――変わったクルーと最初の戦闘――






 モニター越しの外の光景は、まるで悪い夢のようだった。

 視界を遮る、数え切れぬほどの無人兵器。俗称としてバッタやジョロと呼ばれるそれらが、サセボ軍港を我が物顔で蹂躙している。
 引き倒される機動兵器、破壊される施設。
 資材置き場や倉庫の立ち並ぶ辺りからは、既に火の手が上がっていた。
 
 壮絶な光景だった。
 まるで、一年前の火星のように。 





 モニターの端には、ルリが気を利かせて表示したカウンターが出ている。ナデシコが動くまでの残り時間だ。
 1秒以下、小数点3桁まで表示されたそれが、流れるように数字を変えていく。


 「最新鋭装備も、動かなきゃただの金属の塊ね……」


 ジュンもムネタケも、内心苛々しながらモニターを見ていた。
 この艦が動けばあれができる、これができる、といくつもの戦術が頭をよぎるが、目の前の惨状にどうする事も出来ず無力感を抱く。
 今の状況では、軍事的な知識がある人間ほど精神に負担がかかっていた。


 こうしてカウントをしているうちにも、サセボの防衛部隊はじりじりと後退してく。

 彼らはけして腕が悪いわけではない。むしろかなり善戦しているといえるだろう。
 エステバリスほど洗練された機体ではないが、練度の高い兵の相互支援運動で、機体の限界をカバーしている。
 敵も幸い、殺せない……壊せないほどの強さではない。


 しかし、数に差がありすぎた。
 どれだけ倒しても、後から後から湧き出てくるバッタやジョロ。
 疲れなど知らぬ様子で攻撃を繰り返している。
 当たり前だ、無人兵器なのだから。
 エネルギーが尽きるまで、プログラム通りに戦い続ける。

 だが、対するは人間だ。 
 今はどうにかもちこたえているが、いずれは耐え切れなくなるだろう。
 疲労が、損傷が、彼らの足を引っ張り始める。


 「くそっ………」


 誰にも聞こえないほど小さな声で、ジュンが呻く。 

  
 ナデシコが動けば、援護もできようものを。
 目の前で命が失われていくのを、ただ黙って見ているしかない。

 
 1分


 2分


 3分



 親の仇でも見るような目で、モニターを睨みつける。
 目つき以外は一見いつもどおりだが、口の中ではぎりぎりと歯を食いしばっていた。


 学校出たてとはいえ、機動兵器乗りに知り合いがいないわけではない。
 あの中にもしかしたら知己がいるかもしれないと思えば、平静を保つのは容易ではなかった。
 堕ちていく友軍機を前に、いっそ自分がエステバリスで飛び出して行きたいくらいだ。
 

 自分が出るよりパイロット達に任せるほうが効率がいい。
 指揮を執る人間がいなければ、艦が立ち行かない。


 苛立つ自分を押さえ込み、なんとか冷静さを保つ。




 友軍のマーキングがポツリポツリと消えていく。
 そのマークのうち、はたしていくつの命が助かったのか。助からなかったのか。

 起動していないナデシコでは知る術もないが、死者がいないはずはない。
 そんな希望を持つには、消えていくマークの数が多すぎる。



 モニター近くに座っているメグミは、半泣きでそれを見ていた。


 (どうしようどうしようどうしよう!こんなことになるなんて……あ、また爆発した……!人が死んでるんだ……どうしようどうしよう。私も死んじゃうのかな……)


 こうして他者の手によって理不尽に命が失われていくのに慣れていないのだ。
 まして、自分の命が危険にさらされるなど。
 もしかしたら、と考えたことくらいはあった。だが、戦艦に乗るという自覚が足りなかった。
 ジュンやムネタケ、フクベのように軍人としての教育を受けていないメグミには、こうして理不尽に命が失われる光景は重すぎる。
 どこからどう見てもメグミは怯えきっていたが、今の状況に、通信士の恐怖に構っていられるほどの余裕はない。
 メグミは黙って俯き、青ざめた顔でブリッジを見渡した。

 目があったミナトが、小声で大丈夫?と声を掛ける。
 優しい声に泣きそうな顔をしながら、こくこくと頷いた。


 (大丈夫、大丈夫……艦長はいなくても、なんだかこの副長は頼りになりそうだし、副提督もオカマさんでキノコだけどしっかりしてそうだし……)


 おちつけーおちつけーと頭の中で繰り返し、改めてミナトになんとか笑いかけた。
 民間からスカウトされて艦に乗ったのは、ミナトも同じなのだ。優しい彼女に心配をかけるのは嫌だった。


 (ルリちゃんは大丈夫なのかな。まだ子供なのに……) 


 ルリの様子を伺ったが、ルリは黙々とコンソールで作業していた。
 機動しなくとも使える僅かな情報系を駆使して、しきりと何かを検索している。
 その横顔に動揺の色は見られない。 
 小さい子が頑張っているのに、と思うと、メグミの背中は自然と真っ直ぐに伸びた。
 まだ怖くてたまらないが、みっともない真似はしたくない。



 ブリッジに沈黙が降りる。



 カウントが1分を切った、もうすぐナデシコが動く。
 もう艦長はあきらめるべきだろう。

 
 
 「このままだと、艦長は艦に乗らないまま解任になりそうね」


 天を仰ぐムネタケ。
 プロスが冷や汗をぬぐいつつ、モニターを見た。

 
 ジュンが決定的な言葉を吐き出すために、息を呑んだ瞬間。


 「そうはならないと思います」


 えもいわれぬような空気を、ルリの声が打ち消した。

 抑揚はあまりないが、はっきりとした声。

 横に座っていたミナトが首をかしげた。
 民間人でありながら、彼女はこの状況で比較的落ち着いている。
 人生経験が豊富だからか、たいした肝の据わりようだ。 


 「ルリちゃん、どういうこと?何がそうならないの」

 「艦長は、解任にはならないと思います」


 ミナトに聞き返されて、再度繰り返す。


 「どうして?」

 「艦長はもう搭乗してます。現在ブリッジに向かってるみたいです」

 「え、何で分かるの?」


 ミナトだけでなく、ブリッジクルーたちが一斉にルリに注目する。
 

 「艦内を検索して、モニターしてました」

 
 そう、ルリが言った直後だった。
 


 シュン、と軽快な音を立てて扉が開いた。



 青みを帯びた艶やかなロングヘアーをなびかせて、一人の女性がブリッジに飛び込んでくる。

 大きな目の、愛らしい顔立ちがにこりと笑みに崩れる。無邪気な笑顔だ。
 生気に満ちたその姿は、この切迫した状況に酷く不似合いだった。

 年齢は二十歳前後。均整の取れた肢体にまとっている制服は、白と黒。
 副長が身に付けているものと同じ型。



 
 「お待たせしましたぁ!!」



  
 「あなたは……」




 「艦長のミスマル・ユリカです!!よろしくお願いしまーすっ!ぶぃ♪」
 



 満面の笑み。




 「「「「ぶぃ!?」」」」




 その場にいる全員が……いや、ジュンを除いたクルー達が、呆気に取られた。

 一瞬思考回路が活動を停止する。
 この緊急事態に遅刻してきて、謝りもせずにこの態度。
 いくらなんでも異常だ。


 「ちょ……ちょっと副長?アノ子頭大丈夫なの?」


 思わず後ろに後ずさったムネタケが、小声でジュンに言った。

 サポートが優秀といっても、あの艦長に連れられて火星に行くなど、自殺行為なのではないだろうか。
 艦の最高権力者があれでは先行き不安どころかお先真っ暗である。
 ミナトやメグミもあからさまに不安そうな顔になった。


 「ああ、あれはいつもの事です。彼女はこれが常態なんですよ。大丈夫とは言い切れませんが、こと作戦立案に関しては比較的まともです。この艦には彼女をフォローできる人材が何人もいますし」


 ブリッジクルーの中でただ一人、ユリカの奇矯な登場に動じなかったジュンは、軽く肩をすくめてネルガルへ強制介入停止の連絡をした。
 本当にギリギリだった。カウンターは残り3秒になっていたのだ。


 「これが、いつものこと………?」


 ジュンは当たり前のように今の一連の出来事を受け流している。
 どうやら彼女の振る舞いは本当にいつもの事らしい。反応がすっかり慣れきっていた。


 「はい、これが彼女です」


 ムネタケはそ返答を聞いて、頭痛を堪えるようにこめかみに手をやった。


 「……その、フォローできる人材の一人がアンタってわけね。やれやれ」


 前途多難だ。
 硬直したクルーを動かすように、プロスが厳しい表情でユリカに声をかけた。


 「艦長、遅刻については後ほどきっちりとお話を聞かせていただきます。ですが今はまずマスターキーを」


 何よりもまずナデシコを動かさねばならない。
 鍵は彼女が持っているのだ。


 「はぁ〜い!」


 周囲の空気を一顧だにしない驚くべきマイペースさ。
 状況を全く理解していないような能天気な返事をしたユリカは、マスターキーを取り出し、無造作に鍵穴に差し込んだ。
 まるで玩具のようなゼンマイ型のそれが、キラリと光る。
 
 その途端に。

 機能停止を表していたウィンドウ表示が、オセロの駒をひっくり返すように機動を表示し始めた。
 ウィンドウが開き、その上を準備中の文字が躍る。
 
 ルリの目が目まぐるしく画面の文字を追い始めた。
 そして突然目を閉じる。

 手の甲にIFSが浮かび上がり、淡い光を放った。
 マシンチャイルドとしての能力を操り、次々に動き出すナデシコの各機関を、重要度ごとに振り分け、必要なものを引きずり出していく。
 作業を始めたルリを見て、ミナトも自分の仕事を思い出したかのように駆動系を確認している。



 (あ……皆仕事してる……。わ、私はどうしたらいいのかしら)
 

 艦長の登場とナデシコ起動に対する安堵で、メグミは緊張の糸が切れてしまっていた。
 こういう時の為に頭に詰め込んでいたマニュアルや勉強の成果が、消し飛んでいる。
 再度パニックに陥りそうになったところに、副長から救いの手がのばされた。


 「レイナードさん、今から言う場所への通信をお願いします」

 「あ、は、はい!」


 指示を出されれば後は大丈夫だった。
 ネルガルへの連絡を終えたジュンからの指示で、艦内外の関係各所に通信回線を開いた。
 仕事に集中することで不思議と気持ちが落ち着く。


 
 ジュンはメグミが仕事を始めたのを見て取り、溜め息をもらした。


 (戦闘後の精神状態によっては、後でカウンセリングを受けさせたほうがいいかもしれない)


 頭の引き出しにその考えを仕舞い込んで、ルリから貰ったサセボ駐留軍のデータを見た。
 サセボ防衛部隊の損耗率を確認し、顔を歪める。


 (酷いな……)


 壊滅とまではいかないが、無視できるような被害ではなかった。
 これ以上の無理はさせられない。
 後はナデシコが引き受けるべきだろう。 



 「……で、そっちの艦長さんは何か策があるの?」


 気を取り直したムネタケが、恐ろしく嫌味ったらしい口調でユリカに問いかけた。

 民間人といえども優秀なクルーのことは、もう心配しない。副長がなんとかするだろう。
 だが、この艦長を監督し、躾けるのは、副提督たる自分の役目だ。


 (副提督のする仕事じゃないけど、艦の最高権力者たる艦長を階級で抑えられるのは、建前上でも上官のアタシと提督くらいだし……)


 提督に子守を任せるわけにはいかない。
 とすれば自分以外にいないだろう。


 (面倒だけどしょうがないわ。まずこの子がどの程度なのかが問題よね)


 こんな馬鹿げた登場をしてくれたのだ。
 それなりの能力を見せてもらわなくては、お飾りでさえ艦長の座に据えておきたくない。
 問い詰めるようにもう一度聞く。


 「まさか、なにも考えてない、なんて言わないわよね?」

 「はーい、ちゃんと考えてあります!海底ゲートを通って木星蜥蜴の背面へ出ます!その後はエステバリスを囮にして敵を一箇所に集めて、グラビティー・ブラストで一掃しま〜す!!」


 ムネタケの嫌味などまるで堪えていない顔で、明るい返事をするユリカ。
 作戦を述べた後でにっこりと笑う。


 「ふむ……妥当な作戦だな」


 フクベ提督は顎に手を当てて頷いたが、ムネタケは眉をひそめた。
 メグミへの指示を出し終えたジュンが、ユリカに目をむける。

 パイロットが二人しかいないということは、乗艦名簿を見れば分かるはずだ。
 にも関わらず、援護もなしに、彼らにあの大量の敵をひきつけろというのか。

 ムネタケが何かを言おうとしたが、ジュンはそれをさえぎるように口を開いた。
 今は言い争っている状況ではない。
 無茶な命令だが、今乗艦しているパイロット達ならたやすくこなしてくれるだろう。
 

 「………では、パイロットに命令を伝えます。サセボのほうにも連絡しておきますので」

 「うん、お願いね!じゃあミナトさん、エステバリスが出たら、ナデシコを海底ゲートへ!ルリちゃんはグラビティー・ブラストをチャージ!!」


 事務的に言うジュンと、何も気づかずにこやかに笑うユリカ。 
 今のこの二人を見て、かつてジュンがユリカに惚れていたと言われて信じる人間が何人いるだろうか。
 ジュンは今更ながらに、かつての自分の見る目のなさを嘆いた。
 



 「…………ま、お手並み拝見といこうじゃないの」


 不愉快そうなムネタケの言葉が、クルーの耳に残った。












 
 「アキト、ヤマダ!出撃準備の指示が出たぞ。エステのほうに通信が行く!」


 「おぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!ついに!ついについについにか!?よっしゃぁぁあ!!!!」


 操縦席から顔をだして大声で叫ぶヤマダに、アキトの投げたスパナが命中した。

 カーン!といい音がする。

 跳ね返ったスパナは、くるくると回りながらウリバタケの手に収まった。
 ナイスキャッチ!と、ケーブルを片付けていた整備員から声がかかる。

 アキトはその間に慣れた手つきでエステバリスに乗り込んだ。
 アサルトピットにするりと滑り込むと、チェックを開始する。
 チェックのかたわらでヤマダを嗜めておくことも忘れない。


 「やかましいぞガイ。くれぐれも命令を忘れるなよ?」

 「わぁかってるってぇ、アキト!!お、ハカセ、もう出てもいいか!?」

 「先走るんじゃねえ!アキトのチェックが終って、命令が出るまで動くんじゃねぇぞ」

 「くっそーぅ!腕が鳴るぜ!!」


 常にテンションの高いヤマダが完全にハイになっている。
 もう処置なしだ。
 ウリバタケは溜め息をついてアキトに話しかけた。


 「………アキト」

 「なんだ」


 答えながらも手は止まらない。


 「どうもブリッジの様子がおかしい。初めての出撃だってのに、最初に呼び出したのが副長だった。今の出撃命令もだぜ」


 艦長が初めて着任する時には、必ず一言あるものだ。
 ウリバタケは艦長の乗艦時刻を確認している。
 予定では、アキトが乗る2時間ほど前だった。

 艦内を軽く見て廻って、挨拶の一つも済んでいておかしくない時間だ。


 「………艦長は遅刻か。ナンバーワンもプロスも、耳にタコが出来るほどに時間厳守と言い聞かせたらしいがな」

 「そりゃまた最悪だな。まだ会ったことはねぇが、話に聞いてた以上だ」

 「構うな、ナンバーワンがいれば大丈夫だ。経験不足は副提督がフォローする。………チェック終了。オールグリーン」


 そっけない口調に、ガシガシと頭を掻いてから言った。


 「副長は優秀だし信頼もできる。お前やヤマダの腕もな。だが…………気をつけろよ」


 まるで過保護な母親のようだと、自分でも思う。
 アキトの腕は散々シミュレーションや模擬戦等で見ている。ヤマダが非凡なパイロットであることも、承知している。
 だが、それでも心配になるのだ。


 アキトの隣に、いつもあるはずの姿がないからだろうか。


 多忙なくせにどんな手を使っているのか、まるで影のようにアキトから離れなかった男が、いない。
 見慣れた姿が見えないというのはそれだけで妙に不安になるものだ。


 「アカツキの奴がいればよかったんだが」


 アカツキのサポートが得られないなら、せめてもっといい機体で出て欲しかった。
 ノーマルエステでは彼の実力を充分に発揮できない。
 腕”だけ”はいいヤマダにもそれは言える。
 後から考え付くことは数え上げればきりがない。

 ノーマルで出るなら出るで、ちゃんと個人に合わせてセッティングをして、出来る範囲で改造を加えて、出力だってもっと………。

 だが、それは泥棒を見て縄を綯う、といった理屈と同じだ。
 今できることをやるしかない。

 
 出撃した後はパイロットの仕事で、整備員に出来ることは無事を祈ること。
 帰ってくると信じて、修理や整備の準備をすることだ。 
 
 完璧な整備がパイロット達を戦場で救う。その仕事に誇りを持っているけれど、こういう時は少しだけ、共に行けない自分が悔しい。


 「大丈夫だ。ちゃんと、戻ってくる」


 ウリバタケはその言葉に黙って頷いて、後ろに下がった。
 後は、彼らに全て任せるだけだ。










 『こちらエステバリス01、ダークネスだ。命令を。』

 『エステバリス02、ガイだ!!出撃か!?』


 モニターにウィンドウが二枚現れる。


 エステバリスパイロットの二人。
 一枚は、浅黒く日に焼けた肌の妙に濃い顔のパイロットが映っている。もう一枚はSOUND ONLYの文字のみ。
 ウィンドウを展開している青年は、やけに嬉しそうな顔で命令を待っている。

 二人ともすでにエステバリスに乗り込んでいるようだ。


 「ふむ。聞いたことのある名だの」
 「いつでも出られるわね」
 「さすがですね。準備が早い」
 「あら、随分若いじゃない」
 「カッコイイ……」
 「何で音声だけなんでしょうか」


 感想は様々だ。
 よくもまあこの状況でコメントがでるものである。

 いつの間にか、青くなって震えていたメグミが復活している。
 ジュンに次から次へと仕事を言いつけらているうちに落ち着いたのだろう。
 それでもまだ本調子ではないようで、不自然なほどに明るい。


 「あの人ダークネスって名前なの?珍しいね、ルリちゃん」

 「ダークネス、ガイ、いずれもTACネームです」
 
 「たっくねぇむ?」

 「パイロットが飛行中に使うコールサイン……コードネームみたいなもの、と言えば分りやすいでしょうか。アイスマンとか、ジョンソンとか」

 「栗とか神とか?」

 「そうです。シンとかミッキーとか。……メグミさんとは話が合いそうですね」

 
 コソコソと話すルリとメグミ。
 メグミは半ば以上現実逃避だろうが、ルリは素だ。
 戦場にいるとは思えないような落ち着きである。




 「艦長」


 ジュンに促され、ユリカがのんびりと命令を下した。 


 「えーっと、今から海底を通ってナデシコを出しますので、先に出撃して10分間敵をひきつけてください」


 『俺たちの仕事は囮なんだな?』

 「そーです。頑張ってください!!」
 

 アキトの冷たい声に、ユリカが明るく答える。
 ムネタケが背後で肩をすくめた。

 その指示だけでは足りないと思ったのか、ジュンが手短に説明を付け加えた。
 二枚のウィンドウに語りかける。
 

 「ナデシコは囲まれているから、海底トンネルを通って敵群の背後に出たいんだ。移動の間バッタとジョロを引きつけておいてもらいたい。こちらで一度砲撃するから、それにタイミングを合わせて出てくれ。ルートは……ホシノさん、表示を出せるかな」

 「はい。お二人の右のモニタに付近の略図を出します。赤いラインが推奨ルートです」


 ブリッジでも、正面のモニタ左端に同じものが表示された。
 緑色に点滅しているマークが味方で、沢山の白い点が敵を表しているのだろう。
 こうしてみると戦力差は圧倒的だった。画面の大半を白が占めている。
 
 刻一刻と様相を変える戦場。
 ジュンからの連絡を受けて、緑のマークは徐々に撤退を始めている。
 パイロット二人の負担は大きくなるばかりだ。


 「今ホシノさんが言った表示を参考にして移動してくれ。ラインの最終地点にナデシコが浮上し、グラビティー・ブラストを撃つ。射線に気をつけろよ」

 『タイミングは?』

 「浮上前にはそちらに合図をする。……僕らの命は君達二人にかかっている。頼むぞ」

 『……了解した。用意はいいかガイ』

 『おうよ!!オレ様にまぁかせとけってぇ!!!』

  
 最後の言葉にアキトが答え、ヤマダが親指を立てた。
 ジュンがユリカを見た。出撃は艦長が命じるべきだろう。


 「お二人とも、よろしくお願いしまーす!」


 気の抜ける声だが、命令は命令だ。
 


 『エステバリス01、出る!』

 『エステ02、行くぜ!!』
 

 ウィンドウがふつりと消えた。

 
 一瞬の間をおいて飛び出した二機のエステバリス。

 明るい色の機体が青空を切り裂いていく。
 


 そこから先は、まるで役割分担をしていたように鮮やかだった。
  


 先に出たエステ01が、防衛部隊の前に行くとそのまま撤退を援けながらバッタを集め始める。

 無駄のない動きで敵を翻弄するエステバリス。
 武器さえ持たないままで、雲霞のごとき敵と渡り合っている。

 
 「無駄のない、キレイな動きね……」


 ムネタケが感嘆の声を漏らした。 

 サセボから回してもらった外の映像が、メインモニターに映し出されている。


 「ただ逃げ回ってるだけに見えるんですけど……」


 おずおずと言うメグミに少し笑って、何も知らない子供に教え込むように、ゆっくりと説明する。
 

 「そうよ、逃げ回ってるだけ。一発も被弾せずにね」


 メグミがますます不思議そうな顔をした。


 「アレだけの敵に囲まれながら一度もダメージを受けず、敵の密集している所へ接近して、さらに多くの敵を引きずり出しては、また離脱する………彼は敵群の動きをコントロールしているわ。並のパイロットじゃできないことよ」


 撤退する防衛部隊よりも、その場に残ったエステに気を引かれたのだろう。
 エステ01の周囲にバッタが群がりだした。

 そして、そこへ02が敵を引き連れながら飛び込んでくる。


 「危ない!!」


 メグミが悲鳴を上げたが、今はそれを咎める者もいない。
 真っ青になるメグミに、プロスが笑って答える。


 「大丈夫ですよ、彼らなら。見てください」


 促されて再びモニターを見ると、そこには元気に大暴れするエステ02が映っていた。
 


 敵の密集しているところを選んで進む02は、01に比べれば随分と派手に戦っている。
 
 敵を蹴散らしながら大きく動き回っている。
 乗っている人間の性格が垣間見えるような機動だ。
 ほっとするメグミをよそに、目立った動きをする02に、自然と敵が寄ってくる。

 02はそのまま群れを抜けると、防衛部隊を追撃中だったバッタの鼻先をすり抜け、ルリの選んだルートへと向かった。


 02に合わせて01も敵群とともに移動を始めた。
 遮蔽物を利用し、互いの状況に目を配りながら、一匹残らず引きずり出す。

 いつの間にか、サセボ防衛部隊は撤退を完了していた。






 「相変わらず素晴らしい技術ですなあ」
 

 プロスが感嘆のため息をついた。
 ポツリとこぼれた言葉に、ジュンが同意を示す。
 

 「ええ、流石ですよね。以前よりも更に腕が上がっているようです」


 軍のエースパイロット並か、あるいはそれ以上の技能だ。
 ナデシコにはもったいないほどの腕である。


 「え〜?ジュン君はあの人達知ってるの?」

 
 きょとんとした顔のユリカに、ジュンがニヤリと笑った。
 可愛らしいとさえいえる童顔に似合わぬ、人の悪そうな笑みだ。 
 

 「実習受けてた頃、ちょっとね。……というか艦長、よく考えたら貴方も知ってるはずですよ」

 「ほえ?」

 「機兵専科に見学に行った時に、ゲストで模擬戦闘してたでしょうに……ここ一年で頭角を現した、ネルガルの凄腕テストパイロットですよ。一人足りませんがね」
   

 それだけ答えると再びモニターに目を向けた。
 ナデシコは、もうすぐゲートを抜ける。 
 




 二機のエステバリスは危なげのない機動で敵を連れ出していた。

 軽やかな動きだ。

 機械のぎこちなさはまるで感じない。
 味方の数十倍の攻撃を避けながら意のままに敵を操る姿は、見るものの目を奪った。
 攻撃を器用に避けながら、取りこぼさないように。
 ハーメルの笛吹きがネズミを連れ出すように、帯の如く連なるバッタの群れを率いていく。
 ネズミはやがて川に落ちたが、バッタ達の行く手には海が待っている。 
 

 エステバリスが、ナデシコの浮上ポイント近くへたどり着く。
 コクピットのマップに太い矢印が現れ、敵の全てがグラビティ・ブラストの射線に入ったことを告げた。
 海の下にはナデシコがいるのだ。

 
 最高のタイミングで、少女が告げる。 




 「海に向かって飛んでください」



 
 その声に応えて。
 いささかの躊躇いもなく、エステバリスが海面めがけて大きなジャンプをした。



 その瞬間に浮かび上がるナデシコ。



 水飛沫を上げながら、輝く白い艦体が現れる。
 エステバリスが着地するかしないか、というところで。


   

 「グラビティ・ブラスト、ってぇ――ぇ!!」




 ユリカの声とともにナデシコから放たれた黒い重力波が、一瞬にして敵を飲み込んだ。



 バッタやジョロが花火のように一瞬輝いて、そのまま消えていく。

 寒気が走るような光景。
 強大な破壊を伴う美しさだ。
 
 ナデシコの出航にふさわしい、特大の祝砲だった。













 
 「おつかれさまでしたぁ!」



 満足そうなユリカの声で我に返るクルーたち。
 一瞬呆けてしまうほど、グラビティ・ブラスト……重力波砲の威力は凄まじいものだった。
 経験豊富なフクベやムネタケも驚きを隠せない様子だ。


 (これが一年前、火星にあればね………)


 ムネタケは胸中でそう呟いた。
 同じようなことを考えているのだろう、フクベも俯いている。

 
 軍人二人と違って、他のクルーたちは火星の戦いを知らないため、感傷めいた気持ちとは無縁だった。
 なんとか生き残れたという安心が先に来る。
 それぞれが感慨にふける中、真っ先に現実に立ち返ったジュンが、状況の確認をした。
 鋭い声が飛ぶ。


 「ホシノさん、敵の残存兵力は?」

 「反応ありません。敵、全滅しました」


 そこでようやくホッと息をついた。

 
 「艦長、パイロットを回収します」

 「うん!」

 「エステ01、02両機はそのまま帰投してくれ……おつかれ」


 『了解した、ナンバーワン』

 『了解、副長っ!』


 パイロット達はそれぞれのトーンで答え、通信を切った。

 と、同時に、ブリッジを虚脱した空気が覆う。安心の後の脱力感だ。

 民間からスカウトされてきた人員にとっては、これが初めての戦闘だった。
 実際に矢面に立って戦ったのはエステバリスのパイロット達だが、やはり戦場で感じる恐怖や緊張感は相当なものだ。
 反動で力が抜けるのも当然である。


 メグミは虚ろな目でぼんやりとモニターを眺め、ミナトも姿勢を崩してコキコキと首を回した。
 ルリも肩から力を抜いて、椅子に深く寄りかかった。

 


 「「……さて」」



 ジュンとプロスが同時に言った。

 

 「これから暫くお時間をいただきますよ艦長。艦長には別室でじっっっくりと遅刻の理由をお伺いしますから。納得がいかなければそのまま艦長の責務と心得についてたっっっっっっぷりとお話させていただきます」

 「レイナードさん、サセボに連絡を。今回の戦闘参加の遅延について謝罪しなければなりません。艦長はお忙しくなるようですから、僕が代理になります。あ、ホシノさん、戦闘のデータをまとめて後で報告してください。被害状況もリストにしてもらえますか」

 事後処理に、お説教。 
 
 再度活気の戻ったブリッジに、プロスに連れて行かれるユリカの悲鳴が残った。



  












 「いよう、お疲れ!」


 エステバリスから降りた二人に、ウリバタケが声をかけた。
 整備員がばらばらとエステに張り付いていく。
 彼らの仕事はこれからが本番だ。


 「相変わらずいい腕だなアキト。ヤマダも、性格がもちっと改善されりゃ素直に褒められるんだが……」

 「何ィ!オレの性格に文句があるってぇのか!?」

 「大有りだ!お前接近戦に偏りすぎなんだよ!!間接に無駄に負荷かけやがって、整備すんのは誰だと思ってんだ?」

 「ぐ………」


 痛いところを突かれて黙り込むヤマダ。
 彼はアキトほどに器用ではない。簡単な調整くらいはできるが、エステバリスの修理を手伝えるような技術は持ち合わせていなかった。

 本来、パイロットならばそれで充分すぎるほどなのだが、アキトが整備員に混じって働いているのをみると妙に後ろめたい。


 「アキトに矯正されたそうだし、前よりはずっとマシだがな。もう少し考えて動け」

 「ぐ……アカツキみたいに計算して戦えっていいたいのかよ」

 「あれを真似ろたぁ言わねぇよ。せめて、あんま無闇に突っ込むな、見てるほうの肝が冷える」

 「………気をつける。あ……と……何か、手伝うか?」

 「いいから、アキトと一緒にブリッジで着任の挨拶と報告してこい。終わったらちゃんと休めよ。調整の必要がありゃぁ後で呼ぶ」


 おずおずと手伝いを申し出たヤマダの言葉をあっさり却下するウリバタケ。
 いくら体力バカが相手でも、さっきまで戦っていた人間を使うつもりはないのだ。
 

 「もちろんお前も……ん?どうしたアキト」


 ウリバタケが振り返ると、アキトはエステを見上げて首をかしげていた。
 口元に手を当ててなにか考え込んでいる。
 

 「どっか問題があったか?」

 「いや、どうも反応がな……」

 「そりゃしょうがねぇ、お前さんのIFSは特別だ。俺も出来る限りのことはするが限度ってもんがある」

 「だが、もっと速度は上げられるはずで」

 「あーもう!出来る範囲でなんとかしてやるよ。お前らはとっとと仕事すませて休め!」


 畳み掛けるように言うウリバタケに、アキトとヤマダが反論する。 


 「いや、しかしこれは俺の我侭だし」

 「そうだ!!オレだって雑用くらいは!!」



 「いいからブリッジに行ってこいっつってんだろ!!」



 バン!と力一杯パイロット達の背中を叩き、そのまま通路までぐいぐい押していく。
 有無を言わせぬ勢いだ。

 強引に追い出される二人に、整備の面々から声が掛けられた。


 「おつかれぇ」
 「良く休めよぉ!」
 「お疲れさーん」
 「いい動きだったぞー」
 「ヤマダのバカヤロォー!」


 労いの声とウリバタケの手に背中を押され、アキトとヤマダは強引に格納庫から締め出された。
 抗議をしようと振り返ると、ウリバタケに凄い目で睨まれる。
 


 「挨拶と報告。シャワーを浴びて休息。可能なら何か食え。お前らのやることはソレだ」

 
 「それは横暴……」
 「ハカセ、オレの話を……」
  
 

 「ナンか文句があんのか!?あぁ!!!?」

 

 「いや、ない……」 
 「アリマセン……」

 アキトとヤマダは一瞬ウリバタケの頭に角が見えたような気がした。
 
 格納庫でウリバタケに逆らえる者はいない。
 彼がここのボスなのだ。



 無人兵器を相手にするのとは少々勝手が違う。
 腕を組み、仁王立ちで睥睨する整備班長に破れ、パイロット二人はすごすごと引き下がった。




2004.12.23


 後書き反転↓

 フライングですがクリスマス更新です。
 アカツキ、やっと名前がでました。
 そして何故か出張ってくるウリバタケ。熱血だがガンガーじゃないヤマダ。なんかこの二人が揃うとギャグに行きそうになります。
 作中の「栗」や「神」などのTACネームの例は一昔前の戦闘機マンガ、『ファントム無頼』から。アキトがジュンを呼んだ「ナンバーワン」という呼称は『スタートレック』と英国海軍からです。
 意味については次回のお話で。


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