ロナルド・ウィーズリーとあにのおくりもの?(後編)





 『 同じ年頃の子どもが杖を持っているならロンが持ったっていいだろう。
   というか嫁さんがロンに魔法を教えたがって煩い。
   さすがに自分が杖の購入に付き添うのはウィーズリー家に不義理が過ぎるだろうから、そっちに人選は任せる。
   もちろんこちらの勝手で振り回すわけだから金は出す。 』

 「……っていう手紙が来たんだよ」

 ダイアゴン横丁の不揃いな石畳で蹴躓きながら、ビルはそう説明した。

 実際の文面はそんな単純なものではなく、ロンの人格、というよりは魂の交代が魔法に影響するかどうかの確認や、それが原因でもし杖に選ばれなかったらという危惧、更にはその場合の対処法までこと細かに記されてはいたのだが、本人にそこまで言う必要はないだろう。
 知ったところで不安にさせるだけだし、過保護な親馬鹿か心配性程度の認識でいてもらったほうがいい。
 ロンに言ったことも全てが嘘というわけではないのだから。

 「奥方はいつも『私も何かロンに教えたい』って言ってるからね……」

 苦笑しつつもそう言ったロンに、わが意を得たりとビルが頷く。
 様々な懸念があることも事実だが、フラメル師が妻のブーイングに悩まされていることもまた事実なのだ。

 「ペレネレさんは妖精の魔法と魔法薬学が得意なんだって聞いてるよ。よかったじゃないか、予習ができて」

 「予習ねえ。あの意気込みだとそれどころじゃすまない気がするんだが」

 シチューやケーキの作り方を教わった時のことを思い出して、ぼそりと呟く。
 旦那に負けじとロンにあれこれ仕込もうとする奥方にはロンもわりと悩まされていたのだ。
 マグル式の料理や裁縫だって錬金術の役に立たないわけではないが、そればかりやっていると本職がおろそかになる。
 まあ、クロスステッチで薔薇を縫う技術を仕込むのと同じ情熱で教えてくれるなら、きっと魔法の上達も早いだろう。
 ロンはレース編みだってできるのだ。彼女の辞書に妥協という文字はない。

 「大丈夫大丈夫……ああ、ここだ。オリバンダーの店」

 いいかげんな返事をしながらビルが立ち止まったのは、やけに古くて小さな店の前だった。
 埃で曇ったショーウィンドウからはぼんやりと杖が飾られているのが見える。
 自己主張が薄いというか、商売っ気がなさそうな店構えだ。

 「こりゃまた雰囲気のある……ええと、オリバンダーの店……紀元前三八二年創業、高級杖メーカー」

 ロンが屋号と思しき剥がれかけた金色の文字を読み上げている間に、ビルがさっさと扉を押し開けた。
 店の奥のほうでドアベルがチリンチリンと涼しげな音を立てる。
 長兄の後について店に入ったロンは、もの珍しげに狭い店内を見渡した。

 杖の専門店らしく、傷だらけのカウンターの向こう側には細長い箱がいくつもいくつも積み上げられている。
 うっすらと埃の詰まった調度。古いものの匂い。マグルの世界の骨董屋によく似たどこか懐かしくも怪しげな気配。
 通りの喧騒が嘘のような静けさは、ガラス扉一枚で隔てられているとは思えない。

 (時代がかっているというか、寂れた博物館みたいな空気だね)

 天井まで積み重なっている箱を眺めていたロンは、そのまま店の奥へと目をむけた。
 店内が薄暗いせいでよく見えないが人の影はないようだ。
 ベルは鳴ったのに店主が出てこないし、もしかして不在なのだろうか。
 そう思ったその時、


 「いらっしゃいませ」


 不意に聞こえた声に驚いて、ロンはその場で小さく跳びあがった。
 同じように周囲を観察していたビルもロンの横で不自然に固まっている。

 一瞬前まで何の気配もしなかったのに、いつのまにかカウンターの脇に小柄な老人が立っていた。

 「その燃えるような赤毛はウィーズリー家じゃな。
  ……ビル・ウィーズリー、柳の木にドラゴンの心臓の琴線、35センチ。調子はどうだね?」

 柔らかな声で問いかけながら、老人はゆるりとこちらに近づいてくる。
 言葉から察するに彼が店主のオリバンダー氏であるのだろう。
 ロンは動悸を抑えるように胸に手をあてつつ、声をかけられたビルを見上げた。

 「え、ええ、問題ないですよ。今日は弟の杖を選びに来たんです」

 多少どもりつつも用件を告げる。

 「お前さんが付き添ってくるのは初めてだね。前に来た兄弟はお母さんが一緒じゃったが」

 「あいにく母は立て込んでおりまして」

 ビルがそっけなく答えた。
 もしロンがついて欲しいと言えば、とまどいながらも母はきっとついてきただろう。
 だがそれを言えないのがロンであり、現実として母はこの場にいない。
 ここから先は家庭の事情だ。

 「ふむ。では坊ちゃん……ええと」

 薄い色の瞳がきょろりとロンの方へと動く。

 「ロナルドです。よろしくお願いします」

 フラメルやダンブルドアとは系統が違うが、いかにも癖がありそうな老魔法使いに対してロンも若干緊張気味だ。 

 「これはご丁寧に。して、杖腕はどちらですかな」

 にこりと笑ったオリバンダーがポケットから使い込まれた巻尺を出した。

 「右ですよ」

 「では腕を伸ばしてください。そう、そのまま」

 言われるがままに腕を伸ばすと、手馴れた様子でロンの全身の寸法を測り始める。

 「ウィーズリー家の人間に杖を売るのは、さて何度目だったか。しかし今回は少々毛色が違うようだ……」

 言いながら手を離しても巻尺は相変わらず体に巻きついたままだ。
 ロンには分からないが何がしかの魔法がかかっているのだろう。
 店主はロンと巻尺をほったらかしたままで店の奥へと消えていった。
 主が消えたにも関わらず、巻尺は余すところなくロンの身体を測り続けている。

 (魔法の巻尺なのかねぇ。自動測定巻尺か……どういう機能なんだろう)

 されるがままになりながら伸び縮みする巻尺を目で追う。
 観察した限りでは、測定する個体を指定することはできても部位の指定はできないらしい。
 いくつかの数値は店主がさっき自分で測って確認していたし、途中から完全に目を離していることからして、今測っているのは今回の杖選びで必要なデータではないのかもしれない。
 もしかしたらこれは今後のための顧客情報を蓄積しているのだろうか。

 (商品を探している間にデータ採取を進めておけるっていうのは便利だね)

 内部に記録媒体があるのか、何かに転写する方式なのかは分からないが、個人商店ではかなり重宝するだろう。
 もしあれを錬金術で作るとしたら材料は……とロンが考えはじめた頃、オリバンダーは奥から箱をいくつか抱えて戻ってきた。
 ゴトゴトと木箱を置き、片手で巻尺を呼び戻す。

 「さて、これはどうでしょうな。楓の木に一角獣のたてがみ。28センチ、持ち主に素直。振ってみなされ」

 蓋を開けて差し出された箱の中には指揮棒によく似た魔法使いの杖が入っていた。
 持ち手のあたりが濃い焦げ茶色で、全体が滑らかな光沢を放っている。

 「はあ、ではためしに……」

 磨き上げられたそれを手に取り、軽く振り上げたと同時に手から杖がもぎ取られた。
 持っただけで駄目だと分かったらしい。代わりにその下の箱が開けられる。

 「違いますな。では樫の木に不死鳥の羽、25センチ。振りやすい」

 振ったが特に何も起こらない。

 「ならば柳に一角獣のたてがみ。33センチ。とても軽い」

 背後の棚が一つ崩れ落ちた。

 「こちら、紫檀にシーサーペントの鱗。頑丈」

 杖を振った途端に鳴った強烈なラップ音に、ロンとビルが思わずびくりと身体を揺らし、老人が満面の笑みを浮かべた。
 動揺するロンの手から杖をひょいと抜き取ると、新たな箱を探しに店内を飛びまわり始める。
 店主はなにやら生き生きしはじめたが、選んでいるほうは不安でしかたない。
 拒絶反応らしきものが徐々に激しさをましていくとあってはなおさらだ。

 「ビル……杖選びってのはこんなに大変なもんなのかい……?」

 「大抵は3本か4本試せば見つかるらしいけど、同級生の中には30本も試したって奴もいるよ」

 どういう基準で杖に選ばれるのかは、神ならぬ店主のみぞ知るといったところだろうか。

 「そこまで苦労しないことを祈るよ」

 ロンがそうぼやいた時、箱を抱えていたオリバンダーの動きがふと止まった。
 手元の箱とロンを見比べ、ふむ、とふくろうのように首を捻る。

 「そうじゃ、そうじゃ、あれがいい」

 店主はそう呟くと、ふらりと店の奥に姿を消した。
 暗がりからゴトゴトと木箱を動かす音がし、舞い上がった埃がロンとビルの方にまで流れてくる。
 薄汚れた窓から差し込む光に照らされて白く光る塵を眺めながら、ロンは静かに高鳴る胸を押さえた。 
 遠足前の子どものような高揚と期待に、わずかな緊張。首筋のあたりがざわざわする。

 「何が出てくると思う?」

 「さてね。私としちゃ使える杖があるならもう何でもいいよ」

 おもしろがるようなビルの言葉にそう返すと、先ほどより埃に塗れたオリバンダーが棚の間からするりと出てきた。
 杖が入っているのだろう箱を、大事そうに小脇に抱え込んでいる。

 「ちょっと変わったものを試してみよう……柳の木に龍の爪。108センチ、非常に頑丈」

 「前言撤回。何でもよくない」

 思わずロンがそう口走ってしまうほど、その箱は大きかった。 
 長さは1m30cmほど、幅は50cmはあるだろう。 
 どう考えても魔法使いの杖が納められているとは思えないサイズだ。

 しかし中から出てきたのはたしかに杖だった。
 杖ではあったが、どう見ても用途として間違った杖だ。
 これは振るための杖ではなくて、つくための杖だろう。

 中国で仙人が持っているようなそれに、ロンは強烈な既視感を覚えた。


 「………」

 「………」


 ビルと二人、しばし無言で目の前の長い杖を見る。
 どこかで見たことがあるどころの話ではない。
 それはロンが今まで幾多の魔法生物や害獣を血祭りに上げてきた、『棍棒』に瓜二つだった。

 「これはまた振りごたえがありそうな……」

 それ以外に何を言っていいかわからなかったのだろう。
 微妙な半笑いを浮かべながらビルが呟いた。

 「ちょいと。振りごたえとかそういう問題じゃなかろうが」

 全長1メートルを越える杖だ。授業で教室に持ち込んだらとてつもなく邪魔である。
 あまつさえ振ったりしたら怪我人が出かねない。

 「いやでも……振ってみたほうがいいんじゃないかな」

 ここで?

 狭い店内を見渡した後で、ロンはオリバンダー老人の顔を伺った。

 輝くばかりの笑顔で頷く店主。
 気のせいかもしれないが、眼鏡の奥の目が光っているように見える。
 視線には有無を言わせない迫力が備わっていた。

 「……やりますよ。やりゃあいいんでしょう」

 しぶしぶと杖に手を伸ばした瞬間、吸い付くように杖が手の中に飛び込んでくる。
 見た目は無骨だが触り心地は繊細で、木肌はひんやり冷たくすべすべと滑らかだ。
 爪の持ち主である龍はもしかしたら水に棲んでいるのかもしれない。

 脳裏に『日本昔ばなし』の龍を浮かべつつ、ロンが杖ごと手を上げる。

 と、杖の一番天辺から、青白い光が迸った。

 火花というよりは雷鳴に似た閃光が空を駆ける。
 青い稲妻が、店内を一周した後再び杖に戻ってきて、ふっと消えた。
 壊れたものは何もない。そして手にしっくりくるこの感じ。

 オリバンダー老人が嬉しそうにパチパチと拍手をする。

 「ああ、どうも……」

 さきほどのビルとよく似たあいまいな笑顔を顔に浮かべながら、ロンが投げやりに礼を述べた。
  
 今の感覚でよく分かった。
 たしかにこの杖はロンに使われることを選んだのだ。
 しかしその形状があまりにも一般的な杖から外れている。
 ある意味ロンが使うに相応しい杖ではあるが、これを魔法学校に持ち込んだら望むと望まざるとに関わらず、一日もしないうちに全校生徒に名前が知れ渡ってしまうだろう。 

 「……お、おめでとう」

 「ははは……ありがとう……?」

 祝うビルも祝われるロンもなんとも形容しがたい表情でため息をついた。
 とりあえず圧縮魔法か縮小魔法あたりをかけてもらって小さくしよう。
 授業中に振り回したせいで怪我人を出したくはないから。

 肩を落としながら杖を箱に戻すロンに、老人がにこやかに追い討ちをかけた。


 「7ガリオン8シックルです」

  
 長い分だけ、高いのかもしれない。



  
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