梵天丸様食べ物について真面目にお考えになる




 素晴らしく心地よい涼風が部屋の中に吹き込んでくる。
 軒先から見える青空はまだまだ夏の鮮やかさだが、日中でも随分と涼しくなってきた。
 徒然草かなんかに『家は夏のこと考えて作れよ』みたいなことが書いてあったが、夏を考えた建築の効果を実感するのは、いつだって暑さも盛りを過ぎてからだ。
 一番暑い時期はそんなこと考えてる余裕もないからな。

 とはいえ、オレも年を重ねたおかげか暑さにも耐性がついてきた。
 何度かぶち切れそうになりながらも、正気を保ちつ、奇行に走らず、なんとか秋を迎えようとしている。
 夏バテで減退ぎみだった食欲も戻って、今日は調子に乗って朝飯を食いすぎてしまったくらいだ。

 本日の朝食は、山ほどに盛られた麦飯と梅干に、塩気の多い青菜の味噌汁。
 ザ・粗食!って感じのメニューでも、この時代だとごくごく普通、というかかなり上等な部類だろう。
 朝飯は抜くかコーヒーのみだった平成日本時代の一人暮らしに比べても、充分に恵まれている。
 レパートリーの少なさについては、なんとかしたいと思っているところだが。

 「最近は食材も揃ってきたことだし、あれこれ試してはいるんだけど」

 父上をそそのかして、じゃが芋と薩摩芋……馬鈴薯と甘薯を中心に海外から新種の野菜なんかも手に入れたし。
 実家を出ると食生活は相当貧しくなりそうだし、今のうちに底上げをしとかんと。
 あいも変わらず父上は「ゲンプクシテクダサイヨー」とか言ってるが、まだまだ猶予はあるはずだ。

 さて、そんなわけでアレコレと今後の逃亡準備を進めている昨今。
 予行演習と下見を兼ねて、ちょっと遠出でもしてみようかな、と思い立ったわけなんだが。

 「うーん。完全に頓挫してしまった」

 一応計画は立てたんだ。
 名目は参拝、参詣で、領内の神社仏閣をめぐる二泊三日の小旅行。バナナはないのでおやつに入れられません。
 移動には、どういうわけかオレの名前で整備された街道を使用。
 去年一昨年と孤児院を出て行った子供らの就職先に顔を出し、ついでに各地の名勝も見て回る。
 父上には了解を得て、母上は眼中になく、宿泊先は寺社を複数見繕って滞在依頼の手紙と寄付を用意した。
 後は実行に移すだけ。

 ――というところで、行く手に壁が立ちはだかった。
 オレへの好意で動き、正論を掲げ、理詰めで責めてくる強大な壁だ。


 壁の名を、小十郎という。


 「気持ちはわからんでもないが」

 以前襲撃された実績というか前科というか、前例があるだけに神経質になってるんだろう。
 危ないんだから大人しくしてろと言われたら返す言葉もない。この旅行は完全にオレの我侭だしな。
 オレも危険を認識しているから、護衛を手配してはいるんだが。
 父上御推薦の若手と小十郎に同行してもらって、佐助を近くに控えさせて、影には黒脛巾から腕の立つのを選りすぐる。
 でも小十郎はダメだって言うんだよ。

 ……まあ、危ないからね。

 戦国時代の治安は基本的にあまりよろしくない。
 街からちょっと離れると山賊だの盗賊だのが横行していて、そらもうDangerous だ。
 それに加えて後継者問題にまつわる暗殺騒動がポツポツ起きてる。
 おかげ様で、オレが川や田畑を見に行く時には必ず佐助か小十郎が張り付き、影では黒脛巾数名が周囲を警戒するようになってしまった。
 オレと同じく結構なボンボンであるはずの、時宗丸のFreedomさが心底羨ましい。
 泊りがけは難しいとしても、せめて領内くらいは気軽に徘徊できるようにはできないものか。

 「暗殺はともかく、治安は改善傾向にあるんだけどな」

 近年組織された治安維持組織が頑張ってくれて、賊の類は随分捕縛されたそうだ。ありがたや。
 しかしそれはそれとして、根本的な解決策を考えないとだめだ。
 そもそもなんで治安が悪いのか。

 「食うためだよな」

 食えないから盗む。奪う。

 『梵天丸』は生まれのおかげで今まで食うに困ったことがないが、この時代餓死者は珍しくもない。
 冬に凍死する者もいるし、春から夏の収穫物がない時期には飢えて死ぬものがたくさん居る。
 誰だって死にたくないから、生きるために他の誰かを犠牲にするわけだ。

 つまり、食料がたくさんあればいいんだな。

 「馬鈴薯と甘薯の普及はもうやってるから、今後更なる推進をすればいいとして……」

 パッと思いつくのは溜池等の設置を含む治水に、新田開発。
 珍しくもない案だが、効果があるからこそ皆手を出して定番化するのである。
 これは父上が既に色々と手をつけているから、今更オレが口出しする必要はない。

 狙い目は省力化と収穫率の上昇か。
 以前色々と試行錯誤した結果がよかったために、この手の工夫は受け入れられやすい土台ができている。
 オレの記憶を元に実証した成果を共有すれば、多少なりとも食料の増産が見込めるはずだ。
 それに、流通も手を入れられるだろう。
 足りないところへ持っていくための輸送ルートとしては、数年がかりの道路整備が役に立つ。
 必要なのはシステムだ。それから、連絡手段。
 飢饉の前兆を察知するために研究機関を設置するってのもいいかもしれない。

 「なんだか夏休みの宿題ができた気分だな。旅行の目処も立ってないってのに」

 農業関連の技術と知識の共有化。
 効率的な流通システムの構築。
 新たな情報伝達方法の模索。

 実際手をつけたら冬までかかっても終わらないので、骨子となる案だけ組んであとは丸投げすることにしよう。
 餅は餅屋というし、細かいことは方法の取捨選択も含めて実務担当者にお任せする。面倒くさいし。

 「……で、旅行は」 

 今回は妥協して時宗丸んちにお泊りするだけにしようかな。
 移動はともかく滞在先の安全は確保できるし、小十郎も許してくれると思う。
 当初の目的から完全にズレてる気がするが、もうなんかお出かけできればどこでもいい。
 小さな勝利を重ねて栄光を手にするのだ。

 「それじゃあ小十郎とバトりにいくか」

 夏の終わりの大決戦。
 今回ばかりは勝たせてもらうぞ。
 
 
 
  

 
 

 
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