期間限定ボツ救済SS その3



 エンゲーブについて、まず剣を買った。
 なにせトイレに行った時に襲われたので、手持ちの武器がナイフしかない。 
 幸い財布の方は持ち歩いていたため金銭面では苦労はしないが、ここにくるまで何度かティア・グランツに殺意が浮かんだ。

 ナイフしか持って居ない人間に前衛を任せるな。
 あまつさえ武器がそれしか手元にないことを非難するな。

 元々は自分のせいであるということをすっかり忘れているとしか思えない。
 戦闘に際しても甘いとかどうだとか小うるさく囀っていたが、途中からは完全に聞き流していた。どうせこちらを非難することしか言わないのだからかまうまい。
 人の話を聞かないことについて詰め寄られたが、家の外に出たことがないので緊張しているなどと誤魔化したらあっさり引っかかった。
 ちょろい。当分この路線で押し通すつもりだ。

 「置いてきた剣とは比べ物にならないが、仕方ないな」

 腰に佩いた剣は確実に自室に置き去りのものより劣る。
 公爵家所蔵の逸品と田舎の農村で手に入る物では比較にならないが、それでもつい不満が口をついて出てしまうあたり、思ったよりもストレスが溜まってきているようだ。
 とにかく不満があってもこれで当座はやっていくしかないし、うまくいけば一度も使わずに済むはずだ。
 せめてこのストレスを解消するため酒の一本も買っておこうか。
 剣はともかく、食べ物においてはエンゲーブ産に間違いはない。

 しかし財布があってよかった。
 あの女路銀の一切を当たり前のように私に出させたからな。


 剣。酒。食料。グミ。
 その他、着替えを初めとする当面の必要物資を買い込んで待ち合わせ場所に戻ってきたら、別行動中のティア・グランツが村人に包囲されていた。

 これはアレか、窃盗犯と間違えられるという冤罪イベントか。何故にあの女が。
 原作とかけ離れた予想外の展開だ。このまま無視して立ち去ってしまいたい衝動に駆られる。
 どうせ足手まといの後衛、ストレスが無くなる上に彼女がいないほうが移動中の生存率は上がるのだ。
 しかしここで私が他人の振りをしてしまうとティア・グランツを確保できなくなってしまう。

 ……仕方がない、行くか。

 購入した酒や食料品を、同じ店で買った背負い袋……まあ平たく言えばリュックサックに仕舞い込む。
 これはあくまでも万一の時の備えだ。使わなければ屋敷に土産として持ち帰ればいい。
 閣下や奥方様にいらぬ心配をさせていると思うと心が痛む。

 ちなみにリンゴは買っていない。






 実に短慮な村人達だ。
 盗難が頻発してるからといって何の根拠もなく人を捕らえるものだろうか。
 間違いなく冤罪が頻発する。もっと司法制度についてよく考えろ。
 まあどうせ疑いをかけられたのはティア・グランツだからどうでもいいのだが。

 「で、守護役もどきとジェイドはどうしたんだ」

 ティア・グランツがなにやら村人に文句を言っているのを尻目に、知った顔にこそりと話しかける。
 宿屋の中が騒然としているので別に声を潜める必要もないのだが、そこは雰囲気というものだ。
 なんと言っても相手が相手なのだから。


 ―――声をかけた相手は導師イオン。
 つまりは導師役を引き継いだレプリカイオンだった。


 盗難騒ぎを傍観中に服の裾をちょいちょいと引っ張られたので振り返ったら、にこにこ笑っているイオンがいた。あの瞬間の衝撃は当分忘れられそうにない。
 超絶無礼陰険眼鏡軍人のジェイドは一体何をしているんだ。
 深くフードを被っているので誰も気付かないが、こんなところに導師がいると知れたら大変な事になるだろう。

 「彼はチーグルの件を解決しに森へ向かいました」

 ああ、そういえばそんなこともあったか。

 ……ということはあの小動物に関わらずに済むな。高い声でけたたましく騒がれるのは苦手だから助かる。
 イオンが承知しているということは、ジェイドも無闇にライガを殺したりはするまい。

 「守護役未満のほうは?」

 「撒きました」

 「ま…………」

 撒くほうもアレだが、撒かれるような軍人で守護役が務まるのか。
 いや、務まらないからまだ見習いなのだろう。自覚がないのだから実質的には見習い以下だな。
 それにしても護衛を撒くというのは上に立つものとしてあまり褒められたことではない。ここは一つお灸を据えておかねば。

 叱ろうとすると、イオンは慌てて一歩後ろに下がった。
 悪いことをしたという自覚はあるようだ。

 「エ、エンゲーブを出たところでジェイドが迎えを遣すといっていました。護衛付きの馬車を仕立てたと」

 手回しがいい。私が消えた時点で屋敷からマルクト経由で連絡が行ったと見える。
 ティア・グランツはタルタロスで護送だな。キムラスカにつけば罪人として投獄されることになる。
 あの癇に障る発言とおさらばできて、護衛に守られながら優雅に帰国か。悪くない。
 ……悪くはないが納得のいかないことが一つ。

 「まさかジェイドはお前を伝令代わりにしたのか」

 だとすればイオンを叱る前に奴の方を締め上げるべきか。
 出会った当初より大分態度がマシになったと思っていたが、まだまだイビリ具合が足りなかったと見える。

 「違います!本当はちゃんとマルクトの方が知らせにくるはずだったんですが、僕が無理を言って……ごめんなさい」

 イオンはおろおろしながら頭を下げた。
 私に謝ったところで仕方がないのだが……しかしジェイドの奴も知らない間に導師が動いていたと知ったら肝を冷やすだろう。
 アレは反応が中々に面白いから、知らせてみたい気もする。

 と、そういえば。

 「護衛は?」

 「それは、アニス以外の守護役を5名連れています。いつもはマルクト兵にまぎれさせてもらっていますが」

 ということはアニス・タトリンは自分以外の守護役が着いて来ているのを知らないのか。
 それはかなり間抜けだ。個人的には笑えるが、隠れている守護役は歯噛みしているのではないか?

 「ここにも連れて来て……ああ、いるな」

 イオンの後ろに一人、部屋の隅に一人、ティアとの間に一人。残る二人は恐らく戸口の外か。
 外套を羽織っているせいでマルクトの軍服は見えないが、立ち方が明らかにその辺の村人とは違う。
 擬態が上手いタイプではないが腕は立ちそうだ。

 「外にはマルクトの方も何人か。……本当に、考えなしなことをしてしまいました」

 イオンはすっかりしょげてしまっている。

 「なぜこんな無茶を」

 「最近ルークの手紙がなくて……。今を逃したら会えないと思ったものですから」

 そういえばここの処バタバタしていたものだから手紙を送っていなかった。
 シンク達はよく屋敷に遊びに来ているが、身動きの取れないイオンは寂しかったろう。
 まだ子供なのに自由に遊ぶこともできないと思うと不憫だ。

 ―――ふむ。

 「鳩を飛ばしていなかったのは幸いだな」

 「え?」

 「タルタロスから連絡をいれさせよう。そちらの方が早い」

 一人でさっさと帰るつもりだったが、気が変わった。

 ジェイドの奴には迷惑をかけるが導師の旅に同行させてもらおう。
 どうせティア・グランツは不法入国を理由に拘束する予定だったのだ、ついでに私がくっついていても問題あるまい。
 出立が明日ということだから、今日一日あの娘に我慢すれば村の外でタルタロスに拾ってもらえる。
 その後は馴れ合いの襲撃という茶番が待っているわけだが、それも久々にアッシュに会ういい機会だ。
 シンクやアリエッタと違って制約や監視が多い彼とは滅多に会えないから、こういうチャンスは大事にしなくては。

 「イオン、伝言を頼めるか?」
 
 「は、はい!」
 
 「ジェイドに荷物が一人増えると伝えてくれ。馬車を無駄にしてしまってすまないと」

 「……じゃあ、同行してくれるのですね!」

 弾む声で聞き返すイオンに笑って頷いてやる。

 さて、そうと決まればまた村に出なくては。
 購入する食材を頭に浮かべる。たいしたレシピを知らないがタルタロスにも料理人はいるだろう。いや、宿屋で作っておいて貰うほうが無難か。
 なるべく保存の効く料理。栄養価の高い菓子の類でもいい。とにかくアッシュには少しでも栄養を取らせないと……。


 ダアトでは飲み水さえ信用できないのだから。





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