梵天丸様、新たなる力を求められる風の冷たい季節になった。 いつのまにやら火鉢が引っ張り出され、朝ともなれば吐く息が白い。 鳥の渡りに百舌の高鳴き、民家の軒先から吊るされる野菜。人も獣も冬支度に奔走している。 うちの子らも、やれ夏に作った薪の運び込みだ、山でキノコ採りだ、熊が出た猪が出たと大騒ぎだ。 ちなみに熊はそのまま立ち去ったが、猪は居合わせた時宗丸に仕留められた。 デビー・クロケットかお前は。いやあれは熊だったか? 「猪は旨かったけどな」 牡丹鍋もよかったけど、味噌漬けにして二日後に焼いたのも美味かったわー。 秋は豊饒の季節だってことが、この時代だと身をもって実感できるね。 農作物は当然ながら、柿に栗に茸にアケビに山葡萄と山の恵みが実に豊富だ。 雁は連日数えきれないほど渡ってくるし、冬眠前の動物は脂肪を蓄えてばっちり肥えている。 時宗丸の持ち込んだ猪も、もちろん脂がのっていた。 まだちょっとだけ余ってるんだよな。今夜にでも時雨煮にしてもらおう。 酒があれば最高なんだけど、さすがにそこは自重だ。 「梵さま、また猪食べたいの?獲ってこようか?」 ちょwwwお前そんな気軽にwww 向いに座って字の練習をしていた時宗が顔を上げて妙なことを言い出した。 好意からの発言なのは分かる。気持ちは嬉しい。 時宗丸にとっては別にたいしたことじゃないんだろう。 でもお供の人たちのことも考えてやれ。 万が一お前が怪我でもしたら責任問題になるんだぞ。 「別にそこまで食いたいわけじゃないから、くれぐれもちょっかい出そうとすんなよ」 多少大柄なだけの子供が一体どうやって猪なんてもんを倒したのかは知らないが、常識的に考えて、野生動物というのは危険なものだ。 今時分は春先ほど飢えていないとはいえ、攻撃を仕掛ければ反撃は必至。 藪をつついて蛇どころの話じゃあない。 お前は大丈夫だろうが周りが大惨事だ。 「そこまで言うならやめとくよ。梵さまなら本当に食べたければ自分で獲ってこられるだろうしねえ」 ケラケラ笑って言う時宗丸から、そっと目をそらす。 否定の言葉は出てこない。 「……ねぇ」 そーなんだよなー……。 ついにオレも小十郎や佐助や時宗丸の仲間入りしちゃったんだよ。 いや時宗丸は違うけど、こいつは素の状態で規格外だから。 何の仕込みも種も仕掛けもなく自力で猪退治をしでかしたヤツと比べれば、俺なんかまだ可愛いもんだ。 猪を倒すにも小細工がいるくらいだしさ。 「オレが狩るなら罠一択だな。ワイヤー…銅線かなんか仕掛けて感電死狙いだ」 感電。つまり生体に電気を流すということ。 そう。父上譲りの電撃ビリビリの術を、オレも体得してしまったのだ。 静電気静電気と誤魔化しているうちに、だんだん威力が洒落にならなくなっていったこの謎技能。 鍛錬中時宗丸を感電させてしまったのを機に、渋々訓練をはじめたんだが、これが案外難しい。 コントロールには集中が必須で、使うためには気合とか根性とか精神力とかがとても必要とされるのだ。 思ったとおりに発動するには、テンションをアゲアゲにするか落ち着いて集中するかのどちらかしかない。 しかも前者の場合は勢い任せのせいで加減ができず、どちらを選んでもアホほど疲れる。 常時発動できないとか、人間発電機の目論見がパアじゃねえか。 「どうしてオレは氷が出せる技能を発現できなかったんだろう……」 そのほうがよっぽど役にたったのに。 夏とか、冷凍保存とか、アイスクリーム作りとか、夏とか。 数秒しか持続できない雷なんて、戦闘以外じゃそれこそ釣りくらいにしか利用法が思いつかん。 あとは熊みたいな大物相手の罠くらいか。効率悪そうだけど。 「また言ってるー。バサラ技は一人一属性って決まってるんだから、あきらめればいいのに」 ぐぬぬ。 時宗丸に呆れた顔をされるとは、なんという屈辱。 筆を止めて肩をすくめて見せる仕草が、同じことをする小十郎の三倍くらいムカつくぞ。 どうも最近生意気なんだよなコイツ。 反抗期ってわけじゃないみたいだが、自分は無茶するくせにオレが何かやるとたしなめるし。 ガキのくせに大人ぶってんじゃねーよ。ちょっと前まで佐助に団子虫を投げつけていたくせに。 多少オレより強くて顔がいいくらいで……こいつ何気に頭もいいんだよな。 ……あれ、これオレ負けてね?お子様に負けてね? 「どげんかせんといかんな」 子供に負けてると思うと理由も無く危機感が沸いてくる。 1歳とはいえ体は梵天丸のほうが年上なわけだし、中の人は父親でもおかしくない年だ。 これでリアル児童にスペックで負けるとか人としてダメだろう。 オレにもプライドってもんがある。 ここは一つ大人の威厳ちゅーもんをバーンと示しておかねば。 とはいっても、そう簡単に優位性を見せ付ける材料なんぞ思いつかん。 遊び道具は今までも散々作ってきた。 食べ物も以下同文で目新しさに欠けている 何より二つともインパクトが足りない。 どうせならもっと派手で、度肝を抜くような何かが欲しいんだ。 こう、パワーとか爆発とか、子供を虜にするような……。 「ムッ!」 Σ(●ω○)カッ 突然声を出して片目を見開いたオレに、時宗丸が不思議そうに目をまばたかせる。 思いついた。思いついてしまった。 自分の閃きが恐ろしい。さすがオレ。 派手で、度肝を抜いて、お子様向け、かつ目新しい。 全ての条件をクリアして、しかも時宗丸が尊敬するようなアクション。 自信を持って断言できる。男の子ならアレに心動かされないはずがない。 オレはその場で時宗丸から筆を一本借り受け、紙に大きく三文字の言葉を書いた。 筆をおき、ひらりとひっくり返して掲げたその文字を、時宗丸があっけに取られながら読み上げる。 「『ひっさつわざ』?」 「そのとーり!」 立ち上がって拳を握り力強く頷く。 必ず殺す技と書いて、必殺技。 なんと中二心が擽られる甘美な響きだろうか。 スポーツ、アニメ、漫画、ゲームとジャンルを問わず、必殺技はここぞという時に主人公が披露する最大の見せ場だ。 その上でオレが狙うのは、男の子なら誰でも一度は憧れ胸躍らせる日曜日の朝定番のアレ。 ズバリ、特撮である。 なんとかレンジャーとか仮面なんとかとかウルトラなんちゃらとか。 たとえ興味がなかったとしても、一度も聞いたことが無いという日本人はまずいない。 まして、オタクにおいてをや。 特撮オタの友人ほどではないが、オレも嗜みとして5,6作品は見ている。 その現代特撮技術で磨いた見識をもってして、電撃スパーク系の必殺技を編み出すのだ!! 「待ってろ時宗丸、オレは必ずやり遂げてみせる!」 その時お前はこの梵天丸の偉大さを知ることになるだろう。 気分が高揚すれば電撃の発動も容易になる。 電撃コントロールの練習にもなって一石二鳥だ。 鍛錬の一環としてやる分には過保護な小十郎も妨害するまい。 父上も協力してくれるはずだ。あの人こういうアホなこと嫌いじゃないし。 「なんだかよく分からないけど応援します?」 微妙に語尾を疑問系にしつつ『必殺技』の紙を巻いて懐にしまう時宗丸。 大丈夫だ、お前もすぐに理解できる。 男は皆永遠の中二病だからな。 「ありがとう。とりあえず景気づけに罠用の銅線頼んでくるわ」 それはそれとして罠も使う。 これが大人のずるさってもんさ。 あ、罠は熊用じゃないよ? オレ熊肉嫌いなんだよ。鹿のほうが美味しいと思います。 ところで戦国時代に銅線って作れんのかな。 技術的に怪しい気がするわー。
|