――こころのうちでねがうこと――



 例えば。


 ぼんやりと外を眺めていた六太が、何気なく隣りにいる彼を見たとき。


 例えば。


 陽子や楽俊が遊びに来て六太と談笑している最中、ふと彼の顔が目に入ったとき。


 例えば。


 帷湍や成笙や朱衡にがみがみ言われながら、六太が彼の様子を横目で伺ったとき。




 彼・・・・・・延王尚隆は、一瞬だけ奇妙な表情をすることがある。




 奇妙、というのは少し違うかもしれない。ただ、いつもとは違った顔をする。 


 六太以外に何人この顔に気づいている者が居るのかは知らない。できれば誰も気づいていなければいいと思う。



 それは独占欲かもしれない。



 六太は麒麟で王の半身だが、十二の国の中でもっとも王と離れたところにいる麒麟だ。
 物理的な問題でなく、精神的に。



 帷湍や成笙はその長い付き合いから薄々気づいている。
 朱衡は言うまでも無い。この国でもっとも尚隆の近くにいるのは朱衡なのだ。
 その他に察している者がいるとすれば、奏の太子で尚隆の悪友の利広と、尚隆の天敵である氾王、呉藍滌ぐらいだろう。



 表向き十二国一の気の合う主従と言われる延王と延台輔の間には大きな心の隔たりがある。



 主従そろって胎果であり、お互いに王と麒麟の制度に違和感を抱いている。
 それは、五百年を経ても拭い去ることのできない歪みだ。
 信頼しきることのできない絆。
 もしかすると、とうの昔に尚隆は六太に見切りをつけてしまっているかもしれない。



 それでも、六太にとって尚隆は唯一絶対の主なのだ。
 けっして合いいれない部分があると知っているけれど、心の片隅でいいから独占したってバチは当たるまいと、六太は思う。
 慈悲の獣である麒麟が王を独占したいと思うのは不自然なことかもしれないが、麒麟にだって感情があるのだからしょうがない。

 きっと、たぶん、他の同族も心のどこかにそんな気持ちを持っているのではないだろうか。
 景麒や泰麒や、優しい廉麟でさえも。



 六太は尚隆の時折見せる表情を独り占めしておきたかった。



 何もないごくごく普通の日々の中。
 無遠慮でのんきでいいかげんで、何があろうともしれっとしている尚隆が。
 母親が子供を見るような。
 壊れてしまった懐かしい宝物を、元には戻らないと分かっていながらそっと掌に包み込むような。
 そんな切なげな顔をする。
 何よりも大切なものを慈しむような眼をする。




 それは僅かに一瞬のこと。  いいや、瞬き一つの間ほどもない。




 六太はその瞬間、『ああ、尚隆が俺の半身でよかった』と思うのだ。




 誰にも言わず六太の心に収めてあるその顔は、尚隆が確かにこの他愛ない日常を愛しているという証。




 願わくば。


 この日常が、できる限り長く続きますように。


 尚隆の半身として、共に歩んで行けますように。





 ――――――――――永遠がありえないのは知っているのだ。





 尚隆は雁を滅ぼす王だ。



 この上もなく。
 完膚なきまでに。
 国土の全てが荒野となるまで。 



 尚隆がそう決めたら誰にも止められない。



 そうなった時、六太は決断しなければならない。



 主を弑逆した前代未聞の麒麟となるか。
 主が齎す破滅を直視する麒麟となるか。



 考えるだけで寒気の走るその未来。



 だから、六太は繰り返し願う。





 願わくば。


 この日常が、できる限り長く続きますように。


 尚隆の半身として、共に歩んで行けますように。




 今日もほんの一瞬だけ垣間見た尚隆の切ないまなざしが。


 六太の胸に、願いと共にひっそりとしまいこまれた。




 誰にも言わない、六太の願い事。


    2003.12.19
 独白モノ・・・・延麒は難しいですね。
私の中の六太は、最初の二、三百年は死ぬほど周囲に迷惑かけるけれども、突如として急激に大人になる感じです。
 正直言って尚隆よりも大人になるかもしれない。開き直ったイイ男・・・・いや、イイ少年。
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