ロナルド・ウィーズリーとふゆのにちじょう



 天井まで届く棚には大量の本と錬金術の道具が整然と陳列され、遠心分離機が異様な存在感を放っていた。
 大きな机の上には使い込まれたルーペと鈍い光を放つこぶし大の鉱石が一つ。
 机の横にはロンが球を買ってきて修理した大きな地球儀が据えられ、わざわざ倉庫から引っ張り出してきた古い天球儀が隣に並べられている。

 片付いているはずなのにどこか混沌としたインテリア。
 大きな鍋や釜こそ別室に置いているが、ここは錬金術師の工房であり魔法使いの居室なのだ。
 そう言われればなるほどと納得できる不思議な雰囲気が漂っている。
 真ん中に鎮座している家具さえ見なければの話だが。

 扉を開けるとまず目を引く、深い緑色をした暖かそうな布団は奥方の手縫い。
 落ち着いた焦げ茶色の天板としっかりとした造りの足組はわざわざ日本から輸入したものだ。
 外からは見えないが、本来熱源があるべき場所にはロンが作った絶えず温風を送り続ける布袋が設置されている。


 それは日本人なら誰でも一度は見たことがあるであろう「こたつ」だった。


 2年ほど前から着々と日本文化に嵌りつづけている師匠にロンが紹介した、奥方曰く『人を快楽によって堕落させるための家具』は、今やフラメル邸に居住する人間の数だけ存在している。

 一つは趣味である縫い物や編み物をする奥方のため彼女の居室に。
 一つは読書や書き物をしているフラメル師の書斎に。
 そしてもう一つはここ、ロンの部屋に。

 正方形のこたつの一辺にはネビルが足をつっこみ黙々とみかんの白い筋を剥いており、対面に座っているロンは手元に置かれた参考書とノートを見比べて眉間に皺を寄せている。
 色違いの綿入り半纏を羽織った子どもが二人。
 真ん中に置かれたみかん入りの籠といい、二人の両脇で白い湯気をたてている湯のみといい、そこだけとってみれば日本のマグルの子ども達が冬を過ごす姿となんら変わるところはない。

 このこたつ、実はロンが魔法界向けに手を加えたものだった。
 椅子に慣れた西洋人にも使いやすいようにという試行錯誤の末、こたつの形に添って板を組んでローソファ程度の高さを作ってある。
 熱源こそ足の下ではなく膝の上だが、使い心地としては掘りごたつのそれに近いかもしれない。
 これが今使っている試作品で、板組みを完全に正方形で固定してしまったため靴を脱いで板で作った内枠の中に足を入れねばならない。
 フラメル師とその奥方のものは日本で作られた椅子とテーブル用のデザインを流用したため、完成度はこちらの方が高いだろう。

 ただし機能やデザインはともかく使われているエネルギーは完全に錬金術由来のもの。
 本来ならば口を開くと中から熱風がでてくる「熱風の布袋」と呼ばれる道具に小さな穴を開け、スイッチのオン・オフにあわせて温度調節を行う仕掛けを組み込んだロンのオリジナル調合だ。
 乾燥しやすいために湿度に気をつけなくてはならないが、電気も灯油も炭も薪も使わない、素晴らしくエコなシロモノである。


 そのトンデモなこたつを作った当の本人はといえば。
 ネビルが最後のみかんを取り上げたことにも気づかずに、相変わらずノートを見てはうんうんと唸っていた。


 「……月の粉が足りないと思ったら月の実もないなんて、これじゃどうにもならないじゃないか」

 高度な調合をしようと思えば、材料も自然と希少価値の高いものや品質の良いものになる。
 ただ使えればいいというのではなく、いいものを作るためには素材から厳選せねばならないのだ。
 このところロンはその点で悩まされることが多くなった。
 材料が足りないか、あるいは材料の品質が望むものに及ばないか。
 技術が身についたからこその悩みであるとフラメル師は笑って見ているが、本人にとっては深刻な問題である。

 今回、ロンは精神に力を与える月のペンダントと肉体に力を与える星のネックレスの調合を試みようとしていた。
 ところが計画を立てている途中、以前月のペンダントを金策のために売り払ったことを思い出して予定が崩壊。
 仕方なく一から作り直そうとしたところで前述の問題にいきあたった。

 「ダイアゴン横丁にも出物はないようだし、かといってお師匠さんに泣きつくのはごめんだ

 ペンダントの材料は、ノートによれば猫目石と月の粉。
 猫目石は原石も研磨剤もあるので磨けばそれですむ。が、月の粉のほうは必要な量の半分ほどしかない。
 月の粉を作るには月の実という素材が必要だが、残念ながらそちらもちょうどきらしていた。
 ダイアゴン横丁にある行きつけの問屋や雑貨屋にまで問い合わせてみたものの、芳しい答えは返ってこなかった。
 まだノクターン横丁という可能性は残っているが、一人で行くほど馬鹿ではない。
 最低限身を守ることはできるだろうが、おそらく爆発騒ぎの一つも起こしてしまうだろう。

 「諦めてインゴット作りに精を出そうか?いやいや、この間作った鉄の杖の評価だってしてないのに」

 クリスマスプレゼントとして師匠に贈られた溶鉱炉で、初めてインゴットから作った鉄の杖だ。 
 次の道具を作る前にできればその性能を試しておきたいし、検証したいこともある。

 「となると今年の入学に向けてフラムを作り貯めて………」

 「やめて!ロン、ロン、ちょっとお茶でも飲んで落ち着きなよ!」

 不穏な言葉を耳に留めたネビルが慌てて参考書とノートをロンの前から遠ざけた。
 ついさっきまでみかんに気を取られていたとは思えない素早さだ。

 考え事の邪魔をするつもりはなかったが、今の発言は聞き捨てならなかった。
 ホグワーツ魔法魔術学校がどんな場所であるにせよ、少年少女の集う学びやで爆弾が大量に必要とされることはあるまい。
 慌てふためく友人の声で我にかえったロンは言われるままにお茶を啜って、少し頭を冷やそうとこたつの真ん中にある籠に手を伸ばした。

 「……みかんがないんだけど」

 積んであったみかんの山は姿を消し、代わりにネビルの前に皮が五つ六つと重ねられている。
 この場に二人しかいない以上犯人は明らかだ。

 「あ、ごめん。ちょっと待って」

  気まずそうに視線をそらしたネビルが、部屋の隅にさりげなく置かれた『愛媛みかん』のダンボールに向かって細い指揮棒のようなものを振った。

 「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」

 呪文の後で、杖に引き寄せられるようにしてみかんが一つダンボールから飛び出した。
 この魔法は物を浮遊させるためのものであって呼び寄せの呪文でははないのだが、この近さなら応用が利く。

 「便利だねえ、それ」

 飛んで来たみかんを片手で受け取ったロンがしみじみと呟いた。
 ネビルにそれほど疲れた様子が見えないことからして消費される魔力が少なく、かつ効果範囲が広い。
 こたつにあたりながら使うのに、これほど相性がいい魔法もそうはないだろう。

 「まだ練習中なんだけどね」

 別にネビルはこたつにいながらにして物をとるためにこの魔法を覚えたわけではないのだが、褒められるとやはり嬉しい。
 覚えが悪いと祖母に叱られ泣きながら苦労した甲斐があったというものだ。

 「見てると私も杖が欲しくなるよ。ああ、いつも使ってるようなのじゃなくて」

 魔法が使える奴ね、とみかんを剥きながらネビルが持っている細い木の棒に目を向けた。
 師匠から貰った杖……棍棒は未だにロン愛用の武器ではあるが、さすがにもうそれで魔法が使えるとは思っていない。
 魔法使いの『杖』というのはWand(ワンド)であって、ロンが想像していた長いStaff(スタッフ)とは別物なのだ。

 ネビルの杖は去年のクリスマスに祖母からプレゼントされたもので、かつて彼の父が振るっていたものだという。
 そのせいだろうか。ネビルはどこへ行くにも杖を手放さない。
 ロンの知るかぎり、例外は魔法の使用がバレないようにフラメル師が杖を預かってなにやら細工をしてくれた時のみだった。
 初歩である浮遊魔法の意外なほどの習得の早さも、おそらくは杖の由来と無関係ではないだろう。

 しかし実のところ、フラメル師の行動もネビルの行いも違法である。
 本来ならば学校を卒業する前の子どもが魔法を使うのは魔法の不適正使用に関する法律に引っかかるのだ。
 だが、蛇の道は蛇。魔法界で旧家や名家と呼ばれる家ではそれぞれ手段を講じて子弟が幼いうちから英才教育を施しており、純血の一族であるロングボトム家の面々にとってはあまり抵抗がなかった。
 もっとも同じ純血の魔法族であるウィーズリー家では心配性で生真面目な母親あたりに問題視されそうではあるが、これも家風ということだろう。

 その家風にあまり影響されていないロンは、ネビルが魔法を使えることを素直に羨んでいたが。

 「春先になったらフラメル先生に相談してみたら?僕も普通に杖を買うところって見てみたいんだけど」

 なんでも魔法使いが杖を選ぶんじゃなくて、杖が使う人間を選ぶらしいよ。

 祖母から聞いたらしい言葉をそのまま伝えるネビルは、父親の杖を受け継いだためかあまりその辺の知識に自信がない。
 ダイアゴン横丁にある杖の専門店も、外から見たことはあっても中に入ったことはないという。
 それは前を通ったことがあるだけのロンも変わらない。
 埃の積もったショーウィンドウ剥がれかけた金の文字……まともに英語の読み書きができるようになってからも、あの店で魔法使いの杖を売っているということに暫く気づかなかったくらいだ。

 「そうしようかねぇ。なんでも色々素材があるんだって?」

 ものづくりを生業とする錬金術師としてはそのあたりも気になる。
 生きた枝や魔法生物の体の一部といった魔力ある素材を用いて魔法の発動体を作るという技術は、さていったいどんなものなのか。

 「ああ、うん。木と芯との組み合わせがたくさんあるんだ。あとは長さとか太さとかも人によって違うかな」

 祖母や親戚の杖や、彼らから聞いた話を思い出しつつネビルが説明する。
 芯としてよく使われるのは一角獣の毛やドラゴンの心臓だが、木材の方にはそういった定番はない。
 長さは大体20cmから30cm前後が多く、ネビルが持っているものも上着のポケットにしまえる程度の長さだ。
 人によっては服に杖用のポケットをつける人もいるそうだが、その辺はファッションや利便性の問題だろう。

 「杖によって見た目もちょっと違うよ。持ち手が自然な瘤になってたり、らせん状になってたり……」

 「芯は木を割って入れているのか、それとも魔法で入れているのか……」

 「金属の杖は見たことないけど、儀式に使う道具で魔法が使えるものがあるって……」

 「私が杖をつくるなら材料はアイヒェか竹あたりで、芯にするのは……」

 二人の話は盛り上がり、気づけばどんどんと話がそれていく。

 ロンの杖はどんなものになるのか。あるいはロンが作るならどんな杖にするのか。
 杖自体に属性を付与することはできるのか?後から細工を加えることは?
 そもそも魔力云々を理由に木の杖を使っているのなら、魔力を持った鉱物で杖を作ることはできないのか?
 
 多くの書を読み勉強と実験を続けたロンはもちろん、長年ロンと交流し続けているネビルもその話についていけるだけの下地があり、会話はだんだんと白熱しつつあった。
 魔法使いの卵と小さな錬金術師の話し合いは、やがて声を聞きつけて顔を出したフラメル師と奥方まで巻き込んでのディスカッションに発展する。
 その見識と新鮮な発想は、まだまだ未熟ながらも師匠達を唸らせることになるのだが、こたつ布団を首まで引っ張りあげて興奮気味に語り合う今の彼らは、やはり冬休みの子どもがはしゃいでいるようにしか見えなかった。



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