ロナルド・ウィーズリーと旅のはじまり





 プラットホームに停車中の蒸気機関車からは、緩やかに煙が立ち上っている。
 深みのある紅色に塗られた車両の側面にはホグワーツの紋章が張り付いており、その列車が特別なものだと知らしめていた。
 フラメルのお供であちこち出歩いていたロンとネビルは同世代の子どもに比べれば旅行の経験が多いほうだったが、専用列車を仕立てての移動は初めてだ。
 2人とも魔法界で育った子どもとして前情報はあちこちから仕入れていたが、こうして現物を目の当たりにすると感慨深いものがある。
 
 「いよいよ学校に行くぞって気分になるねえ」

 「うん。とうとう来ちゃったなって気がするよ」

 ふわふわとした感想を言い合いながら、2人はトランクを抱えて歩き出した。

 11時発のホグワーツ特急は既にホームに入っているものの、出発まではかなり時間の余裕がある。
 9と3/4番線ホームは人影まばらで、人が入っているコンパートメントも半分どころか三分の一ほどもない。
 ホーム手前で見送りと別れたロンとネビルは、特に選り好みをするでもなく手近な車両に乗り込み、真ん中より少し前のコンパートメントに陣取った。

 「これくらいの人出なら、フラメル先生に来てもらってもよかったかな」

 外の様子を眺めながらネビルが呟く。
 車両の横で別れを惜しむ保護者と生徒は両手の指に収まる程度だ。
 2人を送ってくれたフラメルは世間に顔が割れた有名人であるため騒がれるのを恐れて駅前で別れたのだが、その心配が無用なものであったことが今更ながらに分かった。
 随分と名残を惜しんでくれたフラメルに対し、いささか申し訳なくなる。

 「僕ら、ちょっと早く来すぎた気がする」

 駅周辺のカフェで一休みしても余裕で間に合ったのではないだろうか。
 別に空腹でも喉が渇いているわけでもないが、なんとなく時間を無駄にしたような気分だ。

 「遅れて来るよりはマシってもんだろう。おかげで早々に席が確保できた。
  トレバーのためにも早めにコンパートメントに落ち着けてよかったよ」
 
 そう言いながらロンが見下ろした足元には、蔦が絡まるような装飾がされた鳥籠が一つ置かれていた。
 細い格子の向こう側には、鳥ではなくヒキガエルがどっしりと鎮座している。
 もし混雑の中で人を避けながら鳥籠を持ち運んでいたら、カエルは籠の中で転げまわるはめになっただろう。
 
 「プレゼントに文句を言うのもどうかと思うけど、アルジー大叔父さんはちょっとセンス古いよね」

 ネビルは苦笑しながら、足の爪先で鳥籠をつついた。
 入学祝に大叔父から贈られたヒキガエルは、魔法使いのペットとしては随分前に流行からはずれている。
 昔から変わらぬ人気を誇っているのは猫で、最近の流行りはフクロウやミミズクだ。
 前者は害虫や小害獣避けに役立ち、後者は手紙を運んでくれる。
 対してヒキガエルは飼い主に利するところが少ない。その身を薬にすること以外では。

 「術を使う者が蛙を従えるのは悪くないと思うんだけど」

 ペットをもてあまし気味のネビルに、ロンはせめてもの慰めと、かつて覚えた薀蓄を語った。
 
 英国魔法界では蛙といえば敵を変化させたり薬の材料にされることが多いが、所変わればイメージも変わる。
 道教には青蛙神信仰があり、劉海蟾という仙人が連れている三本足の蝦蟇は金運や幸運の神だ。
 他にも仙薬を盗んだ嫦娥という仙女が罰として蟇蛙に変えられて、月に住み続けているという伝承もある。
 また、エジプト神話の水と生命を司る女神ヘケトは、蛙の顔をしているのだという。

 「魔法はイメージが大事だって師匠がよく言っていたし、知識ってのはイメージの補強になるもんだ。
  月や水や、生命に関する魔法を使う時にカエルを傍に置くことで成功率があがるかもしれない」

 話しているうちに方向性が段々とずれていく。

 調薬あたりで比較実験をしてみたらどうだろう。
 カエルがいる時、いない時。月が出ている時、いない時。
 月齢や自然環境の要素も加味して研究するのも面白そうだ。
 『魔法・魔術の行使におけるペットの影響』でレポートが書ける。

 「僕にそんなことしてる余裕があればね……」

 ネビルは本気にしていないようだが、ロンはそう難しいことではないと思っている。
 そもそもロンにしても、青蛙神については岡本綺堂の小説で、エジプト神話の女神については友人が嵌っていたゲームで知ったのだ。
 既にゲーマーの片鱗を見せているネビルなら、サブカル方面から雑学として神話や宗教の知識を身につけるのに苦労はしないはず。
 あとは本人の興味次第だが、とっかかりがあるのとないのとでは大分違う。

 「ちなみにロンはペットにするなら何がいいの?」

 「猫かなあ。狭い場所の素材も回収できるし、餌の用意が簡単だから」

 それに、妹が猫好きだから。

 合理的な理由を口にしつつも、最後に付け加えた言葉の比重が一番大きそうだ。  
 笑うロンが珍しく年相応に見えたので、ネビルはペットと使い魔の違いを指摘するのはやめておいた。



 雑談が一段落したところで外に注意を向ければ、コンパートメントの外が先ほどよりも騒がしくなっていた。
 明らかに増えた人の数。生徒達の話し声と通路を行き交う足音が扉越しにも聞こえるほどだ。
 ホームでは重い荷物を山積みにしたカートを押す生徒やその家族らが、前の方の車両へ向かって歩いていく。
 ごった返すというほどではないものの人口密度は2人が来た頃より上がっており、今もって上昇中のようだ。
 
 「足元をやたらと猫がうろついてるけど、あれ全部ペットなのかねえ」

 人間の足を器用に避けながら闊歩する猫たちが2人の目を奪う。
 好き勝手に動き回っているが、列車が出発する前にちゃんと飼い主の元へ戻ってくるのだろうか。
 幾人かの子どもはフクロウが入った籠をカートに載せており、籠の中では鳥たちが居心地悪そうに身じろぎしていた。
 
 「これからもっと増えるんだろうし、トレバーが出歩いたら1分もたたず踏み潰されちゃうだろうな」

 さもなくば、猫かフクロウに獲って食われそうだ。
 ホグワーツに着くまでは管理を厳重にしなくてはなるまい。 

 「まあ寮に入ったら少しは安心できるだろうさ」

 生徒のペットを別の生徒のペットが捕食したとなれば外聞も悪い。
 恐らく校内では、そういった事故を防ぐ対策が取られているのではないか、とロンは考えた。
 
 「寮……寮かあ。僕、スリザリンだけは勘弁して欲しいな」

 顔を顰めながらネビルがぼやいた。
 祖母や大叔父をはじめ親戚一同に色々と聞いてみたが、どう考えても自分と合いそうにない。
 ネビルは純血の魔法族だが、錬金術師師弟のせいで今やすっかりマグル文化に染まりきっていた。
 嗜好的にも性格的にもスリザリン向きではないと自覚しているし、恐らく知人の誰もがその意見に納得するだろう。

 「ああ、私もスリザリンにはあんまり行きたくないねえ。
  聞いた話だと、スリザリンの部屋は地下にあるらしいから」
 
 ロンも友人の言葉に同意した。
 スリザリンの純血主義がどうとかいう以前に、物理的に趣味に合わないのだ。
 基本的にロンはジメジメした雰囲気が好きではない。
 
 「気楽に窓を開けられないのはちょっとね。息が詰まりそうだ」

 「ああうん。ロンにスリザリンは無理だと思うよ」 
 
 ネビルが考えるに、ロンは間違いなくグリフィンドール向きだ。
 騎士道精神についてはよく分からないが、勇猛果敢であることには一点の曇りもない。
 でなければレイブンクローあたりか。
 実践を重視してはいるが、錬金術師は学究の徒でもあるというし。

 「ネビルはグリフィンドールだろう」

 あたりまえのことのように平然と言われて、ネビルは目を丸くした。

 「自分で言うのもなんだけど、師匠と私の素材収集に同行するには相当な勇気がいると思う」

 素晴らしい根性だよ、と褒め称えられて、ネビルは微妙な気分になった。
 嬉しいような哀しいような。
 しかし確かにそう言われるだけの苦労はしてきた。
 割と頻繁に身の危険を感じていたし、何度かは命が危うくなったこともある。 
 本当に、よく今日まで五体満足で生き延びてこられたものだ。
 そう考えれば、少しぐらい自分を誇ってもいいのかもしれない。
 
 「僕、ハッフルパフに入りたかったんだ」

 ぽつりと呟いたネビルにロンが微笑んだ。
 じゃあ私もそこにしよう、とさらりと口にする。

 「ネビルと同じ寮ならどこでも楽しそうだ。ああ、万が一寮が違っても仲良くしてくれるだろう?」

 「う、うん。それはもちろん!」
 
 ロンと2人でハッフルパフ。

 どう考えても平穏無事な生活は送れそうにない。
 ロンが何がしかの問題を起こして、ネビルがそれに巻き込まれる未来が容易に想像できた。
 しかし楽しいだろうことだけは疑いようがない。
 きっと最高の学校生活を過ごせるはずだ

 ハッフルパフでもレイブンクローでも、ありえないとは思うがスリザリンでも……グリフィンドールでも。

 「どこの寮に入っても、どう過ごすかは自分次第だからね」

 しかしこの赤毛の友人に一番似合うのは、金のグリフィンであるとネビルは思うのだ。


 
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