梵天丸様御自分の同志をお増やしになる雪国の長い冬の間に、伊達の家人は筋肉の量を増加させる。 オレの発案からうっかり広まった『筋トレ』という名の修行により、毎年冬が来るたび鈍りがちだった身のこなしが鋭さを保ち、衰えていた筋力も維持され、それどころか身体能力を高める者さえ現れた。 ここ数年に渡る領内全体の栄養状態改善プランと相まって、言いだしっぺのオレ自身でさえ驚くほどの成果だ。 ただし、汗臭さと脳筋度も増した。 廊下を歩いているとハッハッという荒い息と共に腕立てをする衣擦れの音が聞こえたり、ふと覗き込んだ部屋では男達が諸肌を脱いでポージングをしていたり、なんというか漂う空気が全体的に男臭い。 城内には当然女性もいて軽いストレッチなんかもしているらしいのだが、どうしてかこう、工業系男子高の匂いが漂いはじめたところでオレもさすがに危機感を覚えた。 このままいくと拳で全てを解決するような体育会系伊達家が誕生してしまうと思ったのだ。 「そこで、オタク方面へパラメーターを振ってみることにしたのです」 文机にむかいつつポツリと呟いた言葉を拾い上げて、廊下に膝をついた小十郎が首をかしげた。 「ぱら…?」 「気にするな小十郎。ちょうどいい、親父殿はどうしてる?」 ちょうど書き物もひと段落したし、時間がありそうなら話を聞きに行きたいんだよな。 今年の河川改修計画の技術的な部分に興味があるんだが、父上が暇なら全体計画についてレクチャーするなり、責任者を紹介するなりして欲しい。 「近侍の者どもと『人狼』をなさっておいでです」 「ファーwwwwww」 どうしてそうなっちゃったの?染まるの早すぎだろ!! TRPGの類を布教し始めたのは今年の冬からなのに、もう城内に浸透しつつあるところに伊達家の秘めたるポテンシャルを感じるわ。空恐ろしい。 新しい物好きなのは知ってたが、異文化に対してやたらaggressiveというかactiveというか。 暇人か。暇人でしたね。 いや父上あたりは暇じゃないはずなのに、なぜか暇そうなんだよ。大丈夫かこの国。 「殿は他にも妖怪を演じる遊戯をなさっておいでとか」 「ああ、妖魔○行……」 妖怪ものはこの時代に馴染みやすいし、まあ納得だな。 学生の頃散々やったTRPGだから、用意したシナリオも豊富だ。 まあこの戦国時代ちょっとおかしいからゲイシャガール・○ィズ・カタナとかでも馴染んだ気がするが。 異能バトルなんかが意外とあっさり受け入れられたのは、婆娑羅者の存在があるからなんだろうなあ。 武器に対してリアル炎属性付与ができる奴がいるらしいし。 「それにしても親父殿は手が早いというか耳が早いというか」 「梵天丸様が御創りなった遊戯にございますゆえ」 「親馬鹿か」 実のところルールは借り物なんだが、まあ楽しんでくれているならいいか。 で、親父殿はプレイヤーなの?それともGM? ほうほう、親父殿はプレイヤーでキャラは雷獣……雷繋がりか。 「しかし、よくGMできる奴がいたな」 ルールブックは結構バラ撒いたが、オレと遊んでたのは小十郎、時宗丸、佐助、時々綱元っていういつもの面子だったろ。 ギャラリーが毎回いたとはいえ、敷居はそう低くなかったと思うが。 「皆冬の間は時間をもてあましておりますゆえ」 あー娯楽に飢えてるからなあ。 「うん?あれ、筋トレは?」 「そちらも相変わらず流行しております」 つまりマッチョとオタクが合わさり最強に見える状態なわけか。カオスすぎる。 でもTRPGがイケるなら無電源ゲームの幅が広がるな。それは素直に嬉しい。 『汝は人狼なりや?』がうけるなら、更にとっつきやすいワンナイト人狼を教えてみようか。 既に配布済みの妖魔夜○や平○京物怪録みたいな和風TRPGの幅を増やすのもいい。 アドベンチャーブックなんかも書いてみたいな。 グレイ○クエストみたいに、アーサー王物語ならぬ平家物語あたりを題材にして、十四がトラウマになるようなのを……。 「でもTRPGなら、次はクトゥルフ系だと思うんだよなあ」 ルールもだいたい覚えているし、経験済みのシナリオが非常に豊富だ。 そして和風世界観に対応できるフレキシブルさ。 クトゥルフと銘打ちつつもクトゥルフ神話知らなくてもプレイが可能だし。 「梵天丸様がなさりたいように」 文机に頬杖をついてあれこれ考えるオレに、小十郎が生暖かい声を投げかける。 年明けから雪融けまでの小十郎は色々と振り切った感じの過保護になるので、参考意見はいまいちアテにならない。 世が世ならモンペとして名を馳せそうな男である。 綿密な計画を立てたお出かけを阻止されたこともあるが、俺はまだ諦めておらんぞ。 「しかし『比叡山炎上』サプリは当分世に出せねえな……」 比叡山の焼き討ちネタはさすがに織田信長存命のうちはまずかろう。 でもこの世界とは凄い親和性があると思うんだよね、あの世界観。 術や技能が使えるあたりが婆娑羅者っぽい。 「ま、ひとまずシナリオを充実させるところから始めるか」 いつかオリジナルシナリオが出回ることを楽しみに頑張ろう。 ……どうでもいいけど、クトゥルフ神話TRPGといえばSAN値チェックだよな。 最近婆娑羅者として目覚めつつある時宗丸が、うちに来るたびに佐助のリアルSAN値を削りつつあるが、いつか奴が不定の狂気に陥らないか、それだけが心配だ。
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