子どもはのびのび育つべきだよね、うん」 だから来年は初心に戻ってお子様気分を満喫しようと思います。 開きなおり? 堪え性がなさすぎる? どうせ面倒になったんだろう? ええハイ、その通りでございますとも。 でもいーじゃん、実際この体は子どもなんだから。 将来どうなるかわかんないし、この戦乱の世、下手すりゃ伊達家滅亡なんて可能性だってあるんだ。 だからまあ、少しくらい今をエンジョイすることを許してよ。 こんなに好き放題できるのなんて、本当に今くらいしかないかもしれないし。 「―――梵天丸様」 小十郎が廊下から静かに声をかけてくる。 さすがに夜更かしが過ぎたか。結構いい時間だしな。 「ああ、もう寝るよ。時宗丸も寝かせてやってくれ」 布団はさぞかし冷たかろうが、こんだけ熟睡してりゃ目を覚ますこともなかろう。 もしかすると気を利かせて温石だか湯たんぽだかで布団があっためてあるかもしれんが。 火の始末と時宗丸の運搬を小十郎に任せて、布団に向かう前に振り返る。 「そうそう、小十郎」 「は。」 呼ばれた小十郎が片膝をついてこちらを向いた。 相変わらず若い癖に老けた顔つきだ。これが渋い魅力に変わるにはあと10年は必要だろうな。 ま、そうなる頃までオレの下にいるかどうかは分からんが、とりあえず……。 「よいお年を!」 来年もよろしくな。
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