続・梵天丸様、冬をお楽しみになる




 

 うちの庭園には池がある。それも結構な大きさのものが。
 冬になれば、もちろん凍る。その厚みといったら大の男が5,6人乗ってもびくともしないくらいだ。
 氷の水面に雪が積もり、日が当たっては溶け、また凍結する。
 そうして厚くなっていく氷を見ていると、去年の冬のちょっとしたハプニングを思い出す。


 ――あれは去年、オレが欝期に入る直前。確か1月も末頃のことだ。


 今にも雪が降り出しそうな白い空の下、オレは小脇に荷物を抱えて池のほとりに立っていた。
 上機嫌でくるりと振り返れば、背後には顔色の悪い佐助と、正月に挨拶に来てから長期滞在中の時宗丸がいる。
 たしかこの時小十郎は仕事中で、綱元は自宅に帰っていたはずだ。
 ゆえにたった二人のプレイヤーとギャラリー。
 それでもオレは得意満面で、二人の前に荷物を差し出した。

 「てれれれっててー!下駄スケ〜トォ〜!」

 両手で捧げ持ったのはスケート靴。いや、下駄だが。

 「さあ受け取るがいい佐助。オレと職人が知恵を絞って作り上げた自慢の一品だ」
 
 表彰状でも授与するかのように佐助に渡せば、横で時宗丸がぱちぱちと拍手をしてくれる。
 珍しく空気が読んだリアクションだった。いつもああなら苦労はしない。
 佐助はなぜか半笑いで下駄スケートを受け取った。

 「なんですかこれ。武器?それにしては刃が厚いようですけど」

 下駄スケートをためつすがめつ眺めていた佐助は、どうやらブレードが鉄でできていることが気になったようだ。
 エッジに指をあてて厚みを確認しては首をひねっていた。
 鉄で作ったのはこの時限りで、他の試作品や量産品のブレードは結局竹になったんだが、それは後の話である。

 不思議そうな佐助に、オレは胸を張ってこう言った。   

 「ちゃうわい。これは足に履いて遊ぶための道具だ!」

 その時の佐助の反応といったら。

 「うわあ……こういうの『でじゃぶ』って言うんでしたよね……」

 半笑いのままそっと目を逸らしやがったのだ。

 結構なものをありがとうございます、それじゃあこれで、とさりげなく後ずさる佐助。
 さすが忍者だけあって引き際をよく心得ている。

 まあ逃がさなかったけどな!!

 「さあそれを足に履いて氷上に降り立つのだ」

 大丈夫、お前のバランス感覚ならいける。

 ぐっと親指をたてて見送る俺を呪うように一瞥した後、佐助はしぶしぶ下駄スケートを履いた。
 まだ下が雪なためか、それとも一本下駄でも履いた経験があるのか、陸地では思いのほか普通に歩いていたように思う。
 氷の上に立つときに手を貸そうとしたが、それをあっさり断ったくらいだから、もしかすると自信があったのかもしれない。
 黒脛巾の者達に頼んで事前に積雪を取り除いた池は、自然に出来たとは思えないほど凹凸も障害もなく、見事なスケートリンクと化していた。

 「歩くときはスキーとは違って逆ハの字で。膝がポイントだ」

 蹴る際はエッジの側面を使って。
 手はあまり大きく後ろに振らないように。
 氷を削るのではなくエッジを傾けて曲がること。
 止まるときには逆T……丁字の形に足を組んで。

 まったくの初心者だったはずの佐助は、岸から声をかけるだけのアドバイスでどんどん上達していった。
 オレの言ったことをきっちり守る素直さがよかったのかもしれないが、そもそも運動神経が尋常じゃない。
 半時もしないうちにバックを覚え、自在に滑れるようになった佐助が笑顔になり、時宗丸が自分もやりたいとせがみ始めたその時。


 ピシピシ、パリパリ、となにやら妙に軽い感じの音がした。


 「しまった、氷が!」

 叫んだのは俺だったか、それとも佐助だったか。
 時宗丸が悲鳴のように佐助の名を呼んだ。
 その場で固まった佐助が、表情を消したままオレの顔と自分の足元を見比べた。
 池の中央近く、佐助が立っている場所を中心にとして、氷上に蜘蛛の巣のような亀裂が走っている。 
 補強を怠ったのがいけなかったんだろう。真ん中だけ氷が薄くなっていたのだ。

 真冬の池に落ちれば命が危ない。

 寒さのためでなく凍てつく空気。
 静止している間にも音は鳴り続けている。

 
 「……佐助。なるべく静かに、ゆっくりとこっちに滑って来い」
 
 岸近くの氷は十分な厚みがある。
 陸地までたどり着けなくとも、中心部から離れればそれだけ安全性はたかまるはずだ。
 オレの言葉に静かに頷くと、佐助はおもむろに滑り出し―――



 転んだ。



 「バカァァァァアア!!」

 「さすけー!!」

 オレが思うに、佐助はギャグの神に愛されている。
 緊張して肝心な場面で転ぶあたりもたいがいうっかり忍者だが、その後の展開が神がかっている。
 あれは間違いなく何か降りてきていた。

 バランスを崩しながらも、なんとか尻餅をつくまいとする体。
 不自然に勢いがついたまま、岸に向かって滑り出す下駄スケート。 
 そして佐助は体を大きく反らし、器用に両手を氷上についた。

 ブリッジの状態で。 

 「うおお!イナバウアー!!」

 思わず歓声を上げるオレ。
 ポカンと口を開ける時宗丸。

 そのままの態勢で岸にむかって滑ってくる佐助。
 素晴らしい体の柔らかさ、驚くべき体幹の強さ。
 背中で美しいアーチを描いたままに、滑り来る下駄スケーター。

 岸に倒れこむようにして上がってきた佐助にオレは惜しみない賛辞を送った。

 「凄いぞ佐助!さすが忍者!NINJYAマジパネェ!!」

 「酷いじゃないですか若様!人が死にそうな思いしてる時にあんな大喜びして!」

 「何がなんだか分かんないけど面白かった!!」

 喜びと悲しみと混乱がない交ぜになったカオスな状況。
 冬の日の素敵な思い出である。



 「……いやあ、今思い出しても感動するわ」

 もう一年も前の出来事を反芻しつつウンウンと一人頷く。
 スケートを始めたその日のうちに、あれほど間近で、あんな高度な技を見られるとは思わなかった。
 あの後騒ぎすぎて小十郎に大目玉を食らったが、それさえ我が輝けるメモリアルの一部だ。

 「今年もやってもらおうかな」

 呟きを聞いていたかのように、パタパタと足音が近づいてくる。
 早足かつ小刻みな軽い音は時宗丸のものだ。
 廊下の角からオレを見つけ、満面の笑みを浮かべて手を振る。

 「梵様ーっ!すけーとしましょーっ!」

 「……おー、ちょうどオレもやりたいと思ってたんだよ」

 実にいいタイミングだ時宗丸。     
 懐に突っ込んでいた手を出し、ひらひらと振って応える。
 
 「じゃあ準備するから佐助呼んできてくれ」

 お前も手袋と襟巻きは忘れるなよ。
 小十郎の手が空いていそうならあいつも誘ってやろう。
 そんで、今日は佐助にトリプルアクセルをやってもらうんだ。



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