ロナルド・ウィーズリーとすぎゆくなつ



 灼熱の太陽が容赦なく地面を焦がしている。
 無風とは言わぬまでも微風。体感温度はまず間違いなく30度を超えているだろう。
 イギリスの夏は湿度が低いため気温のわりには過ごしやすいのだが、時折今日のような真夏日がある。
 遮る物のない午後の陽射しはいよいよ強く、あまりの暑さに恐れをなしたのかここ数時間というもの敵は一匹も姿を見せない。

 「帽子を持ってきてよかったよ」

 首に巻いたタオルで汗を拭きながらネビルが呟いた。
 この季節、日中の野外活動に帽子は必需品だ。日焼けどころか日射病になりかねない。
 ネビルと並んで浅瀬の大岩に腰掛けたロンはといえば、頭にタオルを載せた上から帽子を被り、俯いて黙々と採取かごの中身を確認している。

 庇の影から見上げる空は目が痛くなるほどに青い。うんざりするほどの快晴だ。
 パシャンと水につけた足を蹴り上げれば、跳ねた水滴が太陽の光を反射してキラキラと光る。

 「……フェストばっかりだねえ」

 麦わら帽子を押さえつつ覗き込んだネビルが、大量の白い石を見て困ったように呟く。
 フェストは川底をちょっと浚えば簡単に見つかる調合材料だ。
 研磨剤の材料になるので決していらないものではないのだが、今ロンが必要としているのはレジエン石と呼ばれる鉱石で、これは朝から探しているがまだ一つも見つかっては居ない。
 はかばかしくない採取結果を目の当たりにして、ネビルはなんとはなしに背中を丸めた。

 「ぼくがもう少し役に立てばよかったんだけど……」

 子供二人で泊りがけの採取という魔法界でさえ非常識な課業も、今回で片手の指を越える回数になる。
 最初は祖母の横暴さに泣き、肝の据わりすぎた友人に泣き、あっさり許可を出してしまう友人の師匠に泣いたものだが、何度も繰り返せばその状況にも慣れてくる。
 そして状況に順応すれば、次はなにか成果を挙げたくなるのが人情というものだ。
 前回からはネビルも積極的に採取を手伝いだしたものの、未だに大した獲物は手に入れられていない。

 「なんか足引っ張ってるだけみたい」

 ネビルは深々とため息を吐いた。

 「そんなこたァないさ。これは単純に慣れの問題だ」

 大きなフェストを手にしながら、ロンが肩を竦めてみせる。

 毎日のように調合と採取を繰り返しているロンと、たまに手伝うだけのネビルを比べるのは意味が無い。
 ロンにしてみれば一緒に来てもらえるだけでも充分にありがたいのだ。
 それに、ネビルがロンほど探索が上手くないのは経験と知識量だけでなく精神年齢のせいもある。
 ある意味『仕事』である採集だけに集中できないのは子供ならば仕方がないことだろう。
 実のところロンはネビルに採集の手伝いを期待しているわけではない。
 人数が増えるということは戦闘になった時に手数が増えるということだし、不慣れな同行者を気遣うほうが一人で孤独に調合材料を探し続けるよりもずっと心に優しい。要は回復と精神安定剤なのだ。本人には決して言えないけれども。
 
 ちなみに効果は抜群で、最初のうちはネビルを連泊必須の遠距離採取に巻き込むのを嫌がったロンも、今となってはタッグを組んで押し切った師匠とネビルの祖母に感謝している。

 「急ぐわけでなし、のんびりやりゃあいいのさ」

 ロンは草を揃えて束ねながら穏やかに微笑んだ。
 この国は夏になると随分と日が伸びるから、多少別のことに時間がとられたところで全く問題はない。
 いっそ今日はこれから遊び倒して、採集はまた後日にしたってかまわないのだ。
 かごを両膝で固定して、ネビルの背中をぱんと軽く叩く。

 「せっかくだから、月末あたりにもう一度涼みがてら……ああでも温室が……」

 次の約束を取り付けようとして考え込む。 
 去年のクリスマスに貰った小さな温室は出発前に見た時小さな実がなっていた。
 となれば成熟しきる前に戻って収穫を待ったほうがいいだろう。

 錬金術で作られた不思議な温室は、特殊な種を撒くと短期間で普通畑からは採れないような物が採れるのだが、残念ながらロンは錬金術と違ってそちらの才能には恵まれなかったらしい。
 収穫できないわけではないのだが、生るものは決まって小さいやら貧相やらの枕詞のつくようなものばかり。
 植物を育てるのが好きだというネビルの助言を受けているうちにいつのまにやらネビルが温室の管理人に納まっていた。
 これが緑の指というものかと感心するロンをよそに、ネビルは日々農作業に燃えている。

 「私じゃ熟すのがいつかもわからないし、来月まで様子を見たほうがいいかね」

 そっちの都合はどうかとお伺いを立てられ、ネビルは慌てて首を横に振った。

 「気にしなくて大丈夫だよ!月末までにはちゃんと収穫できるから」

 ロンが分からなくともネビルの方はちゃんと採り入れの時期がわかっている。
 確信に満ちた返答を聞いて、ロンは素直に頷いた。

 「じゃあ今月末、今日と同じ時間に」

 ネビルが寝坊することはまずないので、もっぱらこの時間指定はロンのためだ。 
 夜更かしの多いロンと違ってネビルは基本的に早寝早起きである。
 朝の早い年寄りと暮らしていることもあって、早朝の活動は苦ではない。

 「うん。次こそは邪魔しないように頑張るから」

 答える声には並々ならぬ決意が篭められていた。

 「そんなに気にするこたァないのに。案外すぐ見つかるかもしれないよ」

 採取している本人は気楽に言うが、日頃から足手まといを気にしているネビルの表情は曇ったままだ。
 ロンは慰める言葉を捜しつつ、ポケットから扇子を取り出してぱたぱたと顔に風を送った。
 最近日本びいきというか日本かぶれになりつつある師匠から貰ったものだが、持ち歩いてみると意外に重宝する。
 顔の横に垂れる汗が心なしか引いていくような気がして、中々に使い勝手がいいのだ。
 
 なんとなく会話が途絶え、ぼんやりと二人で空を見上げる。
 雲が流れる先を眺めながら手を動かし、時折水につかった足を持ち上げる。

 いったいどれくらいの時間が経っただろうか。
 何の前触れもなく、ロンが扇子をパシリと閉じた。
 無造作にポケットにつっこむ動作の性急さにネビルが隣を見れば、さっきまで空を見ていたはずのロンは揺らめく水底を凝視している。
 鳥の囀り、風と水の音、先ほどとは違う、緊張をはらんだ沈黙。
 一体何が見えるのかとつられてネビルが視線を落としたその時、ロンが滑り落ちるように川の中に降り立った。
 パシャンと水を跳ねたそのままの勢いで腰を屈め、両手でそっと何かを拾い上げる。
 
 振り返って破顔一笑。


 「ほら、見つけた」


 高く掲げた手の中で水に濡れて光を弾いているのは、レジエン石だった。

 ネビルがぽかんと口を開ける。
 時にカボチャや王冠に例えられるごつごつとしたその形。
 フェストや他の石とは明らかに違う、金属めいた光沢。
 次を待たずしてあっけなく見つかったレジエン石は、本で見たそのままの姿でロンの手の中にあった。

 「ま、魔法を使ったわけじゃないよね?」

 すぐに見つかるかもと言った先からこれだ。
 杖もなければ呪文も唱えてはいないが、ネビルの心の隅にはロンならやりかねないという気持ちがある。
 そのくらい規格外なのだ。この小さな錬金術師は。

 「いやあ私もまさかこんなところにあるとは思わなかったよ」

 ちょうど視線を落とした先に落ちていたので一瞬目を疑った、と笑う。 

 「この調子で調合も上手くいきゃいいんだけど」

 この数年で言葉の壁はほぼなくなったが、レベルが高くなるにつれ参考書の内容は難解になる。
 理解度が足りなければ調合に失敗し、せっかく採ってきた調合材料もただのゴミになってしまう。 
 釜で溶かせばただの金属でしかないレジエン石だが、昔から加工して護符などにされることも多い。
 錬金術師はそれを手ずから研磨剤で磨き上げ、核の部分のみを取り出して雨乞いの道具にするのだ。
 たとえマグルであっても局地的な天候操作ができるというその道具は、今のロンの実力からすれば作れるかどうかギリギリのラインだった。

 「ロンなら絶対大丈夫だよ」

 「ありがとう、頑張るよ。ま、予備をいくつか確保しときゃ夏の間には成功するだろうさ」

 力づけようとする言葉に素直に頷く。
 たとえ失敗したとしても諦めるつもりはないようだ。
 自信のない言葉とは裏腹に、成功したら余った分で何を作ろうかと悩む姿には迷いがない。

 「……ぼくも何かやりたいなあ」

 向上心に燃えるロンを見ながら、ネビルが呟いた。

 将来を見据え目標を持って動く人を傍で見ていると必要以上に焦るものだ。
 ましてネビルはロン以外に同世代の友人がいない。
 ロンが普通ではないということに薄々気づいてはいるが、比較対象が彼しかいないのだから、どうしたって自分と比べてしまう。 
 友人の中身が大人だとは思いもよらず、そもそも今時就学前の児童が住み込みで徒弟に入るということの珍しさも知らず、大人と子供の差にこっそりと落ち込む。

 そこで捻くれて拗ねるのではなく、せめて自分にも何か特技があればと考えるのがネビルのいいところだ。

 「だからって、したいことがあるわけじゃないんだけどさ」

 岩の上で膝を抱えるネビルに、ロンがふと思いついたことを口に出す。

 「花かなんか育ててみちゃどうだい。前に畑つくったらどうかって言ったじゃないか」

 この年頃の子供なら、夏休みは朝顔の観察だろう。
 頭に浮かんだことをそのまま伝えただけなのだが、植物の育成というのは中々いい考えに思えた。
 魔法界の植物学というのも中々面白そうだ。フラメル邸ならば資料には事欠くまい。
 やれ森だ川だ湖だと連れまわしているロンの目から見ても、ネビルは敵を倒しながら採集に励むよりは何かを育てたり作ったりするほうが似合っている。

 「花か畑、かぁ……」

 ネビルはロンの薦めにしばし考え込んだ。
  
 元々土を弄るのは嫌いではない。
 芽が出て成長していくのを見るのは楽しいし、実が生ったりすると嬉しい。
 採集ではいつも足手まといになっているけれど、この分野なら友人を助けられるという自負もある。 
 そう考えると、この提案は自分にとてもあっているのではないだろうか。

 「温室でできたものは結局私が使っちまうからね。
  どうせならネビルも自宅に自分の好きなものを植えればいいよ」

 言われてみればたしかにそのとおりだ。
 どんなに一生懸命世話をしたところでやはり温室はロンのものだし、自分の好みで種を撒くわけにもいかない。

 「そうだね……。とりあえず、帰ったらうちの庭の端っこに畑を作ってみるよ」

 植えるならやはり役に立つ植物だろう。
 花より野菜、野菜よりは薬草だ。それも使用頻度の高いもの。
 錬金術を利用している温室とは勝手が違うだろうが、その辺は園芸の本でも読んで勉強すれば済むことだ。

 毎日こつこつ耕していけば数年後には大きな薬草園になっているかもしれない。
 大人になったら薬草を売って暮らすのもいいな、とネビルは夢想する。
 初めてロンと一緒に採集に来た時、二人で錬金術師になろうかという話をしたけれど、こういう協力関係も悪くない。

 「ゆくゆくは植物博士かい?」

 「それもいいかもね、錬金術師さん」

 そのうちロンに温室作ってもらわなきゃ。
 私もネビルに色々育ててもらいたいものがあるんだ。
  
 冗談めかして描かれる青写真。
 熱に浮かされたように語り合う二人だが、漠然と希望を述べているだけのネビルと違って、ロンの方には結構な割合で本気が混ざっている。

 流れる川の水音と子供たちの笑い声が、入道雲のそびえる空へと消えていく。
 水辺の夏草はいよいよ繁り、風に吹かれては海のように波を作り出す。

 「……お目当てのものも見つかったことだし、月末は違うところへ行ってみようか」

 水を景気よく蹴飛ばして、ロンはネビルに笑いかけた。

 森に湖に川に草原に、行きたい場所はいくらでもある。
 今は遊びと採集が半々になっているが、この経験だっていつかの未来に役に立つはずだ。
 欲しい材料は他にもあって、作りたいものも山ほどある。
 ネビルの農作業も手伝いたいし、ウィーズリー家にも顔を出さなくてはいけない。
 そうそう、奥方と一緒にダイアゴン横丁でアイスを食べる約束もあった。

 「やりたいことがたくさんあるんだ」 

 大人にならなくては分からない過ぎ行く時の大切さ。
 夏は幾度も巡ってくるけれど、今年と同じ夏は二度とない。
 こうして友達と未来をかたりあったことも、きっとかけがえのない思い出になるだろう。
 
 期せずして二度目の人生を歩むことになったロンは、今まさに少年時代の夏を謳歌していた。


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