「よぉ。ビデオ借りに来たのか?」
よくとおる声。以前はコートの中で聞いていたソレ。
久しぶりに聞く南の声に、亜久津は珍しく素直に応えた。
「アァ・・・。雨だからな」
これが他の人間であったなら無視。
壇ならば軽く頷いて、そのまま立ち去る。
千石あたりならば、『それ以外の用事でココに来る理由があるか』とでも皮肉を言っていただろう。
だが、相手が南だったから、亜久津はその言葉から棘を抜いた。
雨の日の過ごし方 2
亜久津にとって南は少しだけ特別だ。
他の連中のように、初手から怯えたり構えたりしない。壇のように扱いがたい距離に飛び込んでこない。千石のように無遠慮にずかずかと入り込んでこない。
人の触れて欲しくない場所を綺麗に避けて、かといって引くこともない。
面白い男だ。
自分にとって貴重な、傍にいても苦にならない男。
もしかしたらと思ったが、案の定。周囲の予想を裏切って、亜久津が退部してからも南の接し方はほとんど変わらなかった。
せいぜいがとこ、注意や小言が減ったくらいか。
確固たる自分があるから、揺らがない。
テニス部の3年レギュラーは皆そういうところがあるが、亜久津にとっては南のペースが一番楽だ。
南が持つ独特な雰囲気は、亜久津に今までにない安心感を与えた。
南の傍にいると居心地がいい。
最近は接する機会が激減したせいか、この雰囲気に懐かしささえ感じる。
亜久津は、直ぐ傍に立つ南の顔をまじまじと見つめた。
今何も言わなければ、南はこのまま挨拶だけで離れるだろう。
それは、嫌だ。
「南」
「ん?なんだ?」
気負いなく返される返事に、顔に出さないまでも気をよくする。
「何をレンタルする気だ」
柄にもない問いかけだという自覚はあったが、亜久津は気にしなかった。
大体他人に興味を持っているという時点でおかしいので、 後はもう自分の欲するままに動くだけだ。
亜久津は海外ミステリーからこちらまで壁伝いに見てきたが、途中で南を見かけたりはしなかった。
一番奥にあるこのコーナーに来たということは、このあたりで借りたいものがあるのだろうか。
壁に並ぶのは邦画の旧作。けして人気があるとはいえない分野だった。
「ちょっと待ってて」
少し笑って腰をかがめた。どうやらビデオを探すつもりらしい。
指がタイトルを確認しながら、棚をに滑っていく。
穏やかな横顔。真っ直ぐ前を見る目は、今は少し下を向いている。
指先よりも横顔に目が行く。緩やかに弧を描く、柔らかな笑みをたたえる口元。
「あった。これ」
突然の声にはっと我にかえる。
今、何を考えた?
戸惑う亜久津に気づかず、南が言う。
「本当は原作の方が好きなんだ。映画は……正直言って出来がそんなに良くないんだけど、ワクワクするっていうか、爽快だよ。あとは、そうだな……宮崎駿とか観たいかも。なんとなく」
子供っぽいか?と苦笑する顔を見て、軽く首を振った。
子供は、自分が子供だと言われれば反発するものだ。
「ここんとこ雨続きだったし、ビデオ見るにはいいよな。亜久津は?何借りに来たんだ?」
「暇潰し。洋画。」
やることもなくゴロゴロしているのにも飽きたので、暇を潰せるものを探しに来たのだ。
新作があれば借りようかと思っていた程度で、当然、特に目的もない。
南は短い言葉に、納得したように頷いた。
「ああ、亜久津が洋画見るってのはなんとなく分るかも」
そういう南は何を見ようというのか。
先程楽しげに語っていたところからして、既に何度か見たことがあるのだろう。
棚から出したジャケットのタイトルを覗き込む。
「……『ぼくらの、七日間戦争』?」
「うん。原作読み返したら見たくなった。すっごく古い映画だけどな」
出来はよくないと言っていたくせに、どうやらこの映画が好きなようだ。
言葉の端々に好意が滲んでいる。
「他にも借りていくのか」
「うん、ジブリアニメを……あ、洋画の新作残ってた?」
棚の中は軒並み貸し出し中だった。だから亜久津も借りるものに迷っていたのだ。
「何も残ってねぇ」
「あーやっぱりな……じゃ、これとアニメと……」
考え込む南の手から、ひょいとビデオのパッケージを抜き出す。
南が好きだと言った映画が、気になった。
いかにも古そうな服装や髪形の、中学生と思しき少年少女が、どういうわけか戦車に乗っている。
一昔前の青春映画のようだと思ったら、本当に古い。80年代後半製作と書いてあった。
「何?亜久津も興味ある?」
「ああ」
「じゃ、うち来て一緒に見る?」
「あ?」
なんでそういうことになるのか。
「いや……東方はそもそも映画とかビデオとかあんま観ないし、千石はアクションとかコメディーとかホラーなんかの方が好みで、落ち着いて見られないし……亜久津ならどうかなと思って。小説読むなら原作も貸すし」
あっけらかんと言う南に、幾分唖然とする。
初めてこんな誘いを受けた。
亜久津は、同年代の誰かに気軽に自宅へ呼ばれたことなどない。
それは外見の印象や不穏な言動の為なのだが、それは当たり前のことだろう。
強面の、不良じみた相手と仲良くしようという気になる人間は早々いない。
一般的に危険とされる相手に対しての忌避感が、南からは抜け落ちているのではないだろうか。
人事だというのに妙に不安になる。
と同時に、以前チラリと聞いた千石の言葉を思い出した。
『南ちゃんはしっかりしてるけどちょっとズレてるから』
……………確かに。
ズレている上に天然で、間違った方向に親切。
最強の三連コンボだ。
「あ、別に都合悪ければいいよ。ちょっと言ってみただけだし」
「行く」
思わず即答した。
消去法で自分の名前が出たのがなんとなく気に入らないが、南の家というのも気になった。
どうも南を前にすると自分のスタンスがあやふやになる。
それが嫌でないのがまた不思議なのだが、なぜか一緒にいると落ち着くのだ。
「じゃあこれと、あと宮崎アニメと、なんかもう一作借りたいな。亜久津のオススメは?」
「シンドラーのリスト」
「あ、アカデミー賞のヤツだよな。ナチスドイツの……モノクロシーンが印象的な」
「見たのか。なら、シザーハンズ」
「それは見てない。じゃ、それにするよ」
あっさりと決めると先に立って洋画コーナーへ歩いていった。
亜久津は黙って後をついていく。
おかしな奴だ。
自分と普通の友人のように会話をしている。
いや、オレもおかしいか。
内心なんでこんなことになったのかと首をかしげる。
「帰る途中で途中でコンビニに寄るから、何か欲しいものあったらその時に買うってことで」
「わかった」
「亜久津自転車?歩いてきたってことはないよな、家遠いんじゃなかったっけ」
「車」
「え、車?迎えとか大丈夫か?」
「メール送った」
「あ、そうなんだ。じゃあ大丈夫だな。帰り電車使うなら駅まで送るよ。うちから10分くらいだしな」
どうも完全に南のペースに巻き込まれている気がする。
短い、無愛想な亜久津の返事にまったくメゲない南に、ある意味尊敬すら覚える。
必要最低限の答えしか返していないのだが、まるで普通に会話しているようだ。
どんなに反応が少なくとも一向に気にしていない。
無視するわけでもなく、こちらの様子を見ながらのマイペースさ。
まあ、いいか。
ダークブラウンの傘を開く南を見て、かすかに笑みが漏れた。
相手のペースが不快でないというのは、もしかしたら初めてかもしれない。
亜久津は、口元から消えない笑みを隠すように、勢いよく傘を開いた。
2004.12.04
新掲示板でご要望があったので、UPしてみました。でも終らなかった……なんかもういっそ連載になりそうな勢いです。どうしよう。………あんまりこの後を考えていなかったので、また一年後くらいに続編がでるかもです。
そうそう、一作目と妙に文体が違うと思われるでしょうが、これは故意です。視点違うんで書き方変えました。
こっちのが書きやすいとかそういうことはちょっとしか考えていません。ちょっとだけしか。
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