期間限定ボツ救済SS その2



 光陰矢のごとし。
 あれから7年、この身体にもすっかり慣れた。
 暦の上では7年だが体感時間は14年だ。慣れもするだろう。
 
 結局私はルーク・フォン・ファブレの代役として公爵邸に腰を落ち着けてしまった。
 黒幕にバレないように事を運ぶには、レプリカルークの存在があったほうがやりやすいから……というのは建前で、実のところ居心地が良すぎて出て行きたくなかった、というのが理由の七割くらいを占めている。

 「おはようございますルーク様、お目覚めでいらっしゃいますか?」

 ルークと呼ばれることにも既に違和感はない。
 とはいえ最初に与えられたルークの影という役目が終わればこの名も使わなくなるのだろう。そうしたらオビ・ワンとでも名乗ろうか。

 「ああ、起きているよ。おはよう」

 寝ぼけた頭でぐだぐだとくだらないことを考えながら、のんびりと挨拶を返す。
 何気なく目を向ければ、外は快晴。気持ちのいい天気だ。  

 中庭でお茶でも飲んだらさぞかし気分が良かろう。奥方様に勧めてみるのもいいかもしれない。
 公爵夫人は体の弱い方だが、決して外が嫌いというわけではない。
 むしろ穏やかな日光に当たることは体にもよい影響を与えるとのことで、日差しが弱い時の庭でのティータイムは医者に奨励されているのだ。

 「母上の今日の御体調は?」

 「奥様にはたいへん御機嫌麗しく、今朝は既に御朝食を御摂りになられました」

 それはなにより。
 ただでさえ食の細い方なんだから、量が少ない分回数くらいはきちんととっていただかないと不安でしょうがない。

 「ルーク様、紅茶のご用意ができました」

 「ああ、ありがとう」

 若いメイドが嬉しそうににこりと微笑むのを見てほのぼのとする。
 公爵閣下、奥方様、執事、メイド、白光騎士、使用人に庭師。
 若隠居したような暮らしではあるが私の周りから人が絶えることはない。

 孤独な現実よさらば。

 残してきた妹には本当にすまないが、兄は大変幸せな毎日を過ごしている。
 なぜこんな事になったのかは未だに分からないが、この世界に順応した今になって、あの寂しい暮らしに戻りたいとは思わないのだ。

 父、母と呼ばせて下さる方々がいるし、堅物だが実直で祖父のような執事ややたらと過保護な使用人もいる。
 可愛らしいメイドに囲まれ、むさ苦しくも真面目で熱心な白光騎士を従えて、自分を高めるために勉強したり鍛錬したり、公爵家所領の領民の幸せのために新たな政策に手を出してみたり。

 幸せすぎて怖いというのはこういうことなのだろう。 

 7年……もと居た場所の暦での14年余りを経て、私は私の命以外にも守りたいものができた。
 こうして若返って別の人生を経験することになったのもなにかの縁だ。それらを守るためであれば、臆病なりに勇気もひねり出そう。
 男と生まれたからには何かでかいことをしろと昔はよくいったものだが、世界を救うというのは充分すぎるほどにでかい話だ。
 自分の生存のために必死になっている私だが、そのためにはどちらにしても消滅預言を消滅させねばならない。一石二鳥だ。

 「そろそろ、か」

 ―――昨夜マルクトから密使が来た。 
 
 曰く、導師が和平の使者としてマルクトを出たと。

 X−Dayはどうやら今日か明日になりそうだ。
 間に合うかどうかはまさに賭けだったが、私はこの賭けに勝ったと言っていいだろう。
 やはり早々にマルクトを巻き込んだのは正解だった。ダアトへの侵入もやりやすいし、人手が多いのもありがたい。
 後はキムラスカとマルクト次第だ。私はせいぜい軟禁された影武者としてアッシュの居場所を守っていよう。

 この状態で今更何を恐れることがあろうか。

 ……たくさんあるような気もするな。

 ともかく、事がここにいたっては今更じたばたしても仕方あるまい。
 イレギュラーなことが起きなければ、エンディングまで最小限の犠牲で駆け抜けられるはずである。
 


 はず、である。




 「ヴァン謡将が来る」

 奥方様への朝の挨拶の直後、閣下に呼ばれて顔を出した途端、苦虫を噛み潰したような顔で告げられた。 

 「では今日ですね」

 ティア・グランツ襲撃の日だ。
 マルクトからの知らせが昨夜だったので襲撃は今日か明日だろうと予測してはいたが、ヴァンが来るというなら今日で確定だろう。

 前々から決めていたことだが、私はこの後体調を崩して自室に篭るつもりだ。仮病である。
 ヴァン謡将には代わりに白光騎士団が応対し、帰るというならば帰らせて、残りたがるなら見舞いは許さず白光騎士に稽古をつけてもらう。
 ティア・グランツが屋敷の外で襲撃してくるならば騒乱罪、侵入してくるならば不法侵入と暗殺未遂で捕縛するという計画だ。
 譜歌だけが心配ではあるが、ガイが一昨年なにやら怪しげな中和装置を中庭に設置したから、無事に動けばあの周辺だけは譜歌の効力も薄れるだろう。
 やっかいな特殊能力さえ無効化できれば、百戦錬磨の白光騎士にぽっと出の下っぱ兵士が敵うわけがない。

 ティア・グランツはそのまま捕まって牢獄行きだ。
 普通に考えて王制を敷く国家で公爵家不法侵入は重罪なのだから、自業自得である。
 極刑は免れないところだが、ユリアの血を引くものは外殻大地降下のためにどうしても必要なので、罪一等を減じて無期懲役。必要とされる時期が来たら使えるだけ使われることになるのだろう。ご愁傷様だ。
 ヴァン・グランツも以下同文。
 恨むなら妹と、その教育を怠った自分を愚かさを恨んでくれたまえ。

 「念のために武装はしておきますが、部屋から外には出ぬようにしておきます」

 「窮屈な思いをさせるな。後でメイドに本を何冊か届けさせよう」

 「ありがとうございます」

 いくらかトーンを落とした労いの言葉に、深々と礼をする。  
 客観的に見て、たかがレプリカ風情にこの待遇は破格だ。
 消滅預言関係の対策云々を差し引いても、これは過分と言える。


 ゲーム中は冷たい父親だと思ったものだが、実際会ってみれば公爵閣下は存外に甘いお方だった。
 まあ出会った当初は私よりも大分年下だったのだから、甘さが抜けていないのもしかたがないところだ。
 アッシュがいつ戻ってきてもいいように。しかし私の存在が否定されることもないように。
 ルーク・フォン・ファブレの影武者、代役と言いながら、扱いは本当に息子に対するものようだ。
 
 閣下はこちらに来たころの私と同じ年代だが、かつての私に同じ対応が出来たかと問われれば、否と答えるしかない。
 誘拐された息子が帰ってきたと思ったら、実は全く違う性格のコピー。その状況なら大抵の人間はコピーに八つ当たりする。
 私は実に幸運だったと言えよう。閣下も奥方も、大抵の枠に収まらない方だった。

 「それでは、私はこれで」

 「うむ。一段落したらガイに呼びに行かせる」

 「よろしくお願い致します」

 静かに礼をしてそのままその場を辞す。
 さて、朝食を取ったら部屋に戻って大人しくしているか。







 ……大人しくしていたのに飛ばされた。

 いや、一人でトイレに行った私が悪かったのだろう。
 しかし生理現象はいかんともしがたいではないか。

 トイレでヴァンと鉢合わせしたのは不可抗力で、ティア・グランツがトイレに侵入してくるのも予想外だった。
 庭で待機していた白光騎士はどうしているだろうか。失態を責められて処罰を受けていなければいいが。
 そういえば飛ばされる直前にメイドが一人倒れていたような気がする。思い出して、今更ながらティア・グランツに対する怒りが沸いた。

 と同時にガイが半狂乱になっている姿も浮かんで、ため息が出る。

 まあガイのことはとりあえず横においておくとして、早く屋敷に無事を知らせないと騎士やメイドの首が飛ぶだろう。
 私のように全身飛ばされるのも難儀だが、彼らの首が飛ぶのは比喩でなく死活問題だ。とっととエンゲーブに行って鳩を飛ばさねば。
 こんな時に通信手段が鳩だというのは妙に脱力する。せめてキムラスカ国内なら通信譜業が使えたのだが。

 「ちょっとあなた!人の話聞いてるの!?」

 ティア・グランツがさっきから煩い。
 こちらは今後の方針について考えているのだからもう少し待て。慌てる乞食はもらいが少ないというではないか。

 「これだから貴族のお坊ちゃんは!!」

 黙れ下郎。

 と、言うべきなのだろう、立場的に。個人的にも黙らせてしまいたい。
 だがこの女をいつまでも無視しているとますます煩くなっていきそうだ。
 こういう時こそガイがいてくれれば問答無用で切り捨ててくれるだろうに……。
 いやいやいかん、どうも最近身分制度に毒されつつある。
 大体切り捨ててしまっては後で使えないではないか。
 ここは大人らしく妥協するべきだな……やれやれ。

 「すまないな、状況を把握するために考え込んでいた。ここへは擬似超振動によって飛ばされた、で間違いはないな?」

 表面だけ取り繕って微笑んでみせる。
 王族の影武者としてのスキルではなく、どちらかというとこれは年の功のほうだな。
 孫というには若すぎるが、メイドと同じくこちらも娘ほどの年齢の少女だ。丸め込むのは赤子の手を捻るよりも容易い。

 「え、ええ……あなた、第七音譜術士だったのね……。ねえ、名前は?」

 謝りもせずにそれか。
 こういう小さな不快感の積み重ねがいずれ人間関係を崩壊させるぞ。
 忠告してやる義理はないから言わないが、そのうち自分の言動で身を滅ぼすに違いない。
 公爵家襲撃の時点で既に滅んでいる気がしないでもないが。

 「ルーク・フォン・ファブレ。ファブレ公爵家の嫡子、第三王位継承者だ」

 「そう、私はティア。ごめんなさい、巻き込むつもりはなかったんだけど……」

 そう!?それで終わりか!!

 開いた口がふさがらないとはこのことだ。
 こちらの名乗りを聞いて跪くどころか頭を下げることさえせず、敬語が出てくるでもない。一体ダアトの教育はどうなっているのだろうか。
 ゲーム中ではこんなものかと流していたが、これがダアト兵士の標準的なレベルなのだとしたら、キムラスカは付き合い方を考えたほうがいい。
 他国の王族、しかも王位継承権を持つ人間を前にして、思惑はどうあれ表面的な礼儀さえ示せないというのは非常識で済まされるものではなかろう。
 一応謝りはしてくれたが、巻き込むつもりがないのならばそもそも公爵家に不法侵入するな。どういう神経をしているんだ。

 「まあ、悪気はなかったようだしな……」

 内心の絶叫を押し殺しつつ、この場をうやむやにするために無理矢理笑顔を作った。


 この非常識小娘と、当分一緒に旅をしなければならないのか……。


 助けを求めるように周囲を見渡したが私達の他に人影はなく、たおやかに咲く野の花も、心地よい涼やかな水音も、今の私にとって大した慰めにはならない。
 むしろ美しい景色が却って私の惨めさを際立たせる。

 (ああ、一刻も早くファブレ家に戻りたい……!)

 事故だったとか送り届ける義務がどうとかぐだぐだ言っているティア・グランツをスルーしながら、私は生まれて初めてのホームシックにかかりつつあった。



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