ロナルド・ウィーズリーとみらいのぼくら




 朝というには日が高いが、昼には少し早すぎる時刻。
 目の覚めるような青空には羊雲が浮かび、雲雀の囀りが天高く吸い込まれていく。
 爽やかな風が梢を揺らしながら森を抜け、草原へと続く小道に木漏れ日を落とした。
 気候も穏やか、実に長閑な小春日和だ。

 陽射しの下はまったくもって穏やかではなかったが。


 ―――敵は残り一匹。

 ロナルド・ウィーズリーは『杖』をしっかと握りなおし、乾いた唇をペロリと舐めた。
 傷だらけ、泥だらけでありながら、士気は未だ衰えず。敵の潜む藪を睨む眼光たるや、さながら歴戦の勇士の如しだ。
 遭遇からおよそ二十分。体力は既に限界が見えているが、それは相手も同じこと。
 気合を入れなおしたロンは、じりじりと右足を後ろに移動し、ボールを待ち構えるバッターよろしく杖を顔の横に引きつけた。
 不格好なのは承知だが、これが一番やりやすいのだからしょうがない。

 不自然な葉擦れの音は少しずつ大きくなっている。 

 徐々に近づいてくる藪の揺れを見つめながら、いつでも動けるように重心を落とした。
 後ろから聞こえる自分の物ではない荒い呼吸に、ロンはにんまりと笑った。
 今日は絶対に負けられない。

 藪の葉が、一際大きく揺れる
 
 そこから先の行動はもはや反射に近かった。
 身体を大きく右に捻る。飛び出してくる敵。
 全力でフルスイング。重い手応え。
 吹っ飛んだ敵。よろけて転ぶロン。

 敵は2メートルほど離れたところに生えていた木にぶち当たって、べしゃりと下に落ちた。
 強い衝撃が腕を痺れさせたが、意地でも杖を手放したりはしない。
 動かない敵から目を離さず、すぐさま立ち上がって距離をとる。
 フラメルの道具が底上げしているとはいえ、所詮は六歳児の筋力だ。杖の重さに遠心力が加わった渾身の一撃とはいえ、威力はたかが知れていた。
 しかし敵の攻撃を食らう前に体勢を立て直すことができた今ならば、反撃にも余裕を持って対処できる。

 (一発くらいは覚悟してたけど、なんとかこのまま勝てそうだね)

 勝利を確信しつつも警戒は解かない。
 動かないならば追撃を、と杖を頭上に振り上げたところで、全身を強打した敵がぶるぶると震え始めた。

 「おや?」

 杖を振り下ろす前に、震えていた敵の体が唐突に弛緩する。

 「おお!」

 出会い頭のフラムが思いのほか効いていたようだ。
 敵の絶命を確認して、ロンは小走りにピンク色の物体に近づいた。

 半球体で半透明。一見するとやや硬めのスライムに見えるこの化け物、名を『ぷにぷに』という。
 間抜けな名前と恐ろしさのかけらもない外見、そして子どもにも負けるという弱さから軽視されがちだが、固体によっては凝固作用のある物質を体内で生成しており、これが錬金術の素材になるので侮れない。

 「ぷにぷに玉が入ってるといいんだけどねぇ。ああネビル、ナイフ出してくれるかい」 

 言いながら振り返ったその先には、青い顔をした少年が一人。
 呼吸こそ整いつつあるものの、丸い頬からは血の気が引いている。
 まるでしがみつくように採取籠を抱えているが、今にも倒れそうな風情だ。

 「き、き、きみ……い、いつもこんなことしてるの……?」

 カタカタと小刻みに震えつつ、それでも律儀にナイフを渡すネビルに、ロンはあっさり頷いて肩をすくめた。

 「今日は楽な方かね。クラフトをいつもより多めに持ってきてたし」

 クラフト、とネビルは口の中でつぶやいた。
 それはもしかして、ぷにぷにを見るやいなや容赦なくぶん投げたあの爆弾のことだろうか。
 飛び散った破片が頬にぺたりと張り付いて卒倒しそうになったのだが。

 「……いつも持ってるんだ」

 あんな物騒な物を。

 「備えあれば憂いなしってやつさ。こっちだと暗くなる前に灯りをともせって言うんだっけ?」

 どこの国にも似たような意味の言葉があるんだねえ。

 ネビルには理解できない軽口を叩きながら、ぷにぷにが溶ける前にナイフで半透明の体を掻っ捌くロン。
 森とは言っても入口が近いので、枝の間から差し込む光が充分に手元を照らしてくれる。
 陽光の下ではっきりと見えるぷにぷに解体ショーに、ネビルは無言で視線を逸らした。

 作業がしやすいと喜ぶロン。
 虚ろな目で遠くを見るネビル。

 幼い少年が満面の笑みでモンスターをバラす様は、実にシュールだ。



 ロンが迷子のネビルを保護してから三ヶ月。
 季節が秋へと変わるころには、二人はすっかり仲の良い友達になっていた。

 出会った当初の言葉とは裏腹に付き合いが長くなったのは、ネビルの祖母がフラメルの知人であったからだ。
 他でもない、その日フラメルが会っていたのがまさにその人であり、彼女がフラメルを呼び出した理由がネビルのことだったというのだから、縁は異なものである。
 フラメルが孫と同じ年頃の子どもを弟子にしたとあって相談を持ちかけたそうだが、さすがにその孫と弟子が既に会っているとは思いもよらなかったのだろう。
 フラメルと一緒に待ち合わせ場所に来た彼女は、二人並んでアイスクリームを舐めている姿を見て目を丸くしていた。

 「それにしても、ネビルは根性があるね」

 ロンが手を止めないままに言うと、ネビルは慌ててロンの後頭部を見た。
 さすがに手元は見られないようだ。

 「え、ぼく何もしてないよ?」

 フラメル邸を出てから敵と遭遇するのは三度目だが、どの戦闘においてもネビルはずっと荷物持ちだった。
 友達が戦っているというのに、ただ後ろで右往左往しているだけ。
 逃げずに踏みとどまるのがやっとで援護すらできなかったことを、ネビルは密かに恥じていた。

 だが、ロンはその言葉を聞いて首を横に振る。

 「ちゃんと採取を手伝ってくれたじゃないか。それに――」

 解体作業を終えたロンが、立ち上がってネビルの顔を覗き込んだ。

 祖母のごり押しで度々遊びに来ているネビルだが、採取に同行したのは今日がはじめてだ。
 しかし、気の抜けない状況からいくらか青ざめてはいるものの、涙の後は見えない。

 「私が始めて師匠の採取についていった時には、解体中思いっきり吐いたからね!」

 それにくらべたら、普通に会話していられるだけネビルのほうがよっぽどしっかりしている。
 ロンは過去の自分の失態を話しながらケラケラと笑った。  

 「……でも、それはロンが小さかったから……」

 顔を赤くしながらボソボソと言うネビルに苦笑する。
 外見が小さくとも中身は大人だったとはさすがに言えない。

 その代わり、違うことを口に出した。

 「ネビルはおばあさんが思っているより、ずっとしっかりしてるよ」

 正直なところ、ロンはネビルが途中で音をあげるのではないかと思っていたのだ。

 見るからに気弱で内気そうなネビルは、実際に大人しくて優しい性格をしている。
 植物の採取だけならともかく戦闘にはどう考えても向かない。
 まして、同行するのは大人で頼りがいのあるフラメルではなく、ネビルと同じ年頃の魔法も使えない子どもだ。
 戦闘中腰を抜かすくらいならよし。最悪の場合は逃げ出したネビルを捜索することまで想定していた。
 顔色が変わる程度で踏みとどまっている現状は上出来であろう。

 「そうかなあ」

 ロンからの高評価に対して、ネビルの声には疑いの色が滲んでいる。
 祖母から「気が弱すぎる」と叱られ続け、とうとう友人の邪魔をするような形で採取に同行させられた身では、そう簡単に褒め言葉が信用できないらしい。

 「少なくとも私はそう思うけどね。ま、そんなに自信がないなら、これから自分が納得できるまで頑張ればいいさ」

 ロンもネビルもまだ子どもだ。
 魔法もマグルも関係なく、子どもは未来に大いなる可能性を秘めている。
 「こうなりたい」という目標とそのために努力する意志があれば、いくらでも伸びるだろう。

 『私の場合はインチキだけどね』

 こっそりと呟いた言葉はネビルには聞こえなかった。

 「……うん。せめてロンの邪魔をしないように、がんばる」

 両の手のこぶしをぎゅっと握り締め真剣な面持ちで頷くネビル。
 その一生懸命な姿に二度と会えない弟の面影を見て、ロンは猫のように目を細めた。
 ロナルド・ウィーズリーになってからもう随分たつというのに、いまだに折に触れてかつての家族を思い出す。
 未練がましい話ではあるが、それでも自分の中に彼らが息づいている気がして、ロンはそんな自分が嫌いではなかった。

 「どうせならもう少し目標を高くしたらどうだい」

 最期に見た大きくなった弟ではなく、ちょこちょこと後ろをついてきた小さい頃の弟に対するような。
 穏やかで優しい問いかけに、ネビルは素直に聞き返した。

 「もう少しって、どれくらい?」

 そうさねえ、とロンが少し考え込んだ。
 ちらりとぷにぷにの死体があった場所に目を向け、子どもの顔には不釣合いな人の悪い笑みを浮かべる。

 「ぷにぷに一匹単独撃破!とかどうだろう」

 ぴん、と立てた立てた人差し指にネビルが目を剥いた。

 「ええ!?む、無理だよぉ!」

 両手と顔とをせわしなく振って否定する。

 たしかにぷにぷには弱い。庭小人とどっこい程度の敵だ。
 しかし、死んでいるぷにぷにさえ直視できない人間がどうやって倒せるというのか。
 首を振りすぎたあげくに解体シーンを思い出してしまい、ネビルは気が遠くなりかけた。  

 「できると思うけどねえ」

 「う……ぼ、ぼくはもういいから、ロンの目標をおしえてよ!」

 ストレートな言葉にたじろぎながら、強引に矛先をそらそうとする。
 そのあまりにもあからさまなやりかたに呆れつつも、ロンは話題にのってやることにした。
 これ以上言ったらさすがにネビルが可哀想だ。

 「当面はフラム作成。まだクラフトしか作れないから」

 一人でへーベル湖に行くにはちょっと火力が足りなくてねえ。 

 「ま、また爆弾かあ……」

 火力という言葉を聞いて、ネビルがギクシャクと引きつった笑顔をつくった。
 なにやらトラウマになっているらしい。

 口を閉ざした友人の不自然な様子に気づかぬまま、ロンは採取籠を受け取って森の出口へと歩き出した。
 身軽になったネビルがその隣に並び、他愛ない雑談をしながら小道を抜ける。

 いつの間にやら太陽はてっぺんに上り詰め、雲はいつしか遠くへと流れていた。


 「魔法が使えるようになれば、フラムはいらないんだろうか」 

 「ロンはいいけど、ぼくぜったいスクイブな気がするよ……本当に魔法使えるのかな」

 「使えなかったら一緒に錬金術師をやろうか。ネビルには畑を作ってもらってさ」

 「フラメル先生じゃないから、菜園でサンゴとかは採れないんだからね……」


 クスクスと笑いさざめく声は風に運ばれ消えていく。

 森の出口に佇む二つの背中はいまだ小さく頼りないが、背筋はぴんと伸びている。
 まだ見ぬ未来に希望を抱きながら、ロンとネビルはゆっくりと、しかし確実に時を重ねていた。



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