「何でだ………」

 それを見た時、帷湍は呆然と言った。

 「何がだ?」

 帷湍が呆ける理由が分からなかったのだろう。成笙が不思議そうな声で聞き返した。
 声は不思議そうだが、表情が変わっていないため酷くそっけなくみえる。
 しかし、いいかげん付き合いも長い帷湍は、まったく気にしなかった。それより他に気を取られることがあったのだ。



 「何でお前、そんな格好しているんだ成笙………」



 

光のどけき春の日に




 三月に入ったばかりの、春めいた陽気の午後。

 とは言っても玄英宮はいつも常春であるから、春めくも何もあったものではない。ただ単に天気が良いだけだ。
 凌雲山で季節を体感できることといえば、せいぜい故意に整えられた庭院や頻繁に行われる宮中行事くらいのものである。
 書類上でははっきりとその変化が読み取れても、実際に暑さ寒さを感じないので実感も沸かぬというものだ。
 もっとも、尚隆の捜索に街へ降りる帷湍や、軍の教練に顔を出す成笙は、ちゃんと雲の下の気候変化に気づいているし、季節の移り変わりにも注意を払っていた。

 ともあれ。

 その暖かな日の午後、帷湍が成笙を前にして呆けてしまったのも無理はないだろう。


 なぜなら、成笙は普段ではとてもしないような格好で帷湍の房室を訪れたのだから。




 「えーと……今日俺は休暇で、お前とは約束もなかったと思うが…いや、それよりその格好…というか、なんでこんな中途半端な時間に……あれ、今日お前は仕事じゃなかったのか」

 頭が混乱して言っていることが支離滅裂になっている帷湍。
 眉間に手をやりつつ、必死に思考を整理する。
 成笙は、帷湍の考えが纏まるのを、大人しくその場で突っ立って待っていた。
 いや、帷湍も房室に入れようとしたのだが、ちょっと荷物がつっかえて入らなかったのだ。

 普段ならば床几か何かを持ってくるなり、外の石案へ案内するなりするのだが、そこまで気が回らないほど、彼は戸惑っていた。


 成笙の装いは、そこまで帷湍を混乱させるのに、充分な威力を発揮していたのだ。



 それは実に華美な姿だった。

 錦の地に金糸銀糸をあしらった、きらびやかな背心。
 腰では金帯を確りと締め、背子の両脇の垂れ紐、勒帛にも金が縫いこんである。
 そして、頭には花。小ぶりの枝だが、花はしっかりと付いている。

 目を惹くのは衣類だけではない。

 いつもの実用一辺倒のものよりも明らかに装飾過多な剣を腰に刷き、手元には黄金飾りの槍戟を持っている。
 挙句に竜鳳の旗まで携えていた。
 この旗が、入口でつっかえた『荷物』である。

 巷の若い娘達に絶賛されそうな、清々しくもきりりと美しい、その姿。
 名君と名高い王の剣、王の盾となるにふさわしい威厳をも兼ね備えている



 だが、ここではこの上なく異質だ。



 これは、時と場所を選べば、成笙が身に着けてもおかしくない装束だ。その部下や禁軍の面々も、程度の差こそあれ、凡そこのような姿で統一される。
 実際、もう少し経てばこの格好をしなければならない行事がある。
 今年も三月二十日に行われる王の臨幸がそれである。
 それは毎年この時期に行われるものだから、当然帷湍も心得ている。先日はその予行演習があったし、帷湍も参加したのだから。

 しかし。

 「・・・なんで今日、その姿で俺のところへ・・・・・・」

 さっぱり訳が分からない。

 
 予行は既に終えているし、その時もそんな格好はしなかったはずだ。
 去年、一昨年、その前と、ここ暫らく予行も当日も顔を会わせなかったが、5年ほど前には予行演習の直後に会った記憶があるのでそのあたりのことは覚えている。
 その時は確か、ごくごく普通の兵装だったはず。
 回答を求める目を、成笙が見つめ返す。

 「見せようと思ってな」

 一言だけ返答が返された。

 帷湍の頭にはますます疑問符が増えた。

 今ここで言うからには、見せようというのは、あの派手な盛装のことで、その対象は帷湍なのだろう。
 それは間違っていないはずだ。

 見せようと思った。ということは、なにか見せなければならない理由があるに違いない。
 この装束に不満があっての行動なのか。
 しかし、いくら帷湍でも伝統を覆すのは容易ではない。それは成笙も承知のはずだ。

 では、何か行事自体に関わることでこの姿になったのか。
 予行では詰められなかった、装束に係る問題点があったのか。
 だが、いちいち着込んでくる必要性が思い当たらない。

 なんといっても、なぜわざわざ休みの日に訪れたのかが謎だ。
 
 帷湍の良く回る頭が、いくつかの理由を並べて即座に却下した。


 分からない。全然分からない。 


 「………もう少し分かりやすく言ってくれるか」

 匙を投げた帷湍が説明を求めた。


 重々しく頷いた成笙が、ゆっくりと姿勢を正す。
 そうすると夏官らしい佇まいが際立ち、装束と相まって絵に描いたような高級夏官に見える。

 成笙は背筋を伸ばしたまま、話し出した。


 「背子を新調した」

 「ああ、中々似合っているぞ。金糸だけじゃなく銀も織り込んだのか………思ったよりも銀が似合うな。模様も春らしい」
 
 言葉の少ない成笙に、きちんと話す帷湍。 
 
 「昨年、黄金飾りの槍戟を下賜された」

 「うん。知っている。そういえば見るのは初めてだな。あの王にしてはいい選択だ」


 派手に見えるが、見掛けによらず実用に向いている冬器だと、尚隆から聞いている。
 興味深げにおずおずと握りの部分に触れた帷湍に、成笙が槍戟を渡そうとしたが、帷湍は謝辞した。
 以前同じようなことがあって、槍戟の重さにひどい目に遭った事があるのだ。成笙は忘れているようだが、帷湍は覚えている。
 

 「それで……どういった理由でウチに?何の用だ?」
 
 改めて問う。
 休日に来るのだからそれなりに緊急なのだろう。

 よく分からない会話が挟まったが、きちんと聞いておかねばなるまい。


 「用は済んだ」

 「は?」

 「もう済んだから大丈夫だ」


 帷湍は物も言えなかった。
 なんと言ったらいいか分からなかった、というべきだろう。


 結局いったいこの男は何をしにきたのだろう。

 
 他の人間と比べると、帷湍はかなり成笙の考えや表情が読める方だと自負している。言葉の足りない成笙の、言外の要求や提案なども大抵は理解できていると思う。


 だが、これはちょっと無理だ。


 何が用で、いつの間に済まされたのか。
 聞いたところで、ちゃんと分かるように成笙が説明できるとは思えない。戦場や非常時には明快で的確な指示を出す男だが、こういった執務から離れたところでは余りにも突飛な行動を取る。
 もうなんだか答えを探すのも面倒になってきた。


 そういえば、ここにいるなら成笙も休暇なのだろう。帷湍と同じように。
 今の口ぶりでは仕事は関係ないようだし、おそらくそれに関しては間違いないだろう。
 そうとなれば休みの日まで頭を働かせたり仕事に思いを馳せたりしたくない。
 今の一件で完全に脱力した帷湍は、開き直った。

 「……ああ、もういいや。とりあえず一旦戻って着替えて来い。茶でも入れてやる」
 
 「分かった。行って来る」

 素直に頷いた夏官は、その体力を利用して風のような素早さで消えた。
 溜息とともに手を振った帷湍は、追求をやめてしまったために、結局成笙の目的を知ることができなかった。

 しかし、知らないほうが良かったかもしれない。

 知ったらますます力が抜けてしまっただろう。精神的にも疲労度が上がるにちがいない。


 成笙が休日に帷湍の元を訪れた理由は、ただ一つ。


 「一番最初に、帷湍に新しい装束を見せたかった」


 これである。

 単純に、新しい背子と下賜品を好きな人に褒めて欲しかっただけだ。
 上から下までそれに合わせたのは、その方が見栄えがするし 見た目に違和感もないだろうと考えたから。
 自分がそっくりそのままその場から浮き上がるとは考えなかったあたり、成笙はどこかがズレている。 


 帷湍に惚れてからすっかり考え方が退行している、或いは別の方向へ発展している成笙。
 だが、帷湍はそれをまだ知らず、尚隆と朱衡は職務に影響がないので面白がるばかり。
 あからさまに行動に出ているので、成笙の部下達は気づいて応援してくれている。
 帷湍の部下も、『夏官長なら、まあ・・・』と考えている節がある。


 帷湍の気づかないうちに、事態は確実に進行していた。

 

 

    2004. 3. 7 
 最近あったかいので、頭もあったかい感じで。この寒の戻りが終われば本当に暖かくなりますね。
 えー、最近成笙×帷湍のお客様がカキコしてくださる率が高いので、頑張って更新です。短文ですが。
 いい服を着ると見せたくなるかなーと思ってこんな話。帷湍には伝わってませんが。
 ウチの成笙は金属的な色が似合います。金銀銅かな。帷湍は逆に自然色で、緑系と茶色等の暖色系。朱衡は赤、紅、朱色、寒色系、淡色系。尚隆は青系、黒と金、赤も深緋なんか似合うかな・・色の深い物、濃い物が合いそう。本人は金より銀のほうが好きなのに、似合う色は違うという・・・・。マイ設定ですし、今後変わるかもですが。
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