雨の休日は部活がない。


 他の学校はどうだか知らないが、それは山吹中全体の不文律だった。
 せっかくの休みに雨降ってるだけで嫌なのに、あまつさえ部活なんぞしてられるかー!!と、創立直後の生徒会長が言ったという噂が本当かどうかは定かでないが、とにかくお休み。

 テニス部だってもちろん例外ではない。

 せっかく休みの日に来たって、体育館が空いていなければテニスらしいことなどできはしない。

 どうせ空き通路に並んで横になって、V字腹筋100回とか腕立て200回とか、やたら苦しいストレッチをさせられるんだから、どんなテニス馬鹿だってちょっとげんなりする。

 今週は水曜日からずっと雨が降っていたせいで、金曜までの部活は毎日校内での筋トレだった。
 素振りもそうだが階段登りを何セットもやっていると、最初のうち元気な部員も終る頃にはすっかり目つきが暗くなってしまう。
 だんだん内に内にと意識が向かってきて、皆軽い鬱になったりする。
 なんとなくレミングスなカンジ。
 単純作業機械の気持ちが良くわかる。



 雨の日の練習がつまらない、というのは、南だって分らないでもない。
 だから、筋トレから脱走した千石は諦めて、金曜の練習は部長権限で早めに切り上げた。
 だらだらとやっていては部員もだれてくるし、そうなればどうせ思うような効果もあがらないのだ。
 楽しいお休みを過ごしてくださいね、とあっさり許可する顧問もいいかげんなものである。
 放任主義。放り投げて任せっきり。


 天気予報はずっと並んだ雨マーク。
 月曜までは、降水確率100%。


 部活終了の際に告げられた土日の部活中止の言葉に、小さな歓声が上がるのを、南は苦笑いしながら聞き流した。




――雨の日の過ごし方――




 手際よく洗濯物を片付けつつ、いつの間にか鼻歌を歌っていた自分に気づく。
 普段よりも早い帰宅時間にちょっと浮かれていたようだ。



 機嫌が良くなる理由なんて些細なこと。

 放課後、図書室がしまる前に本を借りに行けたし、楽しみにしていた新刊も返却されていた。
 帰りがけに寄ったスーパーも、普段より早い時間だったせいか特売品をバッチリ購入できた。
 すこし多めの買い物は、週末ゴロゴロと過ごすための買い置きだ。

 ちょっと所帯じみてるけど、準備万端。


   さあ来い、土曜日日曜日!雨の日を思いっきりエンジョイしてやろう!!
 学校で中間管理職のごとく同級生に迷惑をかけられている南君は、たまにハイになったりする。
 ハイになってもつつましやかで、あまり気づかれたりしない。


 「あ、そうだ。ビデオも借りに行こう」


 ぐるんぐるんと回る乾燥機を眺めながらふと考える。
 図書館の本は2冊。本気で読んだら半日で読み終わってしまう。
 充実した週末の為に、今のうちに何か家でできる楽しみを用意しておくのも悪くない。
 南は本番よりも準備に命をかけるタイプなので、こういったも楽しみのうちだっだ。


 「あ、ビデオ借りに行こうかな……」「

 風呂を沸かしてる間にビデオを借りてくる。帰ったら風呂に入ってからビデオ鑑賞。
 夕食は、作り置きして冷凍してあるドライカレーと、これまた一食分ずつに小分けにして凍らせたスープがある。

 シュミレート終了。チーン。


 「よし、行ってこよう」


 ゆったりのんびりの週末にほくほくしながら、南は止まった乾燥機に目をやった。
 後々楽をするために今働く。
 南は、アリとキリギリスでは明らかにアリタイプの人間だった。



 「………これ、畳んでからだな」







 週末のレンタルショップは混んでいる。
 今週末はずっと雨模様だからなおのこと。

 家族連れでトトロのビデオジャケットを真剣に見てる子供とか。
 CDレンタルコーナーでわいわい騒ぎつつたむろしてる中高生とか。
 恋愛海外ドラマを前にいちゃいちゃしてるむかつく男女二人組みとか。
 眉に皺を寄せて『鬼平』と『銭形平次』を見比べる悩める眼鏡の老人とか。
 後ろめたげにコソコソしながらも、迷いなくAVコーナーにいく中年のおっちゃんとか。
 あんまり人のいない旧作のコーナーで首を傾げてる亜久津とか。
 

 ・・・・亜久津とか?


   「・・・亜久津・・・何でこんなとこに」

 ここは南の家に程近いレンタルショップ。
 ここで亜久津と遭ったことは一度もない。
 小学校が違った亜久津の家はこっち方面ではないはずだ。学区が違う。


   何か言った方がいいのかな。でもなんか真剣そうにみてるし、邪魔したら悪いなぁ。


 今更特に話すこともない、とか、そもそも部活をやめた亜久津と会話をする必要性がない、というのは、南の頭から抜け落ちている。

 部員じゃなくなったけど同級生だから、普通挨拶くらいするだろう。

 退部した部員と話すのが気まずいという感覚は、これまた南の頭から除外されている。

 気弱げな南は実際に気弱で心配性なくせに、そういう割り切り方に関しては力いっぱい男前だ。神経が細いんだか太いんだか分からない。
 亜久津に対して怯えがまったくないわけではないのに、テニス部時代もうっかり亜久津をどついたりしていた
 そのあたりのナチュラルボーンキラーなところが、個性派の千石を押さえられる部長たる由縁なのだろうか。
 時々天然で千石の虚を突いたりするが、意図してないので本人的には嬉しくないらしい。
 閑話休題。


   ・・・・・・・言っちゃなんだが、正直、南は亜久津に対してあんまり関心がない。
 千石のように積極的に関わるほど興味がないし、そもそも最初から亜久津がテニス部に向いていないと思っていた。
 テニス部どころか、部活動にだって向いていない。
 ペンギンを熱帯雨林に連れて行くようなものだ。亜久津だったら白熊だろうか。


 山吹中テニス部員は、三年は個人主義傾向が強いくせに、どういうわけか部全体としては閉鎖的なところがある。
 団結心が強いといえば聞こえはいいが、容易に人を受け入れない。
 千石、南、東方あたりの三年は気にしなくとも、一、二年生は亜久津のあの孤高の空気に違和感を抑えきれず、どことなく空気がギクシャクする。
 客観的に見ても亜久津は周囲から浮きやすいキャラクターなのだ。

 窮屈に思って当然だよなぁ、と南は思う。

 好悪の感情など関係なしに、亜久津の性格なら群れるのが鬱陶しそうだな、と。
 彼が退部してからは下級生も纏まってきて、チームワークが良くなったとも感じていたし、実際口に出してはっきりと言ったことだってある。
  こういうことを言うと千石に『天然最強伝説』などと言われそうなので黙っているが、亜久津も面倒がなくなってよかったな。両方得して一挙両得、などと考えていたりもする。わりと鬼だ。


 どうするかなぁ………移動しちまうか。


 声をかけようかかけまいか迷う南に、亜久津のほうが先に気づいた。
 南の姿を認めて上体を起こした。
 体をこちらに向けた。
 片方の眉を引き上げる。


 世間を斜め45度から見るような、独特の表情。
 冷たく鋭角的な亜久津の顔にはよく似合う。


 お。気がついた。……行ってもいいかな。

 どうやら敵意はないようだし、完全にこっちを向いているのに何食わぬ顔で行過ぎたり逃げたりするのは申し訳ない。
 南はちょっと躊躇ってから、亜久津に歩み寄った。
 何も考えずにのこのこと近づいていく。


 この歩み寄りが後々、千石にさえため息をつかせる無自覚バカップルの誕生のきっかけになるとは、この時はまだお釈迦様でもご存じなかったりする。


 なんと声を掛けようか。そもそもこの二人で話が合うのか。

    「よぉ。ビデオ借りに来たのか?」



 亜久津の返答まで、あと1秒。

 薄い唇からどんな言葉が飛び出すのか、南はオバケ屋敷的好奇心でわくわくドキドキしながら待っている。

 二人の関係が動くまで、あと、1秒。


 このあと何が起きるのか。誰も、知らない。



    2003.9.27 ちょっと加筆、修正2004.12.5


 ご希望があればさらに続編を書くのもよいかな・・・・。

 (改訂)ご希望ありましたんで続編はじめますです。
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