いつもの休日、昼下がりの街。

 いつものゲーセン。
 いつもの筐体。
 

 ゲームの中のオレは、とびっきり優秀な、機動兵器のパイロットだ。
 撃墜数は全国一。
 世界でだってきっと指折りに違いない。
 ゲームの最後に表示されるランキングでは、オレの名前が一番上にある。
 でもオレは、いつもそれを見るたびに物悲しい気持ちになった。

 これは全てまやかしだから。
 現実のオレは、ごくごく普通のどこにでもいる一般人にすぎない。それが、分っているから。
 半ば惰性となりつつある、うわべだけのハイテンション。ギャラリーに手を振るのも、どこか空虚。

 
 けど、ある日。
 いつものように戦い終えて、顔を上げたその時。



 オレの前に、現実のパイロットへの切符が、にんまり笑って待っていた。





― パイロットになった日 ―
   Da capo番外編<The blank of 1years>

 
 




 ………………オレ様がパイロットになった理由?



 「はい!なんでパイロットになろうと思ったんですか?危ない仕事でしょう?」

 まあ危ねぇと言えば危ねぇかな。
 企業のパイロットだから軍人よりはマシだけどよ。
 けど、なんでまたイキナリそんなこと。

 「知りたいんです。ガイさんがどうしてパイロットになったのか、とか……どうしてナデシコに乗ろうと決めたのか、とか……色々と」
 
 なんじゃそりゃ!
 つまり好奇心なのか?

 「だめですか…………?」

 うっ!
 別に教えねぇとは言っとらんだろうが!泣きそうな目で見るなよ!!
 
 「わぁ!ありがとうございます!!」

 そんなに無邪気に喜ばれても……いいけどよ。

 じゃ、そこの椅子に座んな。
 オレ様のメモリアルストーリーは、立ち話にゃちっとばかし長い話だ。

 さて、どこから話せばいいのか……。
 オレ様がこの業界に入ったのは、プロスさん……プロスペクターと会ったのがきっかけだから、その話からするか。








 ナノマシンを体の中に入れてる奴ってのは、地球じゃかなりめずらしい。それはアンタも知ってるだろ?
 遺伝子に異常が出るだの、改造人間だの、悪いイメージばかりが先行しているからな。
 おかげで、手の甲に浮かび上がった独特の紋様を見た奴は、大抵眉をしかめる。

 でも、オレにとってIFSは大きな味方だった。

 IFSをつけている奴は少ない。
 だからこそ、所有者が軍に入れば、優先的にパイロットとして配属される。
 募集に応募さえすれば、試験の成績が多少悪くてもまず落ちることはない。

 だから、本当は軍に行くつもりだったんだ。
 
 あの、ちょび髭眼鏡のおっさんが話しかけてくるまでは。
  
 
 『いやぁいい腕ですね〜。その貴方の素晴らしい技術を、ネルガルで役立ててみませんか?』
 
 
 え、似てない?まあとにかくそういう風に勧誘されたんだよ。

 初めは何かの冗談かと思った。
 でも、プロスペクターと名乗った男が出した名刺はどうも本物のようだったし、説明もしっかりしていた。
 よろしければ後日ご連絡くださいと言った電話番号は、その場で確認したらネルガルの人事のものだった。

 職種は、パイロット。
 
 新型機動兵器の操縦者。 

 嘘じゃない、冗談じゃないと確信した瞬間、オレは有頂天になった。
 

 ヒーローになれると思ったから。


 給料?待遇?危険?そんなもの頭から吹き飛んでた。
 大喜びでプロスペクターに連絡とって、即座に契約書にサインしたさ。
 あの時ほどIFSの処理をしといて良かったと思ったことはない。






 オレは小さい頃からずっとずっとヒーローに憧れてた。



 親父は普通の商社に勤めていたが、転勤が異様に多くてな。
 順調に出世はしてたようだが、それにしたってハンパじゃない。なにせ一年どころか半年に満たないような周期で転々と異動を繰り返していたんだ。すげぇだろ?
 お袋はオレが小さい頃に死んじまっていたから、身軽だったってのもあるだろう。
 けど、自分のガキの事を少しくらい考えて欲しかったな。引っ張りまわされた方はいい迷惑だ。

 転校が多ければ当然友達はできないし、せっかく仲良くなりかけてもまたすぐに別れる事になる。
 何度も同じことが繰り返されりゃオレも面倒になってきて、とにかく自分がそこにいる間だけ楽しくやれりゃいいと思ってた。
 
 子供ってのは、そういう気持ちを敏感に察するんだよな。
 オレは、そのうち何処に行っても周囲から浮くようになった。

 ……そんな顔するなよ。もう過ぎたことなんだぜ?



 それで、な。
 一人でぽつんと取り残されたオレが心の友にしていたのが、一本のアニメなんだ。


 『ゲキガンガー』ってアニメ、知ってるか。
 そう、それだ。あ、チャチいとかは言うなよ、名作なんだから!

 ゲキガンガーは、今までオレが見てきたアニメとはまったく違う作品だった。
 デザインも設定も作画もやけにノスタルジックで、古めかしい。
 ストーリーだって、始まったとたんに次の展開が読めてしまうような、ありきたりな内容。
 でも、そこには愛や正義や友情に対する純粋な思いが描かれていたんだ。


 だから、オレはそのアニメに固執した。
 や、過去形にしちゃいけねぇかな。アキトに言い直せって言われそうだ。
 
 ……オレは、そのアニメに固執してる。 

 手に入れられなかった物が、そこにはっきりと示されていたから。

 自分の正義を、愛する人を守るために戦う主人公が羨ましくて、オレもいつかあんな風になろうと決めた。
 その絶好の機会があっちから転がり込んできたんだ、天にも上るような心地だったな。
 厳しい訓練や研修も全然苦じゃなかった。
 元々集中力はあるほうだったし、機動兵器の訓練は進んで受けた。自主練だって欠かさなかった。
 強くなければヒーローじゃないだろ?

 朝から晩まで必死になって努力したぜ。
 気合が違うからな、同じ時期に訓練してた奴らの中じゃトップだったんだぜ。
 っていっても、あのままじゃ大した腕にはならなかっただろうが。


 アイツと会わなければ、な。



 「アイツって、もしかして……」

 そう、アキトのことだよ。

 「えっと、アキトってダークネスさんのことですよね。たしか」

 
 そうそう。

 オレがアキトと初めて会ったのは、ネルガルに入ってまだ二ヶ月くらいの頃だな。
 実技でいい成績とってたから、見込みがあると思われたんだろう。

 オレはまだ市場に出る前の、エステバリスのテストパイロットに抜擢されたんだ。



   『テスパイ?』

   『そう。新型機のテストパイロットだ。お前も聞いたことがあるだろう、ダークネスとホワイト・ナイトの名前は』
 
   『そりゃもちろん!……ってことは、俺様もいよいよ一流の仲間入り!?新型新型新型新型―――っ!!!』

   『ウルセ―――ッ!!騒ぐなこのバカ!!』

   『イテテテテ!耳痛いって教官』

   『明日、本社でテストがある。ダークネスとシュミレーションやって、それで見込みがありそうなら本決まりだ。まぁお前じゃ全然敵わないんだから、胸を借りるつもりで思い切っていけ』

   『へーい』



 「……イさん?ガイさん、どうしたんですか?急に黙り込んで………」

 
 アー……ちっとばかしそん時のこと思い出してな。

 どこまで話したっけ?ああ、大抜擢されたとこまでか。

 まあ、テスパイに選ばれたっつってもまだ候補の段階だ。
 本社で働いてるパイロットとシュミレーションやって、見込みがありゃぁ『候補』の文字が外れるって言われて、これ以上ないくらい張り切った。
 これはチャンスだ。ここで名を上げれば、オレはヒーローになれる!ってな。

 ちなみにオレだけが知らなかったんだけどよ、エステバリスのテスパイになりゃ、このナデシコに乗艦できるってもっぱらの噂だったんで、競争率もかなり高かったらしいぜ。

 「あ、じゃあガイさんが乗ってるってことは、勝ったんですね!?」

 うんにゃ、ボロ負けした。

 「え……」

 いやもう天と地ほどに実力差があってな。瞬殺だった。

 ちょっとイイ気になってたオレが一瞬で目を覚ますくらいだから相当だ。
 シュミレーションが始まって、開始後20秒で大破だぞ?三戦やって全部一分以内に負けたからな。
 ヒーローどころの話じゃなくて、まずコイツ相手にせめて三分は持たなくちゃ話にならねぇ。
 実はオレってパイロットに向いてないのかとも思ったさ。

 けどな。

 まだヒーローにゃ程遠いのかって落ち込んでたオレに、アキトがさ、言ったんだよ。
 

 なんでヒーローになりたいんだ、って。


 正直、それまで忘れてたんだ。
 いつのまにかヒーローになるのが目的になってて、その理由なんてどっかにいっちまってた。
 アイツに言われて思い出したんだ。
 オレがヒーローになりたかったのは、ヒーローが、愛とか正義とか、自分の大事な何かを守るために戦ってたからなんだ。
 
 
 ……そこでふと気がついた。

 オレにとってのヒーローは、何かを守れるヤツのことだ。
 なら、オレが守るものはなんだ?オレには守るべきものがあるのか?
 強くなる意味ってなんなんだ?

 本当にオレが羨ましいと思ったのは。

 実は、『守れる強さ』より、『守りたいほど大事なものがある』ってことだったんじゃないか?

 
 ようやくそう思い当たって、自分を振り返れば…………大事にしたいと思えるものなんて、何も無かったんだ。


 「ガイさん……」

 情けない話だぜ。

 どう言ったらいいんだろうな……例えば、外壁を思いっきり堅固に作っているうちに人がいなくなってた街っつーか。
 もしくは、魚なんていない水槽なのに、魚が住める環境を延々と整えてたっつーか。

 ああ、そりゃもちろん気落ちしたさ。目標がいきなり薄っぺらになっちまったんだ。
 けどよ、そこで呆然としてたってしょうがねぇだろ?前向きなのがオレ様の信条だからな。


 一晩寝ずに考えた。
 

 今まで強くなることばっか考えてきて、突然違う生き方ができるほどオレは器用じゃねぇ。
 気がついたからって、直ぐに守るべき大切なものを見つけられるはずもねぇ。
 愛情も友情もよく知らねぇし。正義もよく分んねぇ。

 だったら、とりあえずこのまま進むのもいいかと思ったんだ。
 いつか守りたいものができたとき、それをちゃんと守れるように強くなるのも一つの道なんじゃねぇかってな。

 「それで、パイロットに?」

 あんだけこっぴどく負けたのに、どういうわけか正式なテストパイロットの辞令がきたしな。
 実際、悪くねぇ選択だった。
 一時は適性を疑った職業だが、オレの性に合ってたみてぇだ。

 その後半年くらいして、実は自分がサインした契約書がネルガルじゃなくてマルスのものだったと知ったときは流石にビビッたけど。


 「……なんか、激動の人生ですね」


 そうかぁ?でもいいだろ!

 孤独な幼少期もなんのその!葛藤に努力に挫折に覚醒に友情!
 今はまだ単なるパイロットだが、オレ様はいずれヒーローになるぜ!!

 「今はヒーローじゃないんですか?木星蜥蜴をやっつけてくれたじゃないですか」
 
 いや、ヒーローと名乗るには、アキトの隣に立てるくらいに強くならなきゃな!
 とりあえず今のオレが戦うのは友情とプライドの為だから、戦友に守られるような実力じゃまだまだだ。
 
 「……その戦う理由に、私もまぜてもらえると嬉しいんですけど…………」

 ん?何か言ったか?

 「い、いえ、別に!私、そろそろ仕事の時間だからブリッジにいかなきゃ!」

 お、おお?

 「話してくださってありがとうございます。すごくすごくすごくすごく嬉しかったです!今度お礼に御飯ご馳走しますねっ?」

 別にそれほどのことじゃねぇと思うが。

 「この後当直なんで、その間にシフト確認しときますねーっ!!」

 オイ、走るなよ、危ねぇぞー……って、聞いてねぇな。

 それにしてもなんだったんだ一体。
 えらく喜んでたみてぇだが……ふ、まぁオレ様の感動の半生を聞けばそれも当然だな!!
 いずれヒーローになって伝記が書かれるような時には、あの通信士の話もちょっと取り入れてやろう。

 ……そういえば今の通信士の名前ってなんだっけ……えーと……
 

 あ、アキト!!ちょうどよかった、ちょっと聞きてぇんだけど、ブリッジで通信士やってる三つ編みの子の名前って………なんだっけ?








   『悔しいか』

   『当ったり前だろ!!……クソ、ヒーローにゃまだ遠いか……』

   『………ヒーローに、成りたいのか?』
 
   『おうよ!弱気を助け強きを挫く、熱血ヒーロー!!最高じゃねーか!』

   『何故、ヒーローを目指すんだ』

   『な、なぜって……浪漫だろ、男の』

   『ロマンか。そうだな』

   『なんだよ!文句あるってのか!?』

   『いや、ただ……それだけではない様に見えたから』


 悪かったな、と言ってその場を去ったダークネスに、俺は何も言えなかった。
 
 浪漫だけじゃない。憧れじゃない。
 俺がヒーローを目指した理由はなんだった?
 
 ずっとずっと闇雲に走ってきて、この時ようやく立ち止まった。
 目指すものを見極めるため。方向を定めるため。
 戦う理由を確かめるために。


   『本日付で着任した、新しいテストパイロットだ!アンタとは一度会ってるよな?』
 
   『………以前とは雰囲気が違うな』

   『ヒーローになりたい理由を思い出したからな。ダークネス、アンタのおかげだぜ』

   『ダークネスじゃない』

   『え?』
  
   『テンカワ・アキトだ。………よろしく』

 
 変わらない表情が僅かに緩んで、微笑みの気配が零れる。

 そしてオレは、ようやく一人のパイロットになった。




2005.10. 16




 後書き反転 ↓

 久々です、ナデシコの更新!またしても小ネタですがそこは勘弁。そしてアキト出ない上にノーマルですみません……。
 ヤマダ覚醒編です。彼が以前のどうしようもないアニメバカから考えるアニメバカになった理由。
 なんかイマイチ気に入らないのでもしかしたら下げるかも知れませんが……うーん。我慢できなかったら後で改変しようかな。
 あ、作中のヤマダの一人称が「オレ」だったり「オレ様」だったりするのはわざとです。あしからず。
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