ロナルド・ウィーズリーとあにのおくりもの(前編)





 「最初は絶対に仲良くなれないと思ったんだけどなあ」

 いきなりやってきたかと思えば突然失礼なことを言い出した長兄に向かって、ロンはピクリと片方の眉を吊り上げた。
 子どものそれにしては剣呑な表情になるが、棚に並んだ錬金術の産物を眺めているビルに気にした様子はない。

 「なんだいビル、喧嘩売ってんのかい」

 まとまった休暇がとれたからと連絡もなしに訪れたかと思えばこの言葉だ。  悪意がないのは分かっているが、調合の邪魔をされた上に唐突にわけのわからない発言をされれば一言くらい物申したくもなる。
 ネビルあたりに言われたのなら子供の言うことと受け流しもするが、相手が二十歳すぎのいい大人となれば手加減もいらない。
 老人や子供とばかり接しているせいでこのところ穏やかに暮らしているが、本来のロンはそれなりに血の気が多いほうなのだ。

 「まさか。ただ懐かしいと思っていただけさ。ロンは大きくなったよね」

 初めて会った時はこんなに小さかったのに、と人差し指と親指で3cmほどの隙間をつくるビルを見て深々とため息をつく。

 「ビルは無駄ににょきにょき伸びすぎだよ。その体格を生かして親孝行でもしてくりゃいいんだ」

 そう言いつつも錬金術の道具を片づけてお茶の用意を始めるロンは、言葉は荒いが決してビルを嫌っているわけではない。
 対応が厳しいのは遠慮がないからで、軽口をたたくのは気を許しているからだ。
 ウィーズリー家でもここまでロンと気安く付き合っているのはビルとチャーリーくらいだろう。
 両親とパーシーは常にどこか遠慮があり、双子は前科のせいか過保護がすぎる。
 ジニーもロンに懐いてはいるが、妹と男兄弟では距離感が違う。

 「力仕事とか庭仕事とか、色々とすることがあるだろうに」

 説教めいた言葉を零しつつも、クリスマスに奥方からプレゼントされたとっておきのティーセットを棚から出す。
 脇卓には既に熱湯の入った保温ポットが置いてある。こちらはダイアゴン横町で熱い値引き闘争を繰り広げた末に購入した中古品だ。
 温めたポットにミスティカの葉を放り込むロンを見やってから、ビルはふらりと机を離れソファーに腰掛けた。

 「ちゃんと手伝いはしてるって。今日は用事があってきたんだ」

 フラメル師から手紙を貰ったんだと続ける兄を一瞥もせず、弟は熱湯で茶器を暖めている。
 聞いているのかいないのか、どうにも気のない素振りだ。
 視線は完全に手元に固定されている。

 「お師匠さんがねぇ……とすると私に関係することなんだろうけど」

 ポットに湯を注ぎながら何気なく呟いたその一言に、ビルは胸を張って答えた。
 もちろんロンは見向きもしていない。

 「そのとおり。可愛い弟のためだからね。優しいお兄様が駆けつけるのは当然さ」

 「ハイハイお兄様、テーブルに足上げたらぶっ飛ばすからね」

 熱湯に温められたハーブが芳香を放ち、ロンとビルの間に柔らかな湯気が流れる。  見た目と中身がちぐはぐな二人のやり取りは、どちらが兄とも弟ともつかないものであったけれど、それでも確かに『兄弟』のやりとりだった。




 10歳下の弟に異変が起こった時、ビルもすぐ下の弟であるチャーリーもホグワーツにいた。
 何があったのかを知らされたのは休暇になって家に帰ってきてからだ。

 神経を尖らせているパーシーと、火が消えたように静かな双子。どこか萎縮した様子のジニー。そして姿が見えないロニー。
 当然チャーリーと二人で両親を問い詰め、双子の悪戯によってロンが記憶障害を引き起こし、療養のためダンブルドア校長の友人に預けられたという話を聞いた。
 弟の心配や知らされなかった憤慨の一幕はあれど、それで二人とも一度は納得したのだ。
 ロンは臆病で泣き虫だったが心の優しい子どもであり、何より全員にとって大事な家族である。
 両親が暗くなったりパーシーが心配のあまりにピリピリしているのは仕方がないことだし、責任を感じた双子が落ち込むのは当たり前だ。何が起きているのか分からないジニーとて、雰囲気を感じ取れば怯えもするだろう。
 蚊帳の外に置かれたことには腹が立つが、ビルもチャーリーも家族のフォローに回ろうとするくらいの分別や自制心があった。

 この時点では。

 ―――その日の深夜、長兄であるビルだけが真実を知らされた。
 弟が死んで、生き返ったことを。

 話を聞いてまず生まれた感情は怒りだった。
 原因となった双子の弟に対して、教えてくれなかった両親に対して、そして末弟の体の中にいる何者かに対して。
 次に襲ってきたのは悲しみだ。
 初めて肉親を失ったという事実は、大人びていたとはいえ思春期にさしかかったばかりだったビルを打ちのめした。
 混乱するビルに対して尊敬する父やダンブルドア校長が事情を説明し、嘆き悲しんでいた母さえもビルを抱きしめては道理を説いてくれたが、それで納得できるものではない。
 胸の中で渦巻くやりきれない気持ちは、弟に成り代わった得体の知れない誰かへの敵意になった。
 それが間違っていると分かっていても抑えきれない思いあるのだと、ビルは身をもって理解した。
 両親も恩師もそれを責められることはなかったが、何度も遠回りに窘められたものだ。

 それでも兄弟の中で一番最初に彼と会わされたのは、やはりビルが長兄だったからだろう。  

 ビルが『はじめて』末の弟と顔を合わせた時、彼は漏れ鍋の隅で紅茶を飲みながら父とチェスに興じていた。
 ほおづえをついて駒を進め、何事か会話を交わしては肩を小さく揺らして笑う幼い弟。
 盤を前に悩む父を眺めながら静かな笑みで紅茶を啜る『みたこともない』赤毛の男の子。
 重い足を引きずりながら近づくビルに気づいたのは父だった。
 片手を挙げた父の視線を追ってこちらを向いた、彼は、一瞬前まで父に向けていたものとは違った笑みを浮かべてこう言った。


 「はじめまして、ウィリアム・アーサー・ウィーズリーさん」


 その時の気持ちを、ビルは6年たった今でも上手く言葉にすることができない。

 強いていえば、一番近いものは諦めだろうか。
 心のどこかにあったもしかしたらという希望はここで潰えたのだ。





 「ミスティカでハーブティーとは……ロンもいよいよ錬金術師だなあ」

 カップを傾けながら、感心したようにビルが呟く。
 綺麗な水辺にしか生えないミスティカは入手にそれなりの手間がかかるし、プロが調合すればその辺で売っている魔法薬を上回る薬になる。
 それをそのままハーブティーにしてしまうというのは、自力で材料を採取する錬金術師でもなければまずやらない暴挙だ。

 「さすがに6年もやってりゃ価値観もそっち寄りになるもんさね」

 対面のソファーに座って笑うロンに、ビルが目を細める。
 ここまでくるのに6年かかった。 
 決して親しくはなれまいと思ったあの日が嘘のようなこの関係

 ウィーズリー兄弟の六番目だったロニーではなく、新しい兄弟のロン。

 結局ビルはそうやって折り合いをつけた。
 彼に非が無いのを理屈の上では分かっていながら心がそれを受け入れられず、さんざん揉めたあげくの結論だ。
 最初の二、三年はともかく、ロンが隠れ穴に来るたびに
 中身を考えると弟というよりは兄のような兄弟。ずっと長男だったビルにとっては不思議な存在だ。
 初対面から数年もの間ずっと一方的に八つ当たりし続けた経緯があるゆえに、ビルとしては頭が上がらない相手でもある。  

 それだけに、たまに兄貴面ができるとなるとテンションが上がるのだが。

 「……さて、落ち着いたところで私に関わる用事とやらについて話しとくれ」

 室内に満ちた爽やかな香りを深く吸い込むと、ロンが真面目な顔で切り出す。
 楽しそうなビルの様子からして悪いことがあったわけではないのだろうが、フラメル師も絡んでいるのなら重要な話である可能性は否定できない。
 心身を落ち着かせるハーブの助けを借りて緊張を宥めながら促せば、ビルが嬉しさを隠せない様子で口を開いた。

 「ああ、ちょっと一緒にダイアゴン横丁に行ってもらいたんだ」

 言葉だけ捉えればそれほど身構えるようなものではないが、わざわざロンを誘いに来たからには何か理由があるはずだ。
 ロンは少し考えてから問いかけた。

 「錬金術師の目が必要な買い物でもあるのかい?物によっては私の手持ちで賄えるかもしれないよ」

 すぐに思い浮かぶ理由としてはまずこれだろう。
 目利きという点では師やその細君にとうてい及ばないが、それでもロンは一般人よりマシな鑑定眼を備えている。
 もしもロンがストックしている材料に求めるものがあるならば多少融通したってかまわない。
 答えを待ちながら脳内でストックリストを広げていると、ビルはもったいぶって首を横に振った。

 「いいや、買うのはロンの物だよ」

 「え?」

 ロンの意表をつけたのが楽しいのか、ビルはますます嬉しそうに笑う。
 滅多にないチャンスだからこそ存分に楽しむつもりなのだろう。
 芝居がかった仕草でハーブティーを飲み干し、怪訝な顔のロンを盗み見てもう一度笑うと、引っ張り出した杖を手の中でくるりと回した。

 そしてウィーズリー家の長兄が、弟に告げる。

 「これからロンの杖を買いにいくのさ」 

 「はあ!?」

 返事ともいえない素っ頓狂な声を聞き、ビルは声を上げて笑い出した。



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