梵天丸様、華麗に復活を遂げられる早朝の肌を刺すような冷え込みも日が昇るにつれ和らいで、城のあちらこちらから人の動き回る気配がし始める。 夜半から明け方まで降り続いた雪が嘘のように空は青く澄み渡り、軒先からは溶けた氷がきらめきながら滴り落ちていく。 燦々と輝く日の光、身を引き締める清冽な冬の空気。 清々しくも爽やかな一日の始まりだ。 オレ以外はな! 目が覚めてから小十郎が起こしに来るまでお布団マンをエンジョイしていたオレは、朝食後に華麗なジョブチェンジを果たし、今や見事なこたつむりと化している。 分厚い綿入れを頭から被って引き籠り、明障子から差し込む日差しで背中を暖めながら、足を炬燵につっこんで動かざること山の如し。 メシ食った後からうつらうつらと船をこいでいるうちに、気がつけばそろそろ八つ時にもなろうという時間だ。 何も考えずぼーっとしているうちに、ただ時が過ぎていく。 勉強も鍛錬も徘徊もせず、遊ぶでも作業するでもない。 そう、今のオレはちょっといつもと違う。 十日ほど前から微妙に調子が悪くなり、テンションが右肩下がり。 やりたいこともすべきことも思い浮かばず、集中力激減にして注意力散漫。 熱や咳、体の痛みのように明らかな症状こそないものの、頭の中は霧がかかったようにぼやけている。 このオレが何をする気も起きないという異常事態に、ちょくちょく様子を見に来る小十郎の口からはお小言が絶え、佐助は軽口を叩きもせずオレの気配をうかがい、綱元は大量のデスクワークを置いていった。 このどうしようもない無気力感。 内へ内へと向かう思考回路。 間違いない。 そうです。今年も鬱期がやってまいりました。 日頃の体力づくりのおかげか、去年に引き続き寝込むところまでいかなかったのが不幸中の幸い。 この時期にオレのトラウマスイッチがオンになるのはもう年中行事のようなもんだ。 小十郎達ももう慣れたもので、様子がおかしいのに気づけば騒ぎ立てることもなく静かに見守ってくれる。 下手に周りが手を出すよりも自力で浮上するほうがいいと考えているんだろう。 オレとしてはありがたいし、できるだけ早くご期待にお答えしたいところだが、いかんせんこういった精神的な問題はすぐに解決しようとしてできるものでもない。 「はふぅ」 背中を丸めて深々とため息をつく。 体が重い。なんだかもう何もかもめんどい。 「せめて時宗丸が遊びに来ていれば、気も晴れたのに」 一週間くらい前に帰ったばっかりだから当分遊びにはこられないだろう。 奴ならきっと今日も元気に外を駆け回っているに違いない。スキーとかスケートとか持ち出して。 ああ、手作り双六セットを土産に持たせたから、お袋さんと遊んでる可能性もあるな。 羨ましいからあとで手紙を出しておこう。『勉強しろ』って。 「……オレもあいつを見習って何か楽しいことを見つけないと」 でも動き回る気力すらないんだよ。 自分が動かずに楽しめることが少ないと思うんだよね、この時代。 テーブルゲームは結構集めたり作ったりしたけど、こんなに頭が働かない状態じゃあ負けるにきまってるし、楽しめる気もしない。 こういう時にテレビがあったらなあ。つけっぱなしにしているだけでも気がまぎれるんだけど。 戦国時代に見てるだけで楽しいものなんて見世物とか旅芸人とか……ん、まてよ。 見て楽しいもの、つくればいいじゃないか。 何も目の前で芝居やコントをしろっていうんじゃない。 世の中にはスポーツ観戦という楽しみだってあるのだ。 正月に箱根駅伝を観ていたように。 オリンピックの開会式を楽しんでいたように。 親父が晩酌しながら野球中継を観ていたように。 誰か頑張るその姿を、ぜひとも娯楽にしてみたい。 「というわけでお前ら、オレのためにちょっと頑張ってみてくれ」 思いついたら即行動。 お茶を持ってきた佐助をとっつかまえ、ついさっき概略を書きだした紙を押し付ける。 梵天丸主催の冬季スポーツ大会プログラムだ。 「いやいやいやいや、どういうわけなんですかそれ」 突込みをいれながらも、佐助はオレが渡した紙から目を離さない。 うんうん、ちゃんと読んで突っ込みを入れてくれよ。 オレが大人数を動かすとなると、子供らか黒脛巾の二択になるからな。 冬にこういうことやらせるなら断然お前らだろう。 「種目はスキーとカーリング。スキーはクロスカントリーだ」 クロスカントリーは去年教えたから知ってるよな。 坂を下るだけのスキーじゃなくて、平地や林道まで区別なくスキーで移動するやつ。 カーリングも去年教えたと思う。 ほら、漬物石みたいなのを滑らせて氷上の円に入れる的当てだよ。 本当ならスケートも入れたいんだけど、下駄スケートでスピードを競ったり演技したりするのは無理そうだから諦めた。 量産型下駄スケートのブレードは竹や木だから耐久性にも問題があるし、下駄でフィギアとか誰得だ。 「お前も黒脛巾の連中も、全員スキーはできたよな?」 これは念のために確認しておかないと。 さんざん試作しまくったヤツを、手当たり次第に押し付けてったから、多分全員にいきわたっているとは思うんだが。 ああ、出来にバラつきがあるのはしょうがない。その辺は運だ。 「はぁ、まあ……」 よし、問題はないな。 板と下駄に関しては粗悪品の改造や補修くらいするつもりなんで安心してくれ。 カーリングのストーンも去年作ったやつがあるから問題ない。 古道具屋で買った石臼を分解してでっちあげたブツだが、あれで滑りはいいんだ。 賞品はオレの責任でちゃんと用意しておく。 まず、一位のヤツには金一封と10日間の休暇。これはもはや定番だな。 二位には5日間の休暇に手作りプリン10個。甘いのが嫌なヤツはリクエストも可だ。 そして三位は休暇3日と湯屋の回数券10回分。ふやけるほどに入るがいい。 「それから参加者には参加賞として湯屋の一回無料券と休暇1日をローテーションで……」 つらつらと言いかけたところで、佐助がバッと手の平をこちらに向けた。 なんか微妙に泣きそうな顔をしている。 「待って。ちょっと待ってください」 待つよ。なんだよ。 言っとくけどコースについてはまだ決まってないぞ。 その辺の選定はお前だけじゃなくて芭蕉や小十郎も呼ばないと。 「なんでオレにそんなこと説明なさるんです。まさかオレが責任者なんですか」 おかしいじゃないですか、こんな一介の忍が。ましてやガキが。 動かすのが黒脛巾組なら、組頭に命じるのが筋でしょう。 続けざまにまくし立てた佐助が、とどめとばかりに言い放った。 「そもそもどうして片倉様におっしゃらないんですか!」 「小十郎に言うと怒られるから」 ( ゚д゚) あ、絶句した。 「……いや、冗談だよ?」 計画の見直しのために佐助に説明してるだけで、実際はオレが主導で動くから。 次席責任者は小十郎かな。まあ直接動いてもらうのはお前と黒脛巾になるだろうけど。 「心臓に悪い冗談はやめてくださいよ……」 深々と息をついた小十郎の背中をペシペシと叩く。 やー、最初は本当にお前にやらせようかとも思ったんだけどね。 コースを押さえること考えたらある程度権力があったほうがいいでしょ。 「勘弁してください」 わはは。 まあそのうち本当に何かの企画を丸ごと任せたりするから、覚悟だけはしとけよ。 「……ああ、あともう一つお伺いしたいことがあって」 あ、こいつ話を逸らしやがった。 「『くろすかんとりい』は分かるんですが」 でも佐助、今の発音だと『黒須缶鳥居』って聞こえるぞ。 どこの神社だよpgr。 「『くろすかんとりぃ』は分かるんですが!!……『かありんぐ』ってなんですか」 指をさして笑いかけたオレを無視し、佐助が強引に最後まで言い切った。 「えっ」 「えっ」 思いもよらないことに驚くオレと、オレが驚いたことに驚く佐助。 え、でも知らないの。マジで。 「スケートリンク作ってた時に教えなかったっけ。ほら、箒で雪を掃いてた時に……」 やってる最中に教えたと思うんだけど。 ほら、途中から時宗丸が来てグダグダになったじゃん。 あん時に箒を振り回してたのは、カーリングの真似をしてたからだろ。 「それはたしか『ほっけー』の話でしょう。時宗丸様が小石を箒ではじいて」 アイスホッケーか。 あーそういえばそうだったかも……ストーンを作った時には氷が溶けかけてたんで説明しなかったんだ。 しくじったわ。こんなところでド忘れが発覚するとか梵天丸超恥ずかしい。 「お前が知らないんじゃ他の連中が知るわけないよな」 これは困った。種目がスキーだけじゃ面白味にかけるぞ。 人を集めて講習会でも開くか。冬のカーリング教室とか銘打って。 しかしどうせやるなら対象が黒脛巾組だけじゃもったいないな。 子どもや城内の希望者を集めてカーリングに限らずスポーツ教室を開催するというのはどうだろう。 「悪くない。これは悪くないぞ」 そうだ、オレは間違っていた。 大会を開催する前に、やるべきことはたくさんある。 まずは競技人口を増やすことが大切だ。 スキー、スケート、カーリングを三本の柱としてウィンタースポーツを領内で流行させよう。 冬場の運動不足の解消に。体力づくりや暇つぶしに。クロスカントリーは移動にも便利だ。 一家に1セットのスキーとスケート。職人たちの冬場の収入源。 「よし、燃えてきた。ちょっと綱元んとこ行ってくる」 金が絡むならあいつと相談しないとな。 父上の許可が欲しいし、遠藤さんのところにも顔を出そう。 スケートリンクとスキー場になりそうな場所を城外に確保しなくちゃ。 「元気になられたらなら、いいんですけど……いや、いいのかなあコレ………」 なんか当初の目的を見失っている気もするが、今とても気分がいいからこれでいいのだ。 ブツブツ言ってる佐助にも色々と手伝ってもらわんとな。 とりあえず今はパシリとして。
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