梵天丸様珍しい拾いモノをなさる 前編


 
 「……寒くなってきたなぁ」
 
 まだ息が白くなってないのを確かめてから空を見上げる。
 目に痛いほどの青に刷毛で払ったような薄い雲。空が高い。

 天高く馬肥ゆる秋って奴だな。今は11月、旧暦だと10月だ。
 ちょうど紅葉が見頃の時期で山々は綺麗に色づいている。
 ううん風流風流。温泉にでも入って一杯やりたいねぇ。

 しかし残念ながら飲酒にはまだちょっと早すぎる年齢のオレ。
 一体何をやってるのかというと、最近飼いはじめた犬の『4WD』、通称『四駆』を伴ってのお散歩だ。
 本当は外に出たくなかったんだけど、小十郎が「雪が降り始めたら春まで出られません」とか脅すからね。

 ムカつくから小十郎は撒いてきたさ。

 ふははは!ざまぁみろですぅ!!

 「はははは…………お。どうした四駆」

   ワンッ!

 いつもは大人しいはずの四駆が、一声吼えた後で山の奥のほうをじっと見ている。
 耳がピンと立ってなんとはなしに警戒しているようだ。

 「ケモノか何かか?」

 猪とかじゃないだろうね。
 何。そっちに行きたいの? 
 
 「しゃーねぇなぁ」

 オレを時折振り返りながらも先導するように先を行く四駆。
 賢い犬だなぁこいつ。拾ったころはそうでもなかったのに。
 喜多さん……じゃない、政岡が十日ばかり家に連れ帰ったと思ったら、短期間でこんなに躾けられて帰ってきた。
 一体何をしたのかあえて聞かなかったが凄い。

 「え、ここ?」

   ワン!

 結構遠くまで歩いてきたが相変わらずうちの敷地内。
 でも回りはなんだか鬱蒼としています。

 「マジでここ?」

   ワン!

 穴じゃん。
 ていうか、古井戸。
 
 ちょっとやめてよ井戸からサ○コとか思い出すじゃねーか。
 リングを見た夜怖くて風呂に入れなかったオレに何を望んでるんだ。
 でもちょっと覗いちゃう好奇心旺盛な梵天丸五歳。中身は三十路。
 怖いもの見たさってあるよねっ!

 どれどれ。


   ……………。

  Σ(゚Д゚ノ)ノヒィィィィイ!!

 なんかいるなんかいるなんかいるぅううう!!




 

 10メートルぐらい無言で全力疾走したオレを見ないでください。
 だって怖かったんだもの。

 てゆーか何アレ。アレ何。
 橙っぽい何かがウゴウゴしてた!!  

 カビか。カビの一種か。
 だとしたら速攻で熱湯を注ぎ込むぞ。

   クーン……

 「あ、四駆」

 そういえばコイツに連れてこられたんだっけ。

 ……よく考えるとあれがカビならわざわざ行ったりしないよな。
 生き物かも。
 でも生き物で橙色って何だ。

 「確かめに行くべきか」

 正体不明のままだと夜夢に見てしまう。
 そして「来ぅる〜きっと来る〜♪」という歌を口ずさんでしまうのだ。
 よし行こう。

 こ、こわくなんてないんだからねっ!!

 


 
 「きてしまいました」
 
 穴の直ぐ横に。
 今から気合を入れて橙色の正体を確かめたいと思います。
 バイオハザードで「かゆ……うま…」な事態になりませんように。
 でもそうなっちゃったら一人でも多くの人を巻き込もう。

 さぁて一体何がいるのかな〜

 キツネか、はたまたサルか。
 意表をついて猫だったりな!


 「……ん?」



  ( ゚д゚)


  (つд⊂)ゴシゴシ


  (;゚д゚)


  (つд⊂)ゴシゴシ


    _, ._
  (;゚ Д゚) …?!


  (つд⊂)ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ


  (  д )


  (; Д ) !!



 ににににに人間じゃねぇかぁぁあああああ!!

 ふ、腐乱死体!腐乱死体!!ふらんけんしゅたいん!!!
 いや待て、新鮮死体の可能性もある!!
 どうする俺!この場合の選択肢は……


 → 1 見なかったことにする
   2 記憶を失う
   3 埋める


 よし、1で行こう。
 やがて冬になって雪が積もり春が来て雪が解けて川となって流れてゆきます。
 そしてつくしの子が恥ずかしげに顔を出します。もうすぐ春ですね。今秋だけど。

 さようなら死体さん。
 誰かわかんないけど達者でね。じゃない、成仏してね。

 「じゃあ行こうか四駆」

 「う……」

 うん?いつになくはっきりしない返事だね。

   ワン!
 
 そう、それがいつものお返事。
 聞いているほうも元気が出てくるような気持ちのいい鳴き声だ。
 じゃあさっきのは?

 「うう……」

 ひとのこえ。

 そしてその声は仄暗い水の……じゃなかった、穴の底から。


 ……あれ?生きてる?

 
 こりゃ大変だ!!

 「おおーい!!」

 「あー…」

 ちょ、単音で応えるの止めて!ゾンビか!キョンシーか!?

 「生きてるなら、ちゃんと返事をしろー!!」

 「…い、生きてるぞー」

 マジで生きてる。スゲェ。

 しかも子供じゃございませんか!
 声が掠れてるのは昨日今日落ちたわけじゃないってこと?
 にしてはえっらい落ち着いてるのが謎だが。

 城の敷地内に迷い込んで古井戸に落ちたのかね。
 とにかく生きててよかった……親御さんも一安心ですな。

 「無事かー!いま、人を呼んでくるぞー」

 「……や、めてくれっ!」

 なんでさ。

 「た、食べ物か、せめて水をくれればいいから……」

 何……なんか知られちゃいけないわけでもあるのか。

 あらあらうふふ。

 なんだかちょっと不穏じゃござんせんこと?
 大人に叱られるのが怖いとかいう感じじゃないよなぁ。とすると迷子の線は薄いかね。
 死にそうな状況なのに人に見つかりたくないとか、子供らしからぬお言葉。

 ……間者ってやつ?スパイとか工作員とか。
 でもジェームズ・ボンドには若すぎじゃないかい。

 「うーむ」

 戯言はともかく、今の時期に探りを入れてくるとこっていったら最上かなぁ。あそこが一番怪しい。
 でも今の伊達には別に知られて困ることとかないんだぜ!
 輝宗公はオレの意見を取り入れつつ内政に集中してるからどこにも喧嘩吹っかけてないもの。
 周辺も今のところは小康状態だし、助けてやってもいいかなー。
 口封じされる可能性もあるが、オレってば見るからに良家の子息だし下手な判断は下すまい。
 四駆もこれでかなり頼りになるしね!

 「おにぎりと水でいい?」
 
 ワタクシの散歩のお供ですからとっても小さいですけど。
 ちなみに塩がついていない昨日の麦飯が四駆のおやつです。犬としては破格の待遇だぜ。

 「充分だよ……!」

 ふ、やはり子供。チョロイな!
 声からこちらが幼児であることに気がついて甘く見てる。
 その気になりゃ毒を盛るくらいの知性がある幼児なんだぜ。
 やりませんが。

 「うぃうぃ。じゃあ落とすよー」

 小さな包みと竹筒を落すと、ぽすぽすと穴の下のほうで受け止めた音がする。
 
 「あ……ありがとう!」

 どういたしまして。
 さて、コイツをどうやって助けようか。
 大人は呼んでほしくなさそうだし四歳児の力じゃ引き上げられないし。
 下の人の状態のこともあるし、取れる手段は限られてるぞ。
  
 「怪我はー?」

 「もぐもぐ」

 ごめん、食ってる途中に話しかけちゃった。

 「……上半身は無事ー。ちょっと腹が減ってるけど動けなくはないし、自力で出るから行っていいよー」

 そう言われて行けるわきゃない。
 しかし上半身は無事か。そうか、腕は使えるわけだ。
 そして脚が使えないんだな。単独脱出できない程度には。

 ふむふむ……


       |
   \  __  /
   _ (m) _ピコー
     |ミ|
   /  `´  \
     ('A`)
     ノヽノヽ
       くく


 「……もっと水持ってくる。人は呼ばないから安心してくれ」

 そう言い置いて応えも聞かずに駆け出した。

 ぬーすぅんだ ばーいくーで はぁーしーりぃだすー♪
 城まで走って戻るとなると今の梵天丸じゃかなりキツい距離だが、オレの目的は途中にある庭師の掘っ立て小屋だぜ!

 
 ぜえぜえぜえぜえ

 
 「じ……じいさ…な、なわ……っ」

 「ぼ、梵天丸様!?」

 よ……予想外の辛さだったぜ。
 オレは自分の能力を過信していたようだ……

 ……いや、幼児にしてはやけに速かった気もするぞ。
 四歳児の脚力ってこんなに凄かったっけ?
 もしかすると梵天丸の身体って案外スペックいいのかな。

 「あの……梵天丸様……」

 あ、ごめん爺さん。
 うっかり存在忘れてた。


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送