美しく輝く太陽の下。 漣が光を弾く、青い海の上。 凪いだ海面に、白いナデシコが映り混んでいる。 まるで映画のワンシーンに使われるような、絶好のロケーションだ。 優美な姿で佐世保沖に留まるナデシコの艦内からは、既に襲撃の際の慌しさが拭い去られている。 有能な乗組員達が、それぞれの役目を果たすべく最大限にその能力を発揮したため、初戦闘後の混乱はほとんどなかった。 スカウトしてきたプロスペクターの、眼力の正しさを証明するような、見事な事後処理。 通常業務に戻った者達は、自分達のやるべき仕事をしっかりとこなしている。 ここ格納庫の一角でも、次のステップを見据えた作業が進められていた。 「なあ、レベルEからCはともかく、BとAはいくらなんでも反射速度上げすぎじゃねーのか」 格納庫の端、コンピュータがゴテゴテと積み重なった一角で、ウリバタケが言った。 目の前のモニターには、エステの様々な数値が映し出されている。 エステバリス01と02の機動データ、処理速度の現在値、一見してよく分からないプログラム、得体の知れないコード、レベルEからAに分類された、細かい何かのグラフ。 ウリバタケがいくつかのグラフを重ねるように操作し、その差をペンで指し示す。 「ノーマルエステの値がこっち、ヤマダ用にちっとばかしチューンしたのがこっち。これだけでも結構違うぜ。今ヤマダがやってるシミュレーションは、どっちかっつーとお前やアカツキのセッティングに近いぞ?」 溜め息交じりで言うと、手の中でクルリとペンを回す。 「無茶だったか?アイツなら何とかしそうだと思うんだが」 アキトがウリバタケの後ろからモニターを覗き込んだ。先ほどのグラフと違うものが表示される。 最初に表示されていたエステバリスの機動データだ。細分化され、比較対照として第三者のデータが加えられている。 アキトのデータとヤマダのデータ、そしてネルガルのテストパイロットの数値だ。 「見てみな、この差。お前のIFSはオペレータ並だ。パイロット用のIFSしか持ってねぇ奴に同じ事させるのは酷っつーもんだぜ」 ニワトリに空を飛べと言っているようなものだ。 「俺もそう思わないではなかったんだが、アイツが『せめて機体くらい完璧以上にしないと、新しく合流するパイロットにも置いていかれる』と言うから……」 「あのバカは自分を過小評価しすぎて、焦ってんだ。実力を自覚してねぇ。アイツだからなんとかアキトに付いていけるんだぞ?上を見すぎなんだよ」 目標が高いのはいいことだが、上を見すぎて自分の立ち位置が分らなくなるのはいただけない。 「比較対照が俺とアカツキしかいなかったからな。ガイは大言壮語を吐くくせに自分の実力にはシビアなんだ」 「最初はエライ自惚れてたけどな。………お前と組むからってのも、アイツの焦りの理由に入ってんじゃねぇか?」 「俺?」 驚いたように見返すアキトに、ウリバタケが大げさに肩をすくめてみせる。 「なんで分んねぇかなぁ。臨時とはいえチームを組むわけだから、お前に見合う力をつけたいんだ。それっくらいのプライドはあるんだよ。なにより……」 からかうような笑みでが浮かぶ。 「戦闘中ヘマしてお前に大怪我でもさせてみろ、アカツキが鬼になるだろうが」 「鬼というのは言いすぎだろう」 「いーや、間違いねぇよ。お前だって自分がどれだけ大事にされてるか知ってんだろ?」 「………それは、まあ。あれほど露骨に特別扱いされればな」 漁色家で有名だったアカツキが、アキトが傍にいるようになってからは、一転してピタリと女遊びを止めた。 相変わらず女性には親切だし、物腰は丁寧だが、それまでの女性関係を突然清算したため、一時期は政略結婚でもするのかと囁かれたものだ。 今ではその噂も下火になってはいるものの、決まった恋人がいることは周知の事実だ。 ことにウリバタケやエリナ、プロスをはじめとする身内には、アキトより大切なものはないと公言して憚らない。 おかげでアキトは散々このことでからかわれてきた。 アカツキは何を言われても一向に気にしないが、アキトにはまだ羞恥心というものがある。 普段表情の変化に乏しい人間が、顔を赤らめたりするのが面白いのだろう。 「お前が止めるだろうから首にはしねえと思うが、まず思いっきり減俸されるな。そんで諸手当も減らされたりしたあげく、ネチネチネチネチ陰険にいびられる。あとはトレーニングと称して二、三日シミュレーションに放り込まれて……実験台とか……」 考えたくもない、というようにブルリと身体を震わせた。 表情を変えないアキトから、困ったような雰囲気を見て取って、さらに続ける。 「……ってわけだから、余計に気合入れてんのさ。アカツキほどとはいかなくとも、せめて自分の敵の始末ぐらいは完全にできるようにな」 「それほど焦らなくとも、ガイは着実に力を付けてきているぞ?」 「それじゃ全然足りないと思ってんのさ」 ヤマダは軍に入れば即エースパイロットになれる腕前を持っている。 それはもう、ネルガルの中だけではなく、関係機関にまで知られている事だ。 ナデシコクルーにふさわしく、性格はともかくとして、能力だけは跳びぬけている。 だが、日頃大口を叩いている本人は、自分の力をかなり低く見積もっていた。 一緒に訓練をしていた相手がアキトとアカツキだけだったというのも、その認識の誤りに拍車をかけたのだろう。 実力を測る目安となる相手のレベルが高すぎたのだ。 (ネルガルの他のテストパイロットと模擬戦でもやらせておけばよかったか) アキトは自分の失策に眉をひそめた。 ハード面を一手に引き受けるウリバタケが、処理速度に対応した動きをした場合の機体への負荷データを出して、一言コメントする。 「普通のパイロットならレベルCだって無理じゃねえかな。ヤマダだとドコまでいけるか分からねぇが」 彼の熱血男がここまでの会話を聞いたら、大喜びするだろう。 いつも虐げられているだけに、これほど高い評価を得ているとは気づいていないのだ。 知ったら増長するだろうと踏んで、皆言わないのだが。 「じゃ、最終的にはガイのシミュレーションの結果次第か」 「そうだな。当面はレベルDの速度にセッティングしといて、習熟したらCに移行ってとこか?アキトがアイツをどれだけ鍛えたかによるけどよ」 「そうだな……、今のアイツなら多分Cから………」 そういいかけた時、アキトが突然振り返った。 噂をすれば影だ。 遠くからヤマダが近づいてくる。 シミュレーションがよほど辛かったと見えて、疲れた顔で、いつになく動きが鈍い。 片手にクリップボードを抱えているが、今にも取り落としそうだ。 「お、ヤマダ。お疲れ!」 「一気に全部試したのか?どうだった」 二人に声を掛けられたヤマダは、軽く手を上げてから、パイプ椅子を引きずってきて、ウリバタケとアキトの側に陣取った。 だるそうな手つきでクリップボードから紙を外し、ウリバタケに渡す。 シミュレータの横の端末からプリントアウトされた紙だ。 内容は簡素だが、必要なものは大方纏まっている。 ざっと一読したウリバタケは、感嘆の声を上げた。 「へぇ。数字の上じゃ、そう悪くねぇんじゃねえか?こりゃ、アキトの方が正解かもな」 「どれ……ああ、いいんじゃないか。この5つのパターンをアレンジして各員にあわせるってことで」 「あいよ。じゃ、これを参考に機体の調整だな。プログラミングの方はアキトに任せるぜ」 紙を横から読んでいたアキトも頷く。 工具用ロッカーの直ぐ横においてある冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して、ヤマダに放った。 ご褒美、ということらしい。 今現在エステバリスのテストパイロットとして主たる役割を果たしているのはヤマダだ。 他の二人、アキトとアカツキは名目上テストパイロットだが、IFSの関係もあって、一般人に合わせた製品開発では行き届かない面がある。 そういった部分を、ヤマダが埋めているのだ。 エステバリス本体は既に出来上がっているものの、ソフト面ではまだまだ改良の余地がある。今蓄積されているヤマダ用のデータや、途中から合流するパイロットの運用データによって、さらにその能力を伸ばすことができるのだ。 今回の反応・反射や処理速度のセッティング、プログラミング等は、次に合流するパイロット達のためでもあり、同時にネルガルをはじめとする出資企業のためにも必要なものだった。 スポーツドリンクを飲みながら、ヤマダが感想を述べる。 「E・D・Cはまあ何とかなるぜ。Bは……暫くはシミュレータに篭らないと無理だ。使いこなせるようになりゃこれが一番いいんだろうが、習熟するには時間がかかる」 「そんじゃ当面はCだな、調整しておく。で、Aはどうだったんだ?」 「A?……Aは、なぁ……」 珍しく言葉を濁す。 「なんだ、そんなにキツかったか?一応お前の能力の限界ギリギリのつもりで作ったんだが」 「なんつーか、暴れ馬に乗ってるみてーだった。ピーキーなんてもんじゃねぇよ、ギリギリにも程がある。攻撃避けるよりまず、動かすのがやっとだった。しかも動いたとたん吹っ飛ぶし」 「うわ、そんなにヒデェのか。そんじゃ機体の方の負荷も相当なもんだろうな。ここには載ってねぇが」 「わかってる。オモイカネ」 言いさしたウリバタケの言葉を受けて、アキトがコミュニケからオモイカネに呼びかける。 『?』 「さっきのシミュレータの詳細なデータを、セイヤさんの部屋の端末に送っておいてくれ」 『OK』『了解』『バッチリ!』 「ありがとう」 これほど気軽にオモイカネを使えるのは、今のナデシコではアキトとウリバタケ、それにルリぐらいだろう。 乗組員たちはまだオモイカネに慣れていない。 じきにその便利さに気づいて頻繁に利用されるようになるのだが、それにはもう少し時間が必要だ。 『どういたしまして』と表示されたウィンドウはポップな表示を数秒キラめかせた後に消えた。 「………それにしても、なんでこんな急ぎでエステの改造するんだよ。確かに俺はいい機体に乗りたいっつったけど、今はどっちかってーと、アキトの『S』の開発の方が優先だろ」 スポーツドリンクのパックを潰しながらヤマダがぼやく。 一瞬目を合わせたアキトとウリバタケは、ニヤリと笑って言った。 「そりゃあアレだ。急ぎで必要だからだろ」 「今すぐとなると、『S』を動かすよりもお前の機体を引き上げるほうが早いしな」 「は?」 「そのうち分かる」 「ま、細かいことは気にすんな!検討終わったら食堂に飯食いに行こうぜ!」 意味深なセリフを吐く二人に不審の目を向けていたヤマダだが、食事と言われて見事に疑問を忘れた。 単純だが、幸せな男である。 『ブリッジで待機していてください。重大発表があります』 食事をとりに行こうとした矢先に、二人のパイロットはプロスからのJ短い通信によってブリッジに召集された。 内容を明かさない不審な通信ではあったが、プロスが重大というからには無視するわけにはいかない。 呼び出されたのはパイロットとブリッジクルー。 元々当直だったジュンとルリは元より他の面々の集まりもよく、時間の5分前には九割方の人間が顔を揃えていた。 ところが、指定された呼び出し時間が来ても、残りの一割がいまだにブリッジに姿を見せない。 「艦長、遅いですね〜」 「遅刻癖でもあるのかしら」 「軍人としては致命的です」 女性陣がそう呟いた直後、ブリッジのハッチから転がり込むようにミスマル・ユリカが入ってきた。 「お、お、遅れましたぁあ!」 自室から走ってきたのだろう。 ゼエゼエと肩で息をするユリカを見て、プロスとジュンが溜め息をつく。 艦長とは思えない威厳のなさ。学生気分が抜けていない生活態度。 ユリカがブリッジに入ってきたのは、呼び出しの時間から8分後のことだった。 「……メグミさん、全艦に通信を繋いでください」 メグミがプロスの言葉に従ってコンソールを操作する。 遅刻を咎められなかったことにホッとした様子で、ユリカは小走りにジュンの斜め前、艦長の定位置についた。 すこし跳ねた髪を手櫛で整えながら、プロスの顔色を伺う。よほど説教を恐れているようだ。 メグミが操作を終えて後ろを向くと、ユリカを無視したまま、プロスが胸を張って話し始めた。 「乗員の皆さんに何度となく質問されたことに、ようやく答える時が来ました」 「ふぇ?質問?」 「ええ。今までずっと秘匿していた、ナデシコの行き先ですよ」 プロスが眼鏡をキラリと光らせる。 「今までナデシコの目的地を明らかにしなかったのは妨害者の目を欺くため。ですが今、ナデシコは無事に出港いたしました。ですから、全艦の乗員に発表します………」 その言葉にその場に集められた面々は静まりかえった。 興味津々といった顔をしているのは、ミナトとメグミだ。 ルリは相変わらずの無表情で何を考えているのか分らない。 ユリカは状況が分っていないような顔でプロスを見ている。 残りのメンバーは既に知っていたらしく、そういった様子は見せなかった。 フクベ提督が重々しく頷き、ムネタケは複雑な表情で腕組みしている。 ジュンが無表情で軽く肩をすくめ、ヤマダが嬉しそうにニヤリと笑う。 さまざまな表情を見せる彼らを、しかしアキトは見てなかった。 この世界では存在しない過去を思い出す。 そう、ここで、プロスが言ったのだ。 何かを宣言するように、高らかに。 かつての自分はこの時どうしていただろう。 成り行き任せ、流されるようにしてナデシコに乗った自分は、プロスの言葉にどんな思いを抱いたのだったか。 今、もう一度あの言葉を聞く。 今度は、覚悟を決めて。 (アカツキ……行ってくるぞ……) アキトは感慨深く目を閉じた。 「ナデシコの……我々の目的地は、火星です!!」 「「「えぇ――っっ!!?」」」 ブリッジで声を上げたのはたった三人だったが、艦内のあちこちで同じような驚きの声が上がっているはずだ。 ナデシコに乗っている人間で、一年前の火星襲撃事件を知らない者などいない。 「か、火星!?」 「そうだ!これよりナデシコは火星に向かう!!」 プロスが答えるより早く、提督がきっぱりと言った。 先程までの好々爺の印象が拭い去られ、老将の風格が、フクベを一回り大きく見せる。 「火星って………。で、でも、火星は敵に占領されちゃったんでしょう?」 「誰も、それを確かめたわけではありません」 おずおずと言ったメグミの言葉に対し、プロスは首を横に振った。 「多くの地球人が火星に植民していたというのに、連合軍はそれらを見捨て、月と地球にのみ防衛線を張りました」 あからさまな非難だが、ムネタケもフクベも反論しない。 軍人として、反論する資格などないと思っている。 ムネタケが指揮していた艦は、当時戦闘に参加した中で最も多く民間人を救出したが、それでも置き去りにした人々の事を悔いていたし、フクベに至ってはユートピアコロニーを壊滅させたという、巨大な十字架を背負っているのだ。 「無事に救助された人もいますが、火星に取り残されてしまった人も大勢います。では、その人々と火星に残った資源はどうなったんでしょう。」 淡々としたプロスの声が全艦に流れる。 通路で、食堂で、厨房で、格納庫で、エンジンルームで、遊戯場で、自室で。 誰もが、一心にその声に耳を傾けていた。 「ネルガルは非常事態の際の救援物資を火星のあちこちに配置しています。また、火星の地下にいくつものシェルターがあることは、火星の住民の多くが知っています」 そのシェルターのうちのいくつかは、敵に、あるいは味方に潰された。 ムネタケやフクベがそれを確認している。 しかし、それだけで他のシェルターが無事ではないと、誰が言い切れるだろうか? 火星の各主要都市が持つ巨大なシェルターから始まって、企業や学校、小規模の自治体、はては個人所有のものまであわせれば、その数は四桁に達するのだ。 「ネルガルの会長が送った、火星への最後の通信には、そういった非常時に必要となるデータが添付されていました。……誰かがそれを見ていてくれれば、生存者がいる可能性は飛躍的に上がります」 「じゃ、私たちの目的っていうのは……」 「はい。つまり我々の目的は火星に残された資源の調査、そして生存者の救出、ということになります」 一番大切なことを言い切って、プロスがほっと一息つく。 「火星か……」 「私行ったことないですよ」 「私もないわね。観光に行ったことのある友達はいるけど……」 観光と救出では、流石に比べようがない。 「もしも行きたくない、という方がいらっしゃった場合は、三日以内に申し出てください。次の寄港地、地球の衛星軌道上にあるコロニーで降ろします」 クルー達が戸惑うのは当然だ。 行きたくないというのを無理に同行させる必要はない。 「あちらについてから佐世保に戻るまでの交通手段はこちらでご用意しますし、旅費も支給いたします。ただし給与は日割り計算になりますが」 ナデシコの財布の紐を握っているだけあって、いきなり金銭の話を持ち出してきたが、却ってこれがよかったのだろう。 大きくなった話に現実味が出たのか、ミナトが真面目に考え込んだ。 メグミはちらりとヤマダを見て顔を赤らめる。どうやらこちらは考えるまでもないようだ。 「まぁ、人助けなら………」 「戦争よりはマシでしょうしね」 反対意見はどこからも出ない。 プロスのコミュニケは沈黙したままだ。 それを見て、ユリカが元気よく声を張り上げた。 「それでは機動戦艦ナデシコ、火星に向けてしゅっぱ「ちょっと待ってください艦長」 ここが見せ場とばかりに張り切っていたたユリカは、突然言葉をさえぎられて、不服そうな顔で振り返った。 待ったをかけたジュンを恨めしそうな目で睨む。 「なあに〜?ジュン君」 「ナデシコの火星行きに関しては、許可が必要です」 「あ、そうか。政府とか、厳しそうですもんね」 メグミがぽんと手を打つ。 それにジュンが正解、と答えた。 「それから連合宇宙軍だ。地球の大気圏外に出るためにはビッグバリアを解除しなくてはならないからね」 ビッグバリアは地球防衛ラインのバリアシステムだ。第六次から第一次まで、戦闘機、ミサイル、バリア衛星などの六つの防衛ラインから構成されている。 ナデシコなら強引に突破しようとすればできないことはないが、それによってバリアを形成している核融合衛星が壊れてしまう。 そうなった時の地球側の損害を考えれば、無理はしたくなかった。 弁償させられるのはネルガルや明日香なのだ。 「ネルガルは当然双方に対して許可を求めたんだ。で、政府からはすぐ許可が下りたんだけどね……」 「はい。連合軍からは交換条件を出されたのですよ。それもかなり多岐にわたりましてねぇ……」 「交換条件?どんな?」 ようやく興味を引かれたヤマダの質問に、ジュンは人の悪そうな笑みで口を開いた。 ヤマダがギクリとする。 「それは…………」 その後はもうヤマダには分らなかった。 立石に水とばかりに、政治経済産業に関するあれやこれやから軍事的な取引、機動兵器に関する契約云々までベラベラと話す。 しかもそのほとんどが専門用語だ。 まるで誰かの生霊がとりついたかのような説明っぷりである。 「………………ということなんだよ」 たった2,3分の間に大量の情報を与えたのだが、ジュンが締めくくった時には、もはやヤマダの脳は完全に理解を拒否していた。 こっそり横に立って聞いていたメグミも、目を白黒させている。 「つ、つまり?」 「つまりね………」 「だから、な?」 アキトが呆れつつ口を出した。 このままジュンに説明させていたら、ヤマダはいつまでも理解できまい。 「山のように出された条件のうち、飲んだのは三つ」 「ほほう」 「このうち二つはエステバリスやナデシコをはじめとする新型兵器の契約関係。こっちはナデシコには関係ないな。会社の問題だから」 「ふんふん」 「そしてもう一つは、ナデシコ及びエステバリスでの戦闘行為だ。サセボのアレの前だったからな、この条件をだされたのは。ってことでナンバーワン、ガイで遊んでないでもう少し分りやすく説明してやってくれ」 アキトが再びバトンタッチする。 「悪かったよ。………このままのペースであと一時間ばかり南に進むと、そこの海底にチューリップが沈んでいるんだ」 「チューリップが!?」 「そう。活動はしていないようだが、どうも停止しているというよりは休眠状態らしいね。連合軍が出した条件というのが、このチューリップの殲滅だ」 アキトは既に知っていることだが、クルー達は皆熱心に話しに聞き入っている。 二度目の戦闘行為。今度は不意打ちではなく、ちゃんと準備と覚悟をする時間がある。 宇宙軍にとってはこの戦闘がナデシコをはじめとする新型兵器購入の試金石となるのだろう。 いわばちょっと大規模なプレゼンテーションといったところだ。 「なるほどな!さっきハカセとアキトが急ぎとか今すぐとか言ってたのはこれの為か」 ニカッと笑ったヤマダに、ジュンが頷いた。 出撃に備えてエステバリスの整備をするように言ったのは、ジュンなのだ。 「予定のポイントにつくまであと一時間はあるし、ここは僕が残っているから昼食でもとってくるといい。皆まだなんだろう?」 「あーそういや腹減ったなぁ……」 「食堂に行くか」 「あの、私もご一緒してよろしいですか!?」 メグミが顔を少し赤くしてヤマダに聞いた。 言葉に込められた気合に気づかないのか、あっさりと頷きが返る。 「ああ、別にかまわないぜ。そうそう、ハカセも呼ばないとな。なぁアキト!」 「………お前、以前の俺並みに鈍いな……」 「うん?」 「いや。セイヤさんを呼んでおく」 以前の自分はかなり鈍かったという自覚があるアキトは、ヤマダの鈍感さを笑えない。 面白そうに見ていたミナトがアキトに声をかけた。 「ねぇ、私たちもいいかしら?」 「私たち?」 「私と、ルリルリ。ね?」 「俺は別にかまわない」 「よかった。さて、何食べようかしらね」 「あの、ガイさんのお好きな食べ物は………」 皆で口々に話しながらブリッジを出て行く。 ユリカもこっそりとその後についていこうとしたのだが、そこで後ろから首根っこをつかまれた。 そろりと顔をそちらにむければ、気合の入った笑顔のジュンがいる。 「艦長はダメです」 「えぇ〜?何でぇ!?」 「これから作戦会議です。提督と副提督はもうお待ちですよ」 「ジュン君が代わりに………」 ジュンの表情が凍りついた。 ユリカがぎくりとする。 「へぇ、めったにない仕事を放棄すると?書類仕事のほとんどを僕がやっているのに?」 「う。それは………」 「艦内の仕事あれこれ、誰が処理していると思ってるんですか」 「え、ええとね?」 「さぁ行きましょうね。大丈夫大丈夫、皆優しいですから」 「うわぁぁん!ウソツキー!!」 ブリッジの扉は、無常にもユリカを置きざりにして閉まった。 2005. 5. 3 後書き反転↓ 一応更新停止期間終了。ということで、ナデシコSS連載で更新開始です。 なんだか今までと比べて飛びぬけて短いですが、ここでしか区切れそうになかったので。 仕事は相変わらず忙しくて本当に大変なのですが、前々からの公約ですから、なんとかUPにこぎつけました。 せめて5月中にナデシコ以外も一作更新しないとなぁ。 |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||